今までとのお別れ
あれから寮に帰ってお風呂や食事をシルフィと共にしました。
ベッドに入ってからは二人の事について語り合いました。何が好きで、何が嫌いか。どうしてあの場所にいたのか、話す事が楽しくて夜更かししたのは初めての経験でした。
ちなみにシルフィは両親の過保護が嫌になって家出して来たらしいです。その事を笑ったら頬を抓られましたけど……
迎えた朝。いつもより憂鬱でない朝。
朝食を食べ、制服へと着替えた時に急に不安が押し寄せて来ました。
「ねぇ……シルフィ。やっぱり止めない?」
「馬鹿な事言ってんじゃないわよ」
「私やっぱり……怖い。イジメが激しくなるのもそうだけど……何よりも、シルフィが傷付くかもしれないのが、一番怖いの」
胸に芽生えた新たな不安。それはこんな私を助けようとしてくれたシルフィが、傷付いてしまうかもしれないという不安でした。
「私を信用しなさい。それにこう見えても、あたしめっちゃ強いしね」
「でも……」
「……なら、あたしが危ない時はマリアが守ってよ。あたしはマリアを守るから」
「でも私…そんな強くないし……」
「いいのよ、それで。お互いがお互いを守る意志を持つ事が大事なの。それは信用が無ければ絶対に無理なんだから。だから、あたしを信用しなさい。」
私の顔の前に浮かぶシルフィの顔はとても真剣で、だけど、優しい顔をしていました。─────
いつもと同じ通学路。違うのは、覚悟。
私は何があっても逃げ出さない覚悟を決めて、寮を出ました。そう、何があっても。
「マリアちゃんおはよ~、死ななかったんだね。良かった~」
いつもと同じ声。同じ顔。同じ態度。私をイジメていたセリア・ウォルテシア本人。ズキズキと昨日殴られたお腹が痛むのを感じた。
「お…はよう。セリア」
初めての抵抗。胸が張り裂けそうなほど鼓動しているのが、自分で理解出来るのが不思議でたまりませんでした。
「あ?今呼び捨てにした?……躾が足りなかったかな?」
私の恐怖心を煽るように威嚇してくるセリア。でも……私には勇気をくれる相棒がいる。
「絵に描いたような屑ねぇ。あんた」
「誰よ!今の言葉口にしたの!」
「あたしよ、あたし。あんたの目の前にいるでしょ?」
「っ……!」
セリアの前で静止した状態のシルフィ。相手を蔑むような顔で見下していた。
「そっかぁ……あんた、精霊と契約出来たんだぁ。」
下品な笑顔でこちらに振り返ってくるセリア。ニヤニヤと嫌らしい顔を向けて来たと思えば、急に真顔になり私に耳打ちしてきた。
「ここじゃ目立っちゃうからぁ……放課後、昨日の場所に来なさぁい」
そう告げると、彼女は足早に学園へと歩を進めていった。
「はぁ……はぁ……」
動悸と息切れが止まらない。初めての反抗が私にもたらした結果はそれだった。
私は放課後、殺されるんじゃないか。そんな不安が頭を過ぎり、更に心臓が締め付けられる感覚に襲われた。
「何してんのよ?早く行くわよ、マリア」
私の頭を軽く叩くと何事も無かったかのようにしているシルフィ。その背中が頼もしく感じられ、いつの間にか私の動悸や息切れは治まっていました。
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放課後。約束の場所へ向かう途中、今日一日あった出来事を思い出していました。
『落ちこぼれが精霊との契約を果たした』
その話題が学校中を駆け巡りました。余程シルフィが珍しかったのだと思います。
普通の学生が契約出来る精霊は武具型が一般的で、強力な力を持つとされるシルフィのような人型をしている精霊は、ほとんどの学生が契約することは出来ません。
それ故に注目の的になったのでしょう。
そんな考えをしている内に約束の場所へとたどり着きました。人気の無い校舎裏。そこに佇んでいるのは私に恐怖心を植え付けたセリア・ウォルテシア。
「遅かったじゃない、マリアちゃん。心配したのよ~?来ないんじゃないかって」
ニコニコと似付かわしくない笑顔で私を迎えたセリア。
言わなきゃ。言って、この関係を終わりにするんだ!
「も、もう私に関わるのは……やめてくれませんか」
言った。言い切った。私をイジメていた相手に拒絶の一言を声を振り絞って、言い切った。
「いいわよ」
返って来たのは予想外の一言。
「え?ほ、本当ですか?」
それに対して私は気の抜けた返事を返してしまった。私をイジメていた人がその変化を見逃す筈が無いと分かっていたのに。
「えぇ……あたしに勝てたらね!」
一瞬で精霊を呼び出し、鋼鉄に覆われた拳が私に肉薄する。
(あ……死んだ……)
そう思った時、風切り音と共に彼女の拳は逸れて、置かれていた巨大な庭石を粉砕した。
「不意打ちとか、屑もここに極まれりって感じねぇ」
「ちぃっ!!」
数メートル跳躍し、私達から距離を取ってこちらの様子を窺うセリア。
「ありがとう……シルフィ」
「言ったでしょ?マリアはあたしが守るって」
あの一瞬の攻撃から私を守ってくれたのはシルフィだった。
どうやって逸らしたかは分からなかったけど……
私は気を引き締めて前を向く。今までの自分と決別するために、私を守ってくれる相棒のために。
「さぁ!こっからはあたし達の時間ね!」
シルフィはそう、堂々と言い放った──────