辛い現実
「これがねー、ひのせいれいさん!みずのせいれいさんで、かぜのせいれいさん!あと、えーと……えーと……」
「土の精霊さんでしょ?マリア」
「おかあさん!さきにいわないで!」
「ははは!ごめんね?マリア」
「むー……」
わたしのなまえはまりあ。ことしで5さいになりました。
わたしのあたまをなでなでしてくれてるのがおかあさんです!
たまにいじわるだけど、とってもやさしいだいすきなおかあさんです!
おとうさんはあさからおしごとにいってます。
まいにち、まりあとおかあさんが、がんばれー!っておうえんしてからおしごとにいきます。
そうするとげんきいっぱいでおしごとできるんだって。
「本当にマリアは精霊さんが好きね?」
にこにことわらいながら、おかあさんはわたしのあたまをなでなでしてくれます。
あったかくて、きもちよくて、うれしいきもちになります。
「うん!せいれいまどうしになるのがまりあのゆめなの!」
「そう?なら、お母さんのお手伝いくらい出来るようにならなくちゃね?」
「えー!?─────────
---
「う……うぅん、もう朝……」
「懐かしい夢だったな……」
先程まで見ていた夢。子供の頃に母さんと話した話。既に亡くなってしまった母さんとの思い出。
数百年前に魔王と魔王軍幹部が精霊魔導師に封印され、魔王軍残党は活動を停止したかに思えた。
しかし、十年前に魔王軍残党は活動を再開。各地で壊滅的な被害を出し、解決に急を要する事態へと発展した。
その解決に尽力したのが私の母さん。相棒の精霊との獅子奮迅の活躍により魔王軍残党は壊滅状態に陥り、事態は解決したかに見えたが、数百年前の封印から逃れていた幹部と戦闘になり相討ちとなった。
母さんはその功績からか、最強の精霊魔導師と呼ばれ尊敬を集める事となりました。
私はそんな母さんの後ろ姿を見て育ち、私が精霊魔導師に憧れを持つのに時間は掛かりませんでした。そして私は精霊魔導師になるために学園へ入学したのです。
そんな事を思い出しながら、寝ぼけ目を擦り、朝食を食べる。
「学園……行きたくないな……」
制服へと袖を通して学園指定のリボンを着けて寮を後にする。いつもの通学路、いつもの……憂鬱な朝。
最強の精霊魔導師と呼ばれた母さんとは似ても似つかない私。
その原因は、入学の際に精霊との契約をする儀式で起こりました。
そこで私は精霊との契約が出来ないという失敗をしたのです。呼び掛けても精霊は応えてくれませんでした。
最強の精霊魔導師と呼ばれた人の娘。周りの期待の視線が痛く感じられるほど注がれる中での失敗。
私はそれで母さんの様にはなれないのだと実感したのです。
幸いにも学園へと入学を果たす事は出来ましたが、私を待っていたのは辛い現実でした。
イジメ。最強の精霊魔導師である母さんと精霊との契約すら出来ない私。
この学園という箱庭の中では私ほど、イジメに最適な標的は居なかったのでしょう。
「あら~?マリアちゃんじゃな~い?」
びくり、と身体が反応して途端に心が締め付けられる感覚に襲われ、私は言葉を返しました。
「おはようございます……セリア様……」
彼女が私をイジメている一人、伯爵令嬢のセリア・ウォルテシア。
「あら?ちゃんと挨拶出来たじゃない。私の躾の賜物かしら?」
「はい……ありがとうございます。」
マナーがなってない、挨拶がなってない、服装がなってない。
彼女は色々な理由をつけては私に躾と称して暴力を振るった。
「昨日はお稽古事で疲れちゃってね~。勿論、私の愚痴、聞いてくれるわよねぇ?」
「っ!…はい……」
今日もまた、憂さ晴らしに私はイジメられるのだろう。
彼女に掴まれた肩には強く指の跡が残っていた。
---
放課後。私は彼女に呼びつけられ、指定の場所へと向かった。
学園では先生達の目があるためか、派手な行動は起こさない事にしているらしい。
「マリアちゃん、いらっしゃい。早速だけど私の愚痴を聞いてちょうだいな?」
そこは放課後になって人の気配が少なくなった校舎の裏。そこには庭石や木々があり、彼女が私に暴力を振るうのには格好の場所だった。
「昨日ね~お稽古でね~苛つく事があって~」
「っ!……痛っ…うっ!」
私の髪を掴みながら地面へ引きずり倒す彼女。痛みに顔をしかめながら、その苦痛が早く終わるように耐える。
「何度も何度もやり直しって、こっちはしっかりやってるってのにね~」
「ぐっ!……ぁ…」
彼女の攻撃は衣服に隠れる部位を殴打して、傷が目立たない場所に集中している。
「はぁ~つまんなーい。マリアちゃんもうちょっと反応してよ~」
「ご、ごめんな…さい…」
地面に這いつくばりながら、謝罪の言葉を口にする。情けなくて涙が零れそうになるのを袖で拭った。
「そういうのいいからさ~。……マリアちゃんのお母さんって可哀想だよね~。こんな出来損ない産んじゃってさ~」
「…………」
「!ってことは!マリアちゃんのお母さんも出来損ないだったんじゃな~い?最後は敵と相討ちだったんでしょ~?」
「……何よ?その眼は?」
自然と彼女の事を睨みつけていた私。
だって仕方ないじゃないですか。誰だって親を馬鹿にする奴はどんな人だろうと許せないと思うんです。
「本当に生意気~。……もういいや、来て」
その言葉と共に彼女の両腕が光を放つ。光が消えるとそこには鋼鉄の籠手が装備されていた。
武具型の精霊。最も一般的な精霊の形。精霊は人の形に近く、人の言葉を喋ることが出来る精霊が上位の精霊になる。
「今日はこれでお終いでいいよ。手加減してあげるけど、死んだらごめんね?」
強烈な一撃。
おおよそ人体が放てるような威力をしていない一撃は私のお腹にめり込み、私は意識を失った。