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魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
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まじょっち

 直産ハウス‘‘まじょっち’’は、竣工したその日から薬草エリアの象徴(ランドマーク)と称されている。

 地面から直接生えてきたような平家の店舗は、木造建築物というより一本の大樹に形容される。なだらかな傘型屋根にはシダ科の植物が着生し、密に茂った単葉でレンガ職人が丹精込めたうろこ模様のタイルを覆い隠している。屋根葺きがうろこ状だととっさに思い出せるのは、開店当初の記念写真をほろ酔い時のママがしばしば見せびらかせてくるからだ。先立って見せつけたことも覚えていないし、その度に高学年だったから見て知っていると説明したことも忘れている。

 ともあれ、『薬草』の誇れる‘‘まじょっち’’の体貌と言えば、四隅に角のない外壁に白樺(しらかば)の樹皮を用いているので、一見すると真上から潰され横に伸びた太短い千年樹の風体である。少しずつ苔も着いてきており、近年店構えはさらに振るいつつある。

 温かみあふれる手づくりの看板には、店名‘‘まじょっち’’の文字が、四季折々の植物を使って飾り付けるように描かれる。先週訪れた際は、枯れ枝と二粒の大ヒイラギの実とが文字を構成し、綿を絡めて冬の強靭さを演出していた。

 今日初めてお目にかかる春バージョンは、若々しい緑とともに三分から五分咲きの花をところどころに配置して、生命の芽吹きを感じさせずにいられない出来栄えだ。

 だが、ちょっとした違和感を覚えてまじまじと観察すると、新しく描き替えられた文字に何かが欠けているようだった。二つ目の文字が付けるはずの点々が、どうも肉眼で認識できない。‘‘ましょっち’’と読める。きっと点々を模していたのは二粒の‘‘ポロ’’の実だろう。摘んでから時間が経って二つとも萎みきっているのだ。‘‘ポロ’’にはそういう性質がある。


 入店する度に、フレッシュな樹の幹をくり抜いた部屋の中に潜り込んでいくような錯覚を持つ。まだ準備中の店内では、割り当てられた棚を整える在庫補充の女性たちがちらほら見受けられた。

 老若男女に愛顧される ‘‘まじっち’’は、薬草系の共同出資で設立された営利組織だ。

 温かい雰囲気そのものながらイメージ以上の売り場面積を有し、生活に必要なものならばほとんどを取り揃えて、自給、地産物で提供している。野菜や肉などの生鮮食品、乳製品、加工食品、お菓子から、衣類、化粧品、装飾品、贈答品、日用品全般、ペット用品、購買用雑誌、種苗と生花、農機具、家具に大鍋まで。それぞれの専業者が丹精込めて毎日卸しているのだ。

 作家のハンドメイドによる一点ものも多い。一口出資すれば販売スペースを得て出品できる。住居の新築や補修、エクステリアとインテリア、水道工事、土木工事、ガラス製品、金属系加工品に関しては、代理受注して各職人に発注するシステムになっている。

 輸入もののコーナーでは、目にも鮮やかな黄色の果物がスポンジを敷いた棚板に麗々しく並べられていた。「マンゴー 〜南国の珍しいフルーツ〜 2700WTC(税込)」と表示された値札に腰を抜かしかける。リンゴほどの大きさなのに週間の食費より高い。


 レジ内部で決済端末の動作を確認している柳腰の女性がダリヤ店長だ。つくる方に達者でなく、それ以外の万事において器用な手腕を買われて直産ハウスの運営者に抜擢されている。

「おはようございます。よろしくお願いします」

「おはよう、ベリィ。元気?ねぇ、看板ちゃんと‘‘まじょっち’’だった?‘‘ましょっち’’じゃなかったかしら」

 振り向いて後ろ手にさっとエプロンの結び目を直しながら、気さくな店長がため息混じりにちょっと怖い顔で尋ねてくる。

 多言語が重層的に使用されるこの村では、脈絡や語感から意味が通じるように機械的に脳内変換する習慣が定着しているので、多少のミスではあまり不便はない。この直産ハウスが‘‘まじょっち’’であることは周知の事実だし。

 看板に採用された書体は、複雑な言語文化に便宜上生まれた共通の表音文字というものだ。言語を問わず発音をそのまま表す簡略な記号である。

「アンナの弟が最近とんだ悪童でね。なんだか知らないけど、ここ一週間は毎日欠かさず看板の点々だけ狙って取ってくのよ。強力ボンドで貼り付けてるのに。こっちも連日必ず補修しないといけないし、困ったもんだわ。『ポロ毟るな』って叱るのがわが家の日課なの。騒々しいわよ」

 前から二番目の文字には、熱烈な窃盗犯がいた。

「 ‘‘ましょっち’’でした」

「まあ!また直さなきゃ。もう、早くアンナみたいに落ち着いてほしいわ。あのしっかりさをちょっと見習ってほしい!」

 ママと同年輩の店長は目尻を吊り上げるが、彼女の長男であるところのアンナの弟は、本当にダメな上限はしっかり守る賢さがある。看板騒動はご愛嬌のうちなのだ。

 点々を表現するはずだった早春の花‘‘ポロ’’がつける実は、摘果時には拳の大きさなのだが、水分で膨れている分蒸発しやすく、時間の経過に伴ってごま粒ほどにまで萎縮してしまう。あれは小さすぎて見えないんじゃなくて、毟り取られた後だったのね。しかし、他の実に替えればよくない?だって、取られても取られなくても結局乾燥しちゃったらほぼ見えないよね、点々…というツッコミは口には出さずにおいたが。

「ビオラがね、忙しい農場仕事と家事の合間を縫ってつくってくれるんだけど、芸術的センスを発揮する機会なんて他に持つ時間がないからって、季節ごとの看板製作に賭けてるの。だから‘‘ポロ’’は死守しなきゃ」

 ビオラさんは、紡績(ぼうせき)を得意として、手ずから紡いだ綿糸を色々に染め上げ繊細な地柄を織りなす名人だったと聞いた覚えがある。働く女性は忙しい。やんちゃ盛りの男児を二人抱え、薬草系の公共農場を営むモリーダス夫妻ならなおさらだ。激務と言っても過言ではない。

 責任ある立場で働く女性同士だからか、昔からの知己への友情と忠誠ゆえか、余人には窺い知れない諒解があるものなのか。律儀とは、責任感を束ねるかのように、動きやすさを重要視して長い黒髪を必ず頭頂で丸く編むこの働き者店長ダリヤ・ラージックを指す造語なのではなかろうか。

「あ、今年も‘‘春のブレンドコーヒー’’ができたのね。これを見たら春って感じがするわ。先週入れた‘‘アーリースプリングハーブティ’’は完売よ。ジャーマンカモミールがふんだんに使われてたから、この季節、寝覚めの一杯にちょうどよかったみたい」

「ありがとうございます!」

 好まれてよかった、と心から安堵する。就寝前に飲むイメージの強いカモミールだが、自律神経を整えてくれるので、朝の起き抜けにも向いている。

 季節の変わり目にはハーブの助けが不可欠なことがある。特に春先は寝起きがぐずつきがちだし、この時季のエッセンスを凝縮した旬のハーブは足りない生気を補ってくれる。顧客の元で、乱れたオーラを整え活性化する一助となっているなら、製作者としてそれに勝る喜びはない。

 春向けのブレンド‘‘タンポポとチコリのコーヒー’’も、実は広義のハーブティの一種だ。熱湯を注ぐとコーヒーによく似た味のノンカフェイン飲料になる。体に優しく、肝機能とホルモンバランスの改善に良い。

「お肌の乾燥がひどいから、私もローズウォーターひとついただくわね」

「毎度ありがとうございます。蒸発しやすいので、上から乳液とかクリームとか塗って保湿してください」

「了解。うちの子、何か用事があるとかで今日は先に行ったのよ。聞いてる?」

「はい、昨日‘‘WITCH(ウィッチ)’’で」

 うちの子ことアンナの弟の姉ことアンナは、わたしの同級生で幼馴染だ。昨夜スマホアプリ‘‘WITCH’’のメッセージで、朝から図書室で手伝いがあると送ってきていた。

「最近とみに存在感出てきたわよねぇ、スマホ。最先端の文明の利器。通信手段なんて、ウルスの配達便か伝書鳩しかありえなかったのに、本当に突如として。おばさんたちついていけない」

 無理はしなくていいと思います、とは心の中だけで吐いたセリフだ。

「だけど、20%の委託手数料を引いた売上はちゃんと来月十日に入るからね。アプリのバックオフィスで確認してウォレットにチャージしてね」

 あら、詳しくない風を装っても用語が完璧。ダリヤ店長は自ら手仕事をすることはほとんどないけど、経営販売のプロだし、さすがは年輪を重ねた一廉(ひとかど)の魔女だ。実務に長けた『薬草』の才能をこういう向きに開花させる。デジタルネイティブの次世代に対して謙遜(けんそん)してみせているが、スマホアプリの仕組みから決済システムの構造まできっと緻密(ちみつ)すぎるほど把握している。

「ごめん、話してたら長くなっちゃった。箱ごと置いといて。遅刻しちゃ悪いから。‘‘BERRY(ベリィ)’’の棚に並べとくね」

「お忙しいのにすみません。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。気をつけて」

 ありがたく今週分の製品を一枚板のカウンターの端に置いていく。さて、一旦通学カバンを取りに戻ってから早く学校に向かおう。

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