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魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
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ベリィ ≪現代≫

本編が始まります。

 冬を盛りと見渡す限り咲きこぼれた雪の花は、その一つ一つが精巧な六つの弁を開く純白の結晶だ。空から落ちてきた小さな花たちは、音もなく降り積もって一面に広がり、やがてほどけて地に染みた。

  香りのない白い花束が大地に返されると、待ち望まれた季節が森に麗らかな景色を描く。長い雪持ちに耐えた樹々は柔らかな光を浴びて芽吹き、散歩道や獣道にぽつぽつと現れた色鮮やかな野の花のつぼみが競うように綻んでいく。冬眠からぴょこぴょこ覚めた動物たちも、飢えを癒すべく駆け回って雪解けのぬかるみに足跡を残し、小風を生んで水と土と樹木の匂いを運ばせる。


  母屋(おもや)に併設したガラス温室には、明るい日差しが(あまね)く降り注いでいる。南隅の畑で茎の上に膨らんだバラの新芽を、作業場では作り付けの棚に並べた陶器の植木鉢や数々の調剤用具や大鍋を、眩しいくらいにきらめかせては総張りのガラス壁に跳ね返る。

  新しい季節の始まりに、わたしは高揚する気分を味わっていた。これから夏を越すまでは、次々と旬を迎えた新鮮なハーブや植物が、爽快な香りを弾けさせてこの作業場にやってくる。わたしが手を加えることで、消費者の元に選ばれて届けば、ひとときの安らぎや健康維持のための確かなサポートになるのだ。さてどんな加工をしてどういう製品をつくろうかと考えるだけで早くも腕が鳴り、オンシーズンに入ったばかりの作業もはかどっている。

 

  まず、ガラス温室の一角で育てた早咲きのバラから贅沢に花部だけを切り取ってくる。生花としても大ぶりで見栄えがするのに摘んでしまうのはもったいない気もするが、これらは観賞用ではない。手早く鋏を入れると、つやめいた棘を立てる茎の切り口からは瑞々しく香りが飛び、バスケットにこんもり積んだ薄桃色の花は結構な持ち重りがする。新鮮で含む水分が多いということだ。

  花弁を毟り取り、抽出用装置の密閉鍋に敷き詰めると、しっかり蓋を閉じ加熱スイッチを押す。沸騰音を聞くまでもなくすでにガラス温室にはむせ返るほどの芳香が立ち込めているが、最初に漏れる蒸気がいちばん香り高い。休眠期にも剪定(せんてい)し、肥料を与え、あれこれと手をかけた甲斐があったと報われる思いになる。

  マザー・リバーの清水を沸かした蒸気でほどよく蒸すことで、豊穣な香りを余すことなく抽出された花の露が、管につながった耐熱容器に一粒ずつ滴り落ちる。収斂作用を持つ上品なローズウォーター、しっとりと肌を整えて柔らかくさせる天然の化粧水だ。後から後から湯気はあふれ、華やかなバラの精気が漂っていく。

  いたずらな実験器具のような蒸留器は自動モードだから世話がない。機械工に点検に出しておいたから、完了まで問題はないだろう。じっくり蒸留するためにこれから一日このままにして。

 

  次に、焙煎用の小型暖炉に網をかけて、‘‘協力マッチ’’で炭に直接火を点ける。この木炭は、森から拾ってきた広葉樹の枝を乾燥させ、仕事の少ない冬の期間にわたしが魔女釜で焼いたものだ。焙煎は火加減が肝要(キモ)で、強すぎると過剰に焦げてしまうし、反対に火力が不足すれば適当な香ばしさが出ない。

  その点、‘‘協力マッチ’’はいい仕事をする。耐熱レンガで軽く擦った途端に安定した炎を纏い、炭に移るのも早い。いつものように絶妙な炭火が熾ったので、初摘みのタンポポと刻んだ自家製チコリの根を網の上に並べ置く。乾煎(からい)りするのだが、森で摘んできた黄色い野草はワイルドな香味をむんむん発散しているし、自分の畑で採れた野菜は倦まず弛まず自身の存在を主張している。両者のオーラはてんでバラバラだ。

  さて、ムラなく均一に焼き上げるために、ここで魔法をひと手間。反目するタンポポとチコリに向けてくるくる人差し指を回す。こうして全体的な精気を均してやるのだ。わたしの場合は、視覚や第六感とも呼ばれる肌感覚を通じて知る。植物に関しては高い能力かもしれないけれど、植物にのみ及ぶしかないのが悲しいところだ。

  回す指に合わせて二つのオーラはかき混ぜられ、ある程度近寄ってからだんだん同化し、さらに馴染んで揃った。しっくりと噛み合っている。これで大丈夫。まとまりが出て申し分ない味になるだろう。あとは適宜調整しながら裏返して焼き加減を見る。軽めだがエネルギーに満ちた香りがたまらない。よし、春のブレンドコーヒーの出来上がり。パチッと指を鳴らして火を消せば、うちわで扇いで完成だ。

  琺瑯のパッドに広げて寝かせておいて、いい具合に落ち着いた翌日の朝パッケージングをする。原材料を書いたカードとともに透明の小袋に計って入れて、最後に‘‘BERRY(ベリィ)’’のシールで封をするのだ。シンプルな字体でわたしの名前を冠したブランド印は、誇りと責任の証明でもある。

 

  コットンのカーテンを引いても、自室の窓からは和やかな陽光が惜しげもなく差してくる。そよ風が頬を撫でる気持ちのいい朝なので、春らしい若葉色のローブを選び、リネン地に真っ赤な唇の模様が散らばった新しいパンプスを合わせてアクセントをつける。オリーブがかった薄茶に透き通る目には、ナチュラルな素材の風合いが似つかわしい。仕上げに、栗色をしたセミロングの髪にヘアワックスを揉み込んで、風に遊ばせるように毛先だけふわりと巻き落とす。

  温室に移動して、袋詰めしたタンポポとチコリのコーヒーと、茶色い小壜に小分けしたローズウォーターとを使い古したワイン箱に詰め込んだ。登校前に直産ハウスへ納入するのだ。マイブランド製品の出荷は、つくっている時の楽しさとは一味違って、誇らしい気持ちになんとも言えず胸が弾む。世界中を飛び回っている変人のママもかつてはお手製の薬草製品に自分の銘を打っていたけれど、今はわたしの方が評判があると自負しているところだ。

 

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