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魔女たちは祝宴し続ける  作者: ロックプロジェクト
1/80

ローザ ≪中世≫ 1

ミステリとして。手元では完結しています。冒頭部から伏線は張ってあります。

 



 深い森のさらに深く、絶壁の山肌に抱かれ、清浄なる永久(とこしえ)の大河が潤す秘密の村。人知れず躍動する魔女たちのゆるぎない幽居がそこにある。

 






 ローザは、駆けに駆けた。

 夜陰に紛れて裏路地を走り抜け、故郷の町を背にして街道の外れをひた走り、身を隠すように森に入った。月はない。心臓が痛いくらいに激しく胸を打つ。乱れた髪が顔に貼り付き、もう呼吸もできないほど息が上がっている。無理矢理に動かし続けた脚は固まって二本の棒になり、膝から小刻みに震えて止まらない。汗に濡れた身体は、火照っているにもかかわらず芯から寒気を覚えている。

 一歩でも先に進まなければならない。遠ざからなければならない。

 肩越しに振り向くと、不意に警笛が鳴り響き、鋭い怒号が夜気を割く。樹間に差し込む追捕の灯りが今にも背中を舐めそうだった。捕まれば、生身の体に火を付けられることになる。骨肉が灰になるまで焼き尽くされるのだ。

 身をすくませる本能の恐怖に支配され、無自覚に流れる冷たい涙を拭いながら、ローザは暗すぎる森の奥へ分け入っていった。

 

 夜行性の獣の鳴き声が遠くから近くから聞こえてくる。一陣の風が樹々を乱暴に撫で渡ると、攻撃的な葉擦れの音が闇を揺らした。手近の(かば)の樹に指先を当てて、鼻先も見えぬ深い闇の中でローザは方向を探る。場所はわかる。そちらへ行けばいい。行くしかないのだ。

 

 脚がもつれてもんどり打てば両腕で這った。闇の森をずるずると分け進みながら、底知れぬ怖さとは別に、後悔と一抹の安堵が交互に引いては押し寄せる。

 老いて(めし)いた母をあの町に一人置いてきてしまった。わたしの逃亡が知れたら、唯一の肉親である母はどんなに責められることだろう。見逃した(かど)で同罪にされ捕縛されるようなことだけはあってはならない。しかし、運よく責を免れたとしても、目の不自由な母は支える者もなくこの先の生活を営めるだろうか。

 残してきた母への思いがさまざまにローザの心を刺す。その一方で、最後に握った手の温かさが、今も頼りないローザを励まし続けていた。思いがけない力で握り返した母との、言葉一つない今生の別れを思い出す。それから、一切の懸念を差し置いて母親の守るべき決意を湛え、生きなさいと背中を押した見えぬ目を。

 

 身を預けて(すが)るように枯れ枝を杖に突き、悲鳴を上げる両脚を引きずって、昼も夜もなくもう戻ることもできないほど歩いた頃、ローザはそこに辿り着いたことを知った。

 森の精気が一段と濃い。澄み切った清浄な空気が傷付いた肌に触れる。聖域だ。血と涙と泥にまみれ逃げ通して疲れ切ったローザは、そう思った途端意識を失いかけた。

 倒れざまに、目の端で慈しみの手を伸べる黒衣の聖女を見た。幻覚だろうと思う間もなく、地面にぶつかる衝撃すら感じないまま、ローザの目の前は真っ白になった。

 

(ほぼ)毎日続きを投稿したいと思います。

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