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その冷蔵庫は青い。

作者: 夜灯

その冷蔵庫は青い。キッチンにある。夜。


リズが冷蔵庫のドアを閉め、ダイニングテーブルの席に足を組んで座る。ブロンドの髪に日本からwebで取り寄せたモノトーンのゴスロリの衣裳をまとい、片手にグロックを持つ。向かい合う位置にあるソファにTシャツに短パン、無精髭のトーマスが座って巻きタバコを吸っている。灰皿にタバコを擦り潰し立ち上がる。


「言葉でだけでならいいだろ」


リズがトーマスを見る。


「なあソコにどんなのが入ってるんだよ、言葉で教えてくれるだけでいいじゃねえか。喋るだけだ、簡単だ、だからって俺はなにもできやしねえ、そうだろ?」


リズがグロックのセーフティを外す。


「なんなんだよお前、なんかしゃべってくれよ、まだ俺なにもしてねえだろ」


リズがゆっくり立ち上がる。


「『まだ』って言った?」


トーマスがしゃべりながらソファに座り込む。


「ちがう違う、そうじゃねえ、誤解するな、俺はなにもしねえよ、クリーンだ、わかってくれよ」


リズ、歩きながら話す。


「お前、あたしたちを何度も裏切ってきた。 それで、今日は信用してくれだって? とても強い説得力だ」


リズ、グロックでソファを一発撃つ。トーマスが悲鳴をあげる。


「いい子に座って、逃げずにここで、シスタを待っていろ。わかったら、黙れ」


トーマス、両手で自分の口をおさえてうなずいてみせる。


━━━


赤いコルベットに向かってスーツ姿のウェンディが地下駐車場を歩く。キーを開け、乗り込む。車のなか携帯電話で話す。


「リズ? まだプレゼントは安全かしら? そうね。彼には静かに待っていてほしいわ。でも傷をつけちゃだめよ。なにをって、もちろんすべて。そのための銃よ、無くてもあなたならなんとかしちゃうだろうけれど。じゃあ、お願いね。お仕事は終わったから、寄り道しなければ30分で着くわ」


ウェンディは携帯電話をハンドバッグに収めると、バックミラーで自分の顔を見る。微笑む。


━━━


「なあ、俺はたしかに中毒だ」


トーマスが言う。


「いままでさんざんおいしく喰ってきたさ。合衆国のはもちろん、フランスの、ロシアの、イタリアのだってな。日本からだって入ってくるご時世だ。お前たちはその度に止めてくれたが、駄目なんだよ、どうしてもたらふく喰っちまう。病気だっていわれたがやめられないんだ、いまどき携帯電話でいくらでも情報が手に入る。そしたら田舎でも路地裏でもどこへでも行って喰っちまう」


トーマスが微笑む。


「そう思うと、いまお前たちがそうしてくれてんのは、まあ、優しさなんだな」


リズ、グロックをダイニングテーブルに置くと斜めがけしていたポシェットからスチェッキンを取り出しトーマスの足下に連射する。


「黙っていろって、さっき言ったろう?」


両手をあげるトーマス。リズが言う。


「先週だって、あたしが、シスタに頼んでとっておいたやつまで手をだしやがって、その度に『ごめんなさい』で済ますってお前何様なんだ? 今日が『その日』だから、みんな揃ってからにしようってのに、今日もだ。ほんとうにほんとうに殺してやりたいよ、まったく」


トーマスが言う。


「そのドレス、ちょっと変わってるが、かわいいな、似合ってるよ」

「お前にそんなことを教えて欲しいって、あたしは言ったかな?」


スチェッキンの銃口がトーマスの方を向く。


「ちがうよ、感謝を言っているんだよ、わかってくれ」


ソファに座ったトーマスが頭を抱える。

「はやく帰ってきてくれよ」


━━━


ウェンディのコルベットが、夜の帳に青白い灯りを煌々とさせている花屋の前に止まる。


「ハイ、ジョーイ、用意できてるかしら?」


ジョーイと言われたヒスパニックの若い男が、店の置くから大きな花束を持ってくる。


「メッセージカードは?」

「ご依頼通りですよ、ミズ・マクダネル!」


ウェンディ、ジョーイから手渡された二つ折りのカードを開け、閉じてスーツの胸ポケットへ差し込む。彼には代わりにチップを。


「ありがとう」


ウェンディが花束を助手席に置き、アクセルを踏む。


トンネルに入る。ウェンディ、『きらきら星』を歌う。


━━━


なんでたったこれしきのことで、俺の女の妹にわけのわからない仕打ちを受けるんだ、上物があるのはわかる、見るだけじゃねえか、なにもいきなり喰うわけじゃねえ、きっと芸術作品並みの素晴らしいモノなんだ、しっかり味わって喰ってやる、やばい高鳴るぜ俺の胸、今日は最高の日だと思ってた、冷蔵庫を開けたらまるでティファニーの包みにだって負けないような小洒落たオフホワイトのボックスがあった、それだけは見た、直後にあのイカれた妹がこれだよ、いつも黙ってなにも話さねえ癖しやがって、なんだあの格好、ダサい寝間着で引きこもってたあの妹、あれ、あんな顔してたんだな、かわいいな


トーマスの後頭部にリズの持つグロックの銃口が突き付けられたままでいる。

リズが言う。「そろそろだね」


トーマスは黙っている。瞬間。リズの持つグロックをトーマスが床に叩き落とす。グロックを拾い両手で構え寝たまま銃口をリズに向ける。リズ、仁王立ちしてスチェッキンの銃口をトーマスに向ける。リズが言う「あたしのほうが引き金は軽いよ」「うるせえ! なんなんだよ畜生! たかがケーキじゃねえか馬鹿野郎、なんでそんなにテメエら大事にしたいんだ、わけわかんねえぞ」


ドアベルが鳴る。銃を構えたままのトーマス「鳴ってるぞ」無言のリズ。ドアの鍵が開く。ウェンディが花束を抱えて入ってくる。「ふたりともどうしたの? トムもリズも、気楽に、気楽に、ねえリズ、こっちに来て?」


「シスタ、ちゃんと見張ってたよ、このロクデナシから」


ウェンディとリズが挨拶のキスを交わす。リズがスチェッキンをテーブルに置く。


「ありがとう。もういいんじゃない? トム、こっちに来て」


トム、涙目で立ち上がりソファにグロックを放り投げる。


「なんなんだよお前の妹、ケーキを喰う喰わないってだけで俺撃たれるとこだったんだぞ」

「つまみ食いしてばっかりでリズがムカついてたとしたら、まあ自然なことよね。それより、はい」


ウェンディ、花束をトーマスに渡す。


「そろそろしたらまともな仕事についてね、スウィーティー」


トーマス、花束にささっていたカードを見る。


『Happy Birthday』


━━━


素敵なパティスリーからフリーザーに入れてもらって手配したのよ、ホールケーキじゃつまらないかなって、いろんなバリエーションで頼んだの。ほら、きれいでしょ? それぞれに名前があったんだけど、忘れちゃったわ、トムのほうがそういうのたくさん食べてきたから詳しいわよね。


ねえ、もういちどキスさせて。


「ムカつく。今日はあたしもちゃんと食べるんだから。紅茶を淹れるわ」

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