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魔王さまは涙もろい  作者: 南部
9/67

リールの町にて7

(窓か!? 壁か!? それとも部屋ごとか!?)


大きな音が自室の方から聞こえ、心当たりしかない俺はフロントから駆け戻り、部屋のドアを開け声を掛ける。


「ミチ!! 近いっ!!」


「お早いお戻りですねお館様!」


ドアを開けると目の前にミチが待っていた。大きな音とは裏腹に部屋の中は先ほど出たときと大差がない。強いて言うならドラ子(仮称)がベッドから落ちて青い顔でヨダレを垂らしている。


「あ・・あれ? すごい音がしたから戻ってきたけど何ともなかった?」


「はい。”それ”が逃げようとしたので取り押さえただけです。」


ミチはベッドから落ちて床に転がっているドラ子を指差した。


「窓に向かって飛んだものですから先回りして一撃入れました。そうしましたら壁に飛んでいったのでそこに先回りしてもう一撃入れ、相殺しました。」


ドラ子に大ダメージ。


「えぇー・・ 喧嘩はしないって言ったじゃんかー・・」


「はい! 喧嘩はしていません! 取り押さえただけです。部屋に損傷はありません!」


満面の笑みで答えるミチは誇らしげだ。確かにここまで一方的だと喧嘩ではないかもしれない。イジメに近い。ここまで拉致してきた俺が言えた立場ではないのだが。


「そんなに慌ててどうしたんですか? 」


遅れてやってきたロックが顔を出した。部屋の様子が変わっていないことを確認して不思議そうにしている。


「すみません! なんでもありませんでした!! ほら、ミチも謝って!」


「? 申し訳・・有りません・・・?」


腑に落ちない様子のミチはしぶしぶ頭を下げた。部屋が無事だった事はまず良かったが、あとはドラ子の状態だ。


「アナライズ」


これは相手の状態を確認できる魔法だ。俺はこれを恐れてステータス偽装をしている。今のところ使っている奴を見たことは無いのだが、気付いてからでは遅いのだ。何と言っても波風立てずに観光旅行が目的なのだから。さて、ドラ子の状態は?


LV :323

名前:アリス・ゲート・ノーツ(ドラ子)

称号:忘れられし者・神に連なりし者

種族:識龍ノレッジドラゴン

体力:  250/53000

魔力:38000/72000

攻撃:8700

防御:12000

魔攻:34000

魔防:42000

敏捷:12000

耐性:大体いける

弱点:頭はいいけど、アホの子なのよ・・・ 支えてあげてね!

状態:人化・瀕死

※端数切り捨て、知りたい情報ってこんなもんでしょ?

スキル:その内わかると思うから・・・

コメント:ちょっと残念な子だけど優しくしてあげてね?初めて私が創造した子の子孫だから。顔はかわいいでしょ? あ、あんまりこの魔法使わないでね? 使えるのは5人くらいだけど、エラーで自動化が解除されちゃって面倒なの。それと久しぶりに塔から出たなら楽しんで!そのうち会えるかもしれないからその時はこっちから声かけるわ!それじゃあ、シエラとお茶会するからまたね!


「・・どこから突っ込めばいいか・・・」


雑な分析結果に開いた口が塞がらない。5人くらいしか使えないってことは”アナライズ”は女神の加護のある者しか使えないのか。昔はもっとまじめな内容だった気がする。そもそもコメント欄なんか無かった。その内会えるとか町をぶらついてるってことか。


「・・違う! その前に瀕死だ!! キュアライト!」


ドラ子の顔色がみるみる良くなり、スヤスヤと寝息を立て始めた。


「それ、寝てばかりですね。」


原因が何言っちゃってるの!?と喉まできたが俺が一番の原因だった為言えなかった。状況を知らないロックが口を開いた。


「と・・とりあえず妻のでよければ持ってきますか? 間に合わせにはなると思います。」


「? あっ!! 助かります!!」


立て続けに起きたことに気を取られてやるべきことを忘れていた。ロックには頭があがらない。


「それと、服の事ならウルダに声をかけて頂ければ力になれるでしょう。」


そういえばウルダの家は衣料品店だった。旅に出るなら不要だろう。使えるものがあるなら買い取れば旅の路銀にもなる。いわゆるwinwinって奴だ。


「何から何までスミマセン!ホントに助かります!」


「ウルダならたぶんコルビーの部屋に居ると思います。呼んできましょうか?」


「いえ! 自・・・」


ちらりとミチを見る。彼女は暇そうにドラ子を見ている。まるでオモチャを前にして待てをくらった犬のようだ。お願い事なら自分から行った方が絶対に良い。いくら自分よりも若い相手でも誠意って物が大事だ。だが、このまま二人きりにして良いものか?


「少し待っていて下さい。呼んできます。」


こちらの思いを見透かしたようにロックが部屋を出る。


「スミマセン!助かります!」


ロックは手をあげてにこやかに去っていった。なんて気配りのできる人だろう。もう一度ミチに目をやる。落ちたドラ子をベッドに戻してやるところだった。意外と優しくできるのか?


「もう一回逃げないかな・・・」


楽しそうにドラ子を眺めるその目は完全に獲物を見るそれだった。


「だめ!!ミチ!その子は仲間だから!虐めたらダメ!」


「・・え? あ・・・い・・虐めない・・ですよ・・」


振り向いたミチはひどく落胆したような顔で肩を落とした。さすがは銀狼族、狩りに異常な執着を見せる。かなり昔、塔の周りで強い魔物を狩った時の誇らしい顔を思い出す。ミチもノガに迫るほどの強さだ。攻撃に耐えた相手は久しぶりだったのだろう。彼女の満足できる相手がいるかはわからないが、その内ダンジョンにでも連れて行って発散させてやらねば。


「・・ん・」


「あ、起きた。」


ミチがしょんぼりしたところでドラ子が起きだした。寝てたというか気絶していたというか微妙だが、とにかく目覚めた。目をしばたたかせ、俺とミチを交互に見て青ざめた。


「おはよう、アリス・ゲート・ノーツ。で合ってるよな?」


ドラ子はびくりと体を震わせてから頷いた。恐怖の色を隠せていない。引きつった顔を見て罪悪感が湧く。


「さっきは緊急事態だったんだよ。思いの外解放が派手でな? 衛兵が集まってきてたから仕方なく・・ね?」


先ほどまで青かった顔が徐々に赤くなる。


「ね?で済ませられるかこのたわけぇぇえ!! こっっれだけ待たせておいて!!この仕打ちとは何事じゃ!!」


とりあえず恐怖より怒りが勝ったようで再び語気が強くなる。こんなところで魔法なんぞ使われたら宿が危ない。何と声をかけたら収まるか考えていると、


「チッ!」


「ひっ!」


ミチの舌打ちで今まで座っていたベッドから飛び出し、俺の陰に隠れた。俺よりもミチの方が怖いようだ。


「おっおおっおっお主!!あの娘っ子になんとか言ってやらんか!目が!目が怖いのじゃ!!」


完全にビビっている。とりあえずベッドからシーツを剥がして羽織らせる。偉そうな言葉遣いと噛み合わない弱々しい態度にアナライズのコメント欄を思い出す。


”残念な子”


ミチの睨みにビクつく姿は正に蛇に睨まれた蛙そのものだ。これでミチよりも年上ってんだから世も末だ。


「ミチ・・・これからはこのドラ子を妹のように可愛がってくれないか? こいつもこう見えて苦労しているんだよ。魔王軍に良いように扱われて、俺に封印されて。その封印も自動で解除されるはずだったのに500年間解けなくてさ。」


「・・・」


「ほら! 一緒に居たら情が湧くって聞くし!! ね! 頼むよ!」


珍しくミチが俺の提案に即答しない。なかなかどうして葛藤している。そして苦虫を嚙み潰したような顔で渋々了承した。


「・・・お館様が・・・おっしゃるのであれば・・・」


「ありがとう!ミチ! ほら、ドラ子も仲良くね?」


「お、おぉ・・ よ・・よろしく頼むぞ・・?」


ドラ子はビクビクしながらも握手をするため右手を差し出した。


「・・ふぅーーー・・・ヨロ・・シク!」


ミチは大きく息を吐くとぎこちない引きつった笑顔で片言の挨拶をし、ドラ子の手をとった。お互いにゼンマイ仕掛けのおもちゃのような握手を交わして元の位置に戻った。


「ドラ子が怖がるのはわかるけど・・・ミチがぎこちないのは何でなんだ?」


「・・・ノガ叔母様。以前塔に来た理由がファイアドレイクに追い出されたから、と。」


「ああ、高レベルのに乗っ取られたって言ってたね・・・」


「実は侵入されたのではなく、もともと卵から孵したドレイクだったらしいのです。手塩にかけて育てたそうですが、襲われて追い出されたそうです。もっとも情が湧いて本気を出せなかったそうですが。」


「そ・・そうだったかー・・」


「そのような恩知らずの種族と仲良くとは少し考え難かったのです。」


出戻りの理由を教えたがらない訳だ。ノアさんが聞いたら”銀狼族の誇り”とか”面子”とかで終わらない説教が始まりそうだ。それにしても義理堅いドラゴン系のモンスターとは思えない話だ。その話を聞いていたドラ子が何とも言えない顔でミチに質問する。


「あー・・ すまんが2、3聞かせてくれんか? 」


「・・何?」


辺りが凍りそうな冷たい言葉と態度に、ドラ子の心が折れたのを感じる。何とか仲良くなって欲しい。助け舟を出そう。


「ミーチ! 優しくね♡ 妹だと思って! ほら!ドラ子もお姉さんだと思って聞いてごらん?」


勤めて楽しげに指示を出してみる。普段やらないことだけにミチもギョッとしたようだ。


「は・・い。 今のは意地悪でした。それで?ドラ子は何が聞きたいの?」


俺とミチの中ではすっかりドラ子で定着してしまったが、本人から抗議がないためそのまま訂正しないことにする。アリス改めドラ子は腫れ物を触る様に恐る恐ると口を開いた。


「・・あー、そのドレイクはミチ殿の叔母上とどの位一緒にいたのかの?」


「100年は一緒だったみたいね。」


ミチがノガとの会話を思い出しながら答えた。先ほどよりは対応が良くなった。きちんと会話をしている。


「他のドラゴンとの接触はあったのかの?」


「無いそうよ。叔母様のダンジョン付近にはドラゴンの生息地は無いわ。」


ドラ子の方がまだおっかなびっくりといった様子だが、何とか会話になっている。


「えー・・・ そのドレイクは頭でも腹でもなく”首”を狙っておらんかったか?」


思い当たることがあったのか、ミチは少し興味のありそうな顔で頷く。


「・・そこはわからないけど、首筋の怪我で少し毛並みが変わってたわ。それが何なの?」


三点の質問を終えるとドラ子が非常に残念そうに肩を落としながら告げる。


「近似種だから庇っているなどと思わんでくれ。おそらく其奴に悪意は無いようじゃ・・・」


その言葉に気を悪くしたのかミチの表情が怒りに染まる。それを見てドラ子は身を縮こめてまた背に隠れてしまった。顔は見えないがプルプルと震えているのが伝わってくる。


「みーち!! 最後まで聞きなさい。お姉さんでしょ!」


絶対に違うが封印されていた期間が長いためそうしておく。世の中のお兄さんお姉さんには申し訳ないがしっかりしている者の義務と思って被害にあって欲しい。お願いするとミチはしょんぼりしてドラ子を促した。


「そのー・・なんじゃ・・ドレイクは叔母様に求愛しておった様じゃ・・・ 火竜の求愛は攻撃的での・・ 首筋に噛み付いて愛を示すらしい・・」


俺の背に隠れたままドラ子が説明する。


「・・・何で言葉で伝えないの?」


「ドラゴンに言葉を発するための声帯はないのじゃ。人化の術も龍言語も親兄弟から教わらねばならん。思いを伝えることも出来ずに求愛行動しか取れなかったんじゃろう。1回目の発情期は自分でも何が何だかわからんほど強烈なのじゃ。前知識も己の制御もできない子龍がいきなり発情したとなると・・手がつけられん・・・」


「・・・」


ミチが眉間に指を当ててため息をつく。何というか非常に残念なすれ違いだ。種族ごとに様々なプロポーズがあると思うが、確かに力を誇示する生き物は多い。タスマニアデビルなんかは繁殖期にオスもメスもズタボロになっている。キングコブラも相手が気に入らない時は殺し合いになるらしい。


「飛龍なら贈り物をし、水龍なら鳴き声の美しさを競うがの・・ 火竜は噛み付くのじゃ・・・ 攻撃と取られても仕方ないくらいにの・・・」


実はノガのモテ期だったことが判明した。思いが伝わらなければ意味がないのだが。人に化けて愛を育む銀狼族とは対照的だ。時には相手が死ぬまで添い遂げる銀狼族もいたそうだ。そんな彼女らの首に噛み付いて”愛しています”とは察せと言われても無理がある。


「あー・・ ノガさんに伝えてくるか・・?」


「ダメじゃ! ドレイクが他のドラゴンと接触しておれば会話もできよう。だが、そのままだった時は受け入れられたと勘違いして、また発情するかもしれん。」


「・・・どうしたらいい? 塔に戻ってからの叔母様は見てられない。たぶんドレイクの事をすごく気にしてる。」


ミチの真剣な顔にドラ子が考えこむ。気の良い奴だ。先ほど殺されかけた相手の親身になって考えを巡らせるのはなかなか出来る事ではない。と思う。


「場所がわかれば妾が出向いても良いのじゃが・・・ 早くても二週間はかかるぞ? 火龍の知り合いはおらんからどの程度の理解力があるかもわからん。」


「意外と早いな。まぁ、急ぐ旅でもない。ドラ子が良いなら先生をやってあげてくれないか? 確かにノガさんは話をしていてもうわの空だし、連携がとれないってノアさんも言ってた。」


ノアって名前が出た瞬間にドラ子の顔色がまた青くなった。大汗をかいて下を向く。ミチも不思議そうに覗き込むが目を合わせようとしない。


「どうした? ノアさんとなんかあったのか?」


「・・ノア・・様とは・・銀狼族の・・」


「そう。母様は歴代でも最強の長よ。」


ミチが誇らしげに肯定した。ミチの嬉しそうな顔と裏腹にドラ子の顔はどんどん曇っていく。そして無言のままドアに向かう。


「何処に行くつもり? 」


ドラ子はまわりこまれてしまった!ドラ子はこんらんした!


「いやじゃーーー! 死にとうない!! 狂乱の女王なんて関わりとうない!! 」


羽交い締めにされて暴れるドラ子が叫ぶ。少しでも良いから恥じらいをもって欲しい。


「落ち着けドラ子。その狂乱の女王てのはなんだ?」


「銀狼族のノアといったら一頭しかおらん!! 数多のドラゴンを葬った災厄の狼じゃ!」


「じゃあ、いまから逃げた方が不味いんじゃないか?」


観念したのかジタバタもがいていたドラ子の動きが止まる。


「ノアさんは執念深いぞー。前に獲物を横取りされそうになった時に横取りしようとしたアイアンスネークを一帯から一掃してたもん。」


ドラ子の顔色がまた悪くなる。もはや青を通り越して紫がかっている。アイアンスネークとは鱗が金属の巨大な蛇だ。なかなかに強力で、一匹でも重要討伐対象となる。推奨討伐レベルは120程だ。鱗は装備品へと加工され比較的高値で取引される。


「ごめんごめん! 昔の事は知らないけどいい人だよ。ちょっと話を聞かない所はあるけど礼儀正しい淑女だって!」


抵抗を止めたドラ子をミチが解放した。


「ドラ子、協力して欲しい。」


真剣な面持ちのミチにドラ子が渋々頷いた。


「何かあってもちゃんと助けるから安心してくれよ。親子のミチより付き合い長いからな!」


「ホントじゃな!! 本当に助けてくれるんじゃな!?」


「任せとけ。それにノガさんのために働くんだから感謝こそあっても難癖付けられることはないさ!」


すがりついてきたドラ子の頭を撫でながら付け加える。長年生きてきたドラゴンの威厳ってものはドラ子には無い様だ。村人と仲良くしたり簡単に四天王の洗脳を受けたのも何となく頷ける。


「・・・」


なぜか不服そうにこちらを見るミチが人化を解いた。驚いたドラ子はまた背に隠れてしまった。


「ミチ何で!?」


「塔を出てから撫でて貰っていません。ドラ子を撫でる前に私も撫でてください。」


「へ?」


「お館様は塔にいた時は日に3回は撫でてくれました。しかし、私が人化してからは一回も撫でてくれません。人型が嫌なのかと思い我慢していましたが、ドラ子を撫でるのであれば私にも権利はあると思われます。」


「いや・・これは安心させるためにと思って・・・」


狼の姿で頭を擦り付けてくる。本人の希望なら断ることも無いかと耳の裏と顎の付け根をワシワシと撫でる。このまま首の裏をわさわさ撫でるのがお決まりのコースだ。正直人型になるなんて知らなかったから会うたびに撫でていたが、流石に少女を何の理由もなく撫でる訳にはいかない。しかし、このうっとり顔を見ると偶には撫でた方がいいかと思えてくる。知らないうちに背中の方からドラ子が手を伸ばして一緒に撫で始めていた。


「おぉぉ・・ この手触り・・ これは癖になりそうじゃ・・」


ここで振り返っておくが、魔物は楽しそうな事に目がない。目の前で真面目な話をしていても気になる事があればそちらに目移りしてしまう。ノアさんほどに長生きをし、知恵のあるものであれば自制心が効くが、この二人はまだまだの様だ。


「ミチ・・そろそろ人型に戻ってくれないか? コルビー君やロックさんが来たらびっくりしちゃうと思うんだ。」


はっとしたのかお座りの体勢から急に立ち上がったため、いつの間にか背中に抱きついていたドラ子が転がる。


「あうっ!!」


「すみませんお館様! すぐに!!」


「ミチ、ドラ子のことも気にしてあげて・・」


振り向いてからようやく気づいた。


「?・・!ご・・ごめんなさい・・・」


素直に謝罪する位には気を許したようだ。というか撫でてからかなり空気が軽くなった。


「こんなのは大丈夫じゃ! じゃが・・また触らせてくれんか? 」


「・・いいけど ・・・結局手伝ってくれるの?」


我に返ったのかうやむやになっていた協力の話を切り出す。すると、ドラ子はトテトテと歩み寄りミチの首筋に抱きつき答えた。


「もちろんじゃ! 妾に任せておくが良い! あぁぁ〜気持ちが良いのぅ・・・ 」


さっきまでのビクビクが嘘の様にうっとりとミチに抱き付いている。人が良いというか最早ただの馬鹿だ。ミチは首筋が嫌だった様で鼻先を使い肩の方に追いやった。しかし、撫でられることは好きな様でそのままくっ付けている。背中にはウルダが楽しそうに張り付いて頬ずりしている。


「・・・ウっルダちゃん!?」


「はい! お邪魔してます!」


元気一杯の返事が返ってくる。確かこの子の両親が賊に襲われて亡くなっていたはずなんだが・・・ 間違いだったろうか? あまりにあっけらかんとしているためこちらが戸惑う。


「すみません! ドアが開いていたので入っちゃいました! そしたらミチさんが犬になってて、もう我慢できなくって!」


本人が元気なのは良いことだ。まぁ悲しみ方は人それぞれだから俺が心配するのも失礼か。この世界では立派な大人なのだ。逆に声がかけずらいよりも助かる。


「私は大丈夫です!コルビーといっぱい・・いっぱい泣いたので!これ以上悲しんだらお父さんとお母さんに叱られます!」


心配しないと思っていたのに顔に出ていたらしい。気を使われた。良い子だ。


「ご・・ごめんね、こんな時に呼んじゃって。・・ていうかミチってわかるの!?」


「はい! 色でわかります!」


俺もミチも完全に何を言っているかわからずに顔を見合わせる。ドラ子は知っているのか興味がないのかミチに背中を預けて満足そうだ。


「ごめんウルダちゃん、おじさん何を言ってるのかわからないんだけど・・・」


「あ・・ ごめんなさい! 一人一人色が違うんですよ! 夜に見た時にすごく綺麗だったので覚えてました!」


説明をしてくれた様だが、結局わからずに、またミチと顔を見合わせた。すると、ドラ子が仕方なさそうに口を開く。


「”見色”ってやつじゃな。魔力の色が見えるらしいの。精霊なんかは色でしか見ておらんらしいが、それと似た様なもんじゃ!」


ドラ子のドヤ顔補足で何となく理解した。そこは理解したのだがどう見ても姿が変わっている彼女を見てここまで無警戒ってのが気になった。


「色の件はわかったんだけど・・ 見た目とか・・気にならないの?」


「はい! 前に狼の獣人さんがちょっとだけ犬っぽくなってました! あれの凄いやつですよね!?」


おおらかなというか何というか。全く違うのだが、好意的に見えているならそれはそれで良い。


「ジョンさん! ウルダきてますか?」


そう言いながらドアからコルビーが入ってくる。流石にコルビーは驚くかと思ったが、少し固まっただけですんなり受け入れた。


「ジョンさんは召喚もできるんですね! ホワイトウルフなんて初めて見ました!」


俺が返答に困っているとドラ子が教えてくれた。


「ホワイトウルフはかなり人馴れする魔獣じゃ! 強力な銀狼族の陰に隠れてあまり評価されんが、賢いし一度認めた者には生涯付いて行く。なかなかの忠犬・・おっと忠狼じゃな! 見た目の違いは大きさと色なんじゃが・・・ あまり人前には出てこんから見分けがつかなくても当然じゃろうの。」


「なるほどな・・・ じゃあ今日からミチはホワイトウルフだ。これでそのまま堂々と外に出られるな!」


「お・・お館様!?」


ミチが声をあげ、それをみたコルビーが固まる。そこでドラ子が補足する。


「だがの、 それには問題が一つある。」


「何だ? 勿体ぶらずに言ってくれ。」


「ホワイトウルフは喋らん。」


「・・・・・コルビー君、ウルダちゃん、聞かなかったことにしてくれるか?」


「「大丈夫です!」」


二人がにこやかに声を揃えて返事する。


「いやいや、そういう問題じゃなかろうが! ミチ・・様が何気なく声を出したら終わりじゃろ?」


「ドラ子、呼び捨てで良い。それと、私はそんなヘマしない。」


「じゃあ言葉に甘えるかの。ミチは間違えんでも・・・あれ・・お主なんて名前じゃったか? ・・・あー、思い出せん。」


ドラ子がくしゃみでもしそうな気持ちの悪そうな顔でこちらを指差してきた。そういえばこいつに聞かせた名前は旧魔王に奪われた方だった。


「ジョン・ドウ(仮)だ!」


「・・・偽名にしてももっとまともな名前を考えたらどうじゃ? まぁ今はいいか・・・ ジョンが話しかけたらミチは無視できんじゃろ? こやつは大事なところで間違うぞ? 妾の封印を無駄に強くかけおって500年縛った男じゃ。」


ちゃんと考えていないのが一瞬でバレた。その上で批判された。ここは弁明しなければなるまい。


「異議あり! あれは言われた通りにやっただけだから非は全面的に封印術式製作者のペゴタさんにある!」


ペゴタは当時の村付き呪術師で、呪い(まじない)で住民の治療や相談、安全祈願をしていた人物だ。珍しく本物で、村人からの信頼も厚い人だった。


「却下。あの術式自体は美しかった。術者の込める魔力量で封印の強さや期間が自在に変えられるものじゃ。それを馬鹿みたいに魔力を込めおって!妾でなければ魂ごと消し飛んでもおかしくなかったのじゃぞ?」


「・・・すみませんでした。ご無事で何よりです。」


敗訴が確定した。


「うむ。素直に謝罪できる奴は好きじゃ。許そう。脱線したが、特に理由が無ければ人化していた方が無難じゃ。」


「あの! ちょっと良いですか?」


コルビーが挙手でアピールしてきた。何か良い案があるのだろうか?


「はい、コルビー君。」


何かの議長のように指名してみる。


「はい! 父さんが昔、俺が小さい頃に銀狼族が来たって言っていました。もしかしたら、そのままでも大事にならないかもしれません。」


「あ・・あれ? ミチが頑張って人化してたのって無意味だったの?」


「えー・・っと・・ 父さん連れてきますね!!」


コルビーが急いでドアから出て行く。それを見送りウルダが思い出した様に立ち上がり、口を開いた。


「そうだ! お父さんに言われて来たんでした!」


その言葉で本題に入る。


「あ・・そうだった。ごめんね呼び出して。突然で申し訳無いんだけど、このシーツ女に服を準備しなきゃいけないんだ。ウルダちゃん所の服をいくつか売って欲しい。適当な商品を持ってくるから見積を作ってくれないかい?」


「はい! 好きなだけ使ってください! コルビーと冒険者になるので使いませんから! 何なら全部持っていってくれても大丈夫ですよ! 恩人からお金はもらえません!」


「いやいや! 気持ちは嬉しいけど流石に申し訳ないよ! お金は払わせてくれ。ただ旧帝国金貨を換金できるまでちょっと待って欲しいけど。」


ロックもウルダも欲のない人間の様で、無料にしたがる。嬉しいがちょっとした助けがその人にとって重荷になっては元も子もない。払える対価は払わなければ。しかし、その話をするとここまでにこやかだったウルダの表情が少し曇る。


「あの・・貰ってくれた方が助かります! あんなことがあったお店の商品は誰も買ってくれません・・・ 使ってくれる人がいればその方が嬉しいんです! このままじゃお父さんとお母さんの仕事が無駄になっちゃいますから・・・」


店の商品は両親の遺作だった様だ。目に涙を浮かべて悲しげに話すウルダに胸が痛む。元気に振舞っていても両親の死を受け入れるには時間が足りない。たとえ伴侶を得たとしても、悲しみが消えるわけではない。ただ、要らないって言っている訳ではないのに貰ってくれと言われている状況がわからない。


(女神様女神様状態だけでいいので教えてください。アナライズ)


LV :3

名前:ウルダ・ウィーグリー

称号:コルビーの妻

種族:人間(エルフの血が混じってるっぽい)

体力:  56/98

状態:憔悴・疲労・寝不足

コメント:しょうがないといえばそれまでだけど、気の毒よね。この頃近所の国が胡散臭いからそのせいかも。なんかその街は防衛の要衝だから奪い合いになってるみたい。昔の領主はやり手で未然に防いでいたみたいだけど、今回死んだ奴はダメだったみたいね。息子も平時は良いだろうけど戦時はダメそう。逃げ出すなら2ヶ月くらいの間に決めた方が良いわ。そこの守備兵員は今回の襲撃で主要部隊しか残ってないの。段列が組めないから攻め込まれたら長くは持たないわ。ま、あんたなら関係なく吹き飛ばせるだろうけど。もう勇者じゃないんだから全部救おうとしない様にね。じゃ!


(ストレスと寝不足でまともな判断ができていないのか。それなら強硬に料金の話をしても受け入れてくれないか。それにしてもコメント欄がメインになってきたな。戦争の事はロックさんに伝えておくべきだ。なんて伝えたら信じてもらえるかは不明だが。)


「それならありがたく頂戴するよ。もちろん気が変わったら教えてくれ。俺にできることならやらせて貰うから!」


気丈にふるまう彼女を押し問答でこれ以上疲れさせる訳にもいかない。こちらの返答でウルダの表情が明るくなり、涙を拭って元気よく頷いた。それと同時に先程までねぷかけていたドラ子がすっくと立ち上がり、トテトテと寄ってきてシーツの端で顔を拭ってくる。


「お・・ちょっ! どうした!?」


「それはこちらのセリフじゃ。なんでウルダよりお主の方が泣いておる?」


どうも知らない内に涙が出ていたようだ。本人が堪えたのに俺が泣いてしまうとは、全く格好がつかない。グシグシと雑な感じでドラ子に顔を拭かれ、痛がる俺の姿を見てウルダが笑っていたのが唯一の救いだ。一段落したところでコルビーとロックが再び部屋に入ってきた。


「ジョンさん、こんなものしかありませんでしたが使ってください。」


差し出されたのは町で良く見かけるワンピースタイプの服だった。フェタさんがおそらく若い時に使っていた物だろう。深緑の地味な色のものだが、袖には申し訳程度にフリルがついている。


「何から何まですみません! 本当に助かります。」


「お礼なんて言わないで下さい。困ったときはなんとやら・・ こんなことしか出来ませんが遠慮せずに頼って下さい。」


「それじゃ!男性陣はでてくださいね!」


会話が終わる前だったが、ウルダに追い出されるように部屋を出る。


「待っている間にお茶でもどうですか? 店番はスキールだけで十分でしょうから。」


聞きたいこともある上に、お茶と聞いたら断れない。二つ返事で了承した。







伝えるって難しいですよねー。

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