出遅れ
「ドラ子」
「なんじゃ?」
玉座があったであろう大きな空間、その破壊の跡を目の当たりにして目を覆う。俺が兵士たちと戯れている間に取り返しのつかない事が起きたようだ。
「……何が起きた?」
「うむ、炎王ベネリを始末した」
見れば、わかる! もうちょっとこう、情報が欲しかった。久しぶりに狼になったミチが尻尾をフリフリ誇らしげにお座りしている。とりあえず現実逃避しながらワシワシとミチの首の辺りをなでる。ちらりと向こうを見ればほぼバラバラになった炎王ベネリだったものが散らばっていた。月並みな感想だが、ぐろい。
「交渉とかは?」
「死人に交渉など無意味じゃろう? 死霊術使いはどさくさに紛れて逃げおったようじゃな」
原因は死霊術師のせいだったようだ。もっともそいつを逃してしまったのだから証拠はない。ここに兵士がなだれ込んでくれば弁明はできない。最初からするつもりもないからどうでもいいことではあるのだが。
「いつからかわかるか?」
「かなり前ではあろうが、いつからかはさすがにわからんぞ?」
わかったところで意味はないが面倒なことを考えている奴らがいるというのば間違いない。リールでもアルジェシュでも死霊術師が関わっていた。どうせ終末思想の愚か者が他人を巻き込んでマスターベーションしているだけだろう。とにかく炎王を操っていた黒幕が消えたならここでの目的も達成だ。ぼんやり考えていると力強い声が聞こえて来た。
「突撃ー!!」
その言葉を合図に元気よく兵士たちが突入して来る。道中に仕掛けた雑な結界が破られたようだ。ワラワラと兵士がなだれ込んでくるが、次第に勢いをなくして惨状を前に固まってしまった。
「ほれ、なんか言ってやらんか!」
「……良し! 兵士諸君、炎王は討ち取った! 我が名は炎帝ヴァルガス、悪辣なる者は我が前に灰と消えよ!」
「どうして格好つけた? 連中固まって……」
「「うおおおおおおお!!!!」」
ドラ子が言い終える前に体が震えるほどの歓声がホールに広がった。ミチは耳を押さえて固まり、ドラ子は目を見開いて固まった。兵士達は口々に歓喜の言葉を叫ぶ。次第に冷静になったのか複数の部隊に別れてなにやら行動を開始した。
「どうなってんだ?」
「妾が知るか!」
「食べ物を配給をするみたいね」
さすがミチ、耳がとてもいい。
「ていうことはあれか?兵士諸君は現状には反対だったわけか」
「その、ようじゃなぁ……」
「ならなんで抵抗する必要があったの?」
「仕事熱心、てことか?」
「知るか!たわけ!」
事情が飲み込めず三人であーでもないこーでもないと言っていると、兵士の一人が武器を捨ててこちらに歩いてきた。警戒させないようにだろうか、両手をあげている。
「私は近衛兵士長のザナドウ・グスターと申します。お茶でもいかがですか?」
髭をたくわえた老練の兵士といった風の男が申し出る。これ以上の戦闘はこちらも願い下げ、ありがたい申し出だ。だが、流石にバラバラの元国主を背景にお茶会というのは御免被るため場所を変える。ザナドウが案内してくれたのは妙にゴテゴテしい見た目の応接室だった。ほとんどの調度品が金ピカで居心地が悪い。
「どなたかは存じませんが、国を救って頂き感謝する」
さっきの自己紹介がなかったことになっている。まぁ、数百年前の魔王の名前を出せば信じないほうが正常だ。とりあえず高価な茶に毒が入っていないかを飲んで確認し、ドラ子へGOサインを出す。
「ジョンと呼んでくれ。しかし、“救ってくれた“とは聞き違いか?」
「はい、いいえ。言葉通りでございます。外の惨状をご覧に?」
「あぁ、ひどい有様だ」
「我々はあれをどうすることもできず、ただ従うばかりでありました。クーデターを起こした者もいたのですが炎王の名は伊達ではなく……」
「返り討ちってことか」
ザナドウは深々と頭を下げた。思うところはあるが全てが悪い方に転がって今があるってことなんだろう。こればかりは今までを知らない俺が言えることはない。この男が真実を言っているかはわからないが、ミチが良くも悪くも興味なさそうな顔をしているということは敵意がない証拠だ。
「ジョン様がどういった事情でいらしたかは存じませんが、王を討ったということはこの国を導いてくださるということでございましょうか?」
即座に首を横に振って否定する。
「違う、獣王国への派兵を止めるために来た。迷惑だ」
「サルメリアの部隊でしょうか? あの部隊は深刻な損耗を受けたと撤退の報告が入っております」
「ものはついでだ。お前らがいうところの“亜人“に対する不当な扱いはやめてもらいたい」
「……承知致しました。国是とするよう言い含めましょう。その件で一つ、よろしいでしょうか?」
「言ってみろ」
「王亡き今、この国には導く者がおりません。救国の英雄がお決めになるのが宜しいかと」
すこぶる面倒臭い。狼姿のミチは既に興味を無くして準備してもらった綺麗なクッションの上で横になっているし、ドラ子はお茶菓子に夢中。答えは決まっているが、即答するのもあれなので天井を見て考えたフリをする。天井のシミ、人の顔みたいに見えるな。
「ザナドウ、お前がやれ。民を導き良い国を造れ」
ちょっと寝そうになるくらい勿体ぶってから考えるのを放棄して目の前の男に丸投げしてみる。男が猫をかぶっている可能性はある。だが、部下も慕っているようだし言葉遣いも丁寧だ。きっと家柄にあぐらをかかずに切磋琢磨してきたにちがいない。という事にする。
「はい、いいえ。私は惨状を傍観した者として王の首の横に並ぶ所存でございます」
「面倒臭い」
おっと本音と建前を間違えた。しかし後の祭りなので真面目な顔をしてそのまま続けてみる。
「兵どもを導ける人間が必要だ。この局面、一歩間違えば大規模な内戦に発展するだろう」
それっぽい言葉を選んでみる。もし立場が逆だったら俺は間違いなく断るだろうけど。
「しかしこのような事態になったのも王制だったためで……」
「お前、議会政治の準備にどれだけ時間が必要かわかるか? 俺は全員ぶっ飛ばして力で押さえつけた上に現地の人間使っても1年かかった。クーデターに成功したとか理由をつけて頑張ってみろ、まともじゃなかったらきちんと滅ぼしてやる。略奪はしないから国庫を有効に使ってまともな国に仕立ててみろ」
案の定断られた。無茶振りであることは十分理解している。だが、護衛らしい兵士どもは手を胸に当てて賛同の意を示した。覚悟を決めたのかザナドウは俺に頭を下げてから振り返り、兵士どもに宣誓した。
「私は今、生を得た。一度は見捨てたこの国で生き返す機会を得た。ならば私はこの命が尽きるまで、最後の一息まで忠を尽くすと誓う。この国が以前の豊かな暮らしに戻るまで想像を絶する苦難と長く厳しい道のりが待っているだろう。それでも、ついてきてくれるか?」
喝采、6人とは思えないくらいの声量で兵士が騒ぐ。どうしたどうしたと他の兵士たちも集まって応接間は途端に騒がしくなった。伝言ゲームになっているのかその騒々しい波は城の外まで波及してもはや収拾がつかない。城門前の広場ではどこからか集まった民衆たちが狂喜乱舞して祝っている。さきほどまで死んだように生きていた連中とは思えない。
「か、帰るか……」
俺の言葉にようやくか、といった顔の二人を連れてこっそりとその場を抜け出した。
「グスター様を王にする」
言い出したのは近衛兵士長補佐のトーヤ・ビンネンだった。平民上がりのたたき上げで、子爵家の養子となったあとも謙虚な姿勢で民からの人気も高い男だ。
「だが、お前の計算が合ってたとしても本当にあの連中がすんなり国を出ていくのか?」
応えるのはトーヤの友である副長のマーゴ・ニャゴラ。崩落した階段をのぼりながらこそこそと話をしていた。
「モリスの報告にあった魔王に間違いない。報告の通りならベネリを倒して国を去るだろう」
不思議そうな顔のマーゴはトーヤに尋ねる。
「それにしたってベネリ様を倒せても国に居座るかもしれないだろう? それこそ炎王を倒せるような相手を俺たちが倒せるわけがない!」
「いや、こんなに傷んだ国を欲しがるやつはいない。財宝を持ち去って終わりだろう」
「居なくなったとして貴族連中が黙ってない!」
「グスター家を差し置いて王を名乗るような猛者はいないさ。どの貴族も武門の筆頭を敵に回して戦えるような兵力は持っていない。マーゴ、頼みがあるんだが良いか?」
マーゴは溜息をついて肩を落とした。
「断ったってやらせるだろ…… 何をしたらいいんだ?」
「数部隊を率いて食糧庫を奪取してくれ。そのまま広間で配給を開始、グスター様のクーデターって情報を流すんだ」
「お、おいおい!そんなのまずいだろ!?」
「失敗した時には俺が素直に名乗り出るさ。だが、奴の力を見たろう? たかがブレイクブリックであの威力だ、絶対に状況がひっくり返る。もし出遅れれば一生後悔する!」
いつにも増して真剣なトーヤの言葉にマーゴは頷くしかなかった。




