暇潰し
ここは獣王国から数千km離れたグリーズ大陸。ヒロエネス火山のふもとにある炎王ベネリの城。獣人国へ対する所業を鑑みて宣戦布告をしに来たのだが、あまりに寂れた城下町の様子にあきれているところだ。
新大陸移住組第一便をつつが無く送り出した俺は暇を持て余して魔王を一目見るためここにやってきた。だが、道中の惨憺たる村々の様子を見て考え直し、そのまま攻めることにした。
考えてみればあれだけ離れた他国の国民に手を出すくらいだ、近場の者達が無事であるはずがない。働き手を奪われた村は木の根を齧るような状態で明日をも知れぬ生活をしていた。
こういうことをする奴がいるからいつまでたっても“魔王は倒さねば~”とか言われるのだ。元勇者として倒すべき相手と認めるしかない。
「二人とも一緒に来てもらって悪いな」
「一緒に居るのは当然」「気にせんで良い」
お供は妻二人。本職の戦闘員より頼りになる。最初は第一便運搬係に派遣しようと思っていたドラ子だが、子育てに積極的な龍達の派閥から協力を得られたことで暇になった。結果としてここまで来ることができた。二人がいれば朝飯前に終わるだろう。
「それにしてもあれだな、お膝元ってのに廃墟みたいだ」
「どうしたらこうなるのかのぅ…… 富の分配なくして恒久的な発展なぞありえんのだがなぁ」
「……臭い」
ミチの感想がよくわからなかったが、彼女なりに何かを捉えたようだ。しかめっ面で聖女の首飾りを握りしめた。おまじない程度には効果があるのだろうか?
寂れた町には人通りが少なく、開いている店はほとんどない。開いていたとしても食い物は無く、どこから持ってきたのかひなびた皮の靴や破れた服など商品として意味をなさない物ばかりだ。こんなところでどうやって生きて来たのか不思議に思うくらいだ。
「あっちで騒いでる」
ミチが不快そうな顔で大きな通りの向こうを指した。少し興味が湧いたのでそちらに向かう。立ち並ぶ廃墟を越えると視界が開け、噴水のある広間が現れた。そこでは兵士らしき格好の者達が小汚い恰好の人達にパンをばら撒いていた。
「ベネリ様の施しだ! ありがたく受け取れ!」
石畳の広間に転がるパンへ我先にと飛び付く連中。ハトに餌でも与えるように兵士たちは無造作にパンをばら撒く。ラース曰く、“生きようとしていない奴等”そんなことが頭をよぎる。
「不快だ。城に向かう」
「お主、魔王みたいになっておるぞ?」
「……すまん。ちょっとあれだな」
感情の起伏があるとどうしても乱暴な口調になってしまう。しかし炎王を排除してしまえばこいつらの生活は破綻する。圧政によって奪われた尊厳がベネリを倒して戻るかと言ったらそうではない。日々の“施し”で食い繋いでいた奴らはそのパンすら失うのだ。
「考えすぎ、やることは変わらない。排除しなければ他の者も巻き込んで大勢死ぬ」
「顔に出てたか?」
「あなたのことは匂いでわかる」
風呂に入ろう。いくらミチでも全部筒抜けはよろしくない。
「?」
「いちゃつくのも良いが、そろそろ目的周辺じゃ」
あっという間に敵本拠地に到着。死霊術の気配がする。これがミチの言っていた“臭い”の意味だったようだ。最近はこういう時いけ好かない事態が待っている。まぁ、現状が不快だからこれ以上の悪いことは無いはずだ。さっさと突入して憂さ晴らしでもしよう。
暇つぶしに三人で戦争しに来ました。襲われる方はたまったもんじゃありませんね。
ここで補足。ミチがつけている聖女の首飾りは二話目でジョンがプレゼントした物です。
元々の持ち主である聖女は所属する宗教団体に殺された無念で怨霊と化し、その宗教の総本山である教会に化けて出たところを封印されました。この時数百を超える死者を出して協会は閉鎖に追い込まれました。
しかし聖女の呪いは収まらず、教会周辺に通りかかる者さえ殺しました。協会がその町の中央にあったせいで町全体が機能不全となり放棄されました。墓からは死者が蘇り生きとし生けるものを死者に変え、町が森に飲み込まれた後も呪いの森として存在しました。
そこから数百年たったところで現れたのが勇者時代のジョンです。地味な聖属性魔法を駆使して呪いの聖女を浄化し、生命の流れに還すことに成功。その時感謝の気持ちとして受け取ったのが教会に保管されていた至宝のネックレスでした。
ネックレスは歴代の聖女の祈りが込められていたとされるもので、破邪や身代わりなど様々な効果をもたらすとされていました。謀殺された聖女の呪いからは守ってくれなかったわけですけどね。
ちなみこの滅んだ宗教、聖女は純潔を神に捧げるとされていました。にもかかわらず教皇が聖女を襲っちゃいました。その事を隠すために難癖つけてぶち殺しちゃったんですね。低モラルのクソ宗教だった訳です。
以上、どうでもいい設定四方山話でした。




