ドラ子の帰還、ラースのへたくそ
「戻ったぞ」
「お帰り、どこ行ってたんだ?」
ドラ子が大荷物を持って帰って来た。人一人でもは入れそうな巨大な麻袋を背負って拠点に入ってくる。歩くたびに床が悲鳴を上げるのを見るにかなりの重さのようだ。
「ちょいと鱗を換金しておったのじゃ」
「欲しいもんでもあるのか?」
「阿呆、国を作るのに貨幣は必要じゃろう? 最初は物々交換でも成り立つが、規模が問題じゃ。数百人単位で始めれば追い付かん」
「さすがドラ子。どっかの老いぼれとは違うな」
役割分担しなければ開拓なんぞうまくいかない。サバイバルと違って継続しなければならないのだから物々交換では農耕と狩猟に大きな差が生まれてしまう。最初のうちは公営市場か何かを作って公的な機関が収穫物を買い取って公平に取引できるようにしなければ日々の生活で干上がってしまう。落ち着くまでは配給制にするのもありだろうか? ラースがどこまで考えているかわからないが、俺たちも想定できることはやっておかねばならない。
「それは儂のことか?」
入り口が盛大に開くと無駄に偉そうになったラースが以前酒場で一緒に飲んでいた女を連れて帰って来た。たしか名前はローズだったはずだ。もしかして以外に一途なんだろうか?
「おう、色ボケ龍。うちのドラ子の方が良い仕事してそうだぞ?」
「ふん、言ってくれる! しかし説得に難儀しているのは間違いではないな」
楽しそうに笑いながらラースは頭を掻き、どっかりと椅子に腰掛けて酒を呷る。その後面倒くさそうな顔でテーブルに広げたのは雑に書かれた地図だった。その地図を指差して酒臭い息を吐いた。
「教会の連中がここで死ぬとのたまってな。使えぬ信仰なぞ捨て置けと言ったがまったく聞く耳を持たん」
それはそうだろう。説得という言葉の意味を考えてしまう。するとけらけら笑いながらローズがテーブルに腰掛けてラースのグラスの酒を飲む。
「あれはラースちゃんの言い方が悪いんじゃないの? 神父様に向かって神を捨てろなんて怒られて当然よ」
教会に戦争でも仕掛けに行ったのだろうか? 女同伴で酒の匂いをさせながら乗り込むなど交渉に臨む態度ではない。というか正気とは思えない。
「それに移住の条件が信仰を捨てることだなんて商売あがったりじゃない」
神父が信仰を捨てたら確かに無職だ。まぁ、食費を浮かせるために土いじりをしている事が多いから十分働けるだろう。だが、それもすべて信仰の一環であるのだからそれを奪っては応じるはずもない。
「クク、信仰は邪魔になる。すがる先が必要なのは理解するが、それが神であってはならんのだ。隣人こそ信ずべき者、手伝いもしない神に時間を割くなぞ水で水を薄めると言っているようなものだ」
「ま、見解はいろいろあるだろ。今回はアリアが手伝ってくれたから島ができたんだから神も捨てたもんじゃない」
アリアを侮辱されてドラ子が怒ってもあれなので一応フォローしてみる。しかし、ドラ子はキョトンとした顔でこちらを見た。
「この国の宗教とアリア様は関係ないぞ? 紛い物の神なぞ掃いて捨てる程いるからのぅ、いちいち潰しておったら滅んでしまうじゃろぅが」
どうにも間違えたようだ。
「そ、そうか、すまん」
「それにしてもその娘っ子は誰じゃ? その、随分とずいぶんじゃが……」
「あぁ、フィズってんだが・・・ フラれちまったらしくて抜け殻みたいになってる」
部屋の隅っこでぐったりしているのは先日花を手に入れて告白しに行ったフィズだ。すごく丁寧にお断りされて立ち直れずに壁にもたれかかって天井を見つめている。部屋を宛がったのだが、寂しいのかここまでやってきて放心している。彼女の心境はちょっとわからん。
「おい娘っ子、ちょっと面を貸すがよい」
「へ?あ、え?」
「借りてゆくぞ?」
フィズを少し強引に立たせるとドラ子がドアに向かって歩き出す。
「お、おう。どうするんだ?」
「散歩じゃ。グジグジしておっても禄なことが無いからのぅ!」
そう言うとドラ子はフィズを担いで出て行ってしまった。そういえば昔暮らしていた村でも住民に気に入られていたから悪い事にはならんだろうと見送ることにした。
「ほれ、目を開けてみよ」
「ひ、は、ちょ」
大きな黒い龍の背中で少女は固く目を瞑っていた。それもそのはず、女性が突然目を疑う程大きなドラゴンになったのだ。これまでの人生でゴブリンすら見たことのない少女は息も忘れて立ち尽くした。しかしそのドラゴンは固まった少女を構わず背に乗せて空へ舞い上がった。
「そら、どうした? この程度を恐れて生きて行けるかのぅ?」
少女は本当の親を知らない。母は少女を産んだ直後に息を引き取り、父は目の開かないままの彼女を置いて戦場に向かい帰らなかった。短いながらも様々経験してきたと考えていた彼女はそれが思い上がりだったと気付かされた。
「む、無理!こんな、こんな」
「この程度苦難の内に入らんぞ? いつまでもぐじぐじとしておるでない。目を瞑っては大切なことも見逃すぞ?」
穏やかなでありながら叱るようなドラゴンの言葉に少女は恐る恐る目を開けた。開けた視界に広がるはどこまでも青い空。遥か下には雲が漂う。少女はその瞬間何かが弾けた様な、そんな音が聞こえた気がした。途端に今までの自分がどうでも良くなり、自分をフッた男の事もどうでも良くなった。
「少しは楽しめそうかのぅ?」
「ドラゴンさん、ありがとう!」
二人は夕暮れが迫るまで空の散歩を楽しむのだった。
というわけでちょい役のフィズさん失恋です。先日ジョンに因縁つけてきた少年が好きだったようですが、ジョンにこっぴどく負けた少年は断ってしまいました。つまりフラれたのはジョンのせい。
ちなみに作中のトオカヨウはサンカヨウをモチーフに考えた花です。一定条件で水に濡れると白い花が透明になる山野草です。花が透明になる理由はわかっていません。どっちかというと花が浮き上がった方が虫に発見されやすいのではと考えてこうなりました。サンカヨウの実はブルーベリーみたいな見た目らしいですけど食べたことありません。
ちなみにちなみにフィズがドラ子の背中から落ちなかったのは魔法で風を軽減していたせいです。ドラ子は魔法が得意で、作中でも風魔法で人を運搬する場面がでてきました。初アルジェシュ入りするときにはキャリッジがあったので強く魔法を使いませんでしたが乗る人に合わせて強弱を変えています。




