酒場でラース
「ラース……お前なにしてるんだ?」
いつまでたっても帰ってこないラースを迎えに行くと、盛況な酒場の隅っこで酒を呷っていた。声を掛けようと卓に歩み寄った途端、ラースが若い女に頬を思い切り張られた。俺と入れ替わる形で女はズンズンと出口に向かって歩いてゆく。そんなラースへ派手に着飾った商売女がケラケラ笑いながら酒を勧めている。
「うむ、最近の娘っ子は金だけでは靡かんな」
ラースが納得したように髭をなでる。屑男の言い分だ。女の子の手の方が心配になる。
「あんたこの人の連れかい? すこし女心ってもんを教えてやりなよ!」
またケラケラと笑う女がグラスを傾ける。この寂れた町でここだけ別世界のように賑やかだ。後ろでは騒ぐ優男に厳つい男が掴みかかっている。それをネタに賭けをして煽る外野。料理や酒も値段こそ吹っかけているが質は良さそうだ。
「専門外だ。友人が迷惑かけたな」
店仕舞だと幾許かの金を握らせてやると、女は酒臭い息を吐きながらラースの頬にキスをしてカウンターへ戻り他の男へ声をかけている。なかなか仕事熱心でたくましい。
「金なんか持ってたのか?」
「ん? 当然だ。いくらでも鱗は生えるからな、途中の街で換金してきたのだ」
雷王龍の鱗なら引く手数多だ、確かに金には困らない。まぁ、その金で女遊びとは呆れるが、娯楽が酒と女しか無いような町ではしょうがないのだろうか? 山奥で料理しながら引きこもっていた男とは思えない。
「とりあえず拠点に戻るぞ。島は完成したから後はここの住民を説得して連れていくだけだ」
問いかけに答える前にラースはグラスを掲げて店員を呼ぶ。酒を口に運ぶとため息をつく。
「そのことなんだが、ここの奴らを全て連れて行くのには反対せざるを得ない」
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味だ。価値のあるものだけ連れていく」
通りにいた物乞いのような連中が頭をよぎる。俺もどこかで同じことを考えていた。
「しかし、このまま放置していけば奴隷になっちまうだろ?」
不思議なことに考える前に納得してしまっている。だが、このまま見捨てるのも寝覚めが悪い。一縷の望みをラースとの会話で見つけようとしている自分がいる。
「いや、ほとんどが奴隷にすらなれずに切られるだろうな。だが、奴らを連れて行けば確実に害となる。無から有を作るのに足手纏いがいては共倒れになるのだ」
無気力な奴はそうじゃない奴の努力を食いつぶす。これも嫌と言う程見てきたことだ。今更疑う事も無い。
「見捨てろって言うのか?」
ラースがクククと笑う。
「お前はいつから奴らの保護者になったのだ? 飯事なぞ下らん。実現可能な話をしようではないか」
ラースは俺をきちんと観察している。たぶん今考えていることもお見通しなのだろう。うだうだと結論を先送りにしているだけの会話を早々に切り上げようとしている。
「お前の見積もりは?」
「300、それ以外は置いて行く。これでも譲歩しての数だ」
「炎王ベネリってやつの配下に捕まってたやつらがいる。そいつらは」
「海岸にいる奴等だろう? ここから離れた気概は認めるが老人が多すぎる。半分まで減らせ」
あの三隻の船には120人はいるだろう。代表たちに連れて行くといった手前、半数に減らせとは非常に言い出し難い。
「ふん、すべてを救えるなどと思いあがるな。欲張れば救おうとした全ての者達が零れ落ちるぞ?」
返す言葉がない。これは俺が今まで嫌と言うほど突きつけられてきた事だ。判断の連続はミスを生む。その小さなミスが取り返しのつかない大きな波となって全てを攫っていく。俺も、俺を利用して生き延びようとした者達も。
「・・・わかった。ここから連れていく人選は任せる。俺は捕まってた連中に判断して貰って来るよ」
俺の言葉を聞き、ラースはグラスの酒を一気に飲み干す。
「さぁ、動くか」
力強い言葉と表情には王たる威厳が嫌という程感じられた。
ラースの頬を張った女の子は猫の獣人です。耳がピコピコ動くの可愛いなあと思いながらも本文では一切触れていません。人と獣の中間くらいの獣人。毛深い。
ちなみに商売女さんはローズ(源氏名)で人寄りのウサギさんです。ネイティブバニーさん。獣人の勢力図としては猫と犬とウサギで獣人の半数以上を占めています。出てくるか未定ですがネズミの獣人もいます。大きくても110cmくらいと小柄です。数が異常に少なく希少なため高額で取引されています。本物のネズミとは全く逆です。
劇的に長い文章を書けなくなったので短いままアップしてみました。
この後“移住の打診”と“フィズのわがまま”をアップ予定です。




