元獣人国へようこそ
「ようこそ元獣王国ラッサエルへ!」
嫌に明るい声でうさ耳の女性が挨拶をしてくれた。人間の耳と付いている位置は変わらないがそこから上に向かって伸びた耳はちょっとだけ弧を描いて頭を添うように生えている。たまにピクッと動くさまが飾りじゃない事を確認させる。この女性は人の造形に全身毛むくじゃらという丁度中間のタイプだ。獣人は同じウサギ型でも二足歩行のウサギって見た目からほぼ人って見た目まで様々だ。
「あーっと、すまんがでかい龍が来なかったか?」
「はい!それはもう大きな大きな龍が元王城の方へ降り立ちました!」
国が滅び、人さらいが近くにいるのに満面の笑みで対応するこの女性に少しだけ興味が湧いた。
「元気だな。どうして俺が余所者だってわかったんだ?」
「じたばたしても何にもなりませんからね、人生悪い事ばかり起きませんよ! 私はこの国全ての人の顔を覚えています! だから入り口で怪しい人を見つける役目があるんです」
「すごいな。それに良い考え方だ。ありがとう」
深々とお辞儀するウサギさんへ挨拶して王城へ向かう。町の様子は至って暗い。崩れた建物が道を塞でいるのに、それを撤去することもせず死んだ目で物乞いのようにこちらを見る連中ばかりだ。こいつらを新天地に連れて行ったところで害になるんじゃないだろうか? これなら国を捨てて捕まっていた連中のほうが相当マシだ。
「お前、人買いか!?」
ショートソードに手をかけて犬っぽい耳の少年が威勢よく飛び出してきた。こういう手合いの子供は面倒臭くて嫌いだ。
「違うが、言って信じるのか? それと、脅しはもっと得意な武器でやるべきだな。その腕じゃ犬死だ」
少し挑発してやると顔を真っ赤にして剣を抜いた。重心はブレブレだし剣の重さに体が対応できていない。おそらくあまり訓練をしていない裕福な家の少年。義侠心で人買いから民を護るために彷徨っていたのだろう。身なりは良いが靴は汚れている。
「ぼっちゃん!」
「来るなホブ爺!」
やはり読みは当たっていた。腹を弾ませながら身なりの良い犬耳の爺さんが走ってくる。ヒップバッグから鳴る音からして銃と数発の弾が入っていそうだ。小銭という線も消えないが、十中八九武器。この少年よりは戦えそうな人物だ。
「保護者が目を離してはダメだろう。難癖付けられるのには慣れているが今の状況では穏やかじゃないな」
「申し訳ありません、おっしゃる通りです」
「ホブ爺!」
「少年、君のは勇気じゃなくて蛮勇だ。剣が良くても振るう者が君ならネズミすら殺せない」
「お前!!」
剣の出来はとても良い、業物だろう。おそらくコルビーくらいの子が持てば真価を発揮する。しかしこの少年では剣への魔力付与もできていないからきっとすぐに折られてしまう。少しの挑発で切りかかって来るほど自制が利いていないのも減点だ。剣をつまんで止めてやると驚いたように目を見開き、ほっぽり出して下がってしまった。これも減点だ。
「それで、剣を取られてお前はどうする? 相手の力量も分からず喧嘩を売って敵わないと見るや逃げ出すのか?」
「…!!」
イライラする。子供のわがままと言えばそれまでなんだが、俺じゃなければ怪我をしていたかもしれない。まぁ、煽った自分も悪いがどうにもこういう子供は好かん。やはり面倒くさい。
「申し訳ありません、その剣は差し上げますからお目こぼしを」
「良い物だが俺の力には耐えられない。元から命を取る気などないさ。その価値も無い」
投げて返してやるとホブ爺は事も無げに受け取った。やはりこの爺さん稀代の剣豪より弱いがそこそこ戦えそうだ。
「ありがとうございます。さ、ぼっちゃん。帰りますよ」
「少年。君のは蛮勇だったが、他者の為に行動したことは評価できる。次は自分の出来ることで示せ」
下を向いて肩を震わせた少年は走り出した。だから子供は嫌いだ。こっちだって人買い呼ばわりされて周りからの視線が痛い。謝罪の一つでもしてから帰って欲しい。
「感謝を、魔王ヴァルガス様」
驚いたが出来るだけ表に出さず眉だけ動かして見せる。
「以前どこかで会ったか?」
「この国がまだ平和だった頃ですね。ゴリアテスネイルから助けて頂きました」
ゴリアテスネイル、3mくらいの肉食巻貝だ。大昔に爆殖して村が襲われていたことがあった。しかしその大発生も200年以上前。獣人は長くても80年くらいの寿命だから計算が合わない。
「エルフの血が混じっていたらしいのです。カーサの村の生き残りでございます」
「そうだったか、大変だったろう?」
カーサは真夜中に襲撃され、村人が9割食われて地図から消えた村だ。スネイルワームはナメクジのように音も無く忍び寄り、毒針で相手を瞬時に麻痺させて生きたまま飲み込む。守衛がやられて警鐘が鳴らず、皆食われたのだ。
「あなた様のおかげで生き延びた者達はここで新たな出発をしました。まさかここも落ちるとは思いませんでしたが……」
力なく笑うとホブは頭を掻いた。
「私はぼっちゃんを追いかけねばなりません。それでは失礼します」
ホブは腹を揺らしながら走っていく。少し頼りない背中を見送って崩れた城へ向かう。
家屋はほとんどが崩れ、強い魔力の残滓が戦闘の激しさを物語る。一つは獣王ライネルという奴だろう。もう一つはいろいろな魔力が混ざり合って無理やり繋ぎとめたようないびつな物だ。おそらく魂すら餌にして活動していたなにかだ。似たような物は魔力を餌に無限稼働するゴーレムがある。古代文明の遺物だ。11体製造されたものの一体が行方不明だからもしかするとそれだろう。なぜ知っているかというと、それ以外は俺が破壊したからだ。確かめるのは面倒だが、あのゴーレムが残っていれば餌を求めて人里に来る。ああいう手合いが効率良く魔力を吸収するには人間なりなんなりを食った方が早いからだ。
「にしてもかなりの被害だな」
外壁には大穴が開き、そこから一直線に王城へと破壊の後が続く。ところどころに残るカラスのような鳥の死骸が恐らく襲撃者の使い魔か何かだろう。呪術によって人間の魂を縫い留めた歪な生き物。この呪術に残っている魔力、どこかで覚えがあるような気がする。
「ジョン」
「ぅおっ!」
びっくり。霧雨の中ミチが背中にくっついた。
「遅い」
「すまん、寄り道してた」
「だめ」
駄々っ子みたいになっている。そういえばミチと数日離れたのはもしかすると初めてかもしれない。子狼の頃からずっと一緒だからせいぜい半日程度くらいしか離れたことは無かった。
「見るところも無いけど一緒に歩くか」
「うん」
ラースに会って作戦を考えるべきだが、種族救済の避難所建国はあくまでついでだ。俺にとってはミチとの散歩の方が優先順位は高い。この町の食事事情やらラースが女を連れこんではフラれているという話を聞きながら城下町を歩く。
塔を出る頃、ミチは余所行きって感じの話し方だったが最近は落ち着いた。懐かしいというのもおかしいのだが、俺もこの方が落ち着く。ちょっと気恥ずかしいが手を繋いで被害を免れた通りを散策する。”何してんだこんな時に”と言うような周囲の視線は痛いが、そのおかげかミチの機嫌も直ってきた。
「そういえばドラ子は?」
「寄る所があるって途中で別れた。まだ来てないのか?」
「ドラ子なら大丈夫だろうけど……」
「入れ違いになってもあれだからどっかで待つか」
ミチは家族には甘い。心配をするようになったという事は家族と認めたのだろう。最初の出会いからは想像できなかったがこれは良い変化だ。
ひとまず雨も強くなってきたため散策を中断して宿に向かう。宿と言っても住民が既に亡くなって空き家になっていた建物だそうだ。ナオが掃除して拠点としては問題ないらしい。家に入ると知らない獣人と少女が家事をこなしていた。
「ヴァルガス様、お帰りなさいませ……というのも変ですね」
「お、ナターシャ元気そうだな。様は必要無いぞ」
この少女はミミックスライムのナターシャ。ラーベラから分体したばかりだが、記憶を引き継いでいるので一般常識に家事なんかも覚えている。生活力のない俺たちには頼もしい存在だ。戦闘力はほぼ無いらしいからその点では守らねばならない。
「小間使いとしてそういう訳にはいきません」
もちろんそういった事をやってもらうのは頼もしい。だが、俺としては家族として迎えたつもりだったからここまでメイドっぽく振る舞われると“思てたんとちゃう”状態だ。
「ナターシャ、もうちょっと肩の力を抜いてくれ。頼りっぱなしで言うのもなんだが、家族として迎えたんだから作業も分担で」
「父親にだって様はつけますでしょう? それに私が家族のために好きでやっていることでございます。そんなお顔をなさるよりも褒めてくださった方が私は嬉しゅうございます」
「・・・立派な娘ができた気分だ。ありがとうナターシャ、助かる」
そういうとナターシャはにっこり微笑みお辞儀をしてバケツを持って二階へ上がっていった。と思ったらすぐに戻ってきて獣人の男性に合図して2階に上がるよう促した。知らない顔だが紹介がないので聞いてみる。
「ナターシャ、その人は?」
「あ、これは失礼を。手伝いのシリュです。森でミチ様が助けてから下働きをさせています」
15〜6歳くらいの少年は頭を掻いてお辞儀する。自信なさげな表情でモゴモゴ名乗るとすぐに下を向いた。よく聞こえなかったがきっと自己紹介したに違いないだろうからこちらも名乗っておく。
「えーと、ジョンだ。よろしく頼む」
握手のために手を差し出したが、シリュはビクッと体を震わせた後どうしていいかわからないのか首を傾げた。
「森に捨てられていたので常識が理解できていません。お帰りなさいませヴァルガス様」
ナオが入り口から肉の塊を持って帰ってきた。猪にしては大きいモモ肉をテーブルに放り出すと、肉の油でギトギトの手でシリュの手を握った。
「教えたでしょう? 握手です」
シリュはか細い声で何か言ったがよく聞き取れない。ただ、さすがに嫌がっていそうだというのはわかる。良い出汁が出そうな手で握られたら誰だってそうなる。
「無理しなくていい。これで嫌われちゃ敵わんからな」
ナオがふと自分の手を見る。ギトギトになったシリュの手と見比べてこっちを見た。
「申し訳ありませんヴァルガス様。すぐに手を洗わせて戻ってきます」
だれかこいつに“適度に”という言葉を教えてくれれば良い側近になるのだが高望みだろうか? とりあえず手を洗いに行くのを見送った。
シリュは虐待の末森に捨てられた犬の獣人です。両親が人間でしたが先祖返りで犬耳がついてしまったため、妻の不貞が疑われて虐待されました。最終的に獣人国近くの森に捨てられ野犬のような生活を送っていたところを攫われた獣人と勘違いしたミチが拾いました。
どうしてこんなに話が進まないかは書いてる本人にもわからない謎。
お付き合いくださっている方々、本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願いします。




