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魔王さまは涙もろい  作者: 南部
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寄り道からの奇襲

 雨に煙る林の向こう、少し開けた場所に大きなテントがいくつか張られていた。その中の一際豪勢なものから金切り声が響き渡った。

「このっ!!しっかりやりなさいよぉ!!!」

「申し訳ございません。突如現れた勢力が如何せん強く抵抗」

「うっさいわねぇえ!!獅獣隊とかいう奴らも死んだんでしょ!?さっさと商品を調達しなさいよ!!」

 兵士の言葉も聞かず女はワインを一気に飲み干してグラスを床に叩きつける。赤黒い甲冑の兵士は慣れているのか眉一つ動かさずにそれを見ていた。

「あのクソムラサキが仕事しねぇからこんな獣臭い所に私が連れて来られたっつうのにぃい!!」

 女は瓶を煽って酒を飲むと空になったそれを跪く兵士に投げつけた。立派な甲冑に当たった瓶は派手に割れて辺りに散らばる。

「さっさと行けよこの愚図っ!!一匹でも多く捕まえて来いっつぅのっ!」

「はっ」

 兵士は立ち上がりテントを後にする。入り口にいる女の護衛はとても戦えそうには見えない優男ばかり。部下にはあくまでも奴隷業者を焚きつけるように指示を出して彼は歯噛みする。

「誇り高い炎王ベネリはどこに行ったのだ? これではただのならず者国家だ」

 男は独り言ち、拳を握って天を仰いだ。

「お、あれがそれっぽいな。高そうなテントだ」


 ここに来た理由は単純明快、裏で扇動してそうな奴らに引導を渡すためだ。ドラ子の背から怪しい派手なテント群が見えたからそれを調査にやってきた。本当はミチと合流したかったが見えてる地雷は先に片付けるに限る。隠蔽魔法をかけて潜入を開始する。


「! て」


 隠蔽魔法は案の定看破されたがみぞおちに一撃入れて気絶させることに成功した。魔法はあれだが手加減は成功だ。以前アルジェシュのグレンを酷い目にあわせてから練習していたのだ。


「あ、責任者の居場所へ案内させればよかったか」


 やってしまったものはしょうがない。次の兵士を求めて辺りを探る。この規模の野営地であるのに兵士の姿がほとんどない。警備しているのはまだ殻の取り切れないピヨピヨヒヨコレベルの連中だ。これなら目隠しして両手足を縛った状態でも勝てる。油断しきって歩いていたら兵士と目が合った。


「て」


 言い終わる前に喉を千切り取る。慌てて回復魔法で修復して改めてみぞおちへ一撃入れて気絶させる。慌てると加減が難しくなる。変な声を聞きつけた他の兵士が辺りを探し始めた。これは一か八か別な場所で大変なことが起きている作戦を繰り出すしかない。


「林の方で敵襲!」

「誰だお前は!誰か来てくれ!!」


 作戦失敗。バレてしまっちゃしょうがないと気絶している兵士を抱える。


「こいつの命が惜しければ責任者を出してもらおうか!」


 他の兵士が罵詈雑言を投げてくる。どっちが悪役かわからなくなってきたが背に腹は代えられない。無力化するのに命を奪いかねないからこうするしかなかった。たじろぐ兵士達の間から少しだけ上等な鎧をまとった男が歩み出る。


「案内したらそいつを解放してくれるのか?」


 話の分かる奴が出てきて助かった。正規兵っぽい連中は指示系統を破壊すれば撤退するだろうから偉い奴だけ排除する予定だ。


「応、約束しよう」


「……こっちだ」


 複雑な顔の兵士はゆっくりと歩き出した。とりあえず用済みの兵士を解放してついて行く。


「罠だとは思わないのか?」


「罠なら皆殺しにする、そっちの方が俺は楽だ。逆に聞くがあっさり案内して大丈夫なのか?」


男は振り向かずに答える。


「ダメだろうな。ま、冒険者にでもなるさ」


 軍法会議にかけられれば命の保証はない。任務地から逃げては脱走兵として追手がつくこともある。人質を取って案内を強要したのは俺だがなんだか申し訳ない。可愛い女の子なら助けようと思うが、控えめに言って格好いい顔面をお持ちの方は敵だ。


「悪いな」


「さっきお前が解放した奴は5人の父だ。子煩悩でな、こんなくだらない任務であいつが死ぬのは見たくなかった」


「任務ってのは?」


「それは偉い奴から聞いてくれ、俺は詳しく知らない。そこのテントだ。」


「了解。それじゃ、ちょっと殴るから適当に口裏合わせて軍法会議は避けてくれよ」

「ま」


 できるだけ派手にぶっ飛ばす。ちょっとやりすぎたかもしれないが丁度良いだろう。さっきまで兵士が集まっていた場所に落ちただろうから治療も受けられる、よな? というか死んでいないよな?


「たのもー」


 考えるのも面倒くさくなったので言いながらテントの幕を開ける。ヤッている。ちょっと声が漏れていたからまさかとは思ったが、そのまさかだった。よくこんなところでいたせるものだ。何がとは言わない。そっと幕を閉じると中からは怒号が聞こえ、優男が一人半裸の状態で飛び出してきた。


「貴様何者だ!」


「お、おう、堂々としすぎだろ。まぁ、いいんだが…… ここの偉い奴に撤退勧告しようと思ってな」

「無礼な!」


 勢いよく剣を抜いた半裸の男は今にも切りかかってきそうだ。上に見積もっても稀代の剣豪以下だ。おそらくさっき案内してくれた男よりも弱い。指揮官が前に出て剣を抜くのは考えにくいからこいつはただの愛人か何かだろう。


「何してんのよ!さっさとそいつを殺しなさいっ!!」


 女ががなりながらテントから出てきた。命令しているってことはあの女が偉い奴、もしくは偉い奴に口利きできる立場にある者のようだ。炎王ベネリの部下は喧嘩っ早いのがデフォルトなのだろうか。命令された男は躊躇せず飛び掛かってきた。


「ヒッ!?」


 首を抑えてのたうち回る男を見て女が小さく悲鳴を上げる。つい癖で首をえぐってしまった。動脈はうまく外れているが首を傷つけると派手に血が出る。脅しにはピッタリだ。

 それにしてもこの女、指揮に関わっているのに実際の戦場は見た事が無いのだろか? 男の状況を見て顔面蒼白になり歯の根が合わない様子で震えている。ここまでくると会話にならん。さっさと回復魔法をかけて男を女の方へ蹴り飛ばす。


「さて、話は聞いてもらえるのかな?」

「誰か!誰かこいつを殺しなさい!!」


 さっきまで小動物のように震えていた女が思い出したように叫んだ。男の方は顔面蒼白で震えている。こうしてみるとグレンがどれだけ肝の据わった男だったかがわかる気がする。

 女の叫び声に反応した兵士が次々と、いや、ちらほらと現れ始めた。この女人望が無い。集まりの悪い兵士たちに激高したのか最早言葉にならない声でキーキー叫んでいる。


「おい猿女」

「さぉなてなすがふぁーーーー!!?」


 興奮しすぎて最早何を言っているかわからない。案内してくれた赤い兵士の士気の低さも招集に集まらない兵士たちのやる気の無さも全てこいつの人柄だろう。辛うじて集まってきたのは優男7名。おそらく甘い汁をすすっている側の連中だろう。なんというか顔面戦闘力の高い連中ばかりよく集めたことだ。


「面倒くさいな、お前ら全員死ぬか?」


「な、な、なめぐふぁっふぇふぁんららーーー!!」


 それを合図に男集が飛び掛かってくる。路傍の花を踏んだ程度の罪悪感が湧いたが、連中を火魔法フォーレンハイトで焼く。


「あ、しまったなぁ・・・手加減失敗だ」


 火魔法は相性が良すぎて火力が高い。慌てて止めたが後の祭り。資料などが入っているだろうテントまで燃やしてしまい、交渉に来た事が完全な無駄になってしまった。


「一人でも生き残ってればよかったんだが…… おっ」


 運よく一人焼け残っている。魔法で軽減できたのか猿女が原型をとどめていた。とりあえず話ができるくらいに回復してやる。


「良かった良かった、これで手間が省ける」

「たす、たすけたすけて!!何でも、何でもするから!」


「助かるよ、それじゃあ今回ここに来た経緯と炎王とかいう奴の居場所を教えてくれ」


 すっかり大人しくなった女は洗いざらいを説明してくれた。不相応な地位で天狗になっていたのだろうか?

 事の始まりは数年前。炎王ベネリが側室を抱えてから始まったらしい。それまで大事にしていた正室を国家転覆罪で殺害。それからは領地の増税を繰り返して贅沢三昧だったそうだ。民は疲弊し隣国に逃げ始め、弾圧して国境を閉鎖。反抗するものは徹底的に殺し尽くして首を通りに晒したそうだ。

 まあそんなことをすれば生産力が下がるのは当然のこと。労働力が足りなくなり税収が低下、簡単に稼げる奴隷貿易に手を出したようだ。獣王の死はこういった輩の増長を手助けしてしまったのだ。


「炎王ベネリってのはなんて種族だ?」


「ドラクルです。そ、そろそろいいでしょうか?」


「・・・まぁ、いいか」


 ここで殺しておいてもいいが今はとりあえず考え事で忙しいから見逃すことにする。多分炎王の所には戻れないだろうから全快させ、金と適当な服を与えて放逐。ついでなので帰る道すがら赤い甲冑の男をスカウトする。こいつはたぶん使える人間だ。


「お、いたいた。そこの赤い人、俺と一緒に来ないか?」


「おまえ・・・ 蹴り飛ばした相手に言う事か?」


「それは水に流してくれ。俺は今人手が必要でな」


「名前も知らない奴を信用できるか?」


「あぁ、すまんすまん今はジョンだ。破龍、深紅の魔王、炎帝、ドルネレス、ヴァルガス好きなように呼んでくれ」


「良い冗談だ。他を当たってくれ」


「ほんとほんと! さっき稀代の剣豪(笑)を倒してきた証拠もあるぞ。ほれ」


 金になりそうだと奪ってきた戦利品の刀を取り出して見せてやる。紫を基調とした鞘に納められた直刃の刀はよく手入れされており美しい。持っていた奴はちょっと頭が緩かったが手入れは怠っていなかったようだ。燕を切った痕も無いことから多少のマテリアルエンチャントも使えていたようだ。


「まさか、本当にムラサキを切ったのか?」


「いや、切っては無いな。話が長かったんで首をむしり取った」


 もう少しオブラートに包んで話すべきだった。赤い人が完全に引いている。


「そんな奴が俺の力を必要としているとは思えないんだが……」


「めっちゃ必要だって! 治安維持を頼みたくてさ」


「治安維持?」


「あぁ、新しい国を造るんだが組織だって活動できる奴が必要だ。獣人を対等に考えられるのが条件なんだが、お前さんはどうだ?」


「人さらいの片棒を担いでいた人間に聞くことか?」


「やる気なさそうだったから本意じゃないと思ってさ。部下の家庭事情にも詳しそうだったし」


「給料は?」


「すまんが未定だ。当面は生活を保障するくらいになっちまうだろうけど冒険者よりは安定するだろ」


「・・・家族を連れて行ってもいいのか?」


「あぁ、もちろんだ。目標は差別のない国だからそれに賛同できるなら歓迎だ」


「・・・・・モリスだ、よろしく頼む。ジョン、でいいのか?」


「あぁ、よろしくモリス。さっきも言った通り賛同できる奴なら歓迎だから部下でもなんでも連れて来て構わない。農業経験者はいつでも募集中。少なくとも一か月は仲間が獣人国にいるからそれまでに準備してきてくれ」


「わかった。急がなくちゃな」


 これでようやく寄り道を終えて獣王国に向かうことにした。

 猿女さんは数年後に獣人の男と結ばれて、よく働きよく笑い幸せに暮らしましたとさ。

子宝にも恵まれ寝物語として”調子に乗っていると死神がやってくる”と話していたそうです。晩年の手記には死神への感謝と、亡くなった7人に対する謝罪が綴られていたとかなんとか。

 ちなみに猿女さんは4世代目エルフ血統です。先祖返りした耳を切り取られて売り飛ばされたところをベネリの正妻に買われました。恩人の死やら女性蔑視社会が様々影響してこうなっちゃいました。

 さらに付け加えるとお猿さんの取り巻きは同じような元奴隷。一切描写しませんでしたが体には戦闘とは無関係な無数の傷があり、どういった扱いをされていたか想像できる連中でした。お猿さんがどうして彼らキズモノを購入したかは彼女本人でもわかりません。

 作中の集まりが悪い兵士達ってのはこの7人以外の事を指しています。わかり難くて申し訳ありません。


2021/04/19

何となく見直したら恐ろしいほど間違えてたので修正しました。全部見直した方が良いのに気力が湧いてこない不思議。

「「最後に名前を聞いても」

って脈絡もなく入っててどうしていいかわからなかった……

でもわたくし目が節穴なのでいくら探しても見つけられない誤字脱字が!

反省。

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