ちょっとした寄り道
「・・・あの龍、なに?」
最早廃墟となった王城。その二階にある玉座の間、崩れた壁から外を眺める女が言った。風に吹かれて美しい銀色の髪をなびかせる。
「ミチ様、おそらく旦那様がおっしゃっていたラスティグル・ドーツ様ではないでしょうか」
中性的な印象を与える女が無表情に答える。少し湿り気のある風は雨の到来を感じさせた。
「ナオ、私に様は必要ない」
「いけません、周囲の者に軽んじられてしまいます」
ミチは面倒くさそうにため息をつくとナオを見つめる。
「・・・まぁいいわ、友人らしいから失礼のないように」
「かしこまりました」
瓦礫の王城に龍はゆっくりと降り立ち、その天を覆うような翼を折りたたむ。空には黒い雲が垂れ込め、雷鳴を連れてきた。
「お初にお目にかかる、私はジョンの妻ミチ。これは使用人のナオ」
「ほぉ、実際に見るとなかなかの面構え。儂がラスティグル・ドーツだ、よろしく頼む」
ぽつぽつと降り出した雨はたちまち勢いを増し、遠くの景色は霞んでゆく。雨粒は大きさを増して床を叩く。
「ふむ、降って来おったな、ここでは落ち着いて話もできん 屋根のある所はないか?」
「失礼ながらドーツ様、そのお姿を収められるような建物はこの国にはございません」
ナオは頭を下げた。それを見たラスティグル・ドーツは声を上げて笑った。
「そうだな! たしかにこんななりではどうしようもない!」
そういうと山のような体はするするとしぼみ、齢50程のひげを蓄えた男に姿を変えた。
「これでいいだろう」
「痛み入ります、こちらへどうぞ」
ナオが先導し、三人は城下へと向かうのだった。
「こんなに急がんでも良いんじゃないかのぅ…」
ちょっとした食い倒れ旅になってきたため急遽切り上げて獣王国に向かって貰っている。食い足りなかったのかドラ子がぼやく。1mはあろうかというカニをバキバキ噛み砕く姿はちゃんと龍だ。人化を解除すると何か食べながらでも会話できるのが行儀悪い。
「遅くなった理由が“飯食ってた”じゃ格好がつかないだろ?」
それに誰かが流れてついて住み始めたら癪だ。ちゃっちゃと第一陣を送り込んで先住者に仕立てなければならない。せっかく造ったのに知らん奴がわが物顔で生活してたら腹が立つからな。
「海流の関係でスクラロワ大陸からは漂着しにくい、心配せずとも問題ないじゃろうに…」
「そうなのか? ま、俺はそろそろミチの顔も見たい。良いだろ?」
「まぁ、そうじゃな やはりミチもおらねば楽しさ半減じゃ 急ぐかのぅ!」
それにしてもあの火龍はどこから来たのか? 近くに他の島は見えないし、当てもなく彷徨ったにしては到着が早かった。
「お主の魔力を見て覗きにでも来おったのじゃろう 魔力が見える連中もおるからのぅ 大概そう言った奴は好奇心旺盛で面倒なのじゃ」
アルジェシュのエルザベートは多寡まで感じ取ることが出来たが、それよりも一部の龍種は優れているらしい。それで自分の有利な地に居城を構えたり、見知らぬ土地でも回復に専念できていたのか。
「ドラ子も見えるのか?」
「妾は“神に連なる者”じゃぞ? 当然じゃ!」
「便利なもんだな。しかしあれだな、思いの外早く島ができたからガス達の船は間に合わないだろうな」
「そこらの船を強奪したらよかろう?」
「いや、ダメだろ。盗みは良くない」
「まぁ、真っ当な相手じゃ妾も気が引けるが、賊みたいなもんなら問題なかろう!」
「相手は……」
「奴隷商じゃ、ラースの奴が見つけおってな。なかなかの規模じゃ。百人規模で捕まっておるらしいからちゃちゃっと奪って送ればよかろう?」
やっぱり送り込んだのが三人だけじゃどうしようもない。しかも内一人は生活力のない二人のバックアップだから実質戦えるのは二人。現地の協力者がいても逃げだす人がいるのは当然だろう。それで捕まってちゃ世話がない。
「先にそっちへ行くか。狭い貨物室とかに押し込められてたら死んじまう」
「わかった、西海岸にいるようじゃからサクッと頼むぞ」
「うん? 一緒に行かないのか?」
「妾は少しばかり野暮用じゃ。」
「わかった、それじゃあここからは走っていく」
「なぁに、それには及ばん。舌を噛むなよ」
ドラ子が風魔法を発動した。嫌な予感しかしないが一応聞いてみる。
「まさか」
「そら!飛んで行け!!」
まさかだった。弾丸の気分を味わえる数少ない経験。回転のせいで具合がすこぶる悪い。あと、飛んでいく先が見えないのがすごく怖い。それと、着地とか考えて撃ち出したのか疑問が残る。
そうこうしている間に魔法陣の影響でさらに加速して爆音が鳴り響く。音速を超えたようだ。いよいよ胃からこみ上げるものを堪えられなくなってきたところで壁に激突して止まった。結界を遠隔で起動したらしい。さすがドラ子、器用だ。
砕け散った結界から解放され、自由落下する間、海岸で獣人が運ばれているのを発見。どうせ着地するまでひまだから氷魔法で狙撃する。獣人に鞭を打っている奴らは雇われたごろつきだろうが、残しておいても面倒なことになるので排除する。
どこから撃たれているかわからないようであたりはパニックに陥り鎖でつながれた連中以外が団子になって船に逃げ込んでいく。三隻ほどあるがどれも甲板にすし詰めの獣人がいて中に入れないようだ。
「欲張りすぎたみたいだな」
そろそろ地面が近いので手を広げたりすぼめたりして着地点を選び、できるだけ被害の少ないところへ激突する。獣人たちは土を巻き上げて現れた俺に腰を抜かして悲鳴をあげた。どうしようもないので無視して船に突っ込む。
船の上から銃で狙っている奴らに氷魔法を撃ち込み黙らせ、剣で襲ってくる奴は文字通り破り捨てた。獣人たちが死を覚悟した目でこちらを見ている。
時間もないので無視して召喚術に取り掛かる。一人で三隻を回るのは面倒なので召喚獣に敵を排除してもらう。命令はシンプル、俺と獣人以外を殺せ。
「手を貸せ、ゴロンドリーナ」
ツバメなんてかわいらしい名前だが、やってくるのはツバメの羽が生えた悪魔みたいな化け物だ。簡単な命令しか聞けない下位の召喚獣だが数合わせには丁度いい。死体があれば量産できる戦場では低コストの便利な奴らだ。最近見なかったが昔は賊の首魁が使うくらいには一般的な術だった。
やつらが役目を果たしている間に俺はごろつきにしては腕の立つ者を始末していく。
「先生!お願いします!!」
そんな中で時代劇みたいな登場をかました男が剣を振り上げてこちらを見た。
「そこの者! この船が誰の物であるか知っておるのか! この稀代の剣豪ムラサキが叩き切ってくれよう!」
金髪に和服ってのがとてつもなくコスプレみたいだ。自己紹介通りならこいつが稀代の剣豪らしい。そんな奴なら他に食う伝手もあっただろうにごろつきに先生と呼ばれている。ごろつき共はもう大丈夫みたいな空気を出しているが、こいつたぶんリールにいた賊以下だ。
「知らん、興味も無い。降伏するなら命までは取らないぞ?」
「フハハ!聞いたか皆の衆! 炎王ベネリ様の右腕であるこの私に降伏とは!」
ごろつきが爆笑している。黒幕をあっさり吐いたこいつは頭が緩いのか本気で俺に勝てると思っているのか判断がつかない。ゴロンドリーナを切り捨てる腕はまぁ、普通より上と言ったところだ。それにしても炎王ベネリ、コルビーが7大魔王と言っていた中にいたと思う。この程度の奴が右腕で魔王を名乗るとは中々面白い。
こうしている間にもゴロンドリーナが配下の連中を殺しているのに頭の緩そうな男は高笑いをしている。ただのごろつきだと思っていたがこれで訓練された兵士という事なら炎王ベネリの軍勢は烏合の衆だ。吸血姫エルザベートの兵たちが優秀だったことが証明された。
「で、ベネリの右腕の何某さんは降伏するのか?」
「ふははは!笑ぴ」
長いので首を刎ねてみた。リールの街で賊を討伐した時にも水賊を蹴散らしたときもそうだが感情が動かない。アリアの言っていた“獣人の方が好き”という前提が働いているのだろうか? とにかく獣人を商品として扱う自称魔王は敵として認定していいだろう。この右腕が本当に重用されている人物だったなら何かしらの報復を期待できる。そうなればさっさと始末して・・・ これは俺の意思か? この前まで気ままに一人旅とか言ってたのに。このままだとマリエルの言った通りになってしまうのではないか?
「まぁ、魔王相手なら遠慮はいらんだろ……」
先生を失って悲鳴を上げて逃げるごろつきをゴロンドリーナが仕留めていく。稀代の剣豪他数名は燕に対応していたが、そいつらを排除すると後は雪崩が木々を飲み込むように決着がついた。
「よーし、それじゃあ獣人諸君! 君たちには選択肢がある!」
俺の言葉に悲鳴が上がる。うん、想定はしていたが深刻な程恐怖を抱いているようだ。過呼吸になっている者もいる。このまま話を続けるのも難しいか。
「代表者はいるか!」
残念ながら名乗り出る者がいない。仕方ないので一番強そうな若い男と精霊がくっついている女を捕まえて指示を出してもらうことにした。こういうのは仲間内で意見を出し合ってもらう方が後々すんなりいく。二人についてきた壮年の男二人と五人で甲板茶会だ。最近この構図をどこかで見たな。
「俺はジョン・ドウを名乗ってる。大丈夫だ、茶に毒は入ってない」
「助けて頂き感謝する、私はこのリクの後見人を務めているバルと申します」
リク、一番強いだろう若い男、年のころは17から19あたりだろうか。食えていないのかしぼんではいるが素質も素晴らしい。後見人を名乗るバルもそこそこの使い手のようだ。
それでも人質を取られれば抵抗できない。民族移動ってのは弱点と隣り合わせだからこうなったのだろう。
「ま、楽にしてくれ。それはほうじ茶ってやつだ。アルジェシュの特産だよ」
信用が無いせいか中々口に運ばない。
「おいしい!」
しょうがなく話を進めようと思ったところで精霊付きの女が言う。こういう時思い切りのいい人はすごく助かる。ご褒美にお茶菓子を追加で与えよう。
「リクとバルが呼ばれたのはわかるんだけど、どうして私を呼んだの?」
「フィズ!」
リクと同じような年ごろだろうか? 人懐こそうな表情を浮かべて笑う。冷や汗をかくバルを無視してスコーンを食べる姿は子供のようだ。
「申し訳ありませんジョン様、この子はまだほんの子供でして……」
「何歳くらいなんだ?」
「今年で13になります」
「・・・本当に子供だな。随分育って見えるが?」
「この子は異常に育ちが早いので、短命の呪いを受けているかもしれません」
「・・・違うと思うが、まぁいいか。その子は精霊付きだ。精霊が気に入る奴は大概良い奴だから話しやすいと思ってな」
「精霊ってこのフワフワしてるやつ?」
「そうだ、見えるのか?」
「うん!光ってる!」
精霊が見えるメリットは複数ある。まずは魔法の発動が良くなること。気まぐれな精霊だが、気に入ったやつとか見えてるやつには手を貸すことが多い。見えた上で気に入られてるやつはこれが顕著だ。他にもコルビーみたいに知識や加護を受けることもある。最初は精霊が見えなかったコルビーも、マルスを受け入れてからは見えるようになった。
「大事にしろ、そいつが将来お前さんを助けるかもしれないからな」
「うん!」
「さて本題、君らに判断してもらいたい。雷王龍ラスティグル・ドーツの造る国で過ごすか、このまま流浪するかだ」
三人の表情が曇る。いきなりこんな話をされてもこうなるだろう。しかし、若いリクが強く頷き立ち上がる。
「バル、この話受けよう。僕たちはこれ以上行くあても無くさ迷う訳にはいかない」
「俺も若頭に賛成だ、俺たちは良くても他の連中が耐えられない」
今まで黙っていた二人がバルに詰め寄る。どうやらバルがグループのリーダーでリクがその息子、名前が出ていないがもう一人が補佐役みたいな立ち位置だろう。どこ吹く風でマイペースにお菓子をむさぼるフィズはリスみたいで可愛い。ミチみたいで癒される。
「決まったみたいだな、後は君たちで他の者達を説得してくれ。俺はいったん獣王国に戻る」
「ジョン様、我々だけではあのような者達が来ては……」
「あぁ、燕はしばらく残ってるから心配するな。船を拠点に何日か待っていてくれ。あ、ガージス!」
「あらん! おひさしぶりね!」
にゅるっと出てきたガージスは化粧の腕が上がっていて最早ちょっと可愛い系の女にしか見えない。声が少し太いくらいか。ハスキーボイスと言えば誤魔化せそうだ。リクのガージスを見る目がちょっと熱い。
「彼らの手伝いを。船の資材で飯でも食わせてやれ」
「あら! 私の得意分野よ、任せてちょうだい!」
稀代の剣豪よりは強いガージスが居れば何とかなるだろう。ゴロンドリーナの命令を上書きして獣王国に向かうことにした。
寄り道こそ人生ですね。
でもご利用は計画的に。
獣王国から逃げ出した人たちは既に数千人出荷済みです。多くは労働力として取引され、若い女はお察しの通り。
出す予定は無いですがライネルは目につくものすべてに喧嘩を売っています。ディアナ・ドレールの滅ぼした国には、死人がいつまでもこの世にいるんじゃないって理由で喧嘩を売りました。
返り討ちにされてしまっては元も子もないですね。




