島を造ってみよう
「で… ここがオススメスポットか?」
ドラ子の背中にしがみついて空を飛び、有人島は遥か彼方。見渡す限り何もない海原が眼下に広がっている。時折見えるのはクジラだかサメだかわからない見た目の巨大な生き物だけだ。地形の変化が無い場所には海生生物だって寄り付かない。あの子連れの巨大生物がいい例だ。オスや外敵の多い海域を離れて子を守る。
「うむ、ここなら余程の事が無い限り大丈夫じゃ」
島ができれば魚もやってくるだろう。基本海流に流された魚は定着できないまま息絶えるが、そこに島があれば居ついて繁殖することがある。そうしてその場に適した体に変化していくのだ。
「よし、それじゃあ早速やりますか。」
取り出したるはアリアから貰ったばかりの水晶っぽいあれだ。魔力をこめると島ができるっていう飯を食いながら作ったとは思えないずるい道具だ。
「妾のことは気にせずありったけをつぎ込むが良い」
アリアも同じことを言っていたからそれを信じて思いっきりやろう。やり始めると辺りが急に暗くなり、雷鳴が響く。
「なんか、すごく派手だな。」
「アリア様のいたずらじゃろうなぁ」
ドラ子はアリアの事になるととても評価が甘くなる。たぶんダジャレでも爆笑しながら褒めちぎるだろう。猫にマタタビ、ドラ子にアリア。全然うまくない。とかどうでもいいことを考えていると波が大きくなっていく。
さらに魔力を込めていくと海が割れて海底が露出した。さらにそこから地面が割れて溶岩が噴き出して上へ上へと伸びていく。島の歴史を見ることになるのかと少しわくわくした瞬間、にょきっと島が出来上がった。
「アリア様のいたずらじゃろうなぁ!」
「・・・・・そ、そうか。」
がっかりイリュージョン。
しかし、本当にでかい。ドラ子の背にのった上空から地平線が見える。新しい島というか本当に大陸ができてしまった。見える範囲だけでもでかい湖が広がり、いたるところにうっそうとした森まで見える。これなら直ぐに移住しても問題なさそうだ。
「さすがアリア様じゃな」
「あぁ、世界を造った大先輩だもんな。早速ラースの所に行ってこのことを報告しよう。」
「慌てるでない、まずは降りて様子を見ようではないか」
楽しそうな声色のドラ子が降下していく。獣王国にはラースも応援に行ったから寄り道しても問題ないだろう。初上陸を果たすべく地面に降り立った。
「前からありましたって言ってもわからない仕上がりだな。」
「うむ、アリア様は解析を駆使してあらゆるものを再現なさる!」
「便利なもんだな。」
腰まである草が踏み倒されて、街道のように獣道が縦横無尽に走っている。草むらに入るとネズミが一目散に逃げていく。勢いあまって草むらから飛び出した丸々としたネズミをチョウゲンボウが攫って行く。温かい日差しが命のやり取りを照らしていた。
出来上がった生態系を再現することができるなど、やはり神なのだと一人ごちる。
「便利の一言で片付けるでない!」
振り返ると人型になったドラ子が蛇を捕まえていた。3mはありそうな大物だ。小骨が多いが焼いて食うとカリッとしてうまい。寄生虫が多いので必ず火を通さなければならないが、調理も楽でたんぱく質の多い高機能サバイバル食だ。ドラ子はちゃちゃっと捌いて火であぶって食べ始めた。飛んできて腹が減ったのだろうか?
「あんまり変なもの食うなよ?」
「こいつは美味いからのぅ! …お主も食うか?」
「ちょっとくれ。」
久しぶりにめまいがするほど魔力を使ったせいか腹が減った。それにしてもドラ子もミチも好き嫌いが無くて助かる。普通の女性だったらこんなところに連れてくれば…いや、来ないか。
というかドラ子の初めての手料理が野性味あふれるものになってしまった。ちょっと後悔。それでも繊維質の肉がうまい。旨味も強いから酒に合うだろう。アルジェシュで買った酒を取り出して昼間っから飲む。
「それにしても最初から生き物がいるとかすごいな。」
「島ができても土すらないと人が住めぬじゃろぅ? そこまで考えてくださったのじゃ」
「7回目だったか。何で滅んだんだ?」
「魔力じゃ」
「魔力?」
「うむ、一つの世界では大量絶滅とか強力な個体の出現とかで滅んだそうじゃ 天秤を思い浮かべてみよ 片方に何かを乗せれば容易く傾く、あれと同じじゃ」
「アリアが俺がいるから余裕があるって言ってたが、あれはどういうことだ?」
「釣り合いを取るのに小さなものだけでやるには面倒が多いじゃろう? でかい物を乗っけて誤差を埋めるように調整する そうおっしゃっておった」
理屈はわからないがそれでバランスが保たれているなら別にいいか。
ドラ子も蛇を食べ終わったのでとりあえず新天地の水源調査へ向かう。空から見た巨大な湖はここからだいたい4~50km先だドラ子を抱えて行っても数分で着く。前回はお姫様抱っこで失敗したから今度はおんぶだ。
「なんじゃその恰好は?」
「乗れ、湖まで行こう。」
「・・・まぁいいか」
すごく渋い顔をされたがしょうがない。ちょっとの距離をドラ子に飛んでもらうよりもこの方が効率がいい。ドラ子は龍化すると燃費が悪いのだ。
「お姫様抱っことどっちがいい?」
「こっちの方が妾は楽じゃのぅ お主はどうじゃ?」
「こっちが良いな。やっぱりあれは余所行きって言うか格好つけだな。」
無駄話をしている間に湖に到着だ。途中肉食獣の存在も確認できたが、こちらに気付くなり一目散に逃げて行った。失礼な奴らだ。肉食獣など獲って食ったりしない。あまり旨くないからな。
「良い景色じゃ 随分透き通っておるのぅ」
揺蕩う水面は美しく煌めき、かなり先まで透き通っている。なんだかわからないがアルジェシュでの買い物よりも今の方がデートっぽい。楽し気な声を上げているドラ子は巨大なワニを捕まえてはしゃいでいる。ワニの肉も美味いからだ、たぶん。あぁ、やはり焼いている。火を通し過ぎるとぱさぱさになるがクセも無く美味い。蛇よりも万人受けすると思う。
「うむ、美味い!」
「味見に来たのか?」
「大事じゃろぅ? 食えるものも危険な生物の把握もな」
ただの食い意地だけじゃないちゃんとした理由があった。俺の方がもっと考えておかなければならない事だった。しかし、脅威を測る物差しがおかしくなっている俺よりも食い物や毒物に詳しい彼女の方が頼りになる。
獲れたて焼きたてワニ。蛇より味が無いので塩と胡椒をかけて丁度良く仕上がった。うまい。
「この湖が淡水で良かったのぅ これなら食事に困ることもない」
「後は山か。ドラ子頼む。」
蒲の茂る湿地からドラ子に乗って飛ぶ。スズメも群れを成して飛んでいる。スズメも実は美味い。食うところがあまりないが、しっかり加熱すると骨までバリバリ食える。隙間の多い家が無いと敵が多い彼らはあっという間に数を減らす。早めに獣王国から引っ越してもらった方がこいつらにはいいかもしれない。
「ヤマシギじゃ! そのうち食ってやらねばのぅ!」
食える奴にはドラ子がすぐ反応する。ジグザグに飛ぶヤマシギが見えた。俺は食ったことが無いが、独特の香りがあるとかなんとかで、とある国では乱獲が進み保護動物になっているらしい。美味い動物は大変だ。
「それにしても生き物が多いな。ワニは一般人には荷が重いかもしれんけどな。」
「不用意に水に入らねば問題なかろう? 奴らも走るが得意ではない、むやみにつつかぬ限り水に逃げ込むじゃろう」
「それもそうか、水上集落をつくる訳じゃないしな。」
ワニは足が速い。持久力こそ無いが早い奴は陸上選手よりも速く走れる。さらにその顎の力は数トンにも及び普通の人間には太刀打ちできない強さだ。だが、魔法で強化した人間なら練度にもよるが噛まれてもこじ開けることができるし、走って逃げられる。魔法様様。自警団でも組織すればなんとかなるだろう。
「ふむ、ついたぞ」
見える範囲で一番でかい山へ降りる。標高が高く山頂には雪が積もっている。永久凍土とかいう奴だろう。見える範囲に生き物の気配はなく寒々しい光景が広がっている。上着を取り出してドラ子に被せる。
「珍しく気が利くではないか」
「いや、さすがに気付くだろ? この寒さは辛い。」
日は高いが恐らく零度付近、人型になっていると寒そうだ。
「妾は魔法でしのげるがのぅ」
コートの襟で顔を隠しながら言う。しのげるって言い方なら寒い事は寒いのだろう。手を繋ぎながら下山する。ドラ子と俺の身体能力だと急峻な冬山もレンガ舗装の街道と変わらない。お散歩デートと言ったところだ。正直調査なぞ今やらなくてもいいのだが、こういうのはタイミングを逃すとやらない。聞くと答えるドラ子がいるのも手伝って一応調査は進む。
しばらく下ったところで針葉樹が増えてくるとようやく動くもの達が見えてきた。ライチョウやらウサギやら小型のモフモフが多い。あれらも美味い奴らだ。ウサギなんかは解体も難易度が低く罠を使えば捕獲も容易い。
「熊もおるのぅ、まるまるとしておる! 食料事情が良いのじゃなぁ」
熊も美味い。この世界では毒を持つ熊もいるがほとんどは無毒。有毒の熊も毒腺と毒袋を処理すれば美味しくいただける。ちなみに暖冬であったり食料事情だったりで必ずしも冬眠するわけではない。“冬にうろつくもの”といった呼び名で恐れる地域もある。腹減りの熊が危険なのはあたりまえではあるか。
「これから住民が増える訳だからどうなるかだな。」
「うむ、それ以前に来客じゃのぅ 目敏い奴もいたものじゃ」
空には羽ばたくドラゴンの姿が見える。赤いから火竜だとしておこう。大きさからいってまだ若いぴよぴよひよこちゃんだ。おそらく新天地を求めてさまよっていた奴が偶然ここを見つけたのだろう。
「一応注意してやろうか。」
「撃ち落せばよかろう?」
「いや、龍だったらこまるだろ?」
「あの程度のトカゲ、同族というにはトカゲ過ぎる」
語彙力。どうやらドラ子はあいつがお気に召さない様子。ちなみにドラゴンも美味い。ただ煮ただけ、焼いただけで一流の料理として成り立つ。同じ重さの金と取引される超高級食材。普通の人間なら太刀打ちできないほどの強さと逃げ足で稀少価値が非常に高い。竜はドラ子が言った通りワイバーンなどと同じでトカゲに近い仲間だとされている。
「お主がやらぬなら妾が落としてやろう ヴォルカニカレイ」
判断が早すぎる。心なしか嬉しそうに口元を拭うドラ子にちょっとだけ狂気を感じる。一応近縁種だろうに。哀れ火竜はこちらの姿も確認できぬまま谷底へ落ちて行った。まぁ、それはそれである。食材成仏、回収せねば。すでにドラ子は人型を解除して飛び立つ準備をしている。その背に飛び乗り現地直行だ。
「こ、殺さないで!!何でもする!助けて!!」
現地について目に飛び込んだのはガタガタ震えるドラゴンの姿だった。会話ができるってことは龍、もしくは龍に近い状態を意味する。ドラ子は苦々しそうに舌打ちをした。
「チッ!仕方あるまい…」
俺の妻は食い意地で同族を殺そうとしたようだ。竜と龍の違いは文化を持ち、意思疎通ができるかが大きなポイントだ。最初から龍の子は龍だが、竜から変化するものもいる。
小さく縮こまって震える火龍にとりあえず回復魔法をかけてみる。ドラ子に撃ち抜かれた足と翼が復元した。当たりどころが良かったみたいだ。
「縄張りを追われて海を飛んでいたらこの島が急に見えてきて、あわよくば住み着こうと思ったら…」
ドラ子に食われかけたわけだ。
「ふん、とっとと出ていくが良い!」
「ずいぶん突っかかるな。攻撃もやけに早かったし、いつもの優しいドラ子はどうした?」
ふてくされた顔のドラ子が重々しく口を開いた。
「わ、」
「わ?」
「若い方がいいのか!?」
寝耳に水。どうやらこの火龍はメスのようだ。人化してくれないと俺には男か女かすらわからないのに。ドラゴンは発声するための声帯が無い。もちろん鳴き声は出すが、少なくとも俺にはそれだけで区別はつかない。人化することで個体特有の声を手にするわけだ。
「いや、俺には見た目じゃ区別がつかんだろ。ドラ子の声は覚えたけど他の龍なんてラース以外覚えてない。ぐおおおとか鳴かれてもなぁ。」
人化していない状態では魔法陣を振動させて意思疎通をしている。そうなると聞こえてくる音は同じで雌雄の判別がつかない。
「すぐに、直ぐに出ていきます!」
「あ、待ってくれ。」
「ひっ」
「なんじゃ?やはり…」
「いや、ラースの補佐に付けたらいいかなってさ。」
「ラース、ラスティグル・ドーツ?」
「知り合いか? なら」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
勢いよく飛び立つと火龍はあっという間に見えなくなってしまった。
「なぁドラ子。」
「・・・なんじゃ?」
「ラースって嫌われてるのか?」
「少なくとも女子には嫌われておろうなぁ 子を産ませてはどっかに消えるらしいからのぅ」
俺の知る限り女を侍らせていた記憶は無い。しかし同族が言うならそうなのだろう。そんな奴に国を任せるって言ってしまったが大丈夫だろうか? まぁ、英雄色を好むというし多少なら大丈夫だろう、と信じたい。いや、本当に大丈夫だろうか…
遠くの遠くのさらに遠く。
女神様のこさえた大きな大きな島。
豊かな豊かな平和な島。
火龍も逃げ出す恐ろしい島。
そこにいるのは恐怖の魔王。
恐ろしい魔王は配下を抱えて女神の島を奪いました。




