ラスティグル・ドーツと勇者さん
「ドラ子。」
「なんじゃ?」
「あれは機嫌が悪いってレベルじゃなくないか?」
「んー… あんなもんじゃろう?」
目の前で繰り広げられていたのはラミドニア王国・アケドニア王国連合軍と雷王龍の戦争だった。ラースの鱗の前には銃は豆鉄砲にしかならず効果が無い。魔法部隊もアウトレンジから雷に打たれて這う這うの体で逃げ出す始末。戦争というか一方的な蹂躙だ。瞬く間に戦線は崩壊して撤退戦が始まっている。
「怒髪天を突くとはこのことだな。あれだけ怒ったのは見たことがないぞ?」
「んー… 贔屓にしていた菓子店が戦火で無くなったそうじゃ 食い物の恨みとは恐ろしいのぅ」
どこかで聞いたような話だ。国一つ地図から消したことに比べればラースは可愛げがあるというものだろうか?
「お、ほれ! 当代勇者様のおなりじゃ 滑稽じゃのぅ!」
見れば線の細い金髪の美男子が最前線に立った。アナライズを使わずとも少し値踏みしただけでナオより弱いことがわかる。武器はそれなりの力を秘めていそうだが、とても使いこなせるようには見えない。いわゆる宝の持ち腐れってやつだ。
「あいつが勇者と言われてるのか? ヒヨコみたいなもんだな。」
「うむ、まるで道化じゃ あやつが雷王龍を怒らせる根本を作ったらしい」
「どういうことだ?」
「取り合いじゃ アケドニアから独立したラミドニアが異界からの召喚に成功し、それを献上せよとアケドニアが迫って戦争が始まったのじゃ」
「ラースを怒らせて協力する羽目になるとか、本末転倒だな。」
「うむ! それにしてもろくに鍛える間もなく実戦投入とは勇者も災難じゃなぁ」
ドラ子は腹を抱えて笑っているが俺はあの金髪勇者が不憫でしょうがない。冷静らしいから殺しはしないだろうが、実力差がありすぎてラースの一瞬のミスが彼の死につながる。しかし、よくよく見ればラースは20m近い巨体を器用に動かして兵士を踏まないように立ち回っている。“不機嫌なだけ”というのは本当らしい。とりあえずラースに声をかけてこようか悩むところだ。
「お主、まだ行くなよ? あの勇者が取るに足らない存在だと連中に認識させねばこの“ケンカ”は終わらん 死にはせんじゃろうから、茶でも飲み飲み待っておれ」
心を読まれた。俺の顔には電光掲示板でもついているのだろうか? とにかくドラ子が言うなら間違いないだろう。傾斜の関係で見えにくいが観戦しながらお茶でも飲もう。とりあえず屋外ティーセットを取り出してお茶を淹れる。今回はよくわからないフルーツを使った茶だ。あの紅茶店の店主が勧めてくれたものだから心配はしていないが、説明を淹れ方しか覚えていない。なんの果物かも覚えていないから後でドラ子に聞いてみよう。
「エラヌイの茶か、珍しいものを手に入れおったのぅ これは生で食っても旨いぞ」
聞く前に答えが返ってきた。やはり顔に文字が浮かんでいるとしか思えない。ちょっと自分の顔をもんでみる。
「何をしておるのじゃ? 早よぅよこさんか」
せっつかれたのでさっさと準備する。普通の紅茶とは違い、70~80度が最適らしいので少しぬるめの湯で淹れる。一度カップに湯を注ぎ、急須に戻すとだいたいそれくらいの温度だ。すると桃のような華やかな香りが漂ってくる。色は少し淡い桜色で見た目も可愛らしい、男でも目を引く華やかさだ。もっと口の広いカップを準備した方が良かった。合いそうなお菓子もたくさんあるが、お茶請けはドライフルーツにした。
「うむ! いい香りじゃ 桃が食いたくなるのぅ!」
「エラヌイってのは何なんだ?」
「桜に寄生するヤドリギの一種じゃ 数千本に一本生えておればめっけもんといったところかのぅ 寄生された桜は管理をしっかり行えば枯れんが、成長するエラヌイに押しつぶされてしまうこともある 昔は不老長寿の妙薬などと戦争になったものじゃ」
珍しいものはとりあえず不老長寿の薬という安易な考えは大昔から変わらないらしい。勇者がラースに突撃するのを横目にお茶をすする。これは美味い、確かに桃が欲しくなる。
「そのエラヌイっての、ドラ子は食ったことあるか?」
「うむ、美味かったぞ 果肉はリンゴとブドウの中間くらいかのぅ 味は、まぁ若干甘さが強いが後を引かずにフっと消える そのおかげで何個も食いたくなったものじゃ 酸味はほぼ無いのぅ」
栽培したら大儲けできそうな話だ。戦争が多いせいで穀物以外の品種改良が進んでいないこの世界では美味い果物はそこまで多くない。リンゴなんかは酸味が強く小さいし、桃は薄ら甘い程度で硬い。両方砂糖をつけて食う奴らが出る程度には甘くない。
「種とか持ってるか?」
「持っておるはずがなかろう、随分前の話じゃからな」
無い物は仕方ない、新しい島で果物の品種改良でもしてみよう。関係ない話をしていたら戦闘も佳境に入っている。やはり剣を使いこなせず鱗に傷すらつけることができない勇者君は一方的にやられている。結果のわかり切った戦いに身を投じるメンタルは褒めてやれる。だが、その境遇には同情しかない。勇者君の敗色濃厚と見るや両軍は殿にするための僅かな兵を残して撤退を始めている。
「愚かよなぁ、あんな連中いくらおっても勝てんと分らんのかのぅ!」
得意げなドラ子が鼻を鳴らす。哀れ勇者君は残された兵の視線があるから逃げられない。あれだけ器用に戦っていたラースが勇者君をただ殺すことも無いだろう。ある程度でお開きにしてくれると思うが、彼に帰る場所はあるだろうか。
「ま、いいか。もう一杯どうだ?」
「うむ、もちろんじゃ」
ピンセットで人形遊びをするような繊細な戦いが続く中、お代わりを入れる。ドライフルーツが無くなったので干芋を出してみる。これもアルジェシュで作られていた物だ。ねっとりとした食感は懐かしく美味い。
「お、勝負あった様じゃな」
勇者君が倒れている。決定的な瞬間を見逃した。まぁ、結果はわかっていたから見ていなくても良いといえばその通りだ。残された両国の兵士たちが勇者君を回収しようと頑張っているがラースがそれをさせずに雷で牽制している。どうにもラースは勇者君に用が… あ、食った。
「あ、あれ!大丈夫なのか!?」
「心配せずとも人間なぞ美味くは無い 兵どもから隠すのじゃろうよ」
絵面としては完全に恐怖。パニックを起こした兵士たちが悲鳴を上げて散り散りに逃げていく。きっと勇者君の勇ましい最期を国に報告するに違いない。
「にしても、この“干芋”ってのは美味いのぅ! もっと出さんか」
まだ食う気らしい。そろそろラースに会いに行こうと思っているのにどうしたものか。
「あまり急くでない、今向かっても慌てふためく“勇者様”と鉢合わせるだけじゃ」
「・・・確かにな。」
ラースが連れ去ったという事なら別に急ぐことでもない。何か事情があって連れ去ったなら時間を空けて訪問した方が礼儀としてもいいだろうか?
「あの勇者、女じゃ」
「は?」
「あのジジイ、年甲斐もなく惚れおった 今頃必死に口説いておるじゃろうのぅ!」
龍種は記憶を共有できると何度か聞いたが、ここまで筒抜けだとうらやましいとは思えない。というかまだまだ枯れていなかったんだなあの龍。俺が言えた義理じゃあないか。
「くくく、面白いのぅ! 案の定勇者様(笑)も呆けておる!」
楽しそうで何よりだが、そんな場面に突入などしたくはない。日を改めて挨拶に向かった方が良さそうだ。となると今日の寝床を確保しなければならない。キャリッジがあるから開けた場所、もしくは開けた場所にしてもいいような場所があれば問題ない。
「ほれ、さっさと向かうぞ」
「お? なんでだ?」
「最悪の形ではあろうが顔合わせも済んだのじゃ 乗り気じゃあない女子をいつまでも一緒にはしておれんじゃろう」
確かに拉致されて鼻息で殺されるような相手に“好きです”って言われても“私も!”なんて話にはならない。せいぜい“何言ってんだこいつ?”くらいだ。
「あいつ怒らないかな。」
「怒るのなら拳骨で目を覚まさせてやるがよい “れでぃの扱いを何じゃと思っておるか!”とな」
耳が痛い。とりあえずラースの住処である山頂を目指す。ドラ子の背に乗って飛んでいくと嫌でも目立つから二人で走る。道中襲ってくる命知らずな魔物やら何やらをアメフトのバンプの要領で弾き飛ばす。ギリギリ手加減しているから死んではいないだろう。あまりやり過ぎると生態系への影響がありそうだからできるだけ避けるように進む。
「お、気付かれたな。さすがラース、ディテクションの範囲が広い。」
バチバチと雷を纏いながら山頂から猛スピードでラースが飛んでくる。告白を邪魔されたと思っているのだろうか? 臨戦態勢だ。
「妾は勇者を回収しようかのぅ 雷王龍は任せるぞ?」
「いや、戦闘になるとは限ら…」
「グウゥオオオオオォォォォオオ!!」
「やる気満々じゃのぅ! そら行ってくるのじゃ!」
笑いが堪え切れていないドラ子に背を押されて仕方なくラースに突っ込む。とりあえず雷が得意なラース対策に属性軽減魔法をかけて様子を見る。すると全身の毛が静電気で逆立つ。ステップトリーダのようだ。地面を蹴って距離を取る。元居た場所に特大の雷が落ちた。
「フレイムスピア」
俺が唯一想定の威力で放てる火の魔法。これだけは威力が変わらない良い奴だ。十本ほど投擲して牽制する。それをラースは尻尾でかき消す。ラースはその勢いを殺さずに尻尾を振り上げてたたきつけを繰り出すが、そのスピードでは俺に当てることはできない。横に飛び出して再びフレイムスピアを打ち込む。叩きつけの硬直で避けられなかったラースに全弾突き刺さった。だが、まだまだやる気いっぱいで雷が落ちてくる。どかんどかんと地面を雷がえぐる。
「アクアスピア フロストリーパー」
アクアスピアで水浸しにしてフロストリーパーでラースの足元を凍らせて少しだけ嫌がらせをする。合わせて周囲に結界を張って衝撃に備える。
「グラッドフリーズ」
巨大な氷の塊をラースにぶつけて動きを完全に止めて最終準備にかかる。イラついたラースがバリバリと雷を飛ばして氷や水を分解していく。落ち着いてもらうためにびっくりさせたかったのだが、派手な魔法は威力が高すぎる。なので見た目に派手な爆発が欲しかったのだ。
「フレイムスピア」
分解された水から発生した水素に引火して大爆発を起こす。見た目と音は派手だが手持ちの魔法よりは低威力だ。耳を塞いでいないと鼓膜が破れる。爆心地かつ龍のままのラースは三半規管まで揺られて立っていることもできないだろう。冷静であればこんなにあっけなく終わることも無かったろうが、彼女をとられると勘違いして襲って来るほど地に足のついていない状態ならわけない。恋は盲目、若干意味は違う気がするのだが、あながち間違いでは無いだろう。
「聞こえ…るわけないか。キュアライト」
話をするために回復する。重そうな頭を持ち上げてラースが目を覚ました。
「むぅ… ここは? おう、貴様か 久しいな!」
何事も無かったように挨拶するラースが滑稽に見える。盲目にもほどがある。
「おいおい、わかってて襲ってきたわけじゃないのか? 危くこの山が無くなる所だぞ。」
がははと笑うとラースは埃まみれの体を持ち上げて姿勢を正した。
「何を言うかと思えば… 儂がお前に喧嘩を売るなぞある訳ない! 勝てん戦はしない主義だからな!」
「ラース、どこまで覚えている? さっきまでお前二か国の連合軍と戦争してたんだ。」
「うむ、確かにそうだ そうだったな… そこに何か、とてつもなくドえろい女が…」
ラースの表情が無くなっていく。いや、ドラゴン状態だから元から無いといえばそうなのだが。これはいかん。
「せい!」
「いった、痛い!何をする!?」
「ラース、お前魅了にかかってるな。」
「ふは、ふはははは!この儂に魅了!?信じられんな!」
耐呪の塊であるこの古龍相手ににわかには信じがたいが、それ以外考えられない。しかも姿を思い出そうとするだけで再び魅了されそうになるとか異常な威力だ。とても勇者らしくない力だ。
「よし、ラースここで待ってろ。現状確認してくる。それまで昼飯でも作っておいてくれ。」
「昼飯ったってなぁ… 家に戻らんと食材は良いとしても道具が無いぞ?」
「俺のを貸してやる。とにかく無心で美味いものを鱈腹作ってくれ。俺の、その、妻も来ているから豪華な物を頼むぞ。」
「そうだ、そうだったな! あのアリスを射止めたとか何事かと思ったぞ! よしよし、腕によりをかけて作ってやろうではないか!」
ラースは料理が好きだ。集中することであの怪しい勇者を思い出さないだろう。それにしても知り合いに妻って紹介するのはなんだか恥ずかしい。
「それじゃ行ってくる。くれぐれも美味いものを頼むぞ!」
「任せておけ! ふはははは!!」
高笑いするラースを置いて山頂を目指す。同性への魅了はほぼ効果は無いだろうからドラ子は大丈夫だろう。後は勇者の目的を聞き出せるかどうかだ。あまり悪そうなやつなら不本意だが殺すことも視野に入れなければならない。
「クオォォォォン!!」
うん、見なくてもわかる我が妻の咆哮。
即座に氷魔法で足場を作って駆け上がり、極大魔法をかまそうとするドラ子の角と角の間に拳骨を食らわせる。いや、魅了のせいだとはわかっているものの、すごく悔しいというかなんというかだ。墜落するドラ子は人の姿になっていたため抱きかかえて着地する。一応魔法で回復して様子をみる。
「お主… どうなっておるのじゃ?」
「こっちが聞きたいが思い出さなくていい。ちょっと下るとラースが昼飯作ってるから先に食ってていいぞ。」
「う…む、確か勇者が…」
言い出したドラ子の顔から表情が消えていく。なんだか腹が立ったので問答無用で口を塞ぐ。干芋味。表情が戻ったので夫の勝ち。
「それじゃ、先に戻っててくれよ。あと、ラースとここに来てからの話題は禁止。いいな?」
「う、うむ」
ドラ子を送り出して山頂を目指す。ネズミ一匹漏らさぬようにディテクションを展開して先を急ぐ。目標は山頂から動いていない。
「ブレイドジェイル」
ラースの家に到着してすぐに勇者を魔法で拘束する。光の剣が四方を囲み、出ようとすると両断される凶悪な魔法だ。もちろん術者よりも強いなら無傷で脱出できるだろうが、近くで見てもナオよりも弱いという印象は拭えない。この勇者に逃れる術は無いだろう。
「さて、勇者君… いや、勇者ちゃんだったか? 聞かせて貰おうか、二人を魅了した理由を。」
震える勇者ちゃんがおずおずと口を開く。
「し、したくてしたわけじゃありません!」
「言葉を選べ、あの二人は妻と友人だ。」
いかん、冷静に冷静に。見た感じ20歳前の若者だ。召喚されて天狗になっていただけかもしれないしあまり強い言葉を使わないようにしなければならない。
「すみません、私がこちらに来た時に得た力なんですが… “蠱惑の瞳”といいまして、目を見ると相手を魅了してしまうんです 普段は国王から貰った宝石で力を抑えているのですが・・・ 雷王龍にはじき飛ばされた時にどこかへ行ってしまって…」
本当かどうかわからない所が判断に困る。わかっているのはばっちり目が合っている中でも俺が魅了されないということだ。
「目をえ」
「え…なんでしょうか?」
危ない。自然と物騒なことを言うところだった。
「雷王龍との戦いは本意か?」
「いいえ、私は元の世界に帰りたいだけです あのドラゴンを倒せたら帰してくれるって言われたんです」
不憫。
「帰ることはできない。」
「どうして!?」
「前例がここに。」
「あ、あなた…も?」
「俺は五百年くらい前だな。元勇者で現魔王だ。」
勇者ちゃんはその場に倒れ伏して嗚咽を漏らした。
勇者ちゃんの名前が未定なのは秘密。
金髪碧眼男装麗人という属性過多。セミショートの彼女はサラシで胸を押さえているので貧乳に見えますが意外とある予定。身長も180cmと大きいのでちょっと目立つ。そんな勇者ちゃんの今後は未定。




