リールの町にて3
昔々、この世界では大きな戦争がありました。
それは神の名の元に始められた絶滅戦でした。老いも若きも、男も女も関係無く、お互いがお互いを殺し尽くす壮絶なものです。殺された者達の死体で山ができ、そこから流れた血は川を作りました。
人々は神を疑わず、その言葉のままに戦争を続けました。そこに一人の男が現れて状況が替わります。
男は各種族の戦争に割って入り、圧倒的な力で戦場を駆け抜けました。背にはドラクルの羽、手足は獣人、胴体はエルフの女で魔法力を宿した歪な姿。その姿は見る者達に恐怖をあたえました。しかし、男は誰も殺さずに皆に説きます。
本当に倒さなければならないのはどこの誰かを。
耳を貸さない者達は武器を取り、男に挑みました。戦う内、男に殴られた者達は憑き物が落ちたように争いを止めました。疑いもせずに殺しあっていた事を嘆き、気を病むものまで現れました。
こういった者達は神を信じる事を止め、自分達で考える事を始めました。意思を持った彼らは男に賛同し、未だに争いを続ける者達の説得を始めました。
最初はどの種族も取り合わず、説得に向かった者達は命を落としました。それでも人々は諦めず、説得を続けました。
そのおかげか、争いはついに終息へ向かいます。人々は今まで盲信してきた神にようやく疑問を抱いたのです。
ようやく全ての争いが止まり、人々が少しずつ元の生活に戻ろうとした時新しい問題が生まれました。
怪物の出現です。これまでも人を襲う動物は居ましたが、それは一部の限られたものだけでした。しかし、この怪物は人を優先的に襲ってきました。人々はこれらを魔物と呼び、動物と区別しました。
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「陣形を崩すな! 相手は武器も持っていないスケルトンだ!! 夜明けまでもう少し! ここが正念場だ!!」
明るくなりだした墓地に男の声が響く。スケルトンに囲まれた人たちが悲鳴を上げながら棒切れで相手の動きを牽制している。声を上げた男は大剣でグールを切り伏せながら続けた。
「太陽が出れば死霊術の効果は切れる! みんなもう少し頑張るんだ!! 」
本人が憑りついたアンデッドは太陽の元でも存在できる。しかし、死んでから時間が経った死体には本人の魂が入っておらず、近くを彷徨う別な魂が憑りつく。そこには死霊術の僅かな魔力が与えるつながりしかなく、太陽の光を浴びるとそれが切れる。そしてただの死体に戻るのだ。アンデッドは元来強い未練や怨念を残し、無念の死を遂げた者がなる。それが街中の墓地で発生することはまず、無い。そこを経験から察した元冒険者で現宿屋の主人、ロックフォールは夜明けを待ちながら家族と宿泊客を守るために奮戦していた。
「あなた!! 後ろ!!」
妻のフェタが声を上げる。言われる前に反応していたようで、難なく蹴り飛ばし大剣で両断した。実力は申し分なく、アンデッドを粉砕していく。しかし、体力が続かない。一人であればここから安全に離脱できるだろう。だが、ここには家族を含め守らなければならない人たちが居る。敵を粉砕するほどに足場は悪くなり、反応が遅れてきた。しかも、今日の客は残念なことに商人や旅行客しかいない。戦えるのが己一人しかいなかったのだ。
「歳には勝てないな・・・」
自嘲気味にそうこぼすと、また一つ剣を振り下ろした。
「きゃーーーーーー!!」
ひときわ大きな悲鳴が上がり、何事かとロックが振り向く。そこには今まで倒したスケルトンが一か所に集まり、別な物を形作っていた。それは大きな爪のある手。その光景にロックは叫ぶ。
「スカルドラゴンか!!」
言い終わるや否やロックは女性を助けるために切りかかる。相手にしていたスケルトンやグールの骨が次々と集まり、ドラゴンの形を作り上げて行く。女性が潰される前にできかけの手を破壊し、助け出す。ガチャガチャと不快な音を立てて組上がっていく骨はついにドラゴンの上半身を完成させた。今この場にある骨では足りなかったようで腹から向こうが無い。
「不完全体なら逃げ切れる! 皆!町に向かうぞ!」
依然として墓からスケルトンやグールが這い出して来ている。だが、出たそばからスカルドラゴンに喰われてしまうため追ってこない。幸い食事に夢中でドラゴンはこちらに興味がない。こんな化物を相手にするよりは賊を相手にした方がまだましだ。
「怪我人に手を貸してやってくれ! 余り時間が無い。急ごう!!」
前方にはまだ数体のアンデッドが彷徨いている。ロックは先頭に急ぎ、それらを切り伏せて道を作る。スカルドラゴンは名前こそドラゴンだが、知能はほぼ無い。封印されたドラゴンの怨念が体を求めて他者に取り憑いたものだ。本来は生者に対して執着するが、現在は足りない体を作るためアンデッドに襲いかかっている。大きさを見るにかなり力のあるドラゴンだったようだ。
怪我人が数人居たのだが、それを見捨てて客たちが走り出した。当たり前だが、一般人がこのような状況に立ち会う事は無い。他人を助ける気も起きないような異常事態なのだ。
「フェタ、スキール! 二人を手伝ってくれ!」
家族も早く逃がしてやりたいが、客を見捨てる訳にもいかない。もう一人怪我人が居たが、腕への傷だったため自分で走らせる。指示を出している間にもドラゴンは食事を続け、もう少しで両足が完成しそうな状態だ。
「ぼおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
低い、笛のようなスカルドラゴンの叫びが鳴り響く。ついに食事よりも正者に興味を持ったようだ。まだ尻尾や後ろ足の先はついていないが、こちらを見ている。
「フェタ、スキール! このまま宿に戻れ!! 地下室に入って夜明けを待て!」
「あなたはどうするの!? 一緒に行かなきゃ! 」
妻のフェタが返事をする。ロックは少し困った顔でそれに答える。
「俺が時間を稼がなきゃな。どのくらい持つかわからんから急いで帰れ。」
不安そうな二人を急かし、この場から離れるように促す。
「父さん! 待ってる!!」
そういうとスキールはフェタを連れて離脱した。子は知らぬ間に育つというが、それに助けられた。
「さて、奴さんの動きが鈍いのだけが救いだな。」
依然としてアンデッドが湧いており、彼らの道行きが気になる。しかし、目の前のドラゴンが彼らを追って行くのが一番危険だ。賊がうろつく町で助けを呼びに行かせるのも不味い。
「これしか、ないだろ。」
町始まって以来の大きな事件。それが立て続けに起きたことに苦虫を噛んだような顔を浮かべて零す。連戦で体力を消費し、相棒の大剣を支えるのも辛くなっている。
「連中が居てくれたらな・・・」
冒険者時代の仲間の顔がチラつく。そのリーダーとサポーターを殺したのはカースドラゴンであった。ドラゴンには嫌な縁があるようだ。
「ぼおおぉぉぉぉぉぉ!!」
「馬鹿みてぇに吠えやがって "防御上昇"速度上昇"」
ロックは自身の強化を行い敵の攻撃に備える。彼は元々ディフェンダー。攻撃に関しては二の次の技能構成だ。そのために最初から倒すことは考えず、朝陽が出るまでこの場所に縫い止めるのが目標である。相棒の大剣"ディフェンダー"は防御上昇の加護が付与されており、単独戦闘の防御性能は冒険者の中でも群を抜いている。
がしゃがしゃと音を立てて迫ってくるドラゴンに真正面から立ち向かう。下手に避けてしまえば後方の者達へ狙いが変わってしまうかもしれない。巨体から繰り出される横凪ぎに少し下がり、剣でいなす。その勢いを使い、不用意に下ろされたドラゴンの鼻っ面に渾身の一撃を見舞う。バキリと鼻先を砕いたが、すぐに傷が塞がってしまった。
「ちっ!!」
ロックの舌打ちがあたりに響く。スカルドラゴンの厄介なところは、軽微なダメージはすぐに治ってしまうことだ。元々が仮初の体のため粉砕するほどの力が必要なのだ。だが、相手の注意を引くには十分だったようで、眼窩に光る赤い黒い光がロックを鋭く捉えた。これならば進行方向を変えられる。そう考え、前足や顔に攻撃を加えながら墓地の方面へ誘導する。
「そら、こっちだ! うすのろ!」
言葉など通じないが、聞こえてはいるようでガチャガチャとけたたましい音を鳴らしながら、狭い道を体をくねらせ器用に追ってくる。ロックは自身への強化を掛け直しながら巧みに攻撃を躱し、誘導する。
「ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぐっ、ふ!!」
ひと際大きくドラゴンが吠え、その瞬間一気に距離を詰めてくる。ロックは急激な速度の変化に対応しきれずに突進をくらってしまう。かろうじて体を浮かせ、勢いを削ぐことはできた。だが手痛い一撃。吹っ飛ばされた先の木に激突し、ようやく止まった。ディフェンダーの加護や強化技能を使ってなお、骨身に応える。幸い骨折や内臓への損傷はなかったようで、まだ動ける。吹っ飛ばされ、距離が開いたことでドラゴンの全体像が見えてきた。できかけだった尻尾が無くなり、後ろ足が完成していた。足りない骨を尻尾から持ってきたようだ。
(頭を使いやがって!)
ギルドや書物の知識では知能が無いはずだが、状況判断をしているように見える。こちらがまだ動けることを確認し、突進してくる。四つの足が完成したその速度は先程までとは比べるべくもない。一方こちらは先程の一撃が存外大きく、思うように走ることができない。少しでも勢いを殺ぐために林へ逃げ込み防御上昇をかける。
「ぼおおぉぉぉぉぉぉ!」
だが、ドラゴンは一声あげると木々をものともせずに踏み倒しながら突進してくる。ロックは最早これまでと木を背にし、ディフェンダーの切っ先を前方に向けて固定した。敵の勢いを利用して少しでもダメージを稼ごうと考えたのだ。目を見開き、歯を食いしばり、これで最後と敵を睨む。遠くで爆発音の様なものが聞こえたが、それどころではなかった。
「おおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぼおおぉぉぉぉぉぉ!!」
ドゴォォォォォォン
とてつもない衝撃音と共にドラゴンが横方向に吹っ飛んだ。呆気にとられ目をしばたたく。一線を退いて時間は経ったが、A級冒険者と言われたこの身で傷をつけられなかった。あの巨体が真っ二つに割れ、もがいている。
「やっぱり人だったか! 無事か!?」
三十代前半の男が小走りで近付いてくる。顔が見えると、墓地に向かうときに別れた二人組の男性のほうだ。たしか台帳にはジョンと書いていたはずだ。
「すまない! 助かりました! ジョンさん・・でしたね?」
「? あっ!そうです。ジョンです。コルビー君のお父さんでしたか。皆さん無事ですか?」
事情はわからないがどうも偽名のようだ。深くは詮索しないでおこう。少しやり取りをしている間にドラゴンが再び立ち上がり、こちらを警戒している。どうも周知されているようなスカルドラゴンの姿とは違うようだ。
「皆には宿の地下室に向かって貰いました。ただ、散り散りに逃げた方もいます。早く後を追わないといけませんが・・・」
「あぁ、あれは任せて下さい。えーと・・コルビー君のお父さんは皆さんを助けにいって下さい。"キュアライト"」
「な!?」
ジョンが回復魔法を使う。先程まで立つのがやっとだった事が嘘のように体が軽い。
「コルビー君もビックリしてたけど回復魔法なんて珍しくもないでしょう? 復活の魔法があるなら驚くけどさ・・・」
ジョンがこちらの反応を見て零す。
「いや、高位神官が特殊な魔方陣でようやく使える魔法ですよ! そんなに手軽にできたなら冒険者の生還率だってあがりますよ!!」
「えぇぇ・・? 一般的な魔法だったけどなー・・・」
「ぼおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
放置されていたスカルドラゴンが意を決したのか咆哮をあげる。体が少し小さくなり、無かった尻尾がついている。足りないパーツを補うために今度は一部ではなく、全体を作り替えたようだ。やはり、伝わっている知能が無いという情報は間違っているようだ。
「さ、行って下さい。うちの相棒がコルビー君とウルダちゃんを連れてこちらに向かって来てます。合流して休んでいて下さい。」
「! 一緒なんですね!? ありがとうございます! 」
この場に残っても残念だが足手まといになるだけだろう。気がかりだったコルビーとウルダも彼の連れと一緒だと言っていた。早く合流して無事を確認したい。先ほど諦めた人生がまだここにあることを彼に感謝して、宿へと急いだ。
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アクレイヌ大陸の魔王である吸血姫の居城、アルジェシュ城。その執務室で思い詰めた表情を浮かべたエルザがのテーブルに突っ伏して老婆に問いかける。
「婆や、私はどうしたらいい? 優秀な人材を一人失い、手に入れた物がこの程度の力しかないとは・・・ 私は・・私は!!」
「マイルズを差し向けたのはこの婆の判断。おまえが気に病むことではないよ。それに秘石の調査もまだ手をつけたばかり。もう少し時間をおくれ。」
儀式を終え、うなだれるエルザを老婆がなだめる。伝承とは異なり、死者の秘石を使っても大した効果が得られなかったのだ。エルザは報告書に目を通し、この件の影響について知った。
まずはリールの領主との交渉。役目を与えたパルマーは、交渉の進展が無い事に痺れを切らし、野盗をけしかけ強奪を企てた。結果突入した野盗の略奪により多くの民間人への被害が出た。
また、領主の家に忍び込んだパルマーが領主の私兵団との戦闘に巻き込まれ死亡。死体が屋敷内に残ったため調査を受けている。パルマーはリールの人間だが、一族に恩を売るために手を回していた。調査が進めばいずれ明らかになるだろう。そうなればリールとの関係はかつてない程冷え込む可能性がある。
「パルマーがここまで愚かだったとは・・私の判断ミスだ。」
エルザが眉間に指をあて零す。交渉は今に始まったことでは無い。一族としても交渉を進めていた。だが、リールの領主は好色で、死者の秘石と交換に一族の女性を求めたため頓挫していた。そこにリールで商人をしていたパルマーから一族の治める地での売買許可を条件に交渉代行の申し出があったのだ。同郷のものであれば領主もそこまで吹っ掛ける事もないだろうと承認した。だが、結果はこのざまだ。
秘石もともと一族に伝わる秘宝で大切に保管されていたが、500年前にノレッジドラゴンを倒すために持ち出されたとされている。その時には絶大な力を与え、かのドラゴンを一蹴したと伝わっていた。しかし、ドラゴンの呪いを恐れたリールの領主が守りとしてそのまま返さなかったのだ。
「このままではあの化け物に勝てん。秘石を奪われることは無かったが、いつこちらに敵対するかわからない。備えておかねば・・・。」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、エルザは執務に戻っていった。
「気の優しい娘だからの。酷なことになってしまった。」
老婆はため息をつくと自らの仕事に戻っていった。
スケルトン→骨
ゾンビ、グール→お腐れ
リビングデッド→新鮮
スカルドラゴン→お馬鹿ちゃん
この物語ではこのように分けてます。信仰とかそういったものとは無関係です。この世界では魂は頭に宿るとされ、アンデッドも頭を破壊、もしくは胴から切り離すと動かなくなります。まれに動き続けるものもいますが、基本は気にしなくて良いほど少ないです。