サルベージ
「うむ!早速始めるのじゃ!」
体勢の辛さに辟易しながらディテクションを展開する。肉眼では確認できないが海底800mそこそこ、目的の亡骸が沈んでいる。膨大な年月を生きたであろうその水龍の成れの果ては巨大な蛇のような長い体を持っていた。
水龍は美しい物が好きな傾向がある。彼らの求愛は歌声を響かせ、お互いの鱗の美しさを競って行われる優雅な種だ。温厚で滅多なことで怒らないが、もし怒らせればその美しい声から紡がれる強力無比な魔法で徹底的な破壊を見るだろう。もし彼らの素材を船に使うならばその優位性はゆるぎない。
「にしてもそんな都合のいい魔法は知らないんだがな…」
「前から言わねばならんと思っておったが、お主は魔法の何たるかを知らん! そも魔法とは誰でも使えるように発動、制御を易しく簡素にまとめたもの じゃから正式な詠唱をおこなえば威力も精度も跳ね上がる! 復詠唱は純粋にその分の威力を高めるためのおまけ、要は結果が解っておれば無詠唱でも威力は変わらんのじゃ!」
「一応そこらへんはわかってるつもりだがこの海を割るのにつながらん。」
「むぅ、つまり海が割れるという結果を理解して魔力を込めればその通りになるのじゃ」
「無茶苦茶だな。」
「だがそんなものじゃ 魔法とはアリア様の一挙手一投足が起こした奇跡をアレイナ様…我ら龍種の始祖が使えるように真似を始めたのが起源じゃ シエラ様の使っておった魔術とは違う」
俺は無言で理解不能を訴える。ドラ子は空気の読める優しい奴だからきっと解説してくれる。
「魔術とは魔法と違い事象が起きた後消えるのじゃ」
「わかりにくい、もっと優しく。」
「・・・氷を出した後残らずに消えてなくなる」
「さすがドラ子、やればできる子・・ちょ、苦しい・・・」
羽交い絞めの腕にギリギリと力がこもる。
「アリア様は願えばそれを実現できるお方なのじゃ ほれ、クッキーやら皿をぽんぽん出しておったろう?」
「あれ収納魔法から取り出してるわけじゃないのか?」
「うむ、あれが神の御業! 呼吸するように奇跡を起こせるのじゃ」
「じゃあ俺から金を巻き上げなくても作り放題じゃないか?」
「・・・稀少の意味は知っておるか?」
声色からドラ子のゴミを見るような表情が目に浮かぶ。
「すみません、反省してます。」
「ともかく実戦!さっさと海を割るのじゃ!」
と言われても長い事生きているがそんなことをしようなどと思ったことはないから海を割るイメージなぞ全く浮かばない。イメージを絞り出そうとぼんやり水面を眺めると、揺らめく海面がキラキラと光りを跳ね返し時折顔を出すイルカが興味深げに俺たちを見る。なんだか癒される。
「ほれ!穴でも掘るイメージでちゃっちゃとはじめんか!」
「水は・・掘れん!」
「おぬしはもう例えじゃろう!?面倒くさいのぅー ・・・あれじゃ、爆発が広がる様に水を押しのけるイメージでもせい!それにふさわしい量の魔力もな!」
さすが識龍ドラ子、なかなかいい例えを出してくれる。火と爆発系の魔法の威力はアホ程でるため分かり易い。それにしてもそんな都合のいい結果が得られるような使い方ができれば銃など生まれないだろうに。
「よし!それじゃまずはこの辛い体勢なんとかしてもらっていいか? 息苦しい。」
「うーむ… こ、こうか?」
今度は背中から抱きつくような姿勢で支えてくれたので息苦しさが消え満足だ。
「よしいくか、オープンセサミ!」
「岩戸か!」
的確なドラ子のツッコミを受けながらイメージを拡大する。とにかく爆発で水が脇に寄るようにと繰り返し繰り返し祈り続ける。するとどうだろう、イメージした中心あたりの水に反応がある。
「お、お!」
「馬鹿者!集中を…」
ドラ子が言いかけたとたんその変化があった場所を中心に大爆発が起こり衝撃波が辺りを襲う。
「馬鹿者!!爆発に寄り過ぎじゃ!」
怒りながらも障壁を張ってくれたようで爆風は俺たちに届かない。爆発は200mはあろうかという水柱を作り収まった。辺りの水生生物が衝撃でぷかぷかと水面を漂っている。
「あぁ哀れなイルカよ、恨むならこの愚かな男を恨むが良い!」
「お、オーバーヒール!」
即死していなければ復活するはずだと苦し紛れに上空から範囲回復魔法をかけてみる。うまくいった様でイルカの群れは全速力で遥か彼方へ消えていった。そのほかの浮いていた連中も半分は再び海へ潜っていった。
「ギリギリセーフだな!」
「あほぅ!セーフなわけあるか!いったいいくつ死んだのじゃ!?」
「・・すみません・・・」
ドラ子が浮いている海産物を風で集めてそれを俺の収納魔法へ放り込む。しばらく魚だ。ひとまずこの衝撃で水龍の亡骸が砕けていないか調べるために再度ディテクションを使う。幸い反応する姿に違いは無いため計画は続行だ。
「よし、今度こそ慎重に行こうな!」
「おぬしがな!!!」
くぎを刺されてしょんぼりしながら集中を開始する。今度は爆発ではなく曇天から射す一条の光をイメージしてそれを広げていく。下手に目を開いていると視覚からの情報で失敗しそうなので目を閉じる。なんだかうまくいったような気がした。
「待て待て待って!!ストップじゃストップ!」
ドラ子の声で目を開け慌ててイメージを中止する。すると水面が泡立っていた。
「お主煮魚でも食いたいのか?海が沸騰しておるぞ!」
慌てて巨大な氷をぶち込んで冷やす。最早手遅れでいい具合にゆであがったイカがぷかぷかと波間に浮いている。ドラ子は風魔法でそれを巻き上げると俺を小脇に抱えて食べ始めた。
「丁度良い塩加減じゃ、せっかくじゃからお主も食え」
「しょ、食材成仏…」
大漁のイカを収納魔法へぶち込んでそのうちの一杯を咀嚼する。うまい。これは後であぶって酒の肴に食べよう。
「センスが無いのぅ…」
耳が痛いが俺は器用な方ではない。失敗を繰り返してようやく覚える凡庸なタイプだ。センスだけで何とかなる天才と比べないで欲しい。
「ドラ子が取って来てくれたら早いんじゃないか?」
「馬鹿者、約束したお主がやるべきじゃろう? 手伝っておるだけでも感謝せい」
もっともすぎて言い返せない。
「にしても… ! そうだ、風船だ!」
「はぁ?」
ドラ子には伝わらなかったようだが風船がイメージし易い。上から膨らませて水を押しのけるイメージなら爆発よりも危険性が低い。間違って暴発しても風魔法の適性が無い俺ならばたいしたことは起こらないだろう。多大な犠牲を出したがこれなら安心できるとイメージを膨らませて水面へ着水させる。我ながらうまくいって水が徐々にくぼんでクレーターのように半円ができる。
「うまくいったのぅ!そのまま、そのままじゃ!」
徐々に深くなっていくクレーターはまるで巨大な逆金魚鉢だ。唐突に割れた海の側面を不思議そうにサメが回遊している。昔飼っていた金魚を思い出す。
「なんか思ったより生き物が残ってて安心した。」
「あれは死骸の匂いで集まったサメじゃろうな 元々おった奴らでは無かろうよ」
「すみません。」
何はともあれクレーターは海底まで届き水龍の姿を露わにした。肉は腐食したか食われて無くなったようだが、100mはありそうな巨大な体は虹色に光る美しい鱗に覆われて生前の美しい姿を容易に想像させた。
「やはり美しいのぅ 人間にくれてやるには惜しい…」
「知り合いか?」
「いいや、説明しなかったか? 龍の記憶は深層でつながっておる、ほとんどの奴は活用できておらんが、妾程になると便利に使えるのじゃ 言ってしまえば図書館がわりじゃのぅ」
便利機能搭載高機能ドラ子。絶対に怒られそうなので言わないが頼りになるのはその通りだ。ソフトコーラルのサンゴが項垂れる海底に降り立ち、ドラ子が錬金術で丸まった水龍周囲を金属に変えていく。俺は錬金が使えないので見学だ。戻ってきたイルカの群れを見上げながらぼんやり待つ。
「お前たち!何をしている!」
聞きなれない声に振り向くと若い水龍が海の断面から顔を出していた。大きく見積もっても20m程の所を見るとまだ子供のようだ。表情はわからないが語気から怒っているだろうことは伝わる。
「見ての通りだ。墓荒らし。」
「今すぐ去れ!でなくば殺す!」
「関係者か? ドラ子、龍は家族の骨を守る習慣があるのか?」
「無いのぅ、でなければとっくに人間なぞ滅びておる」
作業を止めずにドラ子が答える。無視されて憤慨したのか若い水龍は水の魔法を連打する。服が濡れたくらいで被害はないので気のすむまで打たせてやろうかと思ったが、ドラ子の一睨みで若い水龍は戦意を喪失した。
「この水龍の末子のようじゃな」
「な、なんで龍が人間の味方をするんだ!」
「こいつは俺の嫁だ。それと、ケンカを売る相手は選ぼうな?」
いくら水龍が強くてもこの程度の子供は初級の魔法しか使えないらしく霧を使った幻影もアーテヴァーが見せた瞬間移動も使ってこなかった。相手の力量が解らない程度の実力しか無い様だ。
「頼む帰ってくれ!父様を連れて行かないでくれ!」
「すでに死んでおるじゃろうが、お前のような子も残し心残りも無かろう ヴィシャーラの魂はここにはおらん 我の気が変わらん内にさっさと行け」
いつもは優しいドラ子がドスの利いた声でなんだか怖い。数手やり合ったが、火魔法でボコボコにして水龍の子を追い返してしまった。
「ど、どうした? いつもの優しいドラ子はどうした?」
「はん? お主・・・スカルドラゴンやらイビルドラゴンと戦ったことは無いのか?」
「ある。昔何度となく戦った。」
「はぁ… あれは原因が4つあってのぅ 一つはドラゴンの亡骸に残った魂、もう一つは怨霊じゃ 海底に来れるような怨霊は少ないじゃろうが、若くて何も分かっておらんあの子にそんな姿を見せられんじゃろぅ?」
やり方は乱暴だったが安定のドラ子らしい理由だ。いくら言葉を交わそうが思いのあるものを手放すことは難しい。まして相手が子供ならばなおさらだ。自分が悪者になってもそれを押し通したらしい。
ドラ子が龍の記憶は繋がっていると言っていた。あの子が成長してそれを便利に使えるようになった時、きっとドラ子の思いも伝わるだろう。
「ドラ子ー。」
「なんじゃ?」
「愛してる。」
「は!?」
「やっぱりあの時頑張って封印を選んだのは間違いじゃなかった。」
「あー… うむ、えー…おん・・・」
「魔石くらいは置いて行ってやろう。墓標がないんじゃ安らかにあれと祈るに祈れないだろう。」
「う、うむ…」
ドラ子が錬金にいそしむ中、俺は口から侵入して魔石を探す。大体心臓の傍にできるため少し歩くが、ドラ子の作業的にも丁度いいだろう。照明魔法で照らしながら洞窟のような大きさの中を歩く。足場がヘドロのような堆積物が邪魔だが、凍らせて進めばおおむね問題ない。いたるところにウミエラが横たわっているのを見る限り有機物の分解が進んでいた証拠だろう。僅か一年でこの巨体が骨と鱗だけになるのだから生命豊かな海なのだろう。というか先程大漁を経験したから疑いようがない。骨を食べるワームなんかもいるがさすがに水龍の骨を食い破れる生物はいなかったようだ。
「お、あったあった。やっぱでけーな…」
2mはあろうかという巨大な魔石は鱗と同じように七色に輝き、水龍の強大な力のきらめきを今に伝えている。久しく湧き起らなかった所有欲がむくむくと鎌首をもたげるが、自分で言い出したことだからしようがない。掴むところが無いのでさっさと収納魔法へ取り込み外に戻る。
時間にして10分ほどだが外のドラ子は既に作業を完了して魔法で作り出したであろう椅子に腰掛けていた。
「お、ただいま。お茶でもだす・・か?」
「うむ、こやつにも… 飲めるか?」
「い、いただきます…」
一緒に居たのは先程追い払った水龍の子だった。おずおずと頭を下げる姿が可愛らしい。その内仲直りできるといいとは思ったが、まさかこんなに早く再開するとは思わなかった。ティーセットを出しながら聞いてみる。
「さっきあんな別れ方したのにどうしたんだ?」
「私はヴァジュムです 先程は頭に血が上って… すみませんでした」
少しイライラした様子のドラ子にほうじ茶を渡してやると一口すすって静かに言った。
「よい、話せ」
「あの、ドラ子様のお考えを拝見しまして お詫びしたく…はい」
パッと表情の明るくなったドラ子は嬉しそうに答える。
「うむ、我も若い龍だと侮っていたのは詫びよう お前のような幼龍が深層記憶を覗けるとは思わなんだ」
「有望株ってことか?」
「まぁ、そうじゃな 本来は百年生きて初めて存在を知る もちろん妾は産まれた時から知っておったがのぅ!」
得意げなドラ子の頭を撫でながら水龍を見る。この水龍に似ているといえば似ている。特に鱗の輝きがそっくりだ。きっと強い水龍に育つだろう。出会いは良くなかったが礼儀正しく可愛らしい水龍に先程持ってきた魔石を取り出してやる。
「こいつは置いて行くから守ってやってくれ。この深さじゃ大丈夫だろうが変な奴らに持って行かれたら強力な兵器になりそうだ。」
「必ず、必ず!!」
間髪入れない力強い返事に口元が緩む。だが目下気になっているのは手のない彼がどうやって茶を飲むのかだ。試しに渡してみるとカップの中からふわりふわりと茶が宙に浮き、水龍の口元に飛んでいく。魔法みたいだ!いや、魔法なんだが。子供と言っても20mはある巨体がお茶をちびちび飲む姿は猫舌っぽくて愛らしい。
「冷たい奴の方が良かったか?」
「いいえ、熱いものは好きです! 好きなんですが苦手なんです」
「ふーむ、元は人間か…転生者も大変じゃのぅ」
「ほーん…おん!?」
「聞いておらんかったか? 龍に遺骸を弔う風習は無いと」
「それは聞いたが普通この流れじゃ繋がらんだろうが! にしても大変だな、その、手も無いし。」
「慣れれば快適ですよ、ただ寂しいですね 父様は甘やかして一緒に居てくれましたが、水龍は繁殖以外で集まりません 20年周期で集まる以外は孤独なんです」
確かに強い種族が毎年子をなすことはあまりない。銀狼族もだいたい10~15年。ノアさんがマリエルを産んで10年程。あの子にもそろそろ妹ができるのだろうか? ちなみに一度に産む子は人間と変わらず一人だ。そこはイヌ科と大きく違い人間寄りだ。
「人魚保護活動してる奴がいるんだけど一緒についてくか? 」
「だめです!父様の魔石を!」
「ドラ子、収納魔法教えてやれないか? 記憶がつながってるなら教えるのも簡単だろ?」
「うむ、問題無い 魔石もこやつの傍に置いておいた方が安心じゃろう」
「!」
「決まりだな。どれ、お茶のお替りでもどうだ?」
「ありがとう…ありがとうございます!」
正直に言うと墓荒らしをしたことが発端なので感謝されると心が痛い。寂しがりの龍種なぞ聞いたことが無い。と思ったが前例が隣で満足そうに茶をすすっているのでこんなものかと納得した。
この世界の龍種のほとんどは卵を二つ産みます。少ない卵を大切に孵して育てるのです。ほとんどの場合もう一つの卵は孵りませんが二個とも孵化すると親はパニックになるほど忙しくなります。孵ったばかりの子供ですら10kgあり、巣にいる間だけでその体は数百キロまで成長します。巣立ちを迎えてよちよち歩きのドラゴンでも1t近くあり、その食事量は膨大になります。さらに独り立ちするまでともなると恐ろしい量の獲物が必要です。そのため龍種の子育ては巨大な獲物のいる豊かな餌場が重要となります。親は周囲の天候や災害状況を鑑みて繁殖するかどうかを考えるため、体の状態が良くても繁殖しない場合があります。似たような習性には淡水魚であるガーがいます。彼らは水位や水温が適さないと判断すると繁殖行動を諦めます。体力を温存して次期に賭けるのです。親が死ぬリスクを減らすことで長く生きる合理的な生存戦略を取っています。
ちなみに銀狼族が人間を繁殖相手にしているのは年中発情しており自分たちの周期を合わせる必要が無いためです。ただ、必ずしも人間である必要はないため、竜相手のカップルが誕生しました。二人は幸せに暮らしております。爆発しろ。
ついでに
大型の魔物やらなんやらたくさんいますが彼らは光合成やバクテリアの活動から栄養を取っている種類がほとんどです。黒龍の説明で少し触れましたが葉緑素や褐虫藻を持っていたり、反芻動物と同じで特定のバクテリアを胃の中に飼うことで栄養を補っています。大型動物がすべて経口摂取のみで栄養をまかなうとあっという間に草木は無くなりますね。この世界は地球より大きいという設定ですが、重力を大きくしないまま質量を増すことはできないためこじつけの様に生物の方を改変しました。




