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魔王さまは涙もろい  作者: 南部
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正体不明の船

「意外とたくましいな。」


縛り上げた3人の賊を転がしてシェルターの中を確認すると、留守番させていたミシェル達がつまみを食べながらげらげら笑っていた。酒も入っているようで取り巻きの一人は歌いながら拳を振り上げている。


「早かったねぇ!あんたもどうだい?」


ミシェルは酒瓶を掲げて上機嫌だ。酒で失敗したと聞いて禁酒を言い渡したはずだが、どうにも俺の勘違いだったらしい。


「お前ら酒で失敗したとか言ってなかったか?」


「持ってる分は消費しないとねぇ! こんなところじゃ間違いも起きないだろ? 飲み切ってやるのさ!」


「信じられますかい? これでまだカップ一杯しかやってないんでさ」


真っ赤な顔のミシェルを指差して取り巻きの一人が笑う。彼女は生まれたての小鹿のように膝が笑って立てないでいる。これだけ弱くてなぜ飲もうとするのかは理解できない。


「禁酒だな。」


聞こえるように大きめの声で言ってみたがどこ吹く風で酒盛りは続く。図太い事は理解できた。とにかく賊はすでに壊滅、ドームを維持する必要も無いので土魔法を解除して解体すると、ミチが港の入り口で立ち尽くしていた。


「ジョン、敵?」


ミチは目の前の救助を待っているとはいえない陽気な連中を見て判断に困っている。その頭をポンポンやりながら敵ではない事を伝える。


「いや、スカウトしてた。こいつらアルジェシュの兵器開発に連れてく、いい武器もってるんだ。」


「お土産?」


「そういうこったな。思いのほか早い戻りだけど他にとられるのは避けたい。そっちの首尾は?」


「30人くらいは確保したと思う、島中回ったけどこれ以上は居ないわ」


「ありがとう、任せて良かった。」


「もっと頼ってもいいわ」


「あぁ、もちろん頼りにしてる。それじゃ、いったんアルジェシュに戻るか。」


「ドラ子呼ぶわ」


「あ、いや、まだ船がいたようだ。悪いがこの連中を連れてドラ子に合流してくれるか? 俺はあれらが敵かどうか品定めしておく。賊の村みたいなところがあるからそこらへんにいてくれ。」


「先に沈めても…」


「ミチ、商船が乗っ取られてるだけかもしれないだろ?」


「・・・早めに戻ってね?」


「了解、アルジェシュに戻ったら井波屋で祝勝会しよう。」


ミシェル達を小突きながら誘導するミチを見送り、沖の船を見る。帆船が小舟を出して上陸の準備をしている。所属を示すような旗は掲げていないため何とも言えないが、揃いの服は賊というより軍に近い。3隻は側面を港に向けて発砲準備を完了しているようだ。


「お前らの知り合いか?」


念のため縛り上げた賊の生き残りに聞いてみる。だが三人は顔を見合わせて黙ったままだ。仲間だったら教える訳も無いし仲間じゃなくても答える理由はない。もっともな反応をぼんやり眺めている間に小舟は浜に到着して数人の男が銃を持って上陸した。小舟と言っても漁船程の大きさがあり、破損した港を土魔法で応急処置して使うことになった。


「賊の討伐お見事です、こいつらの身柄は我々が預かります 代わりと言ってはなんですが、提督と午後のティーでもいかがですか?」


「んー・・・ まあいいか。」


「それではこちらへどうぞ」


男たちは所属を明かさないまま案内し、されるがまま上陸用の船に乗り込む。装備はいわゆるフリントロック式にみえる。この程度の装備だと練度の低い魔法でもいい勝負ができてしまう。これをみると各国の技術水準にばらつきが大きく、活発な技術交流は無いようだ。兵士の腰にぶら下げてある皮製の袋はおそらく弾が入っている。マガジンとかではなく一発分の火薬が込められた紙巻の物だろう。記憶では慣れている人でも二分近く装填にかかる。火縄よりも扱いやすいフリントロックだが、連射は難しそうだ。ミシェルの召喚術で呼び出される無煙火薬よりも威力が劣ることもあり、やはり彼女らを他に取られるのは回避するのが賢明だ。ここで問題なのはドラ子にそれをどう連絡するかだ。もちろんミチが伝えてくれるだろうが、練習がてらに通信魔法を使ってみる。


『あー、テステス、ドラ子聞こえるか?』


『よく聞こえるぞアホ、敵が通信魔法を使えておったら一発で傍受じゃアホ』


『みんな失敗から学ぶんだよ。ちょっと偉そうな人とお茶してくるから適当に時間つぶしててくれ。』


『ふむ、賊の倉庫でもあさっておるかのぅ・・・時間は?』


『わからんけどそんなにかからんと思う。ミチが連れて行く連中は必要な奴らだから、守ってやってくれ。』


『はいはい、それではの』


ドラ子なら俺よりも頭が回るからこれだけで伝わるはずだ。救助者の情報を聞かなかったのはドラ子の言う通り傍受された時の事を考えてだ。同様の理由で人魚がいたことも話すことはできない。帆船で人魚に追い付くことはできないだろうが念のためだ。暗号化などの複雑なこともできるようだが、単に俺の頭が追い付かない。そのうちドラ子に最適な方法を模索してもらう事にしよう。そんなことをしている間に船へ到着して引き上げられる。近寄ってみれば船の外装は鋼板で覆われ、さながら装甲艦だ。側面には無数の大砲が装備されており、目を凝らせばその長い砲身には硬化の術式が刻印されている。しかし甲板に主砲と呼べるような艦砲は無く、ここでも技術力がちぐはぐだ。これでは側面でしか攻撃ができずに互いに損耗が激しい。砲塔を回転させる技術はあるはずだが、軍事転用がまだなのかもしれない。もっともこの艦が古いだけなのかもしれないが、判断はつかない。


「私はアレクセイと申します、こちらへどうぞ」


甲板に上がるとアレクセイと名乗る小綺麗な身なりの兵士が待ち構えていた。所作が美しいというか、兵士よりも執事の方がしっくりくる男が応接室に案内してくれた。船内は装甲のためだろうか採光のための窓が無く、日中だというのに暗い。それを補うための照明魔道具が点々と配置されていた。飾り気のない無骨な船内は戦闘用であることは間違いなく、軍艦と呼ぶにふさわしい。倉庫のような質素な扉が並ぶ薄暗い廊下を行くと、突き当りにそれまでとは造りの違う扉があった。アレクセイがノックすると中から野太い声で返事が聞こえる。アレクセイが扉が開くと、そこには立派な髭を蓄えた目の細い、でっぷりとした男が座っていた。男は葉巻を燻らせながらちょいちょいと椅子を指差した。


「掛けてくれ コーヒーと紅茶、どちらがいいかな?」


貫禄たっぷりに男は聞く。葉巻の甘いような香りは紅茶よりコーヒーを連想させる。換気窓すらない部屋は煙が立ち込め紅茶の香りを感じることはできないだろう。


「コーヒーをブラックで。早速だが、何の用だ?」


「まずは名前くらい名乗らせてくれ、マリオ・ポーガストだ」


マリオは苦笑しながら名乗った。灰皿にこすりつけるように葉巻の灰を落とすと彼はもう一口煙を吐く。そのあと灰皿に葉巻を置いて席を立ち、重そうな体を揺らしながらこちらに歩み寄って右手を差し出した。


「・・・ジョセフソンだ。」


側付きの兵士がいる中で無視しては彼の沽券にかかわるだろう。素直に手を差し出して握手を受け入れる。体格のせいで年齢がわかりにくいが恐らく四十半ば程、栗毛の髪は白髪交じりで短く切りそろえられている。手を握った感じから推測するに体術に関しては素人に近い。魔力を全身にめぐらせて戦う事はできないだろう。事務仕事が多いのか指にはペンだこがいくつもあった。


「あの賊どもには煮え湯を飲まされてきた こうして討伐隊を組んで追いかけてきたんだが、既に君が事を終えていたというわけさ ならばせめて艦にある最高の茶でもてなそうと思ってね」


口角を上げるだけの笑顔を浮かべてマリオは再び椅子に腰掛けた。


「賊の討伐にしては規模が小さい 俺が到着した時、少なくとも5隻の船が係留されていた。沖で沈めた船も2隻ある。いくら君たちの練度が高かろうが3隻でこれらの賊を圧倒できるとは考えにくい。どっちかというと賊を助けるために介入したように見えてしまう。」


運ばれてきたコーヒーを口に含みながら様子をうかがう。太い眉毛はピクリともせず、値踏みするような目が鬱陶しい。本音は語らないだろうが言葉を交わさねば人となりを感じることはできない。面倒くさいが多少の問答は避けられない。


「考えすぎだよジョセフソン君、我々は海運の要衝を解放するためにやってきただけだ」


マリオは大げさに手振りを交えながら語る。しかし、賊の撃退なり討伐ならば所属を明らかにして戦果を誇示しなければ戦費ばかりかかって他国への牽制にはならない。賊の持っている金品を当てにしていたといわれれば多少は納得できるが、軍艦を三隻も出して立ち回るには割に合わないくらいしかなかった。こいつらの目的は金にかわる価値の物、つまり俺の見た中では人魚しか思いつかない。


「所属もわからない船で、ね。どこの国のどの部隊所属で階級はなんだ?」


もっともらしい質問を投げかけて反応を見る。答えられても俺の知識は古いし、軍の階級などざっくりしか分からない。相手がぼろを出すことがないにしても、疑っていることを表に出すことで多少牽制になるかと考えた。


「君の疑念はもっともだが、所属を明かすことはできない それと、君も腹の探り合いは好かんようだから単刀直入に言おう 君の別動隊が保護しているだろう人々の中に我々の要人がいる 報酬は期待してもらっていい、どうか返してはもらえないだろうか?」


マリオは感情のない笑顔を浮かべて机の引き出しから麻袋を取り出した。じゃりじゃりと金属の擦れる音が部屋に響く。


「肖像とかないのか? 事情を知らない身からすると”はいそうですか”と引き渡すわけにはいかないな。」


「悪いがそういった物はないのだよ」


マリオは表情を出さずに髭を撫でる。何を考えているか全く予想できないが、交渉にすらなっていないこの話を俺が飲む理由はない。


「話は終わりで良いな。別に知らん奴の生き死になぞ興味ないが、お前さんの思い通りになってやる気も無い。」


「嫌われてしまったな、しょうがない 目的は人魚だ 人魚を連れ帰らねばならない」


嘘は言っていないだろうが、張り付いた表情で本心は汲み取れない。ラーベラがいてくれればこういった腹の探り合いを任せて旨いコーヒーに専念できた。惜しい。こういった奴は弱みを見せればとことん突いてくる。さっさと帰るのが得策だろう。


「なおさら不可だ。人魚は保護対象であるから逃がした。この船の速度じゃあ追い付けないだろう。いや、追うと言ったら沈めてやろうか?」


どうにも人間相手に人間以外の権利を守ろうとするとケンカ腰になってしまう。これも魔王の称号のせいだろうか? もしくは先程からの的を得ない交渉に疲れてきただけだろうか。


「こちらも任務なのでね、命令に従わなければならない」


マリオは一瞬本音が出たような表情を浮かべたがすぐに先程までと同様の顔に戻った。


「ならば死ぬ覚悟をしてくれ。コーヒーの礼だ、せめて戦闘の準備くらいはさせてやろう。」


「なぜ人魚に肩入れする?」


「どうせ味方に付くならかわいい子の方がやる気が出るからな。それに裏切られてからは人間をあまり好いてはいない。君らが亜人と呼ぶ連中のほうが好ましい。以上だ。」


マリオのポーカーフェイスは次第に崩れて額から汗が噴き出してきた。魔力の素養はあまり無い様だからこちらの実力など気付いてはいないはずだが、相当焦っているように見える。


「ジョセフソン君、すまない マスター、そろそろギブアップだ! 出てきてくれ」


「もうかい? 君はいつまでたっても一人前になれないね!」


クローゼットの中からくせ毛のエルフが転がるように飛び出してきた。探知系の魔法を使っていたわけではないが気配を感じ取れなかった。おそらく隠蔽魔法を使っていたのだろう。


「やぁ、ヴァルガス様 不思議そうな顔をしてるってことは覚えてないってことだね? 僕はオーガスタス・ユースタス、ガスって呼んでおくれよ!」


「殺す人数が増えても問題ないが、自殺志願者かなにかか?」


「おう・・・昔は人間ならだれでも救おうとしていたけど、随分印象が変わってないかい?」


「そのころの知り合いか? どうも昔の記憶はあいまいでな。話があるなら早めに済ませてくれ、マリオも戦闘準備を早く進めるといい。三隻まとめて消し飛ばしてやる。」


「おっと、記憶よりも百倍キレやすいじゃないかどうしようマリオ!」


「マスターが全て説明してください 我々はあくまであなたの命令で動いていただけです 死ぬなら一人で死んでください 私は部下をこれ以上危険にさらしたくない」


「こいつを殺せば丸く収まるなら跡形も残さず焼き尽くしてやろう。」


「申し訳ない!説明させてもらおうね!ちょっと落ち着こうね!」


マリオに見捨てられたオーガスタスは土下座の様な体勢で命乞いをする。マリオの読み難い表情の正体はこの面倒くさそうなエルフが原因だったらしい。


「長話は苦手なんだ。気が変わらないうちに説明をしろ。」


そういうとオーガスタスは楽しそうに話し始めた。


この世界の兵器は魔法と錬金術を組み合わせたものがあります。今回登場した軍艦に搭載されていた大砲には壊れにくいように術式が刻まれていました。他にも過去に登場したモーゼス製のアサルトライフルなんかがそれです。科学の理解が進みにくい魔法の世界ですが、組み合わせる実験を繰り返す人間は当然いました。少数派ですからサイコパスと呼ばれることもあります。しかし、一部の技術はこうして戦術に取り込まれて僅かばかり生き残っています。一人の英雄の時代から多数の兵士の戦争へと変わっていくのです。

過去に出てきたモーゼス帝国は兵士を消耗品として戦地に送り込み魔力の素養の無い者すら戦わせていました。それを可能にしたのが無理に魔力を吸い出すアサルトライフルだったんですね。


ちなみに葉巻はふかす、タバコは吸う(喫む)ですね。間違って葉巻を吸い込むと予想以上のダメージを負います。

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