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魔王さまは涙もろい  作者: 南部
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とある日

「すっかり長居したな。」


しとしと降る雨の中、がりがりと頭を掻く。城の応接間で森や町での出来事を再聴取されて時間を食ってしまった。エリザベスにゆっくりしていけと言われれば断り難い。そうこうしている間にエルザベートまで現れて結局日が沈み街並みに明りが灯る頃になってようやく解放されたのだ。本当はアビゲイルの就職したパン屋に寄って大人買いをしようと考えていたのだが、すっかり遅くなってしまった。


「あ、ジョンさん! いまお帰りですか?」


城からの帰り道、商店街に差し掛かると聞いたことのある声に呼び止めらる。振り返るとアビゲイルが駆け寄ってきた。戦場で拾った時にはクマが浮いて青白い顔だった彼女もすっかり血色が良くなり近所の人気者だ。


「お疲れさん。アビゲイルも今帰りか?」


「はい、この国のお店はどこもゆったり勤務なんですね」


「遅くまでやってるのは飲み屋くらいしかないもんな。」


「おかげですごく調子が良いです!」


「そいつはいいな。今度パン買いにいくよ。」


「あ、私が居るときに来てくださいね おごりますから!」


「おいおい、俺にもハリボテだけどプライドがあるんだ。それくらい払わせてくれ。」


「いいえ、だめです 私はジョンさんに感謝してるんです! 御返しにはならないかもしれませんけど、それくらいしたいです」


「いや、そう思ってくれてるだけでいいさ。強制的に連れてきたようなもんだしな。」


「連れてきてもらってよかったです あの時はホント死ぬかと思いましたけどねー・・・」


アビゲイルが腹の辺りでジェスチャーをする。仕方なかったとはいえ腰から下を切り落とすなぞトラウマ以外のなにものでもない。にこやかに話のタネにするとはなかなか強い人間だ。


「ほんとうにごめん、あれ以外に対処ができなくてさ。」


ちゃんと謝罪していなかった気がして頭を下げるとアビゲイルは慌てて首を横に振った。


「いいえ、ジョンさんが決心させてくれたから今ここに居れるんです! だからパンぐらい奢らせてください」


アビゲイルは俺の右手を掴んでぶんぶんとふる。本当は少しでも店の売り上げに貢献したいと考えていたのだが、”初給料で贈り物をもらう親の気持ち”を妄想して受けることにした。


「きっと来てくださいね!」


元気な声に手を振って別れる。アビゲイルが退勤したということは目当てのパン屋は閉めてしまったのだろう。仕方ないので開いている店を探す。そろそろここを離れて目的無く旅をする予定なので食料やら消耗品を買い込んでいく。レトルトなんてすばらしい物はこの世界に無いため日持ちのする乾物がメインだ。魚やら肉ならやる気になればそこらで手に入る。そう、大事なのは茶葉とコーヒーだ。あれは自分で作れない。幸いこのアルジェシュは城から少し離れた山の斜面にそれが青い葉を茂らせている。昼と夜の寒暖差が激しいこの地の茶はなかなか香りが高い。若干の苦みはあるが、それが味わいに深みを与える程度で気にならない。どれだけの品ぞろえがあるか楽しみにしながら少し歩くと、店じまいを始めているエリザベスお勧めの店が見えてきた。


「いらっしゃいませ、どのようなものをお探しですか?」


上等な服を着た40そこそこの店員がにこやかに頭を下げた。カイゼル髭にモノクルといった()()()風貌の男は伺うようにこちらを見た。


「閉店間際にすまない、旅の楽しみとして量が欲しいんだが・・・」


「とんでもございません、一時の癒しのお力になれれば幸いです 旅のお供であれば出が早い方がよろしいでしょう、こちらなどは・・・」


男の話を聞きながら支払いを心配されるほどの量を買う。どうにも商人に見えない格好で大量買いをしたのがいけなかったようだ。エリザベスの名前を出すと店主は安心したのか次々と高価な茶葉も奥から取り出して在庫一掃と言わんばかりに勧めてくる。


「この国で二百年程この商いをしておりますが、お客様のような方は初めてお会いしました」


「吸血一族だったのか? それにしては・・・」


「えぇ、おっしゃる通りです 私は少し特殊でありまして、魔力がほぼございません」


「珍しいな、じゃあ吸血衝動も無いわけか?」


「はい、かわりに戦闘などもできませんからこうして穏やかに暮らしております」


「商売にはうってつけだな。」


「えぇ、他店(よそ)と比べてお答えできることは多いでしょう」


「頼もしいな、友人がこの国に住むことになったからまた寄らせてもらうよ。」


支払いを済ませて挨拶すると、男は深く頭を下げて見送ってくれた。しかしまたいらっしゃいとは答えなかった。少し不思議に思いつつほかの店へ向かう。だいたいの店は閉まってしまい、開いているのは酒屋と売れ残っても困るだろう鮮魚店だけだった。試したい食べ方もあるため馬鹿でかいヤマメの様な見た目の赤レイクトゥを買う。塩焼きやらムニエルにしたかったのだ。


「あら、ヴァルガス意外と早かったわね」


酒店の近くを通りかかった所でまた聞き覚えのある声に引き留められる。今日はよく呼び止められる日だ。


「あぁリディアさん・・・酒ですか?」


「えぇ、みんなで飲もうかと思って!」


にんまりと笑うリディアの手にはむき身の酒瓶が二本、握られていた。ここアルジェシュでは傾斜地で育てられる葡萄を使ったワインの方が一般的だ。だが、リディアが持っていたのは米を使った酒、端的に言えば日本酒だ。細々と造られるこれは四段仕込みで甘口である。値段は高いが口当たりが柔らかく渋みが無いためワインよりも飲みやすい。


「いいですね、赤レイクトゥを買ったので肴をつくりますよ。」


「あら、ありがとう! 何作ってくれるの?」


「この後のお楽しみってことで。」


談話しながら町をうろついて材料を買い足す。だが、時間が悪く買えたのはキャベツとジャガイモくらいだった。何となくメニューは決まった。本日の買い物はここで切り上げて早速帰って作り始めることにした。だが、既にフェタが夕食の準備を終わらせていたためしっかりと飯を食ってから重めの肴を作ることになってしまった。


「じゃ、早速やるかー。」


雨上がりの夜空の下で土魔法を使いかまどを作って鉄板を置く。ドラ子に炭を焚きつけさせてそれをかまどに放り込んで火力を調節する。次に三枚おろしの赤レイクトゥを植物油を引いた鉄板で身から焼く。ある程度火が通ったら崩さないようにひっくり返して皮面も焼く。同時にざっくり切ったキャベツと小さめに切ったジャガイモ、屋敷に有ったマイタケみたいなキノコをぶち込む。食用であることはフェタに確認済みだから特に問題ないだろう。酒で溶いておいた味噌を塗ろうと思ったのだが、丁度いい物が無い。面倒だったので回すようにぶっかける。派手な音をたてて味噌が沸騰して食欲をそそる香りが立ち込めると歓声が上がった。皆、腹がいっぱいだと言いながら熱心に経過を観察してすでに食器を広げている。具材が寂しくて入れたキノコもマイタケの様な香りで一先ず安心した。


「よしできた、混ぜながら食ってくれ!」


言うが早いか半ば争奪戦の様相を呈してあっという間にメインの赤レイクトゥがいなくなってしまった。出遅れたロックと俺は残ったキャベツとキノコをつつく。夕飯前に攫ってきたアビゲイルもこれには言葉が出ないようだ。


「ヴァルガスもっとないの?」


酒をちびちびやりながらリディアが物足りなさそうに言う。食べ盛りの子供たちも少し物足りなさそうにしていだ。致し方無いとなんちゃって鮭とばを作ろうと思って残しておいた半身も鉄板に放り込む。同じでは味気ないからと今度はバターと醤油をぶっかける。するとまた歓声が上がった。


「旦那は料理もできるんだねぇ・・・」


フェタが感心したように言う。その一言にミチが誇らしそうに鼻を鳴らした。


「いや、見よう見まねでやってるから色々間違ってるところがあると思う。調味料もそれっぽい物で雑に仕上げただけだからフェタさんがやればもっとうまいかもしれないよ。」


「門外不出とかそういうのじゃないのかい?」


「全然そんなのじゃないよ、俺も本場のは食ったことないし。」


それらしい見た目に仕上がっただけでやり方なんぞ全く知らない。みりんが無いから酒をそのままぶち込んでいるし、米味噌を使っているしで恐らく味は違うだろう。催促されるくらいだから味には満足してくれたようだ。


「お主は存外器用じゃなぁ」


「ドラ子も知識があるからできるんじゃないか?」


「できる、じゃろうがやろうとは思わんなぁ こしらえて貰った飯のほうがうまい!」


ドラ子が胸を張る。


「でもたまには作ってくれよ?」


作って貰うのも楽しいものだからドラ子の頭を撫でながら催促してみる。するとドラ子ではなくミチが反応した。


「おyジョン、私がお作りますわ」


ミチの言葉遣いがまたバグっているが、彼女は力強く拳を握った。


「お、ありがとうミチ。今度は何作ってくれるんだ?」


「そのぉー、お決まってねぇのだわ、お楽しみにしておいで?」


いつもより言葉がおかしいと思ったらリディアが酒を飲ませていたようだ。ただでさえ”砕けた言葉遣い”に苦戦しているミチは酔って余計おかしくなった。


「可愛らしい奥さんね、ベッドに運んであげたら?」


飲ませたリディアはクスクスと笑ってご満悦だ。確かにミチの足元もはおぼつかなくなってきている。いったいどれほど飲ませたかはわからないが部屋まで運ぶことにした。


「お館様、ドラ子ばっかり撫でてずるいです」

「そうか?」

「私も撫でて下さい」

「じゃ狼にもど・・・!?」

「早く」

「いや、脱が脱がなくて!」

「嫌い?」

「そうじゃないって!」

「ほら」

「ミチ!」

「うん」

「あわわ・・どうしたら・・」

「愛してる」

と、いう訳でジョンはミチに送り逆狼されました。酔った勢いで理性がぶっ飛んだ訳ですね。実はリディアがミチに飲ませていたのは度数の高いリキュールでした。ドッチモ モット セッキョクテキニ イケ!!という彼女なりのエールでした。魔王の加護が付いたジョンは状態異常にならないためミチが狙われてしまったわけですね。泥酔していたミチでしたが、次の日起きたらすべて覚えていて悶絶するわけです。ですがこれがきっかけで腫れ物に触る様だったミチの態度が普通になります。

「昨夜はお楽しみでしたね!」

というリディアの言葉ですべてを察したジョンがミチに恥ずかしい思いをさせたことを悔やんだことは言うまでもありません。このあと数日してドラ子がガチ切れして襲い掛かったのはまた別なお話。



ちなみに途中で出てきた吸血一族の男性はもう少しで死ぬため”またお越しください”の一言が言えませんでした。彼は吸血一族でありながら猫人と恋に落ちて結婚しました。種族の差など二人の間には問題ありませんでしたが、寿命の差のせいで百年以上一人の時間が訪れます。再婚を進められた彼でしたが妻の事が忘れられずに独り身を貫きました。人間以外の異種族とは子が生せないため子もおらず、店を継ぐ者もいません。引き取りたいという者は多くいましたが、彼が一番危惧したのは妻との思い出の店が他人の手で貶められることでした。そのためエリザベスに自分が死んだあとは店を取り壊して欲しいと願い出ました。彼女は願いを受け入れて店の権利書を引き受けて約束を全うします。今後出てこない一般人の設定話でした。


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