ラウラの昔話
「シッ!シッ!セイ!」
太陽が山の向こうへ差し掛かった頃、ロック一家の中庭に掛け声と剣戟の音が響く。コルビー夫妻の剣を二刀の小太刀で受けるのはゴーレムのラウラである。精霊王マルス謹製のラウラは幼い主の訓練に付き合っていた。
「コルビー、単調な動きでは手痛い反撃を受けるわ ウルダ、連携しなければ二人で戦う意味がないの」
既に訓練を開始して一時間は経とうとしているが、二人相手にラウラは手加減しながら余裕の表情だ。一方攻撃側の二人は息も上がり、剣を振り上げるのも辛そうだ。ラウラが素早く剣を払うと、ウルダは剣から手を放してしまう。宙に放り出された剣はくるくると回転しながら地面に刺さった。
「今日はやめ! やりすぎると体を壊すぞ?」
ジョンはコルビーから訓練を見て助言が欲しいと言われて見学をしていたが、ラウラが言いたいことを言ってしまっているためコメントに困っていた。擦り剝けて血が滲むウルダの手を治療しながらジョンは二、三言葉を選んでいたが有効なものは特になかった。
「どうヴァルガス コルビーの上達ぶりは?」
「あぁ、存分に見させてもらったよ。正直言うことがなんもない。」
ジョンのコメントに不満そうなコルビーが頬を膨らませながら近寄ってきた。
「ラウラが強すぎて自分が上達してる気がしないんです」
「おいおいコルビー君、そりゃ贅沢ってもんだ。ラウラの実力は上の中、勝てる奴なんかそうそういないさ。」
「褒めても何も出ないわよ?」
ジョンはコルビーを褒めたつもりだったが、ラウラが手をひらひらさせながら照れ顔で反応する。僅か数日で流暢な言葉遣いと豊かな表情を手に入れて最早人間と区別がつかない。コルビーとウルダに対しても主従というよりも姉弟のようだ。これならば旅に出ても違和感が無いだろう。
「そろそろ森で実戦をしても良い頃だ。ゴブリンとは比べられないくらいにいい経験になるだろ。」
「やった!明日行ってきます!」
若さのせいか先程まで肩で息をしていたのにコルビーはもうすっかり立ち直っていた。一方のウルダはまだ膝に手をついて息を整えている。つい最近まで剣を握ったことも無い女の子がここまで食らいついているのは奇跡だ。一緒に旅をすると決めた以上足手まといにはならないという決意があったようだ。アリアが言っていた”強くなる”という言葉を思い出しながらジョンは一人納得した。
「ウルダちゃんはちょっと早いかもな。明日はナオと組み手をして欲しい。」
「わ、わたしも、コルビーに、ついて・・・」
「だめ。実戦になると訓練の倍以上疲れるから体力不足の間は基礎トレーニングと組手だね。」
「・・はい・・・」
しょんぼりするウルダを見て罪悪感に駆られるジョンだったが、見極めを甘くして怪我をさせては元も子もない。ラウラがいくら強かろうが護衛対象が増えればそれだけ反応が遅れる。それを加味して居残りを宣告したのだ。
「ヴァルガスが一緒に来ればいいんじゃない?」
ラウラが不思議そうに聞く。
「いや、それも考えたんだけどさ。すごく注意してないと魔獣とか隠れちゃうんだよ・・・ 気配を消すのに集中すると判断が遅れるしでちょっと役に立てない。」
「ドラ子は?」
「森が消える可能性を捨てきれないからちょっと・・・」
「ミチは・・・聞くまでもなかったわね」
「すまん。基本はいい子なんだけど注意力がね。」
ミチは家族以外にあまり興味が無い。ロック一家に関しても知っている程度から進歩は無い。もと冒険者のロックに任せるのも考えたが今は新しい街で生活基盤を作るのに忙しい。国交を制限しているわけではないが、山に囲まれ強い魔物が出没するこの国には傭兵以外の仕事があまりないのである。農業はもとより小売りも間に合ってしまっているから雇って貰うのも一苦労だ。
「すいませんわがまま言いました しっかり訓練してから一緒にいきます!」
地面に刺さった剣を抜きながらウルダが微笑む。バツが悪いのかコルビーが口をもごもごしている。
「ウルダが行けないならもうちょっと待ちます 連携の訓練にもなるし」
「その方が良いかもな、二人ともセンスがあるし何より努力してる。すぐにウルダちゃんも追い付くさ。」
コルビーは嬉しそうな、それでいて少し寂しそうな顔を浮かべた。リールの町では毎日訓練を続け、アルジェシュに着くまでも移動の空き時間や夜の間にトレーニングや素振りを欠かさず行い反復していた。それが数日で並ばれては立つ瀬も無いだろう。
「コルビー、ウルダは特別なの 私がわかるだけでもドラクルにエルフ、ドワーフの血が混じっているもの」
「!?」
ラウラの突然すぎる発言にウルダが固まる。
「ご両親も知らなかったでしょうね あなたの遺伝子は私の元主人である”傀儡の王バールハイト”の研究していた人間のものと類似点が多くあるわ きっとその子孫でしょう」
「くぐつのおう? いでんし?」
ウルダが混乱のせいで表情を失う。
「ええ、彼は純粋な人間とその他の人型種の研究をしていました 伝承では収斂進化ではなく古の魔王が純粋な人間から作り出したのがドラクルやエルフを含む人型種、いわゆる亜人と言われています それを解明するために特定の条件下で交配を進めていたのがあなたの祖先だと思うわ」
訓練の時とは全く違う淡々とした口調でラウラは説明する。ジョンは制止した方が良いかと口を開こうとした。だがよく見るとウルダは徐々に頬を赤らめ興味深そうな顔に変わっていた。
「もっと、もっと教えてください!」
「えぇ、あ、でもお茶でも飲みながらにしましょうか ヴァルガス、ティーセットを貸してくれる?」
「もちろんだ、夕飯前だからお菓子は軽くで良いだろ?」
「ええ! この間のクッキーはある?」
楽し気な女性人とは裏腹にコルビーだけが受け止めきれずにキョトンとした顔で後を追う。ここはもとは貴族の屋敷だけあって広い部屋が多い。そのためほどほどの広さである使用人詰め所がロック一家には人気だ。そこへティーセットを広げて紅茶を入れる。今日は山間地でとれる希少品だ。
「いい香りね ヴァルガスはお茶が好きなの?」
「もちろんだ。休憩は人間が人間である証だからな。その時間を有意義にするのはいつだっていい趣味と良いお茶だ。まぁ、コーヒーもしかりだけど。」
「お酒は?」
「少しならな。さて、あんまり焦らすな。ウルダちゃんの先祖の話を聞かせてやれよ。」
「そうだったわね えーっと、どこまで話したかしら・・・ あぁ、そうそう! あなたの祖先は傀儡の王に捕まった冒険者でした 研究は勇者に倒されるまで繰り返されて、わかった事は三つ、一つ目は純粋な人間とであれば亜人も交配が出きる 二つ目は亜人同士では種族が変わると交配ができない 三つめは純粋な人間と交配しても産まれてくるのは亜人の特徴を持った子供だけ」
かいつまんで説明しているラウラだが、ウルダが少し困った顔で固まっている。欲しい情報はそちらではなかったようだ。
「ラウラいったん血統の話はおいといて、その捕まったウルダちゃんに近い親戚とかの話はわかるか?」
ジョンの言葉にウルダの表情が明るくなる。やはり親族に関わる情報が欲しかったのだ。だが、今度はラウラの表情が曇る。
「ごめんなさいね・・・ 施設を出たことが無いからウルダの近しい血統がどんな人物だったかはわからないの ただ、あの施設を出たのは傀儡の王の研究に興味を示したドラクルのコレットだけだったわ あの子が出奔できたのもあの時はなぜかはわからなかった」
「親戚が気になる?」
コルビーが不安そうにウルダに尋ねる。両親が命を落とし、自分のルーツがわからない彼女にとってアウラの話はそれにたどり着くための一縷の希望だったのかもしれない。
「全然! って言ったらうそになるけど・・・ わからないのはラウラさんのせいじゃないし、コレットさんのお話が聞けただけでも良かった!」
ウルダはやわらかく笑うと紅茶を一口飲んだ。それをみてラウラは顔を緩ませてだらしなく笑いジョンの肩をべしべしと連打した。
「気遣いの出来る子だってのはわかったから落ち着けラウラ! とりあえずそのコレットって人の話をもうちょっと聞かせてくれ。」
ジョンの言葉にコホンと咳ばらいをした後ラウラは続けた。
「コレットは他の被験者と違って自ら王の元へ来た子だったの ドラクルはプライドが高いから他種の手を借りることをしないけど、人体の強化に行き詰ってアプローチを変えたかったみたいね 種族の根源を探ることが結果として肉体の強化につながると思ったってところかしら」
ラウラは紅茶を飲み飲み説明を続ける。ジョンが先日言った人間らしさとしての寝ることや食べることを実践中だ。彼が勘違いして刷り込んだラウラのコルビーに対する感情は思いのほか都合よく機能している。憎悪の執着は保護欲の執着として切り替わり、守りたいという思いが円滑なコミュニケーションをとるための学習意欲へとつながった。そのことがただ他者を排除していた感情の無いゴーレムを人間たらしめた。学習対象となったフェタがアウラの”どうして?どうして?”の被害者になったのは言うまでもないだろう。もっともフェタは二児の母であり、面倒見が良いため大した苦にならなかったようだが。
「理由はどうあれ逃げ足の速いドラクルが自ら飛び込んできたのは王にとって重畳だったわ 彼女の研究と王の研究をすり合わせて一つの結論を出したの」
ラウラはカップを置くとウルダの目を見て続けた。
「特性は遺伝する もちろんウルダさんを見ればわかると思うけど、すべてが遺伝するわけじゃないわ 羽、生えてないでしょう?」
ラウラは席を立ちウルダの背中をさする。ウルダの背筋はぴんと伸びた。それをみてコルビーもウルダの背中をペタペタと触ってみるが、やはり肩甲骨以外突起は無い
「引き継いだのは魔法特性と彼らの膂力 エルフからは膨大な魔力特性、ドワーフからは環境適応能力・・・ 当時施設にいなかったドワーフが混じってるってことはコレットは館を出た後も同じ研究を続けていたのね」
「しかし、そういった分野なら子供を産まなきゃならんだろ。その、人道的にな?」
「コレットが館を出たのは彼女が妊娠してからだったわ ウルダさんの血統から言ってコレットは一族だけで研究を続けさせたんでしょうね」
それを聞いてウルダは安堵の表情を浮かべた。
「それでね、当時はわからなかったけど コレットが施設をでられた理由、今ならちょっとわかる」
「なんですか?」
ウルダが聞くとラウラは少しうれしそうに答えた。
「あなたには傀儡の王の血も少し感じるの だから、コレットが身籠ったのは王の子供 二人は結ばれていたのね」
ジョンはドラ子の言葉を思い出す。ゴーレムの主を倒したのは転生前のコルビーだったこと。ウルダの先祖が魔王で夫が勇者の素質を持った若者。運命のいたずらというか、ジョンはドラ子の言葉を飲み込んだ。しかしそれ以上に気になるのはウルダの反応だった。まっとうに生きてきた子がいきなり魔王の血族と言われれば多少なりともショックを受けるだろうと考えたのだ。
「そうなんですかー」
しかし、当のウルダはあっけらかんと受け流した。ウルダの反応にジョンが間抜けな顔を晒していると
それを見てウルダが不思議そうな顔で尋ねる。
「どうしたんですか?」
「いや、魔王でショックを受けてるかなー・・・って。」
「そんなことありませんよ 怖い人ばっかりじゃないってジョンさんが教えてくれましたから!」
ジョンの目頭が熱くなる。ここ数日の件で決壊気味だった涙腺が純粋な言葉で崩壊しかける。何とかそれを堪えると空間魔法からこっそり食べようと思って隠していたプリンを取り出した。これは以前知り合った丼もの井波屋で作ってもらった試作品で、数個確保していたうちの一つだ。
「ありがとう、これあげる。」
言葉少なに差し出すとジョンは紅茶を一気に飲み干した。礼を言って受け取るウルダを見守った後にラウラがジョンに聞く。
「落ち着いた?」
見違えるほどの成長に自分が少し恥ずかしくなったジョンであった。
「スマン、中断させた。」
「あー・・・でも私もこれ以上は特にないかな・・・」
「コレットさんは何が好きだったとかありますか?」
話に詰まったラウラにウルダが質問した。
「えーっと、よく花を見ていたわ 私に何かを話しかけていたけど、決まって古龍言語で話すものだから内容がわからないの 言葉自体は覚えているから、解読できる人がいればあるいは、ね」
寂しそうなラウラの顔を見ながらジョンは思い当たる人物がいた。
「多分ドラ子ならわかるぞ? 普段の振舞じゃわからないけどあいつ識龍って呼ばれてるんだ。ちょっと抜けてるところもあるけど知識はすごいぞ。」
ラウラとウルダが向き合って喜色を浮かべる。ジョンは一瞬背景に花が飛んだようにすら感じた。
「夕飯食べたらあいつが寝る前に聞いてごらん。話はつけておくっていうかあいつから食いつくだろうから。」
「ジョンさんも一緒に聞きませんか?」
「いや、あの、あとで概要だけドラ子に聞くよ。」
それを聞いて察したラウラはウルダに言い聞かせる。
「ジョンは先日の件で夜警があるの 無理強いしてはダメよ?」
「ご、ごめんなさい、知らなくて!」
格好いい言い訳を考えてくれたラウラに感謝し、それに甘えることにしたジョンであった。
「ゴーレムさん、おはよう」
返答はないがコレットは毎日このゴーレムに話しかけていた。
「アルったらひどいのよ?早く屋敷から出て行けなんて」
コレットは屋敷の主人に黙って作った花壇の世話をしながら続ける。
「あの人を置いて行くなんて・・・もう私にはできないわ」
寂しそうに笑うコレットにゴーレムは特に反応を示さなかった。屋敷の警備のため作られたものにそれ以上の機能は付いていないからだ。ただ、警備の観点から見聞きした情報はそのまま保存される。そんなことは百も承知であったからコレットは古龍言語で話しかけていた。
「あの人は寂しいだけ、途方もない時間を一人で生きて・・・ともに歩ける者を作りたいだけ」
傀儡の王アルトロスは悠久を生き、魔王と恐れられる魔術師だ。永い時を生きる種族など他にもいる。だが、アルトロスが己の力を高めるために暴虐の限りを尽くしたせいで彼のもとに集まる者はいなかった。
「ゴーレムさん、あなたにおまじないをするわ 私が死んだ後も、きっとあの人を守ってあげてね」
感情のないゴーレムは異常が無いことを確認するとその場を離れる。コレットが花壇に爆発物を埋めていないかをスキャンしていたからだ。
「またね、ゴーレムさん」
コレットのあいさつに目もくれずゴーレムは移動を開始する。移動ルート、時間は決まったものだ。コレットがそれを把握してこのゴーレムが来るのをまっていたのだ。理由は一つ、一番精度の高い長持ちするであろう個体に目をつけていただけ。この数日後、コレットは本人の意思とは別に屋敷を追われた。
というわけで昔話をしてみました。短編の”転生させたい神と転生したくない男のとある話”で出てきた小豆の魔王はこいつです。このあと英雄たちに良い感じに倒されます。これを予期していた小豆さんはコレットを屋敷から追い出して好きな女を守りました。彼は最後に人並みの幸せを感じることができたのです。一方コレットは他の町でその訃報を聞き悲しみに暮れます。しかし後を追うことはできません。アルトロスとの子を愛していました。彼女は毎日を懸命に生きて子供を立派に育て上げます。そしてその子に”相手の素性を調べてあげてF2以降の人間と結婚しなさい”と指示したのです。F1だと完全に亜人種族が産まれますがF2だと因子を受け継いだ人間が生まれることがあります。また、F4まで行くと人間が産まれます。こういった者達と婚姻して脈々と血をつないでいたのです。ウルダの母はエルフの因子を持ったF4でとても珍しい人間でした。コレットの子孫は父の方です。 既にこの”方針”は伝わっていませんでしたが、偶然合致してウルダが誕生したのです。本来薄れていくはずの他種の因子が引き継がれたのはアルトロスのおかげでした。
ちなみにコレットを良い人っぽく書いていますが、恋は盲目というか施設でモルモットにされている人間など考えることも無くコレットはアルトロスの肩を持っていました。隣で助けてーって言われても彼のモルモットに手を出すような人間性は持っていません。ドッチモサイコパスダッタノデス。
ちなみにコレットがゴーレムに使ったおまじないは魔力吸収効果上昇でした。この世界のゴーレムは破壊され、魔力切れに陥れば本来は核も砕けます。しかし、魔力吸収率の高いルビーが使われたラウラは核が砕けにくく少しでも魔力が残っていればその内復活する優れモノでした。一度は英雄たちに破壊されましたが、核を砕かれる前にアルトロスが戦闘に入ったため打ち捨てられていました。英雄たちがその場を離れ火事場泥棒が来た時には復活を果たし、1000年という長い時をあの場所に縫い留められることになったのです。




