死霊術師の退場
「ジョンちゃ~ん! 待ったかしら?」
ナオを見送りそろそろ捜索に行こうかというところでガージスが風の魔法で男を浮かせながら帰ってきた。やはり見た目や喋り方は特異だが仕事はしっかりこなしてくれている。というか風の魔法うらやましい。
「いや、今から行こうかと思っていたとこだ。それにしても早かったな。」
「うふふ 私、仕事は早いのよ?」
ということはさっき出かけたナオは目標が絶対に見つからない探し物に行ってしまったという事だ。連絡方法を確立してから送り出すべきだった。
「ナオがさっき出たばかりなんだが呼び戻せないか?」
「やーねー! 人を都合のいい女だと思わないで? まぁ、できちゃうけど!」
くねくねしながら人差し指を立てるこの男をどうしたらいいか全く見当がつかない。自分もアリアから通信魔法を先日教わったが、まだ全体放送しか出来ないためやって貰うしかない。
「頼む。」
「じゃあ、ご・ほ・う・び! ねだっちゃおっかな~」
イライラが爆上がりだが仕事はしっかりやったわけだし内容によっては考えるしかあるまい。そう考えているとガージスは唇を突き出して指をさす。
「キ・」
言い終わる前にガージスが盛大に吹っ飛ぶ。
「呼ばれた気がしたので戻って参りました」
ナオのダイナミックエントリーでガージスには悪いが少しすっとした気分だ。
「おかえり、ちょうどいいタイミングだ。」
「勿体ないお言葉、感謝いたします」
ナオが恭しくお辞儀をしたところでガージスが血まみれで戻ってきた。手加減なんてものはナオに無かったらしい。とりあえず回復をするが、服までは直らない。ガージスの怒気が伝わってくる。
「ありがとうジョンちゃん で、お姉ちゃん 髪は女の命なのよっ!?」
女ではないし予想とは全く違うところで怒っていた。ウィッグを直しながら血を吐き捨てるとガージスはナオを睨む。当のナオは興味なさそうにナイフで爪を整えている。
「えーっと・・・ それじゃ尋問始めようか!」
我ながら無理があるとは思いつつ時間が惜しいので、キスマークだらけの男を叩き起こして質問を始める。
「まず、お前さん何者だ?」
「誰が答えるかよ!」
「目的は銀髪の娘か?」
「だから答える気はねぇ!」
「優しく聞いてるうちに答えてくれ。なるべく穏便に済ませたいからな。」
そう言ったところで男が唾を吐いた。ナオが手で受けたため俺にはかからなかったが、部下が汚物を付けられると気分が悪い。ナオは手袋を新しいものと交換してすぐに姿勢を正した。とりあえず男の右人差し指をへし折り様子を見る。男は悲鳴も上げずに堪えたが、続けて中指を折ると涙を流し始めた。ここで質問をせずに親指を折る。それでも唇を噛んで耐える男の折れた親指を元あった位置に折り戻してやるとついに悲鳴を上げた。
「うるさいな。近所迷惑だろう?」
「話す!話すからやめてくれ!!」
男の願いについでにもう薬指を折り少し話をする。
「俺の部下に何か言うことはないか?」
「すまねぇ!すまねぇぇ!たすけ、助けてくれ!!」
ようやく男の謝罪を引き出せたため回復をしてやる。男は信じられないものを見るように目を瞬かせた。その後すぐに足へ力を込めたので押し倒して左足をもぎ取って見せた。騒ぐ男の顔を掴み屋根に押しつけながら再度回復魔法をかけて警告する。
「あまり時間を使わせないでくれないか? 質問にだけ答えろ。」
脅しにはちょうど良かったようで男は歯をがちがちならしながら頷いた。問題は男の血で屋根を大分汚してしまったから対策を考えなければならないことだ。拷問よりもガージスにくれてやった方が効果的だったかもしれないと少し反省する。
「さて、ちゃんと答えてくれよ、じゃないと最初から何度でも遊べるからな。で? お前はなんであの娘に手を出した?」
「お、俺は指示されて囮になっただけ・・です 仕事はもう終わったから金を受け取りに行くところだ・・でした・・・」
先程までの強気な態度が嘘のように縮こまった男が震えながら答えた。
「あらぁ、残念だけどウソは言ってないわねぇ」
ガージスが手を叩いて男を熱い目で見る。男はおびえた様子で助けを求めるようにこちらを見た。とりあえずガージスの言葉が意味不明なのでナオに耳打ちする。
「なんで嘘かどうかわかるんだ?」
「あの愚弟は戦力としては最低ですがこと索敵・聴取に関して大・変・癪ではありますがスキルのおかげで一流でございます そのおかげでヴァルガス様の使い魔として先代に指名されたそうです ヴァルガス様に武力は不要、サポートこそ必要との判断だったようです」
「なるほどね、呼び出すと頭が痛いが役に立つわけか。」
「ちょっとぉ!聞こえてるわよジョンちゃん!」
「聞き流してくれ。さて次に、森の中の施設襲撃にお前関わってるか?」
「・・・知らねぇ・・」
「あ〜らざ~んね~ん! ウソついた子にはおっしおきよー!!」
ガージスが男の顎をくいっと引き上げて熱烈な口づけを交わす。お仕置きだとは自覚しているらしい。男は振りほどこうと暴れるが次第に白目をむいてガクガクと痙攣を始めた。
「お、おいおい・・・まだ殺すなよ?」
聞こえてはいるだろうがガージスは手を、いや、口を緩めず男を絞りつくす。そら恐ろしい光景が眼前に繰り広げられ、干からびた男は服を残して塵となって風に消えた。
「うわ・・・こわ・・」
「ご安心くださいヴァルガス様、あれはガージスに対して3度嘘をついた相手に口づけすることで相手の記憶を奪う”ヴァールハイト・ヴェーゼ”です ガージスがああなった原因でございます 生命力まで吸いつくしたのは大した情報を持っていなかったからでしょう」
安心できる要素が一つも無かったがナオは満足そうに説明を終えた。
「やーねー! 私の中で眠らせてあげたのよ!」
「お、おう、わかったから情報開示を要求する。」
恐怖しか感じないが今は先に情報が欲しいので取り澄ましてガージスに聞く。
で、要点をまとめると、施設襲撃時にコウモリなどの動物を使い偵察の役割をこなしたのがこの男だった。カリーナの配給部隊が引き揚げてからすぐに行動を開始、首吊り蜘蛛と別な死霊術師の攻撃で兵士を無力化して事に及んだらしい。若い女性スタッフを拉致して楽しんだ後、別動隊が連れ出して金に換える計画だったらしい。別動隊はすでにこの国を出発しており、個人で後を追うのは難しい状況のようだ。しかし方々にスパイを放っているエリザベスに報告することでそっちは捜索してもらえるだろう。結局この男は連絡役の顔すら知らない捨て駒だった。
ミチに関しては本当にことのついでだったらしい。遠方で銀狼族が途方もない金額で落札されたのを知り、偶然見かけたミチを攫おうとしたようだ。
「計画的じゃないってことは助かったが・・・ 今後もこんな奴が寄ってきては面倒だな。」
「で、あれば精霊と契約されては?」
ナオの助言で精霊のちょっとした特性を思い出した。それは精霊と契約すると表に精霊の魔力が纏わり付き、元の得意属性が判別しにくくなるということだ。可能かどうかは不明だが、それと同じように魂の色を誤魔化すことができれば安全に町を歩けるようになる。名のあるような強力な精霊じゃなくても水属性の精霊なら薄い水色の魔力だから混ざり合って青になるはず。
「いいな、それ採用!」
「申し訳ありませんが実際にうまくいくかどうかは存じません」
「できることを一個づつ試していくしかないさ。助かったよ、もう戻っていいぞ。」
「・・・私は使用人としても教育を受けております このまま日々のお手伝いをさせて頂きます」
ナオの申し出にふと考えを巡らせる。洗濯は必要だが金を払えば専門店もあるため困らないし、家も無いから掃除も必要ない。野営時には食事の準備もあるが別に材料があれば何とでもなる。大した仕事も無いのに引き連れて暇をさせては申し訳ないし、従者付としてごろつきに目を付けられても面倒だ。
「申し出は嬉しいが、旅の途中だからそんなに仕事は無いな。塔に戻れば必要かもしれない、だからそれまでは必要な時に呼ばせてもらうよ。」
「はい、いいえ ヴァルガス様 奥様にその様な雑事をさせてはヴァルガス様の名を貶めることになりましょう すべて私にお任せください」
「いやー・・・ 王侯貴族ならそうだろうが、領地も持たない一般人はいいんじゃないか?」
「はい、いいえ ヴァルガス様 奥様に苦労させたことを後悔する日もございましょう そうならないための使用人とお考え下さい」
「素直に付いて行きたいって言えないのー? 別にジョンちゃんに呼ばれなくても近くには出れる訳だしぃ」
「・・・・・・・・・・・いかがでしょうかヴァルガス様」
ガージスを睨みつけた後ナオは取り澄ましてお辞儀をする。ガージスよりは目立たないしミチとドラ子の手伝いとしては女性の方が都合がいい。人としての生活力が乏しいミチの指南役としてもちょうど良いかもしれない。
「んー、わかった。それじゃあよろしく頼む。」
「お任せ下さい 必ずやお役に立って見せましょう」
「じゃあ私も・・」
「一秒でも早く死・・帰れ」
ナオはいつの間にか籠手をつけ、獲物を前にした猛獣の様にギョシっとガージスを睨みつける。
「・・・まぁ良いわ! それじゃ、何かあったら呼んでねー!」
腑に落ちない顔のガージスだったが、頷いた後ににゅるっと虚空へ消えた。ふざけた態度だが追跡は早いし言えばできる男なのは理解した。初対面で自由にしていいと言ったことが悔やまれる。
「それにしてもデートを半分潰したうえで収穫なしか・・・ 精霊を口説くのも楽じゃないし問題は結構あるなー・・・」
「ヴァルガス様、いずれにせよ奥方様をあまりお待たせするのはよろしくないかと」
「そういやそうだな。情報共有と今後の方針も話さなきゃならんしとりあえず合流しよう。ちょっとその前に知り合いに今の話をしてくるから先に合流しててくれ。」
「かしこまりました それでは奥様の特徴を教えて頂けますか?」
「あー・・・ 赤い目で黒い角生やした黒髪のと、金色の目をした銀髪のシュッとした子の二人組だ。多分見たらすぐわかると思う。まだ服を見てるかもしれないからその辺を探してくれ。」
「承知いたしました」
「あ、すまん・・・ 屋根を掃除してもらってもいいか?」
「ええ、お任せください」
なんだかどんどんデートから遠ざかっている気分になる。王城のエリザベスへの報告が愚痴っぽくなってしまったのはしょうがないだろう。
「散々だ!!」
「はぁ?」
「せっかくのデートが変な飛び入りのせいでほぼ潰れたじゃんか。」
高価な料理を前に愚痴がこぼれる。本当ならもっと甘々なデートを目論んでいたはずなのにチンピラに絡まれて下手に情報を得てしまったがためにエリザベスへの報告が長引いてしまった。気持ち的には5~10分くらいで切り上げてさっさと合流するつもりが、女王エルザベートまで現れて店の予約時間ギリギリまで押してしまった。
「あぁ・・・」
「ドラ子はなんでそんなに興味なさそうなんだよ?」
ドラ子は部屋の隅に立つナオを見ながら首をかしげる。ちなみにナオが立っているのはいくら座って一緒に飯を食おうといっても首を縦に振らなかったからだ。使用人が主人と一緒の食卓に座るなど有ってはならないそうだ。今は店の人を捕まえて給仕の真似事をしている。
「ちょっと目を離したら新しい女を連れて来おったからのぅ どう嫌がらせしようか考えておったのじゃ」
ドラ子が舌なめずりをしながら鋭い目でナオを見る。
「いや、新しい女じゃないから。ガージスのお姉さんだから。」
「私が一番なら何人でも良いわ」
「ミチ・・・一番でも人数が増えれば構ってくれる時間は減るのじゃぞ?」
「ナオ、今すぐ判断して? 死ぬか、帰るか!」
「違うから、ナオは使用人だから!」
いきなり殺気立ったミチだったが眉一つ動かさないナオに毒気を抜かれたのか、また椅子に腰掛けて料理を食べ始めた。
「使用人ならガージスでも良かろう? なぜ姉を連れて行くのじゃ?」
「女装したイケメンが嫌だった。ただ、それだけだ・・・」
「・・女装?」
「あぁ、呼び出したらちょっと可愛いお姉ちゃんくらいの仕上がりになってて驚いた。でもそれと一緒に歩くのは嫌だったんだ。嫌だったんだ!!」
「わかったわかった! 小間使いがおるのは妾も楽で良い よろしく頼むぞナオ」
「何なりとお申し付けください奥様」
「なんだかムズムズするのぅ・・・」
「ナオ、ドラ子でいいぞ? こいつは海のように心の広い奴だから、ちっと無礼なくらいが丁度いい。」
「はい、いいえヴァルガス様 使用人ごときが奥様をそのように軽んじてはなりません」
「良いナオよ 奥様ではどっちかわからんじゃろぅ? ドラ子でもアリスでも呼びやすいように呼ぶのじゃ」
「ミチでいいわ」
「それではミチ様、ドラ子様 よろしくお願いいたします」
結局ドラ子はドラ子に落ち着いた。
と、いう訳でデート部分はすっ飛ばして終わりです。
ナオは一瞬死を覚悟しましたが恐怖を押し殺して使用人としてあり続け、それを嗅ぎ分けたミチは一緒に居ることを許しました。これがただの人間であれば血だまりを残して消えていたかもしれません。銀狼族は愛が深いゆえに嫉妬の炎も凄まじいのです。ミチは純粋な銀狼族とは言えませんが基本スペックは同じなので許す、許さないの判断が苛烈な時があります。今後お話の中に出てくるかは決まっていません。そう、行き当たりばったりなのです。
ちなみにガージスは生への執着が強いため、ミチが女性と勘違いしていたら死んでいました。
さらに補足としてはドラ子と呼んでいるのには一応意味があります。このお話の龍種は本名を一部の人間にしか伝えません。本名を知られると呪いが通るようになるのです。長くを生きた龍ならば抵抗する術もありますが、若く経験のない龍はそれで命を落とすこともあります。そのため知識のある者達は本名を探ります。マウントを取ってから交渉して自軍に引き込んだり益を引き出そうとするのです。そのため本名を知っていても愛称で呼ぶことが多いのです。このお話では龍と竜は別種として進めています。翼があるとかないとかではなく文化を持つか持たないかです。要は人と混じって生きられるか生きられないかです。そのため最初は竜でも長く生きるうちに龍に進化することもあります。そういう奴らは寿命が延びて性質が穏やかになります。多くは人化の術を使って人と暮らします。
しかし、彼らの多くは狩りやすい龍として人間に殺されることがほとんどです。
「となりのおっちゃん高く売れた!」
人間至上主義なため金になるなら親しくても売られる下等な世界です。まぁ、ほとんどが仲良くなった子供が親にうっかり話してしまうことが原因でした。親としては不安要素を取り除いたうえで金になる一石二鳥の話です。友達を奪われた子供は親を見捨てる覚悟と秘密を守る心を持った立派な大人になったとさ。どっとはらい。




