リールの町にて2
昔々、ある男がいました。
神に仕えるその男はただの人間でした。好奇心が旺盛であらゆることに疑問を持ち、納得するまで調べるのが生きがいでした。ある時男は、人間と他の種族の違いに疑問を持ちます。なぜ見た目が違うのに子をなせるのか。エルフと人間。獣人と人間。ドラクルと人間。それぞれの種族はそれぞれでしか繁殖できないのに、なぜ人間だけは多種と交雑できるのか。交雑して産まれたものは人間ではなく、もう片方の種族が生まれる。誰も知らず、当然のように生きていました。
疑問に思った男は神にお伺いをたてました。この世界を作ったのは神であり、全てを知っていると思われていたからです。神は男の質問にこう答えました。
「人間を基本に作り出したのだ。人間とは子をなすが、それ以外の組み合わせで子を作ることはできない。そうでなければ実験にならん。改良種は優勢遺伝にしてある。人と混じっても問題ない。」
男は神の言葉に唖然とします。しかし、世の中は平和で皆が幸せに暮らしていたので男は黙ってしまいました。ですが、そこに神は付け加えます。
「近々どの種族が優れているか試そうと思う。皆が殺し合い、最後の一つになるまで繰り返せばはっきりする。」
男は神に問います。なぜそのようなことをするのかと。すると、眉一つ動かさずに神は答えます。
「暇つぶし。お前らにそれ以上の価値は無い。」
男は絶句し、神の塔を去りました。その後、男は家にも戻らずに町から姿を消しました。
男が消えて数年後に神の言った通り、大きな戦争が起こります。それぞれの種族が対立し、捕虜も取らない、戦士も子供も関係のない絶滅戦が始まったのです。
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三人は白んできた空の町を駆ける。大通りの方からは白い煙が上がり始め消火活動が進んでいることを窺わせている。ジョンとミチが鎮圧したことで私兵団と衛兵が消火に加勢したのだろう。この町始まって以来の大きな襲撃事件は終わりに差し掛かっていた。
コルビーは走りながら現状を掻い摘んで二人に説明する。話を聞いていたジョンと名乗る男は嗚咽を漏らしながら泣き、協力を誓ってくれた。
「なんでさっき知り合った程度の俺の話にそんなに泣いてくれるんですか?」
コルビーは気になり聞いてみる。このご時世、大なり小なり似たような事件は起こっている。当事者かと勘違いするほど泣いている男を見て逆に冷静になり疑問に感じてしまった。
「いや、昔はこんなんじゃ無かったんだけどなー。もしかすると200年くらい引きこもっている間に耐性が無くなったのかもしれない・・・。年を取ると涙腺が弱くなるらしいし。何だかすまん、コルビー君。」
先程魔王では無いと訂正していたが、隠す気があるのかないのか判断に困る情報が出てくる。この町には居住地から最短の、人がたくさんいる場所を探知魔法で探りたどり着いたそうだ。宿に泊まるときにも大昔の帝国製金貨を出してきて価値の差に驚いていた。大戦中の金貨は不純物が多く、現在の価値の一割程度しかないからだ。少し脱線した事を考えていると目的地に到着する。
「あれがウルダの家です! 」
ようやく戻ってきたウルダの家。だが、少しの違和感に気付く。店の前にあった賊の死体がない。もちろん誰かが片付けたことも考えられるが、この状況でそんな事に気が回る人間がいるだろうか?
「ジョンさん・・・ なにか、嫌な感じがします。」
「おっ! 察しが良いなコルビー君。あの家はリビングデッドが3体いる。さっさと片付けてウルダちゃんを安心させてあげな。」
事も無げに言うジョンに面食らう。魔王というならさもないことなのだろうが。リビングデッドといえば一体でも町の衛兵2~3人がかりで立ち回るモンスターだ。噛まれたりすると状態異常を受けるため囮役と攻撃役に分かれるのが一般的なためだ。それが3体と聞いてコルビーは身構える。また、死んですぐに転化したものたちは、ほぼ変わらない姿で現れるため厄介らしい。
「魔力の残滓からみて近くで死霊術が使われたようです。注意して行きましょう。」
ミチが促す。コルビーは慎重に建物に入る。奴らは音に敏感だと父が言っていたことを思い出し、足音に注意しながら進む。ブラムスと呼ばれていた男の無惨な体が散らばっていた。
「階段を上がった所にいるから、注意して。普通の人は噛みつかれると厄介だから、さっさと首を落とすと良いよ。」
コルビーの慎重な様子を意に介さず、ジョンが声をかける。その声に反応したのか二階から呻き声とキチキチという床鳴りが聞こえる。まだ冒険者登録も済ませていないコルビーは再び緊張の中へと連れ戻された。気付かれてしまってはしかたないと気合を入れて一歩踏み出す。
「行きます!」
意を決して二階に向かおうとする少年を、ジョンが首根っこを掴んで制止する。急なことでコルビーはガクンと体勢を崩した。
「まぁ、待とう。すぐに落ちてくるから。」
直後にゴトゴト音を立てながら転がってくる。呆気に取られていると、ジョンが補足する。
「あいつらは頭が悪いから階段を降りられないんだ。登るのも這いずりながらしかできない。力は強いから相手にするときは気を付けなよ?」
ジョンはそう言うと手を放しコルビーを解放した。コルビーは体勢を直し転がってきたリビングデッドへ向けて構える。だが、その姿に目を見開いた。
「おばさん・・・」
娘の無事を祈りながら死んでいった彼女の変わり果てた姿を見てその場に立ち尽くす。口の周りはどす黒い血にまみれ、唸りながらこちらにのそのそと向かってくる。美しかった面影は最早無い。
「彼女がウルダちゃんのお母さんなのか?」
ジョンの問いかけに小さく頷き答える。二階からもう二体がゴトゴトと音を立て転がってくる。
「神様はどれだけ残酷なんだ・・・」
死してなお苦しむ姿にそんな言葉がこぼれる。
「神様は全く関係ないよ。近くで死霊術を使った奴がいる。さっさと仇を打とう。ミチは周囲を頼む。ここ以外にも湧いてる筈だから一掃してくれ。」
「お任せください!」
返事をするとミチは颯爽と出撃していった。
「ここは任せて貰うか。君は手と顔を洗っておいで。その間に終わらせておくよ。」
「・・・ありがとう・・ございます。」
助けられなかった人をもう一度殺さなければならない。ジョンはそれを肩代わりしてくれたのだ。コルビーは肩を落とし、店の前の水溜に向かい手を洗う。中から少し大きい音が聞こえ、それ以降不穏な気配は消え去った。
「少し、落ち着いたか? 」
店内に戻ると腫れ物に触るようなどうしていいか分からないといった様子のジョンが声をかけてきた。張り付いた笑顔でカラ元気をみせる。
「すみませんでした。ウルダを迎えに行きましょう。」
心配そうに頷きながらジョンは道を譲る。そこにはリビングデッドの姿が見当たらない。大きな音がしていたが片づけたのだろうか?
「そういえば奴らが見当たりませんがどうしたんですか? ウルダには見せたくないんです。もしどこかにあるなら教えてください。」
「あぁ、祝福を与えたから消えたよ。賊の方は気に食わないから転送した。」
「祝福・・ですか? 」
神殿の僧兵がアンデッドを浄化する際に使うと聞いたことはあった。しかし、魔王と名乗った男に使えるのだろうか。賊をどこに転送したかも気になったが、そちらの方が気になった。
「そう″祝福″。祝福を与えると死霊術から解放されて魂が輪廻に還る。昔勇者だったころに覚えたんだ。魔王になっちゃったけどその頃の技術がそのまま使えてるんだよ。」
もはや隠す気がないのか魔王とか勇者とか様々聞こえる。先ほど否定していたので聞かなかったことにする。だが、ジョンのおかげでウルダの母は少しだけ救われたらしい。
「ありがとうございます。おばさんを助けてくれて。」
コルビーが礼を言うと、ジョンは照れながら頷いた。階段を上がると三体のリビングデッドがここにいた理由がわかった。首をはねた賊の死体である。ウルダに見せたくないため、近くにあった布をかける。
「あぁ。気が利かなくてすまん。これも転送しよう。」
ジョンが手をかざすと死体はその場から姿を消した。
「何処に送ったんですか? 」
そんな言葉が口をついた。疑っていた訳ではないが、実際に見ると驚く。ウルダの母には祝福をかけたと言っていたが、賊の方は気に入らないから転送したと言っていた。興味本位で聞いてみる。
「ファイアドレイクの巣。ミチのおばさんの住みかだったんだけど、追い出されたらしくてね。仕返し・・かな?」
イタズラっぽく話す姿に本当なのか冗談なのか計り兼ねた。それでもここからなくなったことは確かだ。ウルダにとっては良いことだろう。
そんな話をしているうちにウルダの部屋に到着する。窓の前に置いた花瓶が動いていないことを確認する。出て行った時と変わらない場所にあることを目視し、安堵する。静かに窓を開けて看板の方に向けて進むと段差を踏んだ際に音が鳴った。すると毛布がびくりと動く。
「・・・こるびー?」
「ごめん。遅くなった。」
言葉を聞くなり勢いよく毛布からウルダが飛び出し、コルビーに抱き着いた。不安だったのだろう。ぐすぐすと鼻を鳴らしながら泣いている。
「あれ・・・ この人・・誰?」
後ろのジョンに気付いたようで、不安そうに聞いてくる。振り向くと、ジョンは腕を組んで満足そうにこちらを眺めている。目は潤んで泣きそうだ。
「この人はジョンさん。俺を助けてくれたんだ。すごく強い。この人がいなきゃ戻って来れなかったよ。」
「あ・・、助けてくれて、ありがとう・・ございます・・ 」
ウルダがおずおずと感謝の言葉を述べる。ジョンは嬉しそうにうんうんと頷き、そのあとはっとしたような顔をした。
「す、すまない、二人とも。気が利かなかったな。俺もミチと回りを一掃してくる。合流場所を決めよう。コルビー君はウルダちゃんを助けたあと何処にいく予定だったんだ?」
「はい、皆がいる・・墓地・・に・・・!!」
ウルダの事で頭が一杯で失念していた。家族が墓地にいる。死霊術でリビングデッドが発生したのだ、墓地にも影響が出ているかもしれない。
「ぴーーーーー!!」
ジョンが口笛を吹く。するとミチが空から降ってきてべこりと屋根がへこんだ。
「ミチ。コルビーとウルダを守りながらゆっくり墓地まで来てくれ。完全に忘れてたけど、宿の人たち墓地に取り残されてた。」
「わかりました。お任せ下さい。」
「コルビー、先に行く。後からついておいで。」
「は、はい・・・」
連れていって欲しそうな顔のコルビーをおいてジョンは飛び出す。ジョンが踏み切った屋根はすっかり穴が開き、凄まじい力であったことを物語っていた。
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薄暗い城の中、執務に励む吸血姫とそれを手伝う老婆がいた。領地の人口管理やインフラの維持、交易の徴税報告など吸血一族が住むには様々な課題がある。人々の暮らしが安定しなければ満足に血が吸えないのだ。彼らに血を吸われたからといって死ぬわけではない。ただ貧血になる程度だ。この地域ではかの一族に血を吸われることは栄誉である。こと吸血姫に対しては、選ばれた者たちがその血を捧げる。エルザベートはその手腕から名君として敬われているのだ。
「エルザベート様!! 」
声を荒らげて配下のものが部屋に飛び込んできた。それを見てエルザベートが声をかける。
「戻ったか!! 首尾は!?」
少し興奮した様子のエルザベートに配下の男は箱に入ったものを差し出す。
「よくやった! これで遅れは取らぬ!! 婆や!その者に褒美を。私は早速儀式に入る。誰も私の部屋に通すな!!」
そう言い残しエルザベートは自室に消えていった。それと入れ違いでもう一人男が部屋に入ってきた。その男が残された老婆に、青い顔をして報告する。
「エリザベス様、マイルズ様ですが・・・」
「よく戻りましたガイナン。マイルズを送ったのは私の独断です。気に障ったのなら詫びましょう。」
老婆は少し頭を下げると、また書類に向き直る。だが、男はそうではないと顔に出しながら答えた。
「違うのです、エリザベス様! ・・・マイルズ様が亡くなりました。」
その言葉に老婆は目を見開き、言葉を失う。マイルズは老婆に100年は仕えた選りすぐりの精鋭だ。これまで幾多の危機を機転と実力ではねのけてきた剛の者。それが命を落としたというのだ。
「申し訳ありません。マイルズ様の的確な指示がなければ、ここに死者の秘石をお持ちすることはできませんでした。」
ガイナンは歯を食いしばり、握った拳から血を流しながら続ける。
「銀狼族が出ました。間違いありません。」
「な!?」
老婆の顔は青ざめ、焦りの色が隠せていない。老練なマイルズを倒したものが銀狼族であるなら合点がいく。一週間前に現れたあの巨大な魔力も、だ。
「それは追ってきたのですか?」
「いえ。マイルズ様を倒した後は方向を変え、慌てた様子で町の中へ戻っていきました。それがなければ私も殺されていました。念のため川に入り、それから戻りました。」
老婆は深いため息をつき、天を仰ぎ、背もたれに寄り掛かった。吸血一族から領土を奪い、絶滅の淵まで追い詰めた宿敵。それがまた現れたのだ。老婆にできることは限られていた。重苦しい空気の中、老婆が口を開いた。
「ガイナン。使いを出して、三血士を招集してください。」
「彼らを・・ですか? お言葉ですが彼らが協力してくれるとは思えません・・・ 諸国に散らばっている兵を呼び戻した方が確実かと。」
老婆の言葉にガイナンが異を唱える。普段から城に居らず、吸血姫にも敬意を払わない者たちを信用していないのだ。
「あぁ、若いあなたは知らないでしょうが彼らは非協力なわけでは無いのです。今日までの事を脚色せずにありのまま伝えてください。念のため書状を認めます。小一時間あれば十分です。人選は任せましたよ。」
ガイナンはその言葉を受け、いぶかし気な表情を浮かべながら部屋を出て行った。
「取れる手段はすべてとらなければ・・・」
老婆もそう言い残し、部屋の外へ消えて行った。
手加減の苦手な男は屋根に穴を開けて去っていきました。
2020/05/06訂正 消化活動→消火活動 うっひゅう!恥ずかしい!気付かないもんですねー