リディア回収作戦
苦しい
熱い
悲しい
痛い
寂しい
良く晴れた青い空の下、木漏れ日の中を小走りで移動する三人がいた。
本日の編成はアタッカー自分、リベロミチ、案内役レイコの三人だ。ドラ子はリザから事情聴取の申請を受けたため予定通り留守番。まとめ役がいないためさながら遠足の様相を呈してきたが何とかなるだろう。ミチにはウルダ謹製のジーンズを試着してもらっている。上はウルダチョイスの白いキャミソールという動きやすいのか判断に困るコーディネートだ。動くたびにちらちらと見えるお腹のラインがまぶしい。
「ところでジョンさん、何か魔人を倒す秘策でもあるんですか?」
「とにかく神経を逆なでする。」
「は?」
「言葉通りだよ。魔人はブチ切れないと殺せないからな。」
「えーと・・・よくわからないんですが」
「あいつら半身を別次元に押し込んでてこの世にいるようでいないんだ。だから怒らせるか、勝てないと思わせることで全力を出させる必要がある。そうすればもう半身を引っ張り出して全力で殺しに来るからそれを返り討ちにする。単純だろ?」
「いや、それこそ吸血一族の精鋭が敵わなかった相手ですよ!?」
「雷とか出の速い魔法が多いし、魔力撃なんて変わり種もあるから初見なら大変だろうな。だけど、コツを掴めば割と簡単だ。生まれたての魔人なら知らない人でも割と何とかなるもんだよ。一番大変なのは逃げ足だ。」
「・・・はぁ そんなもんですかね」
「そんなもんなんだよ。連中の派手な攻撃に目がくらむと手練れでもやられかねないが、しっかりと観察してれば大丈夫だ。」
レイコは理解できない物を見る目でこちらをみた。普段よりも口数が少ないのはどうにも緊張しているためらしい。久しぶりの母との再会なのだから致し方ないだろう。
「それで、目的地まであとどのくらいあるんだ?」
「このスピードで移動したらあと三日くらいですかね」
「そりゃだめだ。おんぶするからレイコ、ライドオン!」
「えぇ!?何でですか!」
「明後日石の返還式やるんだってさ。必ず出ろってエリザベスさんに言われてるからレイコも出るんだろ?」
「あれー・・・ 私呼ばれてないですねー・・・ あれー・・・」
「そいつは、そのー・・・ ま、なんか考えがあるんだろ!」
しょんぼりしたレイコを適当に慰めて目的地に向かう。走り出してすぐに殺る気いっぱいのジャイアントドッグが襲ってきたが、少し不機嫌なミチが一蹴してしまった。レイコによれば人を襲う厄介な個体だったとかで懸賞金もかかっていたそうだ。本来この種は群れを作り連携して狩りを行うが、狂暴化して群れを追い出されたようだ。通常の個体よりも一回り大きく犬歯も爪も発達していた。魔石を取り出しながらレイコが真面目な顔をしながら説明する。
「魔人を封印してからこのあたりの獣が狂暴化しています 因果関係は不明ですがこのジャイアントドッグの様に大きくなったり、強くなったり・・・ 一般人は護衛なしに森に入れないほどです」
魔人のいる場所では生き残った生物が狂暴化したり、草食が肉食になったりと異常をきたすことがある。きちんと封印されていれば問題ないはずだが、封印術者と封印対象者の力量が離れすぎていると影響を断ち切れないこともある。今回は術の実行者と依り代が同一人物であるから封印が完全ではなかったのだろう。不安定な封印はいつ解けてもおかしくないため被害が出る前に対処しなければならない。
「ほらレイコ、そんなの良いから急いで。」
「どうしたんですか?」
「封印解けちゃうかもしれない。魔人の影響が濃いみたいだから最悪解けてるかもしんない。」
「!!」
取り乱して背中によじ登るレイコを励ましながら森を進む。本来小型で温厚な種類の魔獣も体が大きくなり気が立っている。こうなった連中は残念だが元に戻らない。最終的にはすべての異常個体を排除しなければならないが、今の最優先事項はリディアの安全の確保である。あまり構ってもいられないため突っかかってくる奴を薙ぎ払う。
「こっちであってるんだよな?」
「とにかく上に進んでください!」
多分北のことを指しているんだろうが、道案内に”上に行け”と言われたのは経験がない。それだけ焦っているのか元から地図が読めないのかはおいておこう。ミチが率先して魔獣を狩ってくれるおかげで難なく森を抜けることができ、目の前に青く広大な湖が広がった。
「あれです!」
レイコが背から飛び降りて指差したのは湖のほとりにある石造りの祭壇の様な物だった。見た限り封印は解かれてはいないがかなり不安定な状態だ。よくこれで数年持ちこたえたものだ。
「ミチ、封印を解くからレイコを連れてちょっと離れててくれ!」
「ワカッタワ」
片言の返事に一瞬戸惑うが彼女なりにフレンドリーな会話を想像して実行してくれた結果の様だ。吹き出しそうになったが何とか平静を保ち結界を張る。ドラ子の時に大失敗したため少しでも周りに配慮した結果がこれだ。残念ながら魔力消費の割に強度が足らない欠陥品だが得意ではないためしょうがない。仲間だったメアルに見つかればどやされるだろうが、つぎ込む魔力をケチらなければ立派に役目を果たす。
「よっし、準備完了! それじゃ、いくぞー」
魔人の魔力撃を真似て封印に一撃入れる。辛うじて保っていた均衡が崩れてガラスが割れるように封印が解ける。それと同時に一人の女性と筋肉だるまが転がり出してきた。女性を抱きとめると懐かしい顔が見える。
「ひさしぶりリディアさん。」
疲れた顔のリディアは辛うじて笑うと口を開いた。
「封印が解かれたから、どんな馬鹿が来たと思ったら・・助かったわ、ヴァルガス」
魔力の大部分を消費したらしい彼女はすっかりやつれて別人の様だ。この疲弊具合からみると封印の破綻は待ったなしの状況だったようだ。間に合って良かった。
「ママ!」
「レイティア?レイティア!」
感動の親子の再会を邪魔しては悪いと思いレイコにリディアを預けて魔人を観察する。転がり出たまま横たわる魔人は首だけこちらへ向けて抱き合うレイコとリディアを凝視している。控えめに言って気持ち悪い。ストーカーみたいだ。そう思った瞬間魔人はひょいと立ち上がり大声で叫んだ。
「ヒギャーーーオオオオオーーー!!」
「馬鹿みてぇに叫ぶのは魔人のテンプレなのか?」
「ギャアァァァァオオオオオ!!!!」
怒ったのか魔人は再びけたたましく雄叫びを上げる。大地を揺らすようなその声と殺気のこもった眼光にレイコは腰を抜かしてその場にへたり込んだ。封印から解き放たれたばかりのリディアは弱った体で我が子を抱いた。
「ミチ、二人を頼む。こいつを黙らせる。」
「お・・任せて!」
いつもはすぐに言葉遣いが戻ってしまっていたが今回は頑張っている。いい傾向だ。二人を抱えたミチが後退するのを察知したのか魔人が足を踏み出す。ここで通しては格好がつかないため地面を踏みしめ魔人の足元まで距離を詰めて左ボディブローを打ち込む。反応ができていない魔人だったが、なかなか硬く貫けなかった。それでも多少のダメージはあったようで体をくの字に曲げて50cmほど宙に浮いた。地に足がついていない不安定な状態から左ストレートが飛んでくる。少し顔をずらしてバランスの取れていない魔人のみぞおちへ右ストレートをお見舞いする。無茶な体勢では耐えきれずに魔人はあっさりと後ろに転がった。少し固まった後すぐに立ち上がり確認するように手を握ったり開いたりしている。
「ギャオ!」
一鳴きすると地面がえぐれるほどの力で突進してきた。だが、カリーナよりも大分遅いその速度に後れを取る事は無い。タイミングを合わせて頭を掴み地面にたたきつける。するとまた一瞬固まり、確かめるように首を回して突っ込んでくる。
「お前の頭は飾りか? 少しは考えろ!」
例によって挑発しながらタイミングを合わせて顔面に拳を食らわせる。勢いが強すぎたようで盛大に転がっていく。だが、また少し固まるとすぐに突っ込んでくる。魔人テレサはプライドが高く挑発に気持ちいいほど引っかかってくれたが、この魔人は全く手ごたえが無い。
「お館様、・・・ジョン!・・・・・ただいも?」
ミチが若干おかしくなっているがそれはそれで可愛い。しかし魔人の怒りのツボが解らない今はミチを近くに置いておくのは危険な気がする。
「ミチ!ちょっと下がっててくれ。こいつの挑発の仕方がいまいちわからん! 自我があるのかないのかはっきりしないんだよ。」
ミチに話しかけている間にも魔人は突っ込んできては吹っ飛ぶを繰り返している。ゼンマイ仕掛けのおもちゃの様だ。テレサの時の様なチクチクとした殺気も無く魔人としては強さは二流以下。プライドの高い魔人はただ殴っているだけでも怒りが頂点に達して本体を引っ張り出して殺しに来る。だがこいつは手ごたえが全くないためやりにくい。
「おジョン・・・? お館様!私も手伝います!」
「だめ! 昔とんでもない女好きの魔人がいたからなるべく近づかないように!」
「しかし・・」
「オギャアアアアァァァァアア!」
予想外の所で魔人が切れた。そういえばリディアがぶっ叩いたら大人しくついてきたとレイコも言っていたし、封印解除をしてからレイコやリディアを執拗に凝視していた。こいつも女好きの魔人だったようだ。いまいち怒る条件があやふやだが、ミチの申し出を断ったら反応を示したから悪口でも言ってみよう。
「よし、ミチでかした! いまからミチの悪口を言って魔人を怒らせるから聞き流してくれ!」
「え、あ、はい・・・」
と言っても特に悪口を思いつかない。よく食べるところも可愛いし、真面目で言われたことを考えて実行しようとするところも良い。呼び方なんかは安定しないが徐々に慣らしていけばいいだけだ。とりあえず思いつくことも無いのでこれを怒った口調で試してみよう。
「ミチ!呼び方を何とかしてくれ!」
「イギャーーー!」
「お館様・・・それは悪口ではありません」
それでも魔人は大声をあげて反応している。猫とかは口調や声の大きさなどで怒られているかどうかを判断していると聞いたことがある。こいつもそういったことが当てはまったようだ。これなら怒った口調で褒めてるだけで良さそうだ。
「いっつも髪サラサラで可愛い!!」
「ミギョオオオオ」
「ありがとうございます・・・」
「料理も始めて素敵だ!!」
「アギイィアーーー」
「もっとがんばります」
「小っちゃい、胸張って、お姉さんぶるのもすごく可愛い!!」
「お館様!!」
「ヒギャアアーーー!!!」「ごめん!」
褒めたつもりが怒られた。しかし、これが一番効果があったようで魔人が脱皮を始めた。体を覆っていた白い皮膚が剥がれ落ちていく。中から赤黒い本体が現れ息遣いも荒くカンカンのようだ。先程までとは違い魔人の殺意のこもった真っ黒な目は、まっすぐに俺を捉えている。
「お、一段階すっ飛ばして本気モードだ。ミチありがとう!」
「・・・」
なんだか初めて俺に対してミチが怒っている。胸の話がダメだったのかもしれない。可愛いのに。
「おっと!」
さっきまであれだけ騒いでいた魔人が無言で突進してきた。新しく生えた長い爪を振りかざしながら飛び掛かってくる。魔人は先程までとは違い、少しづつフェイントを入れ始めた。まだ戦術としては弱いが右手の薙ぎ払いと見せかけて左の突き、蹴りと見せかけての裏拳など頭を使っている。速度と膂力が上がった分、並みの兵士ならば苦戦するだろうがまだカリーナよりも遅い。
「そら!そんなんじゃ好きな女も手に入らんぞ!?ちゃっちゃと男気を見せてみろよ!」
言葉が通じているかはわからないが重ねて挑発する。今のままでは殺すまで行かずに逃げられる可能性があるからだ。魔人の本体は人間の魂とは別の濁った魂。これが完全に体に入るまでは殺し切ることができない。魔人討伐が厄介な点がそこにある。飲み込まれた人間の魂が消滅しても魔人の魂が残れば時間をかけて別な人間に憑りつき、また魔人になってしまうからだ。テレサの時に会ったディアナ・ドレールは分離する方法を見つけたと言っていたが、他人に憑りつくなぞ自分にはできない。結局自分の出来る方法で始末してやるしかない。
「ミチ!これが魔人との戦闘だ!めんどくさい!!」
「・・・はい」
まだ怒っているようだが返事をしてくれた。むすっとしたミチに反応したのか魔人が完全に変化する。赤黒かった体は血のような紅に染まり、胸から伸びた黒い筋が血管のように脈打つ。長い爪は抜け落ち、頭には真一文字に立派な角が生えている。顔には大きな目が一つだけついており、口も鼻も耳もなくなっていた。鍛え抜かれた重量級ボクサーのような筋骨隆々の体を支えるのは偶蹄目の蹄そのものだった。腰まで伸びた艶のないぼさぼさの黒い髪が風になびいている。
「なんかサイクロプスとミノタウロスを混ぜたような見た目だな。」
ぽつりと呟くと魔人の顔が割れた仮面のように裂けて、真っ赤な口ができた。
「ギイィィヤァァァァアア!!」
一つ叫び声をあげると地面が爆発して飛んできた。左わき腹に強い衝撃を受けて吹き飛びそうだったが体をねじって力を逃がしてやりその場にとどまる。すぐに追撃の左ストレートが顔面を狙ってきたので体をひねるように躱しながらこちらも左ストレートをお見舞いする。どうにも魔人にこうなるよう誘導されたらしく右のジャブに当たった。一瞬動きが止まったところに叩きつけるような大振りの左を貰う。足場が砕けて地面が陥没する。そこからの追撃が無かったためがら空きになった左わき腹へ右フックで反撃する。魔人の動きが止まった所へ左アッパーを押し込んでやると顎が砕けて首の骨が折れた。ぐにゃりと垂れ下がった頭を気にするでもなく魔人が両手を組んで叩きおろしを仕掛けてきた。それをアッパーで上がっていた左手で逸らして右手で垂れ下がっている頭を叩き上げる。頭は盛大に血をまき散らしながら飛んで行った。
「そろそろ終わりか?」
聞こえたのか動きを止めていた体が目を開いた。
「気持ち悪!!」
みぞおちのあたりにでかい目が一つ、それを囲むように小さな目が四つできていた。だが、これのおかげで安定しなかった魔人の魂が固着した。ようやく逃げられることを心配せずに殴れる。
「ミチ、ここからが本番だ。危なくないように距離を取っておいてくれ!」
「は、はい!」
魔人は木々や虫などお構いなしに魔力を奪って辺りを砂に変えていく。集まった魔力が渦を巻いて四肢を覆い、砂を巻き上げる。魔力操作の出来ない一般人が居れば、その魂まで食らいつくして魔力として吸収していただろう。だが、奴が満足するまで待ってやる義理も無いので先に仕掛ける。何のひねりも入れずにスピード任せで役割の大きそうな一番でかい目玉を狙う。うまい事不意をつけたようだが皮一枚で避けられた。周りの四つの目もきちんと機能しているようで先程よりも反応が良い。もしかするとより立体的にこちらを捉えるため、複数の目を作り出したのかもしれない。その証拠により正確に距離を測って攻撃してくるようになった。先程まで魔人はおおよそ誤差5~6センチの誤差で体を動かしていたが、今は一センチ未満。さらに伸びのあるパンチを打つようになってきた。先ほどからジャブを打つ際に拳がパンという破裂音を散らしているところを見るとカリーナレベルの速度でパンチを繰り出しているようだ。この魔人、全く魔法を使わなくなった代わりに体術の成長速度が恐ろしく早い。しかし、回転数をあげたパンチは体重をうまく伝えられず非常に軽い。何発かカウンターでボディを叩くとその場で膝を折った。
「頃合いか、アリアの慈悲がなんちゃらかんちゃら。」
魔人の魂が二度と人間に悪さできないようにアリアの加護を求める。本当は奴がその場のノリと勢いで作った祝詞みたいなものがあったのだが、以前本人に効果のほどを確認したところ意味はないから名前だけ呼んでくれと訂正された。なんでも砕いた魂を再び結合することが無いように散らしてくれるらしい。
周囲に防御魔法と属性軽減魔法を重ね掛けして攻撃の下準備をする。この名も無い魔人がたどり着いた魔力と打撃の融合、この技は覚えてしまえば非常に使いやすい。単体攻撃性能は随一で、何かしらの対策を取らなければ骨も残らないほどの威力だ。今回はこれに火属性を付与する。魔人は肉片が残ってもまずいので一欠けらも残さないように真心こめて念入りに殺す。テレサの時はディアナが何とかしたため問題なかったが今回はいつもの方法でやるしかない。準備が整ったところで集中して魔人を滅ぼせるであろうくらいに魔力を掌にあつめて握りこぶしをつくる。
その一瞬の間を見逃すはずもなく魔人はぐらつく体を奮い立たせて立ち上がり、渾身の右を打ち込んでくる。先程までとはまた違った一撃に掛ける攻撃は見事な威力で、背後にあった丘を消し飛ばすほどの威力があった。しかし、スピードを生かすことができていないそれは、避けるのに苦労しなかった。一分一秒でトライアルアンドエラーを繰り返すこの魔人は単純な魔力の多寡ではテレサに及ばない。だが、成長速度で考えればこの魔人の方が遥かに危険だ。
「せーのっ!」
空振りで態勢を崩した魔人の脇腹を踏み込みながら左で殴り下ろして地面に叩きつける。激突した地面は陥没しても止まらず、圧縮されて熱を持ちながら魔人を飲み込んでゆく。それでも止まらず高温になった土は焼け、石は溶けて沸騰し、さらに深く落ちていく。そこへもう一発、今度は顔面に右を打ち込む。硬い魔人もついには崩壊し、はじけ飛んだ。見た限り跡も残っていないが、念のために火の極大魔法プールゴーリエでこの地下ごと焼き払う。だいぶ息が苦しくなってきたので巨大な氷魔法で足場を作り、地上に帰還した。防御魔法と属性軽減魔法で周囲への影響を少なくしようとしたわけだが、出来上がった縦穴を上から見ると幅50m深さ200mほどはありそうだ。穴の淵がもともとあった湖とつながり水が流れ込んでいく。プールゴーリエの熱気で沸騰した水が蒸気を上げてまるで温泉の様だ。ぼんやりと湯気を眺めていると避難してもらっていたミチが戻ってきた。
「じょん おつかれさま」
「お、いい感じだなミチ。その調子だ。」
棒読みだが言葉が安定してきた。このままいけばスムーズな会話もそう遠くないだろう。彼女のサポートでレイコもリディアも無事に再会できた。
「あぁ、出て来たな。」
穴の底から真っ黒に染まった魂が浮かび上がってくる。この瞬間が一番やるせない。濁った魂ならば容赦なく破壊することができるが、黒く染まった魂は魔人の影響によるものがほとんどだ。善良な人間で全うに生きていた者が”何かのきっかけ”で落ちてしまうことが少なくない。それでもこのままではまた魔人が生まれてしまうことに変わりはない。右手に魔力を集めてアビススピアを投げる。砕けた魂はキラキラと大地に降り注ぎあらゆるものに吸収されていった。
「これで本当に終わりだ。お疲れ様、それじゃあ帰ろうか。」
あとは二人を連れて城に帰り、秘石の返還式典に出席してここでの目標達成だ。腰を抜かして気絶しているレイコをミチに託し、自分はレイコを抱いていたリディアを背負い城へと向かう。
「そういえば・・なんで俺の記憶は残ってたんだ?」
ふとそんな疑問を思い出してリディアに聞いてみる。
「ん?あぁ、識龍との戦いを思い出したら、何とかできそうだったから・・・ 二度も助けて貰って申し訳なかったわ」
「いや、頼ってくれて誇らしいよ。で・・”それ”は解除するのかい?」
「いいえ きっとベスが頑張っているでしょう? 娘と悠々自適に暮らすわ だいぶ苦労させたみたいだから・・・」
「それが良い。死者の秘石の返還式が終わるまでは滞在する予定だから、手伝えることがあったら相談してくれ。」
「助かるわ 早速だけど・・少し寝ていい?」
「もちろんだ。揺れるから気を・・・」
注意をしようと思ったが疲れのためかリディアはもう寝てしまっていた。
「メグ! アンナ!! どこだ!!?」
日もすっかり落ち、不気味さを感じさせる暗い森の中に男の声が響く。男は焦りと後悔の念で吐き気を感じながら二人を探していた。
「返事をしてくれ! メグ! アンナ!!」
状況が変わったのは彼女たちが森へ出発した後、昼を過ぎたあたりに血まみれの冒険者が二人、村に駆け込んできてからだった。
”森に化け物がいる”
四人でパーティーを組んでいたというこの冒険者はガタガタと震えながらそう言った。村にたどり着いた片方は水を飲んだ後すぐに息絶え、残った一人は片腕を失い顔面蒼白だった。その話を聞いて直ぐに制止する友人を振り切り、レッポは村を飛び出し森の中で二人を探していた。
「メグ! アンナ!」
叫び続けて数時間、彼女たちが用のある有用植物の群落はあらかた回った。後は普段行くことのない一番遠くの群落を残すのみ。足が棒のようになりながらもレッポは走り続けた。
「メグ! アンナ!」
妻のマーガレットと娘のアンナ。二人は薬草を使って傷薬や風邪薬など生活に根差した薬を作る薬師だ。この森は危険な野生動物や魔獣などもいない平和な場所、護衛を付けるものなど誰もいない。当然二人も護衛を付けずに森に入っていた。いつもなら自分も一緒に赴き荷物持ちをしていたが、今日に限って用事のせいで別行動をしていた。暗く見通しの悪い森の中、彼は走り続ける。普段は夜といえども虫や小動物の声が聞こえる森が不気味なほど静まり返り、彼の焦りを加速させていた。張り付くほど乾いた喉がひりひりと焼け付くように痛む中ようやくたどり着いた群生地、あたりを見渡すが立っている姿は見えない。
「メグ!アンナ!!」
乾いた喉で辛うじて声を上げると、藪の方からがさがさと音がした。彼が音のする方へ視線をやると笹薮が揺れている。息を飲み、彼はゆっくりと歩みを進める。この森に生息する獣は大きくても体長50cmほどのネコ科のサビーナフォレストキャットとその近縁種である。警戒心の高いその猫が人間の声を聞いて藪を揺らすことは無いため確かめずには居られなかった。
「メグ・・」
藪をかき分け見つけたのは変わり果てたマーガレットの姿だった。うつ伏せで背中には大きな三本の爪痕、足は食いちぎられここまで這ってきたのだろう腕はボロボロだ。顔には真一文字に傷があり目がえぐられていた。抱き起してやると腹からは臓腑がこぼれ落ちながらも何か伝えようと口を動かす。だが、喉が裂けているせいでヒューヒューと空気が漏れ、言葉にならない。
「あ・・ナ」
彼女は喉を手で押さえて辛うじてそう言い残すと事切れた。そこから彼は再び走り出す。先程まで見えなかった森の中、草の一本、砂の一欠けらすら逃さぬような明瞭な視界の中で彼は妻の血をたどった。その先に見えたのは大声で満足そうに笑う狼の様な風体の巨大な化け物と、大きな木の幹に張り付けられた彼の愛娘だった。服を剥ぎ取られ、内臓をえぐられ、えぐられた内臓の代わりに頭を詰め込まれた凄惨な姿。彼の理性はそこで途切れた。
今回の魔人はこんな過去を持っていました。心のよりどころだった二人を失うことで魔人に変貌し、見つかるはずのない二人を探し続けていました。リディアにくっついてきたのは純粋に彼女が妻に似ていたから。レイコが生きているのはリディアと同じ匂いであったからです。怒りと悲しみで自我を失い、多くの命を奪いました。原因になった化け物は小間切れにされ、彼の攻撃で魂まで粉砕され生命の流れに帰ることもできずに消滅しました。この化け物は女子供を殺すことに執着し、人間ではなくなった魔人の様な人間でした。まがい物の化け物は人間よりははるかに強かったのですが本物の魔人にはボコボコにされました。ちなみに彼の妻と娘の魂は彼に吸収されて個を失っています。さらに村も彼の手で無くなりました。結局魔人は発生した時点ですべてを不幸に導くのでした。悲しい物語が魔人を作り上げることも多くあり、ディアナ・ドレールの話でジョンが心を痛めたのもそのせいです。
魔人が怒るタイミングの補足:レッポの母が夫からDVを受けており、魂に刻まれたそのトラウマから女性が怒鳴られていると反応しました。




