カリーナちゃんの引き渡し
「ヴァルガス・・・ 本当にあなたは斜め上の結果を持ってくるわねぇ・・・」
リザは呆れたような、それでも少し楽しそうな顔で言った。
「任せてくれよ。最近常識が欠如してきてな。自分でも何やってるかわかんない時があるんだ。」
「いや、それはだめでしょう? とにかく引きこもりを連れてきてくれてありがとう カリーナがトラブルに巻き込まれてたなんて・・・こっちの監督不足も否めないわ」
部屋の隅で呆然と膝を抱えて座るカリーナを見ながらリザが話す。相談しなかったカリーナもあれだが証拠が嫌って程出ているのに何もしなかったリザもあれだ。
「ま、期せずして原因を排除できたのは僥倖ってことだな。」
「貴方のおかげよ ありがとう こちらで出来ることは協力するから言って頂戴 あなたのことだから地位とか領地とか興味ないでしょう?」
「まぁ、家はあるし、変に責任ができるのも避けたいし・・・ あ、しばらくレイコを貸してくれ。ちょっと魔人倒してくるから。」
「あの子は・・足手まといじゃない? ていうかこの辺に魔人がいるの?」
リザは心配そうに言った。死者の秘石で強化されたはずだが、それでもリザからの評価が変わらないくらい弱いらしい。
「あぁ、封印されてるからそれを解除して張り倒してくる。」
「封印されてるならそのままでいいんじゃない? わざわざ危険を冒さなくても・・・」
さらに心配そうにリザが身振り手振りを交えて言う。
「封印の依り代に用があるんだ。まさかリザは俺が魔人に後れを取るとでも思ってるのか?」
「それはないけどあなたの戦闘に巻き込まれたら・・・ただじゃすまないでしょう?」
「それなら安心だ。話では山奥らしいから被害は及ばないと思うぞ。」
「それならカリーナを連れて行けば良いじゃない!”神速”と呼ばれていた速さは伊達じゃないわ 追跡や索敵ならお手の物よ」
「断る!そいつにかかわるとろくなことにならん!!」
リザの提案に対して噛みつくような勢いでカリーナが反論する。元から好かれてはいなかったが、綺麗な顔をゆがませてすさまじい剣幕だ。
「そんなに嫌うなよ! あんなに激しく俺の胸に飛び込んで来てくれたじゃないか。」
「二度と言うな!?くそ!なんで殺せないぃぃ!!」
”神速”のカリーナは右足からの蹴りであごを狙ってくるが目の保養になっただけで左手でいなす。いなした勢いをうまく使って左足で回し蹴りを打ってきたのでそれを右手で踵を掴んで止める。諦めるかと思いきや左足で全体重を支えて右足で突きを狙ってくる。右手で掴んでしまったため死角ができて攻撃を見ることができないため放り投げようと右手を払う。しかしカリーナは関節をまげてたり伸ばしたりすることで勢いを殺し、その場に降り立ち追撃をしてくる。魔力を込めたしなやかな指先はまるでナイフのように外套を裂く。
「カリーナお姉ちゃん、淑女の嗜みはどうしたの?」
「礼節を! 大事に! しなきゃいけない! 相手なら! しっかり! くそ!死ねぇ!!」
先刻カリーナの体当たりで上着をだめにしたばかりなので手のひらで受け流す。神速の名前は伊達ではなく、ここ最近で一番の連撃だ。的確に急所を狙ってくる丁寧さも感じられ、しっかりと殺意がこもっている。
「うん、三血士ではカリーナが一番強いな。スカートなのも目測を取り難くするための小細工か?」
「分析 してんじゃ ねぇ!!」
「リザ、見ての通りあの頃と比べ物にならないくらい強くなってるんだ。再雇用とかどう?」
「そうねぇ、カリーナは私の姉みたいなものだから専属の護衛になって貰おうかと思ってたのよ」
「そうだったか、余計な心配したな。ほら、カリーナ!改めて挨拶しないと!」
「やられっぱなしで! 引き下がれるか!!」
「あー、でもな? 俺も悪戯に負けるわけにはいかないんだよ。セイ!」
「おぐっ!」
とりあえずデコピンをくらわせる。派手に吹っ飛んだカリーナは壁に激突して動かなくなった。ヒヤリとしたが伸びているだけで怪我もないようだ。なまじ高度な強化魔法で硬くなっているため加減が難しい。
「目が覚めたらまたうるさいだろうから、レイコ借りて帰る。」
「あ、そうそう 式典は明後日開催予定だからそれまでには帰ってきなさいね?」
「早いなー・・・ 代理立てても」
「ダメよ? 魔王ヴァルガスとの融和の場でもあるんだから」
「友好を証明して貰えるのは嬉しいけど・・・ 肩が凝る場所は遠慮したいな。」
「一回くらい良いじゃない そのあとは私がなんとかするから」
「わかった、一回だけな。それと、なんかやらかしたらごめんな?」
「名前を呼ばれたらエルザに死者の秘石を渡して終わり! 簡単でしょう?」
「了解・・・ せいぜい転ばないように頑張るよ。あ、三血士の他の2人はどうしたんだ?」
「・・・えぇ・・寝起きのドラ子さんと不機嫌なミチさんにボコボコにされて手当を受けているわ」
「・・・・・・すまん。」
「いいのよ 清々しいくらいの完封だったわ」
「二人はクビか?」
「そうね、彼らは昔より相当弱ってる あれなら今の私でも勝てる 再雇用は難しいわね」
「やっぱりそうだよなー 砦で手合わせしたんだが、老い・・というか反応が大分悪かったし。気位だけはすごかったけどなー。」
「カリーナはどうだった?」
「あぁ、完全失業なら無理にでも連れて行こうかと思うくらいには強かったよ。隠し玉もなかなかの威力だった。野放しにしたら危険なくらいにな。」
「お・・カリーナは昔から真面目だったから・・貴方に負けたのが相当悔しかったのね」
「そういえばお姉ちゃんって言ってたけど、姉妹なのか?」
「違うわ カリーナは父の幼馴染で私の教育係兼母親代わりでもあったの」
「母親代わり?」
「母は父よりも長生きしたんだけど、子育てなんか一つもしないでパーティー通いのお貴族気質 母としては最低だったわね ああはなりたくなくて仕事に打ち込んでる間にもうおばあちゃんよ」
「カリーナに聞けば若さの秘訣とか教えて貰えるんじゃないか? 俺も協力するからもっと長生きしようぜ!」
「私はもう長く生きたわ そろそろ」
「だーーーー!!」
長話をしている間にカリーナが目を覚ましたようで勢いよく瓦礫を吹き飛ばして飛びあがった。しんみりしたリザの空気を吹き飛ばす様にまた突っかかってくる。
「お、まだやるか?」
「当たり前だぼけぇぇえ!このまま引き下がれるか!!」
今度は腕全体を魔力で覆い、腕全体を刃物のようにすることでより切り裂きやすくしようと考えたようだ。ダメージを与えるために試行錯誤する頭の切れも大変良い。リストラされた二人は”馬鹿な!”とか言って得意技を繰り返すだけで他の事を試そうともしなかった。
「ほら、リザもこのくらいやる気出そうぜ! すごく楽しそうだろ?」
「誰が! 楽しんで! いるように・・ クソ! 避けるな!!」
カリーナとじゃれているとそれを見ていたリザが楽しそうに笑った。横にいるラーベラも右手を振りながら応援している。
「ふふ、そうね お姉ちゃん 気が済んだら執務室まで来て頂戴 あ、ラーベラさんは私と来てくれるかしら?」
何となく肩の力が抜けたようなリザの問いかけに、ラーベラは笑顔で答えた。
「えぇ、ご一緒しましょう」
だが、カリーナを置いて行かれても困る。これだけ派手に魔力を使っているのにこの女は疲れるどころか徐々に威力が上がってきている。19時に夕飯と言われているためさっさと戻りたい。
「グオールバインド」
「この!それやめろ!!」
「こいつも連れてってくれ! 夕飯に遅れそうなんだ!」
既に中庭から出ようとしていたリザを呼び止めてカリーナを連行して貰えるように願い出る。ラーベラがクスクスと笑っている横でリザが手招きして声をかけた。
「お姉ちゃん 行くわよ」
「あ、うん あ、ちょっと連れてって!」
拘束魔法のせいで動きにくそうにもぞもぞ腕を動かしてカリーナがふらふらと後を追いかける。もう魔法を解いても良さそうだがお土産に攻撃されてもかなわない。ラーベラに抱えて行ってもらうことにする。
「ラーベラ! 行けるか?」
「お任せ下さい さ、カリーナ様 行きましょう」
ラーベラはカリーナを抱き上げてリザの後ろをえっちらおっちらついて行く。何もお姫様抱っこをしなくても良かったんじゃないかと思いながら見送る。
「なんであんたらはこういう運び方を!ってかこれいつ解けんのよ!? ちょっとヴァルガス!」
「大丈夫だ! 心配しなくてもすぐに解けるからそれまで待て。」
「あークソ!覚えてろ!!」
「あの熱いひと時は忘れられないな。」
「ラーベラ離せ!蹴り殺してくる!!」
「落ち着いて下さいカリーナ様!」
「・・・っ!・・・っ!」
去り際までうるさく喚いていたが、あの調子なら大丈夫だろう。随分と長い間ギクシャクしていたようだが、これで一件落着ということにしよう。失業した二人の三血士には恨まれそうだがそれは致し方ない。とりあえずミチとドラ子は借家に戻っているらしいからさっさと合流して夕飯にありつきたい。
「あ! ジョンさん!」
帰ろうとしたところで少し疲れたような顔のレイコに呼び止められた。長話で忘れていたがこいつにも用があった。
「おう、レイコさん。どうした?」
「どうしたじゃないですよ! お母さん助けに行ってくれるんですよね?」
「そうだな。とりあえず夕飯食ってからでいいか? どうにも腹が減ってさ。」
「心配しなくても今から行くとか言ってませんから! いつ打ち合わせするのか聞いておきたかっただけです」
「あぁ、これから家においで。飯食ってから考えよう。」
「いっても良いんですか!?」
誘ってから思い出したがレイコは喋るのが好きだった。喋ってばかりで落ち着かないとこっちが困る。
「あ」
「ありがとうございます!最近一人でご飯食べるのさみしかったんですよぅ!食堂なんかもあるんですけどね?なかなか話せる人が来なかったり任務任務でご飯食べられなかったりようやく暇になったと思ったら部隊の再編とかでみんな構ってくれないし!」
「お、おおう。そうだな・・・」
明日にしようと言いだそうと思ったが既に遅かった。コロコロ笑うレイコに今更言い出せずに一緒に帰る。帰る最中にもマシンガントークは終わらずよく舌が回るなと感心するほどだ。ほぼ内容のない愚痴とか世間話ばかりだが、満面の笑みで楽しそうに話されると遮るのも申し訳なくなってくる。
「それでね、私言ってやったんですよ!女性を口説くならもっと雰囲気のある場所でタイミングと勢いを考えなさいって!!」
「おー・・・勉強になるなー」
レイコの視点を純粋に勉強として聞いていると、この不毛なやりとりに意味を見いだせてくるような気がして真面目に聞いてみた。しかし、違いを俯瞰で見れるような高等テクニックを持ち合わせていないためちょっと理不尽に思えてきた。聞き流そうとすると
「聞いてますか!?」
と、釘を刺されるのでとにかく面倒だ。もう愚痴を聞いているというか怒られているというかわけがわからなくなってくる。散々言われたところでようやく借家が見えてきた。家に入ってしまえばきっとフェタとウルダが引き継いでくれる。
「ただいまー。」
「お館様!・・とレイコ」
足音で気付いていたのかドアを開けるとミチが待っていた。レイコを一瞥すると俺の手を引いてリビングダイニングへ向かう。
「あれ!?ミチさんひどくないですか!!?」
「ひどくない、レイコはうるさい お館様!今日は私も作ったんです!」
「それは楽しみだな。」
ミチはここ数日食事の度にフェタに教えを請い料理を勉強している。最初は爪で物を切ろうとして台にしていた棚を圧し切ったり、じっくり焼こうとしている肉を火力が足りないと勘違いして魔法で炭にしたりと散々だった。しかし、根が真面目な彼女は着実に上達して今では包丁で魚を三枚におろせるようになった。他にも削ぎ切りを覚えたし乱切りにいちょう切り、粗みじんなんかも覚えた。そう、切ることは覚えたのだ。チャレンジしたミチをほめながら外套をかけてからダイニングに入ると、既に皆食卓について祈りを済ませていた。未だにこの習慣には慣れない。食材感謝の念はあるがどうにも神に祈る気がしない。相手がアリアだからだろうか。とりあえず席について手を合わせてにゃむにゃむと”頂きます”を唱えてそれっぽく済ませる。
「さぁ、お館様! お召し上がり下さい!!」
自信満々にミチが差し出したのは刺身だった。少し凍っているところを見ると正式にはルイベだろう。初めての料理が刺身という考えた末の作品の様だ。しかし、ミチは氷魔法は使えなかったはずだ。
「私もお手伝いしました!昨日から準備してたんですよ」
ウルダが手をあげる。彼女も魔法は使えなかったはずだが、まぁアリアのお墨付きの人物であるからどこかで覚えたのだろう。フンフンと鼻を鳴らして得意げな二人に感謝してから箸を伸ばす。何を隠そうアルジェシュには醤油がある。さらに米も刺身の文化まであるのだ。何でも吸血一族の初代が食に大変精通しており開発したとか。ロックとフェタの反応は悪いが大変懐かしくいただく。
「うまい!二人ともありがとう、故郷を思い出すよ。」
魚はマスの類のようで、ほのかにピンクがかったオレンジ色をしている。舌の上に乗せると濃厚な脂が溶け出し、噛むと柔らかな身が歯切れよく旨味が溢れる。味は紛う方なき鮭だ。随分と長い事生きてきたがこんな魚がいるとは知らなかった。
「この魚なんて名前なんだ?」
ミチに質問してみたが知らないようでウルダへ目配せした。一瞬固まったウルダだったが話し始めた。
「お店の人は赤ルイクトゥって言ってました! というかこの辺の人は魚を全部ルイクトゥって呼ぶみたいです・・・あとは色で呼んでるみたいです・・はい」
ウルダもよくわかっていないようで尻すぼみに説明が終わってしまった。こういう時こそネイティブの見せ場だとレイコを見ると、既に興味をなくして唐揚げを頬張りながらフェタに絡んでいた。
「ウルダちゃんありがとう、今度赤を切れって頼んでみるよ。」
塩焼きとかムニエルとかいろいろ浮かんでくる。旬なども知りたいがそれは今度魚屋に聞いてみよう。それにしてもレイコはよくしゃべる。そのマシンガントークに相槌を打ちながらもしっかり食事できているフェタの手腕は賞賛すべきものだ。とにかく今後軽はずみに人を呼ぶのは自重しよう。
「ご馳走様! とても美味しかった。片付けを手伝おうか?」
喋り倒し、上手い飯を鱈腹食べて上機嫌のレイコがねぷかけているのでけりを入れて起こす。客ではあるのだがどうにもここまで我が物顔でくつろがれると気に障る。レイコにも食器を片付けるように促したところでミチとウルダが制止する。
「お館様、お任せください!」
「コルビー私がやるから、大丈夫だから!」
なんだかウルダが奥さんというより家政婦みたいになっている。
「お、おう、ミチもウルダちゃんもありがとう。」
張り切って台所へ向かう二人の背を見送ってからロックに質問をする。
「ロックさん、二人に何かあったんですか?」
ロックは渋めの顔を崩して珍しくニヤニヤしながら答える。
「えぇ、夕飯に唐揚げが並んでいたでしょう? あれは朝のゴーレムが作ったんです 昼にジョンさんが獲ってきたビェングルドーラをまるでベテランギルド職員のようにそつなく捌いていましたよ 家の掃除も道具の場所さえ教えたらピカピカにしてくれました それを見てから二人とも料理や洗濯、掃除のやり方をフェタにねだって教わっているんです」
「あー、なるほど? ウルダちゃんが負けたくないのはわかったんですが・・・うちのは・・・」
「どうにもウルダがやっているのを見て切迫感が生まれたみたいですね 一緒になってやってくれてますよ」
「ウルダちゃんとゴーレムに感謝しないといけないですね。」
「あの子もいろいろありましたが、ジョンさんとミチさんがいなければこんな楽しみもなかったでしょう 改めて助けて頂いてありがとうございます」
面と向かって感謝されるとうれしいがどうにも気恥ずかしい。こちらも感謝を述べたいがとりあえず話題を変えてあとで友好の品でも準備しよう。
「ところで件のゴーレムはどこ行ったんですか?」
「ええ、彼女は屋根で警戒中のはずです こんな街中で危険なこともないだろうと言ったんですが・・・」
「初仕事で舞い上がってるんでしょう、あとで様子を見てきます。」
コルビーとその家族からの命令を優先するように設定していたはずだがどうにもうまくいっていないらしい。見た目が人間だったり料理をしたりと精霊王はなかなか奔放なゴーレムに仕立ててくれたものだ。結果ミチが料理に興味を持ったことは感謝しなければならない。いずれにせよゴーレムは寝ない。レイコと作戦会議をした後にでも顔を見に行こう。
「それじゃ、レイコのお母さん奪還作戦でも立てるかな。」
「・・あし・・いん・・すか」
当のレイコは眠気が勝ったのかやる気が無い。電池が切れた子供のようにテーブルに突っ伏して顔だけこちらに向けると気怠そうに口を開いた。
「いだ!」
「レイコ、お館様に失礼 少しは考えなさい」
テーブルの食器を取りに戻ったミチがレイコのすねに蹴りを入れながら注意する。レイコは机から身を引きはがし立ち上がると敬礼してから話し始めた。
「申し訳ありませんヴァルガス殿!リディア・ヴェイン救出作戦のいだいッ!」
「ふざけてるなら帰っていい」
「すみません!久しぶりに眠くなってすみません!なんでしょうねー・・・ジョンさん達と一緒になってからご飯が美味しく見えるし眠さも感じるようになってー 母が消えてから感じることもなかったんですけどねー」
そういえばミチがレイコを捕まえてからすぐに同じものが食べたいとか久しぶりに話したとか言っていた気がする。褒められることで悲しみを乗り越えたとか言っていたが全く乗り越えられていなかったようだ。そのくせ眠気に負けて明日に回そうとするのはいかがなものか。
「明日でもいいけど。どうする?」
「大丈夫です目も覚めました というかミチさんの顔が怖いんで今が良いですお願いします」
「あぁ、ミチは家族を大切に思っているから軽んじた発言をすると怒るんだ。さって、リディアさんはどこに封印されてるんだ?」
「はい、ハドミ湖の中央にある島に封印されています ハドミ湖はなんか上のほうにあるでっかい湖で住んでる人もいないしやりやすいってことで決まったらしいです」
説明がアバウト過ぎて何も伝わらない。とりあえず上のほう、ということだから北のことだろう。ここら辺は花崗岩が多く火山地帯と思われるから、大きな湖ということはきっとカルデラ湖だろう。カルデラ湖は生物が少ないこともあるから集落が無いのも頷ける。
「よくそんなところに追い込めたな。魔人は人が多いほうへ釣られるだろ?」
「らしいですね でも母が思いっきりぶったたいたら一般人には目もくれずに追いかけてましたよ」
「そんなこともあるんだな。ちなみにどんな攻撃してた?」
「雷系の魔法を使ってましたよ 発動が早くて苦労しました」
「他には?」
「女の人の名前っぽいのを口走ってました メグとかアンナとか言ってるように聞こえましたね」
女性の名のようだがヒントとしては弱い。何かしらの心残りだろうから挑発には使えるかもしれない。テレサの時は挑発する材料に困ることは無かったが、知らない魔人を倒すときは本体を引き摺り出すまでに苦労する。今回はレイコしか魔人のことを覚えていないのも厄介だ。付き合いは短いが興味のないことをすぐに忘れる、そもそも見ていない事はわかる。かろうじて出てきた情報もメグ・アンナの二単語だけ、骨が折れそうだ。
「ま、場所が分かればオッケーだ、早速明日行くからレイコは道案内を頼む。」
「わかりました!起こしてくださいね!!」
「お、おう・・ちゃんと起きろよ?」
「ってへ!」
「場合によっちゃあミチをけしかけるからな?」
「すみませんちゃんと起きますから優しく起こしてください」
とりあえず客間に寝かせることにしてゴーレムへから揚げの感謝を伝えに行くことにした。
ある日の夜、アリス・ゲート・ノーツは一人で森を散歩していた。普段から人に化けて暮らす彼女の体調管理方法でもあるのだ。
大半のドラゴンはその巨体からは想像できないほど食事に対する燃費がいい。個体によっては人間と同じ食事量で数週間食べなくても足りる小食な個体がいる。
しかし、ドラ子はその逆。人間に化けている時の方が燃費がいい。つまり、運動不足で腹の肉が気になりだしたらドラゴンの姿に戻って森を駆け、空を飛ぶことで一瞬で痩せることができる。
「にしても腹が減ったのぅ・・・ 夕餉を抜いたのはやりすぎじゃったか? 外に出られた喜びもあるが・・・フェタの料理はうまいからのぅ つい食べ過ぎてしまうのじゃ」
ドラ子は星空を軽やかに飛びながら昼に食べたカツサンドを思い出していた。たっぷりのキャベツと、厚く切られた猪肉のカツをフェタ特製のしゃばしゃばのソースに潜らせたボリュームたっぷりのカツサンド。これにたっぷりの粒マスタードをつけて食べるのがお気に入りだ。
ソースのレシピは秘伝だからと教えてはくれなかったが、通常のソースに酒、砂糖と何かの発酵調味料が加えられているのは間違いない。識龍である彼女はこういったちょっとした情報も覚えていたい衝動にかられる。だが、仲良く過ごすための最適な距離感として引くことも知る彼女は深追いをしない。悪戯に長い寿命を持つドラゴン、その中でも”龍”は”竜”よりも長く生きる。その為彼女はせわしなく追い求めたり、強要をしない。せわしなく求められることも特に嫌うのんびりとした性格の持ち主なのだ。であるから何かの組織に組み入ることも作ることもしない。
「それにしても思い出したらもっと腹が減ったのじゃ・・・ ラウラの唐揚げもうまそうじゃったが、今から帰っても残ってはおらんだろうし・・・・・なにか獲って食おうかのぅ」
彼女は美味しいものが好きだがグルメではない。あるものはとりあえず食べることができる系の安上がりの舌の持ち主だ。封印される前に暮らしていた小さな村でも十分にやっていけたのは何でも食べる雑食グルメだったからだ。
「おぉ? この匂いは風呑龍か・・・ クセが強いがたまに食うくらいなら乙ってものかの」
普段なら気にも留めない珍味。血は臭く、肉はねっとりと噛み応えが無い。さらに鱗を剥いでも皮が硬く、いつまでも口に残るくせに味が無い。いい所無しだが、頬肉だけはうまい。だが、臭い血は万病に効く薬の原料となる。その昔、不老不死を求めた王が風呑龍を狙って派兵したが軍の大半を失う大敗を喫したと伝承が残っている。攻略難度を高めているのは硬い鱗のほかにもその習性に起因する。降りてこないのだ。成体した風呑龍は捕食以外で地面に降りてこない。大昔の王は飛び道具で制圧しようとしたが高度を上げれば投石機など全くの無駄。大量の餌を送り込んだに過ぎなかったのだ。
「土産にしたらエリザベスも珍しい食材を融通するかもしれんしな・・・狩るか」
ドラゴンの狩りは豪快だ。ただ力でねじ伏せる。ドラ子は体を翻し天高く舞い上がる。ぐんぐんと高度を上げて羽が凍り付く高さまで急上昇した。大地は視界から消え、雲のさらに上まで到達してようやく制止し下を見下ろす。ドラ子が体をほろうように羽ばたくと、氷は砕け落ちた。月を背後に浮かび上がる姿は鎌を広げた死神のようにも見える。眼光鋭く獲物を狙う彼女は角度を変えて急降下を始めた。
少し離れた空を泳ぐ風呑龍。年を重ねて強く育った龍種は安心できるねぐら以外では体に蓄えた膨大な魔力を使って防御魔法と探知魔法を展開している。そうすることで身の安全と反撃の応答速度を両立しているのだ。この風呑龍も例外ではない。1000年生きた彼はその防御魔法に斥力を生み出す魔法を組み込むことで探知してからの離脱性を向上させている。長く生き、様々な危機と直面した彼の距離を取って強力な魔法で排除するという無敗のテンプレートだ。
風呑龍は基本的に一つ所にとどまらず数ヶ月から数年単位で移動する。あまり長居しては餌となる生き物がいなくなってしまうためだ。しかし、彼がここに居座る理由が二つあった。
一つ目は彼が種族の中でも体が大きく目立ち、他の個体に狙われることが多いこと。風呑龍は雌雄同体であり、体の小さい個体は雄として体の大きい個体を付け回す。大きく育った個体は発情期間が短く、タイミングもまちまちなため予想がつかないからだ。それを嫌って他の風呑龍が近寄らない餌の少ない海辺に身を寄せていた。
二つ目はこの海域が餌となる生き物が多く往来する点だ。一点目と矛盾するように見えるが、この海域は出現する魔物が比較的弱いため多くの人間たちが交通の要衝として利用する。さらに時折武器を持った毛の多い人間たちが大挙して押し寄せるのもごちそうとして申し分ないいわゆる穴場。
この二つが彼をここに引き留めるに値する理由だった。風呑龍の中でも強力な彼だが、子を宿すにはたくさんのエネルギーが必要だ。もともと燃費の悪い彼らは余程のことがない限り他の雄を受け入れないのもそれが原因だ。
そんな彼の後悔は耳障りな風切り音から始まった。はるか上空から鳴り響き一直線に向かってくる。これまで感じたことのない圧迫感を感じて彼は即座に防御魔法をもう一枚重ねて展開して接敵に備えた。しかしその音は少しもためらわずに速度を増して突っ込んでくる。来る方向が分かっているなら接敵前に魔法を準備するだけだ。そう自分に言い聞かせて雷の魔法を詠唱し始める。ドラゴンは特殊な言語で人間の三倍の速さで魔法を完成させる。距離があるためそのアドバンテージを三重詠唱につぎ込み、御せる範囲の最大威力を完成させた。これだけ距離があるのに彼が逃げなかったのは、相手の移動速度と自分の最大速度がかけ離れていたからだ。単純に逃げられなかったのだ。
タイミングを見計らい、防御魔法に相手が接触したタイミングで雷魔法を解き放つ。例え相手が自分クラスの巨大な敵でも消し炭にできるほどの強度の魔法。1000年の時を生きた無敗の彼の全力の一撃。あたりは閃光によって昼間より明るく染まり、彼に勝ちを確信させるのに十分な威力だった。
しかし、次に彼が感じたのは何かが通り抜けた衝撃と腹の痛みだった。巨大な体をくねらせ自らの状況を確認した彼は痛みの正体に恐怖する。腹が半分ほど消え失せていたのだ。痛みの正体はすぐに目の前へ現れた。
「おぅ・・・すまんのぅ 首を狙ったつもりじゃったが、外してしもうた 苦しまんようさっと止めを刺してやろうなぁ!」
漆黒の鱗を持つドラゴンは事も無げに言うと先程彼が放った魔法の二倍はあろう魔力を収束させていく。
「やめろ!死にたくない!!見逃してくれ!」
「? お前はそう言ってきた連中を見逃してやったのか? その体躯を見ればとてもそうは思えんのぅ それに腹が減ったのじゃ」
話し合いの道は無く、黒龍は瞬く間に魔法を完成させていく。少しでも距離を稼ごうと彼は出足の速い魔法を細かく発動させて黒龍にぶつけて後退する。しかし、黒龍はそれを一切意に介さず組みあがった魔法の名前を呼んだ。
「ヴォルカニカレイ」
放たれた魔法は硬い鱗をものともせず風呑龍の首をあっさりと飛ばした。
識龍の魔法は他の者達のそれと一線を画す。龍言語を使っての詠唱も所詮は効率のいい詠唱に過ぎないが、ドラ子のそれは詠唱ではない。結果は同じ到達点だが彼女の魔法と同じ威力を出すには十回もの復詠唱が必要だ。それを可能にしているのは彼女の膨大な記憶である。魔法は料理と同じでやることが決まっている。それを理解して行程を組み上げ、最大効率で発動したのがドラ子の魔法なのだ。予想外だったのは威力が高すぎて風呑龍を貫通した熱線が海水に到達して大爆発を起こしたことだった。この魔法は超高温の熱線が標的を切り裂くものだが、そこらの魔法使いが使ってもせいぜい千度程度。しかしこのときドラ子が放った熱線は六千度を超えていた。
「・・・・・・よし、帰るか!」
込める魔力量をもっと減らしても良かったと後悔する。やってしまったことはしょうがないとさっさと割り切って風呑龍の頬肉を頬張りながら帰路に就くドラ子だった。




