りすとら
「ひ、ひぃ!くるなあぁ!」
若い女性が悲鳴をあげる。石造りの廊下を走って逃げるその女性に後ろから男が距離を詰める。
「あははははー、そーれこっちにおいでー!」
怯える女性に詰め寄る絵面は完全に犯罪だが、これには理由がある。今追いかけている女は三血士の一人であるカリーナ・フォールドウッド。城からの出頭命令に背いて砦に引きこもっていた愚か者だ。命令違反は本来ならば軍法会議で有罪となるところを、エリザベスの温情でリストラ程度の処分で済んだ。その通達のために砦に押しかけたところ、この有様だ。
「だー!!くるな!!!」
ぎゃーぎゃー喚くカリーナの姿がちょっとだけ面白くなって来たため付かず離れずの距離で指示に従うように促す。しかし彼女は止まらない。他の2名は既に伝達済みで自らエリザベスに掛け合うとアルジェシュ城に向かっている。何もないと思うがエリザベスの護衛に初仕事のクロム、日向ぼっこを邪魔されて不機嫌なドラ子、渋るミチを配備し万全の状態で出かけてきた。残るカリーナに書面の授与と辞令を伝えなければならない。砦の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。その中でもカリーナの機動力はなかなかのもので、兵士たちやテーブルなどの障害物をすり抜けて一目散に逃げていく。取り巻き四人衆の一人が兵士たちを誘導して進路を塞ぐように配置しているのも鬱陶しい。そろそろ面倒くさくなってきたので真面目にやることにしよう。
「悪ふざけしすぎた!伝言に来ただけだって!!」
「そんな嘘にひっかかるわけないだろう!?誰かそいつを止めてくれ!!」
この砦で一番の腕利きだろうに兵士に頼るところがまさに小物だ。他の二人は砦の前に一人で現れてそれらしいやりとり(拳で語る)をしたが、この女はそういった気配がない。上官の命令でフルプレート装備の6人が槍衾で道を塞いだ。一糸乱れぬ連携に日頃の鍛錬が窺える。もっとも視界の悪いフルプレート相手に遅れは取らない。壁を走り進路を変えてやるとあっさりやり過ごせた。穏便に済ませようと思ったが相手にその気がないのであればどうしようもない。というか追いかけっこに飽きて来たのでそろそろお開きにする。
「警告する、今すぐ止まれ。でないと二発殴る。」
警告が功を奏したのかその場にいる全員が動きを止めて水を打ったように静まり返った。失神しているものまでいる。とりあえず涙目で力なくへたりこんでこちらをみるカリーナと仲間たちにエリザベスの書状を突きつける。
「封蝋の印を見ればわかると思うけど、エリザベスさんの使いで来た。カリーナ・フォールドウッド、出頭命令違反で解任だ。荷物をまとめてさっさと砦をあけ渡せ。」
慌てて書面を受け取りカリーナは勢いよく封を開けた。追いかけっこで紅かった顔は書面に目を走らせるごとに青ざめていく。少しだけ可哀想に思えてくるが、役職にあぐらをかいて我儘をしていたのはこいつの方だ。砦の維持費を水増ししての使途不明金、人事の越権行為、備蓄の現金化。よく今まで看過してきたものだ。
「なんできさまにぃ・・くうぅっ!」
何か言いたげだったが少し睨むと静かになった。ドラ子を封印する際に死者の秘石を借りたが、その時反対派だったカリーナには拳で理解してもらった仲だ。始祖に近いとかでほぼ不死と言われるこいつらを危うく消滅させる寸前まで叩きのめしたので、おそらくトラウマになっているのだろう。取り巻き4人も大人しくなったカリーナの後ろで白目を向いて天井を仰いでいる。
「これだけ好きにやったんだ。別なところで隠居でもしたらどうだ? 5人もいれば面白おかしく暮らせるだろ。」
「ヴァルガス様!発言をお許しください!」
「お、取り巻き1号。発言を許可する。」
「ラーベラでございます!何卒カリーナ様だけでも城下で過ごすことをお許し頂けませんでしょうか!?」
「理由を簡潔に述べよ。」
「私たちは下位のものでございます!在野として暮らす事もできましょう・・・しかし、カリーナ様は元は四大貴族のお一人!そのような方を放り出せばエルザベート女王の品位を問われかねません!!なにとぞ温情を賜れませんでしょうか!?」
「おー、主人に尽くす臣下は尊ぶべきだ。取り巻き一号は合格ー!これにて閉廷ー。エリザベスさんに許された温情枠はラーベラさんに決まりました!」
「な、ばっ!」
カリーナが変な声をあげたためもう一度睨むとまた静かになった。本当は状況を見て判断を委ねられていたのだが、足の速さ以外良いところなしのカリーナに同情の余地はない。残りの取り巻き3人も逃走の間カリーナについて行くだけで特に何もしなかった。追跡の妨害や兵への指示から見て取れる冷静な分析と判断力のラーベラは取り立てる価値がある。
「私には不要でございます!何卒カリーナ様に!」
「だがな、公金の横領は犯罪だ。この国の法律では処刑し、首を晒すのが決まりだそうだ。証拠も嫌って程上がってるらしいから言い逃れもできない。三血士の中でそんなことをやっていたのはお前さんだけだとさ、カリーナ様。」
下を向いて汗を浮かばせていた彼女の表情が変わる。今までのポンコツぶりは演技だったようで呼吸法も変わった。やり過ごせまいと戦闘の意思を明確に持ったようだ。
「ここからは私の意地よ! リピン!カノン!ミツエ!絶対に手を出すな!!」
勢いよくたちあがったカリーナの体に魔力がみなぎる。一般人なら触っただけで吹き飛ぶだろう強さの防御魔法と身体強化魔法が次々と展開されていく。もともと吸血一族は強化魔法が得意だが、彼女のそれは段違いの速度と精度だ。取り巻き衆は殺気に気圧されたのか一気に壁際まで飛びのいた。
「お、その意気や良し。で、何を隠してるんだ? 内容によっては譲歩するぞ。」
「ふん!貴様にやられて以来鍛錬を怠ったことはないわ!侮れば貴様の最後よ!」
言い終わるか否かで先程までの数倍の速さでカリーナが突っ込んでくる。練り上げた魔力を両腕に集めて小太刀のように相手を切り裂く戦闘スタイルは当時のままだ。しかし、キレが数段上がっている。当時の俺だったなら返り討ちにされていただろう。スカートの間からちらちら覗く麗しい太股に目を奪われて無駄に大きく避けてしまい反応が遅れるのが原因といわれればそれまでだが。
「はは!貴様はこの歳月で衰えたようだな!!そら!」
合図とともに辺りが爆発する。攻撃に合わせて爆裂魔法を設置していた様だ。石畳が砕けて辺りを爆風が走り抜ける。それでも力が逃げ切れずに石造りの天井が弾けて飛んだ。
「否めないな、最近自分の全力が分からなくてな。昔は生かさず殺さずが得意だったのに最近過剰でね。」
「!」
ダメージの無さにカリーナが絶句した。実際かなりの威力でクロムの外殻なら簡単に砕けただろう。おそらくいつもの戦闘スタイルで油断を誘い、この一撃で相手の機動力を削いで、最後に止めを刺す予定だったのだろう。
「心を入れ替えて国に尽くすというなら及第点だ。ゆっくり選んでいいぞ? 吐露して国に帰るか、塵に還るか。」
「あーはっはっはっはっは! もとから帰る場所なんて無いわ!!」
カリーナの呼吸がさらに荒くなると全身を覆っていた魔力が背中に集まり、向こうが歪んで見える程の濃い渦となって翼の様な形に収束した。
「やるじゃないか、次は何を見せてくれるんだ?」
「ふっ!」
一つ息を吐くとそれまでとは比べることのできない速度でただ、突っ込んできた。いわば全力体当たりだ。パンとはじけるような音が響き渡ったことから音速を超えたようだ。毎度のことながら油断していたことで反応が遅れ、みぞおちに衝撃が入るまで気づけなかった。
「死いぃぃねえぇぇぇぇええ!!!!」
食らっておいてなんだが恐らくこれが彼女の必殺技だろう。部屋の石壁を突き破り、今来たばかりの廊下をすっ飛ばし二階の窓を突き破り外へ投げ出された。それでも止まらずテッサの木に激突し、あの硬い木をへし折ってようやく止まった。
「カリーナ様超いい匂い。」
「-------!なんで生きてるんだよおぉぉぉおおお!!」
年齢は相当年上だが綺麗な女性が自分の胸に飛び込んできたのは感動的だ。今まで良い所まで行っては振られる事を繰り返してきた人生。ひどくこじらせてしまっている自覚はある。だが、今だけを切り取れば美女に押し倒されているように見えなくもない。とりあえず狂ったように両手で頭を掻きむしる彼女の両肩を抑えて確保した。さすがにさっきのスピードで逃げられれば面倒だ。
「ハッ!離せ!!」
やっと我に返ったのかようやくつかまれていることに反応してカリーナが叫ぶ。
「いやー、こんなに情熱的にアプローチされたのは初めてだから緊張するな。さ、ハネムーンはどこに行く?」
「なにがどうなったらそうなるんだよぉぉお!!」
「グオールバインド。」
「だぁぁぁぁ!やめろぉお!!」
少し落ち着くまで魔法で拘束して無理にでも隠している事を話してもらうしかない。危ない橋を渡って手に入れた資金を贅沢品に使っているようには見えなかったからだ。着ているドレスも確かに良い物だが、普通に稼いで買える程度の物に見える。それに宝石などの装飾品を持っている訳でもない。
「せめて殺してくれぇ・・・露見して生きてるのはまずいんだよぉ・・・」
「はは、無茶を言うな。しっかり話してリザの判断を仰ごうぜ? お前さんがしっかり国に尽くすなら俺も応援するからさ。」
やる気をなくしたのかぐったりと力の抜けたカリーナを抱えて砦に戻る。道すがら何個か質問をしたが答えは返ってこない。
「何か言えよ。黙ってたらわからんだろ?」
「私はあの人の残した物を守りたかっただけだ・・・ これ以外に道は無い・・・」
「何のことかわからんがそうでも無いかもしれないだろ? 人は知恵を出し合う事でこの強敵の多い世界で生き延びたんだ。意思疎通はマジで大事。」
「なら拘束を今すぐ解け! 話し合う状況にないだろう!?」
「だめ。逃げるだろ? 流石にあの速度で逃げらたら骨が折れるからな。」
「・・貴様は本当にあれだな あの技をホイホイ打てるなら初手から使ってるわ!バカ者!」
「本当かー? 嘘だったら砦の人間全員殺してお前に食わせるぞ?」
「おま・・脅し文句がどうかしてる・・・本当にあの勇者か・・?」
「ああ、自分でもちょっと驚いた・・・ でもそれくらいの覚悟を持って話してくれ。どうも裏切られるのはトラウマみたいでな。見せしめが過激になりそうだから・・・ あ、それとな。俺はもう勇者じゃなくて魔王だ。噂話は本当でしたってオチ。」
「・・・はぁ・・・知っていることは話そう 砦の者は本当に何も知らん 私以外に罪はない」
「じゃ、砦までお姫様抱っこで連行する。」
「なんでだよ!!自分であるけあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
カリーナは涙目だ。自分で音速を超えたくせに他人の足では怖いらしい。人の運転には乗りたくないって言う人もいるくらいだからそう言うことだろう。それよりもこいつが何かしらの裏切り行為をしていたのは間違いない。さらに弱みを握られていたような口ぶりからも砦に監視役がいないとも限らない。どうやってそれをごまかしながら話を聞こうかと頭をひねる。
「戻らなくていいんじゃね?」
「うごっ!」
急停止したらカリーナが変な声を出した。いまさらだが別に砦で話す必要はない。さっきのカリーナの一撃を見ているだろうから監視役も戦闘を継続しているように見せれば近寄りにくいだろう。
「ガージス! 出てこい!」
声をかけるとにゅるっとイケメンが現れた。
「あーらジョンちゃん! 全然呼んでくれないから寂しかったのよー!」
「いや、用事がなければ呼ばないだろ! かわいい女の子だったらちょくちょく呼ぶけどさ。」
「やだー!私だって結構イケてるのよ!?」
「仕事の話だガージス。派手な魔法使えるか?」
「あら、もっと話したいのにー! で、派手な魔法? 光と風以外は使えるけど、どうしたのん?」
「ああ、揺動をして欲しい。こいつと話している間戦闘を装って魔法を打っ放してくれ。」
「お安い御用よ! 派手な魔法は得意なの じゃ、行ってくるわねぇ!!」
近くで派手に魔法が炸裂する中ティーセットを広げてカリーナを座らせる。多少うるさいがこれなら会話ができる。一応探知魔法をかけて周囲に怪しい影がないかを確認したが、小型の魔物らしき影が映るだけでそれ以外はない。
「じゃ、とりあえずなんで横領したかとそれを何に使ったか教えてもらうかな。」
カリーナは一つため息をつくと神妙な面持ちで語り出した。
「今から100年前、とある国の宰相を名乗る者から使者が来た 内容としてはほぼ宣戦布告だ・・・」
で、要点をまとめると数十年前アスペリア連合国の宰相を名乗る人物から戦争したくなきゃ金を払えと脅されたそうだ。当然断って無礼な申し出をしたその人物をフルボッコにしようとしたそうだがあっさり返り討ちにあってしまったらしい。攻撃が効かなかったとか瞬間移動したとか話を聞くにどうもナーニャというかアーテヴァーのことを指している。取り入りやすいと判断されたのだろう力の差を見せつけられて内通してしまったようだ。たしかに闇以外の属性ダメージは入らなかったし、純粋な肉弾戦を挑もうにも精霊に物理攻撃はほぼ通らない。光、火、風の得意なカリーナの相手としては最悪の相性だ。
「まぁ・・・相手があいつならしょうがない・・か? で、今月は催促来たのか?」
「いや、いつもならもう金の無心に来ているはずだが・・・」
「多分だけどな? そいつ倒した。つい先日。」
「は?」
「いや、言葉通りだよ。引っ越し先探してアスペリアに行ったら戦争しててな。かわいい女の子がピンチだったから助けに行ったら・・・あれよあれよと戦闘になってね。本人の意志確認したあと殺した。」
「・・・本当・・か・・・?」
「思い当たるのはそれしかないな。精霊アーテヴァーってのがいてな、そいつが俺の友人を乗っ取って悪さしてたらしい。魔力の強い魂を食うために戦争を起こしていたそうだ。」
本人はこの世を去った後のためどうしてこんなに遠い国から金をせしめていたかを確認する術はない。あくまでも予想の範囲を出ないが近隣の国にケンカを吹っ掛けるためにあえて遠くの国、しかも周りとの交流が少ないアルジェシュの金持ちを狙ったのだろう。カリーナは力なくテーブルに突っ伏して嗚咽を漏らしている。
「わた・・わたし・・の覚悟は・・・ 手を汚して・・・むだ・・」
「いや、お前さんが汚れ役をやってなかったらあいつが攻め込んできてたかもな。吸血一族なんて魔力の塊だろ? 生かしておく価値がなけりゃ美味しくいかれてたろ。ぱっと見強力な闇属性使いは居ない様だし・・・ あっという間だったろうさ。あんまり泣くなよ・・・」
「泣いて・・泣いてなど・・・ふぐぅ・・いな・・・うぅ」
とりあえず頭を撫でてみたがショックが大きかったようで反応は無い。
「そういえば監視役とか見当はついているのか? さすがにフリーって訳じゃ無かったんだろ?」
カリーナは顔を上げると撫でていた手を振り払い答えた。
「・・・・・・ラーベラだ あいつは一族の者ではない ミミックスライムだ」
ミミックスライムとは姿形を他の生き物に似せることで群に溶け込み身を守る特殊なスライムだ。普通は森の生き物に擬態して森から出ることはない。稀に人の村に紛れ込む物好きもいるらしい。だが、見た目は真似できても文化や言語の壁を超えて村人に見つからずに生活する個体はいないと言っても間違いではない。それが間者として砦に潜り込み、瞬時の判断でカリーナを城に残そうとするとはとんでもない奴だ。
「まじかー てっきり忠臣だと思ってたのにな。」
「少し判断に困っている 向こうから付けられた監視だが・・・ こっちよりというか、わざと報告を遅らせたり伝えなかったり・・・ なにか事情があるのかもしれない」
「よし、捕まえて尋問しよう! もし弱みを握られているならそれを奪ってこっちに引き込める!」
「おまえ・・・本当に同一人物か? 解放は想像できたが、まさか奪うとか・・・・」
「いや、あんなに精巧に化けて意思疎通もそつなくこなす逸材をさ・・・ 解放して他に取られる可能性は潰しておきたいじゃないか。単純にかわいいし。」
カリーナの視線は冷たいが万一にも身内に危険が及ぶのは避けたい。魔力の強さや身のこなしはあまり期待できないが、その特異性は十分に脅威である。味方に引き込めれば良し、できないなら始末したい。
「状況がわかったところで砦に戻るか! さ、お姫様抱っこするからこっちに゛」
抱き上げようとしたが、顔面に一撃をもらってしまった。なんとなくからかっても良いような気がしておちょくっていたが怒られてしまった。
「バカをやってないでさっさと戻るぞ 大丈夫だと思うが兵達が気になる」
「おう、むしょぐ」
顔面に追撃を食らう。からかおうとした時のレスポンスがキレッキレなのでそろそろやめておこう。隙をみてセクハラに切り替えて様子を見ることにする。
「いだ!」
「あ、いや、すまん なんだか寒気がした」
アホなやりとりをしている間に砦についてしまった。正門は閉ざされて外壁の上からは兵士が巨大なバリスタと弓で警戒をしている。ここで少し閃いてカリーナに提案をした。
「俺さ、隠蔽の魔法でラーベラの様子を観察してくるわ。普段の様子が見てみたいからちょっと外で待っててくれないか?」
「・・・私が従うメリットは?」
「お姫様抱っこを諦めてあげよう。」
「そんなのはメリットじゃな・・いや、メリットか? 勝てん相手に言ってもしょうがないか・・・」
「わかってくれて嬉しいよ。罰ゲームに抱きしめてあべ」
「さっさと行って来い!」
蹴りをくらったのでいい加減仕事に移ろう。黒のセクシーなパンツに別れを告げて砦に潜入する。砦背後の森から接近し跳ね橋をジャンプで越えて侵入、敷地に入るまでは良かったのだが拙い隠蔽魔法はすぐに発見されてしまった。兵士が声を上げようと息を吸い込んだため慌てて対策を考えようとしたが、考えつくよりも先に発見した兵士の喉笛を握り潰していた。これはまずいと回復をかけながら声を出さないように釘をさして解放する。喉をペタペタと確認しながら恐怖に引きつる男性兵士に身振り手振りを交えながら状況を説明した。
「い、異常は・・・ない!」
通信魔法で定時確認が入ったようで男性兵士が声をあげる。守備隊の練度が高いこともあるがどうにも隠蔽の魔法が効きにくいようだ。アスペリアでの戦闘と状況が違うことが原因らしい。別なものに注意を引きながらであればうまくいくかもしれないが、厳重な警戒を行っている相手には厳しいようだ。早めにたどり着きたいため取り巻き4人衆の居場所を聞き出し最短で部屋に向かうことにする。男性兵士に感謝を告げて本丸へ進む。警戒はさらに厳重で巡回の兵も複数見える。気を取り直して床材の端っこを割って取り、通路を塞ぐように陣取る兵士に死角ができるよう投げてみる。
「チェック!」
てっきり本人が確認に行くと高を括っていたが、その兵士の一声で別な兵士が二人ほど駆け寄ってしまい監視が増えた。そうこうしている間に後方から甲冑の擦れる音が聞こえ始めて逃げ場を失った。どちらも気付いてはいないようだが、このままでは時間の問題だ。ここでふと思いついて叫んでみる。
「正門で敵襲!増援を!!」
「チェック!!」
「カバー!!」
うまくいくと思ったがあっさり見破られて余計に兵士が集まってきた。ぞろぞろと蟻のように集まってくる連中を見ながらやっちまったとしみじみ感じていると先ほど喉を潰してしまった兵士が駆け寄ってきて手をあげて叫ぶ。
「臨時訓練終了!各員持ち場に戻れー」
殺気立っていた兵士達は鳩が豆鉄砲をくらったような顔で固まった。
「ほら!早く戻れ!晩飯抜きだぞ!」
重ねて言われると慌てて兵士達は持ち場に戻って行った。
「あ、ありがとうさっきの人。よかったのか?」
なんといっていいかわからずにとりあえず握手を求めてみた。兵士は快く応じて手を強く握った。
「先ほどは手荒な挨拶ありがとう 剣翼長のグレンだ 本当は戦闘まで待とうかとも思ったが・・・ 君ほどの相手では死者がでないとも限らない 止めさせてもらったよ」
「助かったよ。最近手加減ができなくて困ってるんだ。俺は・・・今はジョンを名乗ってる。」
「カリーナ様の話を聞いて冗談だと思っていたが・・・ まさか一声も上げずにやられるとは! 見事と言う他ない」
「本当に申し訳ない! 見つからないように行くつもりが・・・この有様さ。」
「ところでこの後どうするんだ? ラーベラには気付かれているだろうし・・・部屋まで案内しようか?」
「・・・お願いします。」
「こっちだ」
潜入に憧れて丁度いい魔法もあったため挑戦したが、どうにも向いていない。頼みの魔法は一発で見破られ、思いついた回避策は全て空回り。こっそり観察して何かやらかしてないか見たかったがどうにもうまくいかなかった。グレンが出てきてくれなかったら本当に何人か命を落としていたかもしれない。剣翼長がどのくらいの地位なのか記憶にないが兵士達に有無を言わせぬ指示を出せるのだから相当偉いのだろう。吸血一族が戦闘能力主義だったのも幸運だった。普通の価値観だったら殺されかけた相手など放って置くだろう。
「いや、放って置いたら皆殺しだっただろう?」
「うお!心が読めるのか!?」
「カリーナ様に比べたら君は表情が読みやすいだけだよ さ、ここが件の部屋だ 私は哨戒に戻るから後は好きなようにしてくれ」
「本当にありがとう、後でお詫びの品でも持ってくよ。」
グレンは振り向かずに手を挙げて答えた。
潜入って憧れますよね、某ゲームじゃないけど。まぁ盛大に失敗してピンチが訪れました。(兵士達の)しかし、グレンによって事なきを得ました。
ちなみにグレンの階級はアルジェシュ独自のもので他に槍翼長、弓翼長がいます。それぞれ指南役の様な立場ですが最前線で戦います。兵士たちは彼らに教えを請い戦う術を学習します。剣翼長は歩兵をまとめる立場を兼任しているため簡単に場を収めることができました。騎兵は槍翼長が、バリスタ部隊は弓翼長がそれぞれ指揮します。砦内の警戒は歩兵の管轄のため索敵能力の高いグレンが警戒にあたっていました。
アルジェシュでは騎兵の立場が低いです。農地以外に足場のいい平野がほぼ無いアルジェシュでは馬の利用価値があまり高くありません。さらに吸血一族は身体能力が高く森林地では馬より早く移動します。そのため他の国と異なり騎兵の配備はほぼありません。飾りの様なその部隊は侮蔑を込めてデコレッタと呼ばれています。配属される兵士も模擬戦で成績の低い者たちが多く、吸血一族の者ではない兵士が置かれます。ほとんどが女性のため一部の心無い者から慰安部隊と陰口を言われることもあります。実際には兵站を維持する補給部隊として活躍するためデコレッタがいなければ戦争はできません。名前可愛くない?デコレッタ。多分作中には出てこないです。
現在アルジェシュに銃士隊はありません。銃自体が新しい技術で普及していない、開発資金が多く必要、防御魔法を展開した吸血一族の方が硬いといった理由で導入していません。
神聖モーゼス帝国にはマジックバレット搭載の新式銃がありますが、はやりの異世界転生した野心家が開発したものです。錬金術と爆裂魔法、土魔法を組み合わせ魔法陣を刻印した銃に魔力を流すことによって弾を発射するものです。元の銃の知識と魔法の知識を組み合わせた画期的な物でした。誰でも扱えるメリットと使い過ぎると最悪死に至るデメリットを抱えた欠陥品は国王モーゼスの目に留まり一般人をより多く兵士に仕立てるため実戦投入されました。銃には生体認証が施され帝国兵士しか扱えないようにロックが掛かっています。さらに魔法陣を刻印した鉄板を隠す様に製造されているため最初からアタリをつけていないと分解してもそれを発見できません。
他の国にも銃はありますがだいたいが雨で使えなくなる紙巻薬莢です。金属製の薬莢を導入している地域もありますが製造技術が高度なため広まっていません。さらに開発されたのがリムファイヤーカートリッジで不発率が高いため普及しないということもあります。
無駄話でした。