伝言承ります
「あれがあれしてあれだったからあれしてきた。」
「なんとも、斜め上・・と言いましょうか・・・いずれにせよ事態の解決、感謝しましょう」
お土産として巨大な鳥のもも肉をお付きの兵士に渡しながらエリザベスに事の顛末を報告する。お土産が功を奏した・・訳ではないだろうが、エリザベスはすんなりとクロムの滞在を受け入れた。ロック一家が借りている家もまだ空きがあるから一緒でもいいと言ったが、近くにもう一軒平家があるとのことでそれを貸してくれた。
「僕にできることがあったらなんでも言って頂戴ねぇ ジョンには一発でやられちゃったみたいだけど・・・ある程度は戦闘もできるからなにかあったら相談してくれるとうれしいねぇ」
ヨレヨレだった服を着替えたクロムはへらへらと笑いながらエリザベスに握手を求めた。一悶着あるだろうと思っていたが、予想とは裏腹に彼女はニコニコしながらクロムの手を取り答えた。
「わかりました 我が兵共は精強なれど数はおりません 頼りにしましょう ダーモン!クロム様に連絡方法の説明をしなさい」
ダーモンと呼ばれた真面目そうな兵士は恭しく敬礼すると、クロムを丁寧に別室へ案内した。そのやりとりをやや肩透かしをくらった思いで眺めていたら視線に気付かれた。変な顔になっていたようでエリザベスが不思議がっている。
「なんか、エリザベスさん丸くなったなぁって。昔は信用してもらうのに苦労した記憶があるから。」
「ほほ、そんなことはありません 目が肥えただけですよ これだけ生きましたからな」
「なんかカッコいいな。俺も長生きしたけど、こう、人生の機微ってのかな・・・なんもないんだよなー」
「謙遜を・・! 一月もたたずにこれだけの有望株を引き連れてまわるなどなかなかできることではありますまい あのコルビー様とウルダ様・・・将来が楽しみでございますな!」
「あぁ、やっぱりエリザベスさんにはわかりますか! スジもいいし精霊にも好かれる。高ランクの冒険者どころか勇者に担がれそうなほどの人材ですよねー」
「私は仕官を勧める立場でありますが・・・老いぼれが若者の夢は邪魔できませんからな」
「ありがとうエリザベスさん。貴女がストップをかければこの国では安心だ。多分コルビーについてる風の精霊が回復するまではここにいるだろうから、くれぐれもよろしくお願いしますね。」
「もちろんでございます ただ、コルビー様が仕官を希望なさった場合は容赦無く採用しますからね?そこはあしからず」
「もちろんです。俺がそこに口出しするべきじゃないし、あなたなら安心して任せられる。」
悪ぶって脅し文句や毒を吐くが、基本スペックが良い人のため脅しを実行することはない。まわりもそれをわかっているため挨拶程度にとらえている。普段は無表情だが褒められたり嬉しいことがあると口角が少しだけあがるのもかわいいところだ。
「それにしても・・・ 銀狼族にノレッジドラゴン、塵龍と勇者、一国でも陥とせそうな戦力ですな」
「あ、俺もう勇者じゃないですよ。創命の魔王を倒したら名前を奪われて代わりに魔王の称号が付いて来ました。」
「あっはははは!ハっ! これは申し訳ない!斜め上というか・・なんというか」
「いや、正直自分でもどうかと思いますしね。いよいよ最後の一勝負だなぁってところで昔話が始まったんですよ。その流れで名前を聞かれましてねぇ・・・答えたらこういう仕打ち。国に戻ったら新しい魔王だなんだと・・ねぇ?」
「あはははは!当時の諜報部からも同じような報告があって、真偽を確かめようにもあなたに追いつけなかったからわからなかったけど・・・ふふ、確かめることができて満足です 長生きはするものね」
エリザベスは声をあげて笑い、喋り方が昔に戻った。
「その喋り方の方が好きだな。なんで話し方変えたんです?」
エリザベスは少し驚いたような顔で口に手を当てると恥ずかしそうに説明した。
「しわくちゃのおばあちゃんがこんな話し方をしたらおかしいでしょう?見た目に合った話し方は大事なのよ」
「別にいいじゃないですか。吸血一族は魔力の回復で若返るんでしたよね?」
「それはそうだけど、私はもう回復が追い付かないの 吸血しても体に留まらずに流れて行ってしまう・・・ 寿命でしょうね」
「・・・なんとかならんもんですか? あの女王様は・・なんというか、サポートがないとまずいでしょう? 昨日の夜に話したくらいの印象しかないですが、優しすぎる。国を治めるには人を数字で見る覚悟がいる。けど彼女にはそれができそうにない。」
「隠せないわねぇ エリザはメンツよりも人命を優先してしまうの あなたがリールの街で一暴れした時、あの子はさっさと抗戦をあきらめて融和路線に切り替えた もちろん平時には歓迎すべき切り替えだけど、今は良くない 長い間隠遁していたあなたは知らないだろうけどね・・・ 今、この大陸では何かが戦争の手引きをしているわ 草を放ったけど・・・半数は返り討ちにあって戻ってきた者は情報を得られていない」
深刻な顔のエリザベスは目を眉間のしわを深くして続ける。
「”Distruzione”一人の草が命と引き換えに報告してきた言葉だけど・・・何を指しているかさっぱりだわ」
「破壊ね・・・物騒なことこの上ないな。ほかの大陸には送ってないのか?」
「ここ1年は大陸間の航路は閉ざされているわ あそこを抑えてた水龍が寿命を迎えて代わりに 風呑龍がバルバロイ海峡を根城にして船を襲っているの」
バルバロイ海峡は最も狭い場所で58kmほどの海路だ。中継点となる島が一カ所しかなく海賊が出現する海域としても有名だった。この大陸から移動しようとするならここを通るほかない海運の要衝である。別な海域は強力な水棲魔獣と飛行種の縄張りとなっており、最新鋭艦隊でも沈む魔の海域と恐れられているからだ。ここに風呑龍がいるとなると足の遅い船ではひとたまりもない。30mを超える巨体を維持するために、彼らは口に入るものは同種といえども襲うため恐れられている。
「あー、でも吸血一族の飛行部隊っていなかったかい? あのなんかプライド高くて態度のでかい人たち。」
「独断で出撃して全滅よ 実戦経験がほとんどない素人連中だったから・・・ 監視してた草からの報告では、陣形も考えずに突入して丸呑みにされたそうよ」
「あー・・・ 再編は?」
「未定ね 風魔法の適性者はいるけれど、飛行まで行けるのはなかなか見つからないわ たとえ一人二人見つかっても ねぇ・・・」
「そういえばクロムが飛べるらしいぞ。」
「・・・・・・・・・!」
エリザベスは手を叩いて喜んだ。
「よく連れて来てくれたわ! おかげで防空に希望が出てきた! 他国はすでに編成された実戦部隊がいるから頭が痛かったのよ・・・ 彼を主軸にサポートをつけて空対空、地対空で牽制できる!」
「え、あれ・・・ 風呑龍は?」
「あそこにいる間は無害だから放っておくわよ? わざわざ飛び込んで兵を失うリスクを取らなくてもいいわ ライネルもあそこを越えられずに進行できないもの 飛行種の縄張りを超える超超高度の飛行部隊なんてどこの国にも居やしないわ」
「そっかー・・・じゃあ他の大陸に行くのは諦めたほうがいいか。」
「なにか用事でもあるの?」
「いや、観光旅行をしてるんですよ。やんちゃしてからもう200年くらい経ってるし問題ないかなって。」
「別にあなたが討伐してくれるなら構わないわよ?私は兵を失いたくないだけだし 万一ライネルが侵攻して来ても死者の秘石が戻った私たちに死角はないわ エルザが還脈の儀をもって名実ともに女王となれば不穏分子も黙るでしょう」
「不穏分子?」
「えぇ、あの子の戦闘に関する実力は中の下 吸血一族は戦力で評価されるからそこを糾弾して失脚させようとしている連中がいるのよ 今は私がいるから抑えられている分もあるけど・・・」
「このまま死んだらそれまでってことか? どこの国にもそういうのがいるんだな。」
「ええ、だからあなたが秘石を持って来てくれて本当に助かったわ ありがとう」
「いや、今まで借りて手すみません。そういえば道中でレイコさんがちょっと強くなったみたいだけど、あんな感じでエリザベスさんもなんとかなりませんか?」
「わからないわ 死者の秘石の人格に認められ力を得る それが王から王へ伝えられる不出の儀式”還脈の儀” 私も同じことができるならもう少しくらい生きられるかもしれない でも死者の秘石は与えもするが奪いもすると伝わっている 今の私なら奪われる側でしょうね」
「あー・・・あ、そうだ! エルザベートさんなら秘石と仲良くなれるんじゃないか? かわいいし優しいし。そうしたら口利きしてもらって・・」
「私はもう十分生きたわ 老害となっては・・・それこそ悔いが残る」
「そんなこと言わずにもっと長生きしようぜ! 組織にいることで気を使うってんなら俺みたいに旅でもしたらいいんだ。今までできなかったことをやったら面白いかもしれないだろ?」
「・・・王家として生まれ国に尽くすことが私たちの矜恃だった 自分のためになんて考えたこともなかったわ」
「俺も昔は勇者って称号に踊らされて人のために旅をした。でも、旅を終えて手元に残ったのは何もなかった。救ったと思った国ももう無いし、あの時の友人たちは悲しい最後を迎えてた。エリザベスさん、生きているからこそ伝えられることもあるしできることがあるんだ。長生きしようぜ!」
「ふふ、あなたも変わったわね 丸くなった・・・というか力が抜けたと言うか・・・いずれにせよ前より信用できそうだわ」
「そうかなぁ・・・魔王だからかね? とにかく長生きな友人を助けるためにできることならやるから、なんでも相談し欲しい。」
「ええ、頼りにしているわ じゃあ、とりあえず砦の引きこもりたちを式典の日までに連れて来てくれるかしら?」
「わかった。でも一応砦で仕事してるんじゃ無いのか?」
エリザベスは鼻で笑うとくだらなそうに説明を始めた。
「現在アルジェシュと完全に敵対しているのは獣王ライネルだけ それも風呑龍の出現で休戦中よ 戦闘になりそうなのは聖教国プランタンと神聖モーゼス帝国 でもどちらも他国と戦闘中で我が国に敵対する余裕がない それにあいつら程度の戦力ではこの森は越えられない 万一越えられたとしても、精強な我が兵と塵龍の敵ではないわ」
「り、リストラか?」
「そう・・ねぇ・・・三血士の戦力を評価して今までわがままを通していたけど・・・ 国の危機に砦で震えているだけの臆病者には砦がもったいない。没収して部隊を再編するわ」
悪い笑顔を浮かべながらなにやら計算する姿はまだまだ現役といった感じだ。いずれにせよ、俺の旅行のせいで引きこもりが三人家を失うことになったことは間違いなさそうだ。
「なんか悪いことしたかも・・・」
「いいえ、ずっと考えてはいたのよ なまじ強力な使いにくい戦力は安定のために排除すべきなの なんだかあなたと話していたらすっきりしたわ 父が作った部隊を・・・いえ、父を恐れていただけなのかもしれないわね」
「お父さん?・・・なにした人なんだ?」
「10代目の国王で敵の死体で山を、血で川を造った狂王・・奴が私の父なの」
「そういえば王族だって誰かが言ってた気が・・・なんか、どんな人だったか知らないけど無礼でごめんね?」
「無礼だとかはどうでもいいわ 私を身分がどうとか態度がああだとか言っているお貴族連中と一緒にしないで頂戴 まぁ、メンツは大事だけどね」
「わかりました。でも普段からやっとおかないとボロが出そうなので今から気をつけます。」
「やめてくれる?もっとフランクに行きましょう 私のことはリザって呼んで頂戴」
「いいのか? 最近歳のせいか態度がでかくなってきてね なんかミスったらごめんな?」
「その時は蹴りでも入れて教えてあげるわ」
「よろしく頼むよリザ。それじゃ、ちょっと砦に顔出してリストラ宣告してくるな。」
「助かるわ 一筆したためるから少し待って パメラはいるか!?」
「こちらに」
「少し席を外す 彼をもてなせ」
「かしこまりました」
リザが声をかけると身なりのいい女性が間髪入れずに答えた。
「あなたはたしか紅茶が好きだったわね? パメラはなかなかうまく淹れる」
「お、うれしいね。お言葉に甘えよう。」
「ヴァルガス様、どうぞこちらへ」
リザは執務室で書き物をしてくるとのことだったので、営業スマイルの美女に誘導されて茶をいただくことにした。
エリザベスは悪ぶってますが仲良くなると一気に距離感が近くなる系のチョロい人です。
彼女の父は当時三つの国と激しく戦う中で少ない戦力をやりくりして防衛に努めていました。しかし、長引く戦禍に業を煮やして自ら戦場に立ちました。そして三国の中で最も強力な国を兵士、市民、老若男女問わず一人残らず殺しつくすことで残る二つの国の戦意を破壊して終戦に追い込みます。彼は国内からは狂王、国外からは魔人として恐れられました。”悪戯する子はアルジェシュの化け物に食われるぞ”なんて脅し文句ができるほどでした。実の所はエリザベスと同じで兵を失いたくない一心で血を浴び続けただけだったのですが・・・手段があれだったわけですね。その後は息子へ位を譲り隠居します。行先も告げずに姿を消したことで消息を知る者は家族でもいませんでした。姿を消す前に彼は寂しそうに「ままならんな」と言い残したそうです。
ちなみに国民からの人気の高かったエリザベスを跡継ぎに選ばなかったのは彼女の人となりを見抜いていたからです。恐怖を植え付けて終戦したとはいえ戦火はすぐにでも出火するほどの勢いでくすぶっていました。平和な時代ならまだしもそのような状況では任せられないとの判断でした。失踪後に手記が発見されましたが彼の妻がひた隠し、内容は後世に伝えられることはありませんでした。
「俺つらたん・・・まじ帰りたい!誰か助けてんゴ!!」
的な内容で、彼に対する恐怖が抑止力となっていた時代にそぐわなかったためです。強力な魔法と膂力、徹底された無慈悲な行軍の裏で、彼は一人戦っていたわけです。が、それを知るのは妻と腹心の一人だけでした。妻も腹心もその秘密を墓まで持って行ったため子供達ですら真実を知らないまま狂王の名前が残りました。




