表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王さまは涙もろい  作者: 南部
3/67

リールの町にて

魔族の力は凄まじく、奪われたはずの強い膂力や与えられていない魔法、そして相手に合わせた作戦で世界を蹂躙していきました。魔族の戦いは殲滅戦で、戦禍に巻き込まれた地域は生き物が殺し尽くされました。


神様はついにこの者たちを滅ぼすべく生き残った者たちを束ねます。また、皆と協力して魔族に対抗している人間たちに魔法を与えました。さらに人間を模して新しい種族も作り出し、すべてを巻き込んだ大きな戦争を始めました。


神様に力を与えられたものたちは奮戦します。しかし、戦況は膠着。長く、何代にもわたり戦争が続きました。大きな力の衝突で大地は力を失い、水は腐り、生き物たちは大きく数を減らしました。生き物が減るにつれて次第に神様の軍勢が押されていきます。そこで神様は自身の力を分けた7人の戦士を作り出しました。


彼らが戦線に立つと状況は好転し、魔族を押し返し始めました。的確な作戦と強い指導力、窮地の機転と実行する力。それらを兼ね備えた戦士たちは皆を引き連れてついに魔族の長へと辿り着きます。


魔族の長との戦いは熾烈を極め、数多の命が消え去りました。7日7晩の死闘の末ついに魔族の長は倒されました。これで長く続いた戦争は終わりました。残されたのは死の大地と毒の水でした。


神様は皆を救うため、残された力でそのすべてを浄化しました。大地は育む力を取り戻し、毒は消え、水が命を助けました。力を失った神様は天の国へ戻り、地上は7人の戦士たちが見守るようになりました。


後にこの7人を7英雄と呼ぶようになりました。


エルメリア地方に伝わる神のおとぎ話 救世





-----------------------------------------------------------------------------




鳥のさえずりが朝を告げる。変わらない毎日の始まり。

大きな壁がシンボルになっているこの町の名前はリール。城塞都市ハインケルと隣国のプランタンをつなぐ交易の要衝だ。


元々は戦争状態にあった両国の国境を守っていた武装拠点であったが、それは200年も昔の話。今では行商人で賑わっている。

しかし、人・金・物が集まる場所には良からぬものも集まってくる。そういったならず者から町を守るために、壁は戦争当時を思わせる強固な姿を今に残している。この街は南北を険しい山に、東西を壁と堀とで守り難攻不落と言われていた。また、領主の私兵団は金にものを言わせた精鋭揃い。夜には跳ね橋をあげ、賊の侵入を防ぐ。この強固な守備で当代一安全な町と言われている。


その町で、宿屋の息子コルビーは日課をこなしていた。早朝に木剣の素振りを500回。足を鍛えるためスクワットを500回。また、木剣の振りを安定させるため腹筋も500回。持久力をつけるトレーニングは食材の仕入れ時に荷車を引きながら行っていた。寝る前にも筋力向上のためトレーニングを欠かさない。たまに父がつけてくれる剣術の稽古を心待ちにしている。

彼の夢は冒険者。そのなかでも最高の栄誉である宝剣の称号であった。次男である彼には親の宿屋を継ぐ選択肢はない。兄のスキールを手伝うことも考えたが、客室が10しかないこの宿では難しいだろう。大店に勤める方法もあるが、少ない賃金で使い潰されるのがオチだ。ならば自由な冒険者になり思うままに生きて死ぬ方が納得できると考えたのだ。


「コルビー! 遊んでないで仕入れに行ってきなさい!!」


母のフェタが声を張り上げる。町の外れにあるこの宿、"リコッタ亭"から仕入れ先のモントレー商会まではおよそ3km。彼は荷車を引いて全速力で駆け抜ける。行きは下り坂で勢いがつくが、帰りは上り坂だ。食材や酒を積んだ荷車は相当な重さになるが彼は気にせず駆け抜ける。冒険者になる夢を馬鹿だの、無理だのと嘲る連中など意に介さず彼は黙々と特訓を続けた。


この世界では16歳になると成人とみなされ、ギルドでの登録が認められる。彼は明日、成人としてこの街を出る決意を固めていた。母や兄には反対されたが己の気持ちは変わらなかった。

幼馴染のウルダが一緒に行きたいと言っていたが、彼女は衣料品店の一人娘だ。なんとか説き伏せ置いて行く。明日のことすらわからない旅に、気のいい友を連れて行く気になれなかったのだ。これまで育ってきた場所を離れることは不安である。だが、それ以上にこれからの冒険を妄想し興奮せざるを得なかった。


(明日はギルドで登録を済ませて出発だ。最初はハインケルに向かおう。あそこなら低ランク冒険者用の難度の低い依頼がある。数をこなして日銭を稼がなければ。)


そんなことを考えながら宿屋としての最後の仕事に励む。普段なら空室が出るこの宿がここ数日の間は珍しく満室だった。何でも団体客が大店を借り切ってしまい、部屋を取れなかった連中が町はずれの宿に流れてきたそうだ。慌ただしい夜を終え明日のために部屋に戻り、旅の支度をする。そうはいっても持って行けるものなどそんなに無かった。貰える小遣いなどたかが知れている。買い足せたものは中古の短剣だけだ。大体40cmほどある。皮のマントは父のお下がりを、飯盒は祖父の物を譲り受けた。あとは道中の保存食とわずかな資金。それらを満足げに眺め、いつもより少し早めに就寝する。


(明日はどこまで行けるかな? 馬車で三日はかかる距離だと聞いたから五日も覚悟していれば大丈夫かな?)


自身では冷静に考えているつもりでも興奮して眠れない。少し夜風に当たって落ち着こうと考えベッドから出る。すると遠くから微かにカンカンと聞きなれない音が聞こえていることに気付いた。


「なんの音だ?」


ベッドから起きだし部屋から出ようと扉を開けると正面の窓に赤く染まる町が浮かび上がっていた。中心街の辺りから時折炎が見える。


「そんな・・ 町が・・・ 燃えてる!!」


日常とはかけ離れた光景に我が目を疑う。しばし呆然と町の様子を見ていたがようやく我に返る。急ぎ一階の事務所で勘定をしている父に知らせに行く。


「父さん! 町が!」


動転していて言葉がでない。尋常ではない慌てように父は飲んでいた紅茶を差し出し促した。


「どうしたコルビー。落ち着いて話しなさい。」


父の姿を見て少しだけ冷静になり言葉を思い出す。


「父さん! 町が火事なんだ! 大通りの辺りで火が上がってる!」


「なに!? 」


確認のため二人で2階に上がり町の様子を確認する。大通りの辺りが激しく燃えており徐々に延焼し始め、擦半鐘が鳴り続けている。


「コルビー。みんなを起こしてお客様を外に誘導しろ。火はここまで来ないかもしれない。だが準備は急ぐように言え。」


「はい! 」


父はそう言うと一階の事務所に戻っていった。すぐに家族全員に声をかけて父の言葉を伝える。家族は最低限の荷物をまとめて客室に向かい、避難を指示した。父も荷物を持ってすぐに合流する。


「火の廻りが早い。恐らくあれは野盗か何かだ。この町に入り込んでいるとするとかなり大規模なものだろう。今は逃げることを考えよう。」


家族も宿泊客も父の言うことを聞くしかなかった。父は宿を継ぐ前は冒険者として各地を回っていた。その時の経験なのか危機察知と行動力は目を見張る物がある。だが、男女二人組が話を聞かずに屯所に行くと離れていった。10人程になった道連れを明かりをつけずに誘導する。道すがら重苦しい空気に耐えられなくなった母が父に質問する。


「でもあなた。野盗が来てるならさっきの人達みたいに衛兵の屯所に行った方が安全じゃない?」


母の質問に父は表情を変えずに答える。


「君なら出てくるのがわかってる敵をそのままにして事を始めるか? 私なら油断している間に手を打っておくよ。おそらく大店に泊まっていた連中が首謀者の一味だろう。あそこは大きい屯所が近い。」


その言葉を聞いて母は青ざめていた。だが、兄は異を唱える。


「でもここには領主様の私兵団がいるんだよ? 賊なんて蹴散らしてくれるんじゃないの!? 」


「真っ当な領主ならな。保身の事しか頭にない今の領主は屋敷の守りにしか使わないと思うぞ? 皆それがわかってるから今頃屋敷は人でごった返してるだろう。身動きが取れない兵隊など火の前ではなんの役にもたたんよ。」


母に続いて兄も絶句した。しかし、墓地に行く理由がわからない。町から出るなら跳ね橋を通らなければならない。だが、墓地は入り口とは程遠い南にある。そこから町の外を目指すなら険しい山道を行かねばならない。宿からは近いが衛兵もおらず、隠れる施設もない。


「じゃあ、なんで墓地に向かってるの? 」


疑問を父にぶつけてみる。


「あぁ、盗るものが無いからな。あいつらも時間は限られてる。入りの良い場所しか狙わないからここまで来ることは無いだろう。あとは住宅街から離れているから延焼しにくい事もある。」


その言葉に家族も宿泊客も納得した。そこでコルビーは思い出す。幼馴染みのウルダは無事にしているだろうか? 父は経験や推測でここに家族を誘導したが、ウルダの家族は今どこへ向かっているのだろう。避難せずにまだ家にいるかもしれない。自分の夢を笑わずに聞いてくれたのは父とウルダの二人だけだった。今の今まで忘れていた自分に腹が立ち、いてもたってもいられなくなる。


「父さん。俺、ウルダを探してくる。」


「だめだ。」


「!? 父さん! 」


「幼馴染みを助けようとするのは良いことだ。だが、お前にその力があるのか? もし賊と鉢合わせたなら助けるどころかお前も命を落とすことになるかも知れない。ウルダも大切だろうが私にはお前の方が大切だ。」


「そうよ!! 何言ってるの! 」


母も加勢してきた。いつもは柔らかい表情の父も仁王の様な険しい表情でこちらを見ている。いつも反対しかしない母は無視しても良い。だが、父には思いを伝えたかった。


「もしウルダに何かあったら、これから何をしてもそれが必ず付いて来る。助けに行って、もし死んだとしても胸を張って言える。俺は人間として生きたって。」


自分でもなんとかできると思っている訳ではないがそれ以上に何もせずに事が終わってしまうのが恐ろしかった。俺の言葉に父はニヤリと口元を崩した。


「・・・いいだろう。行ってこい。ただ、後悔するな。それと、剣を振ることを絶対に躊躇うな。俺が教えたことを全て使え。わかったな?」


「はい!」


「あなた!! なにを・・・」


母が何かをわめいていたが言い終わる前に墓地を駆け出す。先ずは部屋に戻って短刀を回収し、それからウルダの家に向かう。緊張と焦りの中だがいつもより体が軽い。あっという間に宿にたどり着く。まだこの辺りは火の手も無く普段とあまり変わらない。焦げた臭いだけが風に乗って漂う。


(まだ家にいるかもわからない。急がないと。)


ウルダの家は宿から200m程の距離にある。この距離が今まで生きてきた中で一番遠くに感じる。辺りは通りからの炎で照らされ紅く染まっている。ようやくたどり着いた時、100m程先の雑貨店から何人かが出てくるのが見えた。一人が慌てた様子で店から離れようとしている。ようやく避難を始めたのかと目を凝らすと走り出そうとした人が切られた。


「!」


(あれは賊に捕まった人か! )


素早く家に入る。ここまでに何軒もあるが、奴らが来るのも時間の問題だ。


「ウルダ! ウルダ! いないのか!?」


声をかけながら店の中を探す。鍵が空いていたのは既に避難したからなのか判断がつかない。


ゴトリ


二階から大きな音が聞こえ体がすくむ。ウルダの部屋は2階の奥にある。音の原因を探るため階段を駆け上がり辺りを伺う。通りからの焦げ臭さとは違う鼻を突く錆のような不快な臭いに気がついた。


「・・血の・・・臭い?」


ドアが半開きになった部屋の前で気配を殺す。ここはウルダの両親の部屋。ドアをゆっくりと開けながら中に入る。体が半分ほど入り口を通過しかけた瞬間に強烈にドアが閉められる。余りの強さに吹っ飛ばされ、壁に激突する。中からゲラゲラ笑いながらスキンヘッドの男が現れた。一気に心臓が大きな音をあげ、体に危険を告げる。


「なんだ? ぼくちゃんw ママのおっぱいでも吸いに来たんでちゅかー!?」


見たことのない男はゲラゲラと笑いながら部屋の奥を指をさした。ドアから数歩のところにウルダの母が血まみれで倒れている。窓から差し込む紅い光に照らされた体は傷だらけで服が開けている。血を流してビクビクと痙攣するその姿に、ゾクリと背筋が冷える。


「残念でしたー! あの世でたっぷり甘えてきな!!」


男がそう言いながら天井ギリギリまで振り上げた剣をこちらに向けて振り下ろしてきた。剣先を見ながら急に冷静になる。


「あっ 」


(父さんの剣より遅い)


緊張で体は固くなっていたが紙一重で避ける。今の今まで馬鹿笑いしていたスキンヘッドが笑いを止める。


『剣を振るときは躊躇うな』


スキンヘッドの男が何か喚いているが耳に入らず、父の言葉を思い返す。携えていた短剣を最短の動作で相手の首に向ける。スキンヘッドがぎりぎりの所で躱し、首に薄っすらと傷をつける。


「このクソガキ!! なめやがっ・・!」


慌てた男は咄嗟に距離をとろうと後ろに飛ぶ。だが、ウルダの母を踏みつけ足をとられる。バランスを崩した男はあっけなく転倒した。コルビーはこの隙を見逃さずに追撃する。


「やっ やめろっ!! お、おご・・・」


男の胸に短刀が深々と飲み込まれ何度か身を震わせた後に動かなくなった。時間にするとわずかだがコルビーは恐ろしく長く感じた。男が死んだのを見届け、体が震え出す。息が切れ、目の前がグラグラと揺れ出した。震える手で短剣をしまう。


「・・ウルダを・・・おねが・・」


消え入りそうな、だが確かに聞き覚えのある声が聞こえた。急いで向き直りウルダの母を抱き起す。


「部屋・・まだ・・・これ・・」


もはや表情を失い、絞り出すような声でこちらに訴える。ウルダの母は震える手でネックレスを差し出し、目を合わせようとしていた。だがそれも直ぐに力なく焦点を失う。コルビーは静かにウルダの母を床に横たえネックレスを首から外して受け取り部屋を出る。


「ウルダ・・ ウルダ!! 」


名前を呼びながら這う這うの体で奥の部屋に向かう。普段から接している人間の無念の最後が少年の心を揺さぶる。波のように繰り返すそれが体の動きを邪魔する。やっとの思いでドアまでたどり着きノブへ手をかける。


(無事でいてくれ!!)


ドアは抵抗なく開き、暗い部屋の中に外からの紅い光がちらちらと揺らめいているのが見える。


「ウルダ! いないのか!? 」


「・・こるびー・・・? 」


弱弱しく震える声で返事が聞こえる。部屋の奥のクローゼットが少しだけ開くとこちらを伺うように少女が顔を覗かせる。こちらを見た少女は勢いよく戸を開け飛びついて来た。


「コルビー! コルビー!! 」


安堵した表情のウルダを抱き寄せる。頭を撫でようと手を上げた瞬間血塗れの己の手にゾッとする。この手ではウルダを撫でられない。


「ウルダ。行こう。時間が無い。」


安心している場合ではない。すぐそこまで賊が迫っていることを思い出しウルダを急かす。


「コルビー! お母さんが!! 」


その言葉にさっきまでの光景を思い出し涙がこぼれる。コルビーはかぶりを振って受け取っていたネックレスを差し出した。


「・・そんな・・母さん!!」


ウルダが慌てて両親の部屋に駆け出した。あっという間だったため止めることができずにすり抜けた。すぐに後を追うが既に遅く、ウルダは変わり果てた家族を見て声を殺して泣いていた。コルビーには少女の肩を抱くことしかできなかった。


「おーい!!! ブラムス!! そろそろ時間だ! 引き上げるぞ!!」


沈黙を破り一階から野太い声が聞こえる。スキンヘッドの仲間だろう。間に合わなかったのだ。声に驚きウルダは震えている。ここは二階。隣家に飛び移ることは難しい距離。自分だけならできなくはないかもしれないがウルダがいる。逃げ場が無い。返事が無ければ奴らも調べに来てしまう。雑貨屋を襲っていた人数は少なくとも3人。余程の力量差がなければ同時に相手にできる数ではない。


「ウルダ。もう一度隠れてくれ。何とかしてみる。」


小声で指示を出す。このままでは二人とも助からない。


「どうするの!? なんとかって!?」


そんなこと自分にだってわからない。だが、二人で出て行った所でまとめて殺されるか、ウルダが奴隷にされるかくらいしか想像できない。ならばせめてウルダが見つからないことにかけるしかない。屋根に出て看板の裏に隠れていれば見つからないかもしれない。時間の経っていない死体があれば徹底的に家探しされる心配がある。ここは一人が前に出るしかない。


「君のお母さんの仇は俺がとったんだ。信じて隠れておけよ。俺が強いのはウルダが一番わかってるだろ?」


泣き出しそうな顔でこちらを見るウルダに精一杯の強がりを言う。ウルダが生き残る可能性をあげるにはこれしかない。


「おーーーい!!! ふざけてんならぶっ殺すぞ!!?」


最初の奴とは違う声が怒鳴っている。外の奴らがいつ踏み込んできてもおかしくない。様子を見ながら窓の外、看板の陰にウルダを隠す。


「耳を塞いで、何があっても絶対に出てくるな。約束だぞ?」


涙を一杯に溜めた大きな目でこくこくと頷く姿をみて胸が痛む。渡しそびれたネックレスを首にかけてやり、毛布を被せてその場を離れる。別れを惜しんでいる時間が無い。窓を閉め、テーブルにあった花瓶を窓に置く。発見が少しでも遅れるようにちょっとした偽装工作をする。急いで階段の方へ戻る。


「守ってやってください。」


ウルダの母に一言かけてスキンヘッドの男の武器を拾い上げる。さっきまでと打って変わって体が軽い。覚悟ってものがここまで変えるとは思わなかった。


バガン!!


怒りで一階の扉を蹴破ったようだ。いよいよかと階段に向かう。もちろんただで死ぬ気はない。一階に降りないのもその一環だ。広い場所に出れば人数を捌けない。また、せっかく高い位置にいるのだ、利用しない手はない。階段の上からものを投げるだけでも相手の勢いを削ぐことができる。すべて父が稽古の合間に教えてくれたことだ。あとは応用でスキンヘッドの男も投げることにする。相手が怒って力任せに向かって来てくれたほうが生き残る確率があがる。コの字型の階段の上から相手が上って来るのを待つ。


「おい!! ブラムス!! まだか!? いい加減にしろ!!」


怒鳴りながら一人が階段にさしかかる。


(今だ!!)


力を込めてブラムスと呼ばれた男の死体を投げ落とす。一階の男に激突したようでごすんと鈍い音が響く。


「エイムズ!! 」


別の男の叫びが聞こえる。再び心臓が大きな音を上げ、全身に血を巡らせる。下からは聞くに堪えない罵詈雑言が聞こえてくる。話しの流れから察するにまだ三人はいるだろう。最初の一人は死んでおらず、家から運び出されたようだ。


(一人でも減れば御の字か。)


さっきから嫌に冷静になった自分に驚きを感じつつも下の様子を伺う。足音から二人が上がってくるようだ。さすがに大声でやり取りをしなくなったため敵の作戦がわからない。だが、狭い通路なら二人同時に来られることは無い。そうなれば一対一が二回だ。そこそこやれるだろう。キチキチと階段が鳴り、確実に登って来ている。踊り場まで上がってきた所でスキンヘッドの持っていた剣を投げつける。二人が並んで登って来ていた。狭い階段では自由に動けなかったらしく、一人は躱したがもう一人に命中した。


「くそが!!」


残った方が勢いよく階段を登り切りこちらへ突っ込んでくる。屋内だというのに長剣を振りかぶり天井に突き刺さる。少しあっけにとられたが、隙を逃さずに短剣を振り抜いた。相手の首が落ちて派手に血しぶきをあげる。


(もしかして、こいつらそんなに強くない?)


あっけなく倒した二人に拍子抜けしたが、気を引き締めなおす。残りは二人。スキンヘッドが激突した男ともう一人だ。少し待ったが下から上がってくる気配が無い。


(さすがにもう登ってこないか?それとも"時間だ"って言っていたからもう帰ったのか?)


淡い期待を持ち、じりじりと階段を降りる。一階に到着したが敵の姿は無い。足音を殺し入り口まで進み外の様子を伺う。すると、男が一人横たわっていた。さっきスキンヘッドが激突した男だろう。だが、もう一人が見つからない。あいつをそこまで運んだ者がいるはずだ。


(仲間を呼びに行ったのか? それならウルダを連れて逃げるべきか、それとも最初の目的通り敵の時間切れまで防御を貫くべきか。もし俺が殺されても奴らがウルダを発見できなければ俺の勝ちだ。)


おそらく最後であろう敵を見つけられずに判断を迷う。いつのタイミングでこの場を離れたか確証がないため迂闊に動けないでいた。辺りをうかがうため玄関から顔を出す。


「誰だお前? 」


玄関のすぐ脇の壁にもたれかかっていた男に声をかけられる。思わず身が竦み剣を構える。


「そんなに身構えるなよ。他の奴らが出てこないってことは殺っちまったんだろ? 助かったよ。」


茶髪の男は手をひらひらさせながら話しかけてきた。まだ剣は抜いておらず余裕の顔をしている。


(助かったと言ったのか? なら捕まっていただけの人なのか? )


「わけがわからないって顔だな。要は使えないごみを処分してくれて感謝ってことだ。実力もないくせに先に入団したってだけで兄貴面されて困ってたんだ。」


(敵か! ならどうしてあの男を放置しているんだ?)


剣を構えながら横目で倒れている男を見ると、首から血を流している。あの量では助かりはしないだろう。相手の言葉に困惑しながら様子をうかがう。


「すごく感謝しているんだぜ? だから一思いに殺してやるよ!」


そう言うと、茶髪の男は腰に差している長剣を抜きこちらに向けてきた。それを見てから一歩下がり建物の中に入る。相手の装備が長剣であれば天井のある場所の方が振り辛い。さっきの連中が室内での戦いに慣れていない事は体感済みだ。


「おい。手間を取らせるなよ。脇役は黙って死ね。」


男が追いかけてくる。言っている事は意味不明だが、踏み込みがさっきの連中より遥かに静かで安定している。父のそれを思い出すほどに安定した体幹だ。一瞬の動きで感じとる。


(見誤った! こいつ、強い!! )


近くにあった服を投げつけ時間を稼ぐ。敵はそれを鞘でいなすと、小さく構えて切り込んで来る。辛うじて短剣で弾き、また数歩後ろに下がる。狭い場所での戦闘にも慣れているようで隙が見つからない。こちらから先手を打とうにも純粋なリーチの差がそれを妨げる。相手の淀み無い攻めにじりじりと後退していく。辛うじて手痛い一撃を受けていないのは軽く扱いやすい短剣だった点と室内だからだろう。


「お前なかなかやるじゃないか。 でも、経験が浅そうだ、なっ!」


言いながら優男は鞘を使って連撃を浴びせる。剣に集中していたコルビーは腹に一撃を受け一瞬固まる。その隙を見逃さずに長剣が振り下ろされる。咄嗟に短剣で受け止めるが反応が遅れたせいで押し負けて左の肩に敵の剣が食い込む。全力で払いのけ、急いでもう二歩ほど後ろに下がる。心臓がさらに鼓動を強く打ち始め耳障りなほどだ。流れ出る血が服を染める。


(敵が上手・・・ 地の利も無い。外に出なきゃ逃げ場もない!)


そう考えながらも入り口は敵の後ろにあった。にやにやしながらゆっくり近づいてくる敵を見ながら必死に考える。


「あんまり頑張るなよ・・・ 楽しくなってくるだろ! 」


その男の歪んだ笑顔は狂喜を感じさせた。気圧され更に後退する。がしゃんと音がなった。窓だ。


(ここから出るしかない! )


半身で立ち、短剣で威嚇しながら後ろ手で鍵を開ける。痛みで少し手間取ったが、相手が痛め付けるためにゆっくり近づいて来たのが幸いし何とか間に合った。勢いよく外に飛び出す。


「逃がすかよ! 」


男もすぐに飛び出してくる。多少でもこの場から離れて時間を稼ぐ。それが今の最善であると考え実行する。


「何処に行こうとゆうのかね? 」


茶髪の男が挑発するように叫ぶ。だが、それを無視して大通りの方へ向けて走っていく。とにかく墓地とウルダの家から離れるように立ち回る。時折振り向き、相手の動きを見ながら剣戟を繰り返す。相手の流れるような剣筋は速く、コルビーの体にいくつも傷をつけていく。ついには右足の太ももを貫かれた。走れなくなった体で相手に向き直り、何とか剣を構える。傷からは血がしたたり、貰った一撃の重さを物語る。


「なかなか粘るな! そろそろ諦めたらどうだ? そら!! 」


剣を回すように払われ唯一の武器が手からこぼれ落ちた。


「なかなか楽しめたよ。ご苦労様!! 」


男が剣を勢いよく突き出す。


(くそ! ウルダ。無事で・・・)


目を閉じ、歯を食いしばる。だが、体に痛みはない。


「宿屋の少年だよな? 無事か? 」


その声に目を開けると、先ほど屯所に向かうと別れた二人組の一人だった。茶髪の男の剣を親指と人差し指で摘まむように受け止めている。


「お前! どこから湧いて出た!? 」


茶髪の男が困惑している。剣を引こうともがいているが、全く振り払えていない。こちらが呆然としているともう一度繰り返した。


「だから! 少年! 無事か? 」


「は、はい! ありがとうございます! 」


「いや、ごめんな。 大通りのほうがごたごたしてて長引いてさ。なかなか戻れなかったんだが・・・ こんなことになってるとは。」


「無視すんじゃねぇぇっ!! 」


茶髪の男が鞘で黒マントの男の腹に一撃を見舞う。黒マントの男は微動だにせず、涼しい顔をしている。


「何なんだよおまえぇぇぇ!!」


茶髪の男が取り乱しながら再び鞘でマントの男を打ち据える。何度も殴打しているがマントの男は気にしていない。茶髪の男は剣から手を離し、両手で鞘を持ち直し首に向けて渾身の一撃を放つ。だが、鞘はへし折れ茶髪の男の後方へ飛んでいった。


その瞬間コルビーは背後からこの世の物とは思えないほどの殺気を感じた。振り返ろうにも身動きしただけでこの命が終わる。先程までの覚悟が吹き飛ぶようなそれほどまでのプレッシャー。茶髪の男は凍り付いた様に動きを止め、一点を見つめながらガタガタと震えている。


「きいさぁまぁぁぁああ!!! おやかたさまにいぃいいぃぃい!! 」


女の声は心情を察するに余りあるほどの怒気を孕み、慈悲の介入する隙は一切無かった。マントの男が何か言いかけたが、それより先にコルビーのすぐ脇を風が通り過ぎる。すると今までいたはずの茶髪の男が血溜まりを残して消え失せた。


「・・ミチさん。少年がめちゃくちゃ引いてるから。原型残ってないとかやり過ぎだよ・・・」


「す、すみません!! お館様に歯向うなど到底許す訳には・・・ 」


「そんなにしょげないで! 怒ってる訳じゃないから! 」


唐突な戦闘終了と二人のやり取りを呆然と見ていたが、コルビーは大事なことを思い出す。


「た、助けてくれてありがとうございます! 俺、行かないといけないところがあるので失礼します! 」


二人に礼を告げ、この場を離れようとする。だが、貫かれた足がまともに動かない。弾かれた短剣を回収し、辺りに落ちていた木材を杖の代わりにして歩き出す。


「お、おい少年! 無茶はだめだ。 "キュアライト"」


男が魔法を唱えるとコルビーの傷がたちまち消えていった。


「か、回復魔法!?」


コルビーは驚く。回復魔法といえば、その膨大な消費魔力により上位神官10人でようやく発動する奇跡である。特別な魔方陣がなければ手練れの神官が集まっても発動しない。そんな使いどころの限られた魔法を一人で、しかも何の準備もなく発動させた。


「あなたは・・ 一体・・・ 神の御使いですか?」


「いや、そんなんじゃないよ! 俺は魔王・・・」


「お館様!!」


「じゃないよ? 」


引きつった笑顔で誤魔化そうとする二人。言い終わってから訂正された言葉にコルビーはまた驚愕する。魔王といえば現在までに7人が知られており、この大陸には吸血姫と呼ばれる魔王がいる。


「この大陸の魔王は男性だったんですね・・・? 」


先ほどの茶髪の男との圧倒的な力量差と、回復魔法を使う魔力。そのどちらもが魔王と納得するには十分な内容であった。


「ゑ??? 俺の他にもいるの?? 」


噛み合わない二人の会話にミチと言われた女性が参入する。


「お館様。少年が行きたい場所があると言っていました。手伝ってからゆっくりと伺ったほうがいいんじゃないでしょうか?」


「あぁ、そうだった。すまん少年、手伝うから後で話を聞かせてくれないか?」


「あ、はい。 助けて貰えるなら心強いです。 俺はコルビーっていいます。よろしくお願いします。」


「あー、それじゃあジョンって呼んでくれ。ジョン・ドウだ。よろしくコルビー。」


「私は供のミチです。」


怪しい二人の申し出をコルビーは了承する。得体が知れないのはその通りだが、もし二人に敵意があれば瞬きする間もなく殺されていただろう。自分が生き残っていることが彼らの善意を表している。そう考え目的地を告げた。




=================================================


数日前。険しい崖の上、アルジェシュ城。その玉座の間では城主のエルザベートが落ち着かない様子で同じ場所を行ったり来たりしている。美しい顔を歪めて親指の爪を噛み報告書などを手に取っては置き、忙しない。


「エルザ、少しは落ち着いたらどうです? みっともない。」


老婆が書類の整理をしながらエルザベートへ声をかける。


「落ち着いていられるものか! あの冗談のような魔力がリールの辺りで消えたのだ! "あれ"を奪うのが目的かもしれん!」


エルザベートは興奮ぎみに食って掛かる。話し相手の老婆、エリザベスは小さなため息をついた。


「最初からパルマーなど信用しておらんでしょう? だからガイナンを差し向けた。少しはご自分の部下を信じておやりなさいな。上に立つものがそれでは下の者共に示しがつきませんでしょう。」


老婆の言葉に少し冷静さを取り戻したのかエリザベートは語気を弱めた。


「・・・そうだな。すまん婆や。私としたことがすっかり取り乱してしまった。一週間前に奴が現れてからどうも焦り過ぎているようだ。少し頭を冷やす。」


そう言うとエルザは部屋の奥に消えた。それを見届けてから老婆が人を呼ぶ。


「マイルズ。」


「はっ。」


柱の陰から男が現れる。35~6歳に見える男に老婆が呟く。


「ガイナンがしくじるとは思えんが念のためだ。お前も行け。”死者の秘石”を奪われてはならん。多少犠牲が出ても構わん。なんとしてでも持ち帰れ。」


「はっ。」


男は返事をすると再び影の中に消えていった。


「正体がわからん膨大な魔力。いつぞやの者に似ている。大事にならねば良いがの・・・」


老婆はそう独り言つ。そしてエルザの後を追い、執務室へと向かった。





出たとこ勝負、見辛くなって申し訳ないです。

昔話もまだ続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ