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魔王さまは涙もろい  作者: 南部
29/67

森の塵龍さん

「いやぁ、すまないねぇ・・・もてなそうと思ったのにちょっと家をあけたらこんなことになってるとはねぇ・・」


くたびれた服を着たぼさぼさ頭の男が力の抜けた声で話す。彼の名前はクロム、この森で暮らす塵龍だ。穏やかな性格は文献の通りで、人を茶に誘う社交的な面すら垣間見せた。ビェングルドーラ討伐がミチの力であっさりと終わり、時間に大幅な余裕ができた。そのため誘いに乗った。悪い奴には見えなかったため人の家のお茶会を楽しみにしてきたのだが、招かれた先の彼の祠は手入れもされずに埃まみれで朽ちかけていた。龍の祠と聞いていたため知り合いの家と同じようにただの洞窟をイメージしていたが、入り口には立派な玄関と門構えが設置されており中には人間サイズの家具も配置されていた。台所の棚にティーセットが見えたため手に取ってみるが、茶筒の茶葉は既に形を失い埃のように粉々になっていた。


「ごめんねぇ 2、3日離れていただけだと思うんだけど・・・ なかなか人の暮らしは難しいもんだねぇ」


本人はそう言っているが、どう頑張っても2、3日でここまで風化するわけがない。のんびりした性格のようだが、ここまでくるとそれだけでは済まない気がする。


「いや、別に構わないよ。お茶なら常備しているからそれを使おう。」


台所の隣にもう一部屋あるが、入り口にはホコリが溜まっており出入りした形跡はない。あまり奥に入るのも失礼だろうと台所で湯を沸かす道具を物色していると魔石をつかったコンロを発見した。息を吹きかけてホコリを飛ばすと術式は消えておらずまだ使える事がわかった。しっかり掃除してから使いたいが大分時間がかかりそうなほど汚れているため要所要所を拭き掃除して使う。掃除している間中隣の部屋から小さな気配がしていたが、敵意はないようなので放っておくことにする。


「なぁクロム、流しは使えるのか?」


「わからないなぁ・・・ この間作って貰ったばっかりだから、使ってみて欲しいねぇ」


作ってもらったばかりならば埃が溜まるわけがない。のんびりとか悠長とか言っていられないほど時間感覚がおかしい。キッチン自体はとても良い物だが手入れが全くされていない。


「なぁ、クロム。なんで使いもしないのにこんな作りの家にしたんだ?」


「ふふ、気になるかい?それはねぇ、僕が人間の娘さんと結婚するからさ!」


クロムは嬉しそうな声色で鼻の下を伸ばした間抜け面を晒した。反応を求めているのかチラチラとこちらの顔をみながら出方を伺っている。それに困ったような顔でミチが目を逸らした。とりあえずアールグレイをカップに注ぎ、オレンジピールのマドレーヌを手渡しながら指摘してみる。


「それはおめでとうクロム。でも、嫁さんを迎えるなら掃除くらいしておかないとさすがにまずいんじゃないか?いざ旦那の待つ新居へ!って気合を入れて来てみたら埃まみれ・・・ 怒られるんじゃないか?」


「これは美味しそうだねぇ、いただくよ 嫌われたくないからちょっと掃除してみようかなぁ」


クロムはカップとお菓子を受け取り、うまそうに食べながら頭を掻いた。ミチにも手渡そうとしたが珍しく受け取らない。居心地の悪そうな顔で出口をちらちらみている。とても帰りたそうだがこの半端な状況で席を立つのもかなりおかしい状況だ。


「それがいい、きれいなキッチンにきっと嫁さんも喜ぶだろ。」


「そうなのかい?教えてくれてありがとう 僕には人間の友達が少なくてねぇ ちょっとしたこともわからないから助かるよ」


「ところで嫁さんはいつ越してくるんだ?」


「もう来るはずだよ ご両親と荷物をまとめて来るって言っていたんだ」


彼の言葉に疑問が浮かぶ。彼は2、3日家を留守にしていたら埃だらけになっていたと話した。実際には茶葉が風化して粉になるほどの時間が経っていた訳であるから恐らく待ち合わせの時間などとうに過ぎているだろう。来ていないのなら騙されている訳だし、既に来ているならクロムが隠しているという事になる。


「クロム・・お前さん」

「お館様、もういきましょう 砦に行く用事が残っています 三箇所もありますから早くここを離れましょう」


珍しくミチが会話を遮る。落ち着かない様子でキッチンの方を気にしながら俺の上着の裾を掴んでいる。普段見ない一面がとにかく可愛らしい。状況が理解できないが何か理由があるようなのでクロムに別れを告げる。


「あ、あぁ それもそうだな。クロムすまないが用事があるから俺たちはもう行くよ。」


「これは呼び止めてしまってすまないことをしたねぇ お茶、とてもおいしかったよ ありがとう!」


すこし名残惜しそうなクロムへ挨拶をして砦のある山の方へ進路を向ける。祠から離れるにつれて緊張が解けて来たのか裾を掴んでいた手が緩んできた。


「ミチ、なんかあったのか?」


「・・・台所の隣の部屋に人間の骨が三体分ありました」


「いつのまに見に行ったんだ?」


「いいえ、見てはいませんが臭いでおおよそわかりました その中の一体が魂を宿したままのようです」


「ミチっておばけが怖かったのか?」


「違います! あの、敵意があるならまだよかったのですが・・・その・・なんというか居た堪れなくて」


「・・・何かあったのは間違い無いだろうが・・・クロムが嘘を言っているようには思えなかったな。」


来る予定の人数も遺体の数も三人。奥の部屋から感じたネズミと間違う程小さい気配は一つだけ。ミチの鼻と感覚を信じるなら十中八九クロムの嫁さん家族な気はするのだが、あんなに嬉しそうにはしゃぐ奴が殺すとは思えない。


「ま、考えても答えなんかわからんからそのうちまた挨拶に行ってみるか。その時はミチ、留守番な!」

「護衛としては」

「ミチは護衛じゃなくて小間使いだろ?それに男女間のトラブルっぽいところに連れて行きたくないしな!」


次点としてはクロムがイケメンなのがミチを連れて行きたくない理由の三割くらいを占めていることは口が裂けても言えない。手を出さないという選択肢もあるが、近くにアルジェシュがあるため万一彼が人をさらって殺していたのであれば放って置く訳にはいかない。ロック一家の安全の為に懸念事項はできる限り排除しておきたいからだ。そういえば掃除をしろと言ってしまったが、彼が白骨を見つけてしまったらどうなるのだろうか?


「オオオオオオォォォォォォン!!」


平和だった森に大きな悲鳴にも似た叫び声と爆音が響く。遠くでもわかるほど膨れ上がった魔力はどうもクロムと同じように感じる。


「クロム・・かな?」


「そう・・・でしょうね」


「そうだよなー」


「でしょうねー・・・」


「よし、予定変更!!俺はクロムに話を聞いてみるから、ミチは城まで戻って一応エリザベスさんに報告を頼む。」

「私もお館様と一緒に・・」

「言ったろ?男女間トラブルっぽいところにミチを連れて行きたくないって!」


腑に落ちないようだがわかってくれたようでミチは頷いた。ついでだからと空間魔法からボディバッグを取り出してミチに渡し、道中での耐久性をチェックしてもらうことにする。


「とりあえず普段通りに移動してウルダに使用感を教えてくれ。希望があれば手直ししてもらうと良い。ドラ子が金持っているから材料が足りなければ買い足すように。夕飯までには帰る予定だから俺の分も準備を頼むよ。」


「わかりました わかりましたがお館様、もっと・・こう・・・ちゃんと頼って欲しいのですが・・・」


「ちゃんと頼ってるさ。戦闘だけが重要ってことじゃないんだぞ? 一緒に居てくれて感謝してる。ただその”お館様”ってのをなんとかできないかな? 仮だけどジョンってことにしてるからジョンって呼んでくれ。」


「それは!・・・はい・・」


小さな声で返事をするとミチは城のほうへ消えていった。経験のため連れて行っても良かったのだが、恐らくミチの実力はあの塵龍と互角くらいのため彼女が怪我をする可能性もある。というかクロムがミチに惚れても困るのでどういう経緯でこうなったかを見極めてからにしたいというのが本音だ。


「さって・・・少し落ち着いてもらうか。」


爆心地に接近すると辺り一面が様子を変えていた。テッサの木はその硬さから原型を留めているがその葉は吹き飛び、見晴らしがよくなっていた。クロムの祠の門構えも爆発によって崩れ落ち、入り口を半分塞いでいる。


「おーい!クロム!!何があったか知らんが話をしよう!」


「オオオオォォォォオン!!!」


クロムは返事の代わりに咆哮をあげる。翼を横に払うとちりちりと埃が舞い、次の瞬間には爆破を起こした。だが、クレインのヴォルティスロンヒに比べれば威力も熱もぬるいものだ。


「おいおい・・普通の人だったら死んでたぞ?一回だけ警告する、落ち着け!でなきゃ殴るぞ!」


問いかけに答えずにクロムは尻尾を縦に振り下ろして一緒に爆破を仕掛けてきた。15mはある巨体から繰り出された尻尾の一撃は足場にしていた大岩を砕き、粉塵爆発によって辺りを吹き飛ばした。しかし、あまりにわかりやすい一撃だったため後ろにあったテッサの木に駆け上り回避した。爆発の煙がこちらの姿を隠したので、ついでに頭の方へ飛ぶ。そのまま氷魔法を使って足場を作り、掛け声と共に空中から一撃をお見舞いした。

「おすわり!!」

派手な音をあげてクロムの顎が地面へめりこむ。イメージと違い完全に伸びてしまったが、クロムによる自然破壊は止まった。予想より少し硬かったが誤差の範囲内。おそらくコルビーに渡したゴーレムでも辛うじて相討ちできるレベルだ。攻撃力と硬さはあったがスピードが無い。余計な心配をしなくてもミチなら問題なく勝てたかもしれない。とりあえずのびているクロムに回復魔法を仕掛けて目が覚めるのを待つ。やることも無いのでテッサの木のシルエットだけが残る風景の中でティーセットを広げる。リールで手に入れた”店員のとっておき”に熱湯を注ぐとカシスやラズベリー、ストロベリーの華やかな香りが辺りを包んだ。


「おお、これは良いな。あとでミチにも淹れてあげよう。」


外れだったら恥ずかしいので取っておいたが、これならドヤ顔で勧められる。合うお菓子は何か妄想しながらぼんやりと辺りを眺めていると、クロムが目を覚ました。


「・・・きみは、ジョンだったねぇ・・」


クロムは重そうに地面へめり込んだ首を持ち上げ、確認するように名前を呼んだ。頭を振るとパラパラと小石やら土塊が辺りに飛び散る。


「お、目を覚ましたか。いきなり暴れてるんで驚いたぞ。何があったんだ?」


「あぁ・・・僕の愚かさににねぇ、辟易したら我を失ってしまったようだねぇ・・・」


「とりあえずお茶でもどうだ?」


「・・・・いただこうかな あぁ、この香り・・彼女も好きだったんだこれ」


クロムは人型になるとふらふらと椅子に腰掛け、カップをゆっくりと持ち上げて再び香りを確かめた。口に運ぶと思い出す様にゆっくりと話し始めた。


「彼女はねぇ、どこにでもいる普通の子だったんだ だけど僕にとってはとにかく可愛くてねぇ 森で初めて会ったとき、怖がらなかったのはあの娘くらいなものだったよ」


「人型ならそうでもなかったろ?」


「あぁ、あの娘に出会うまではねぇ 人化を覚えていなかったんだ サナともっと一緒に居たくて覚えたんだよ」


「おぉ、愛の力ってやつか。それにしてもよくその娘の両親が許したもんだな。」


「彼女の村を助けることが重なってねぇ・・ 食糧難だったり魔獣の撃退だったり このへんは・・ほら、強いのがたくさんいるでしょ? 彼らは西の方から追われて来て、ここ以外に居場所がなかったらしくてねぇ 隠れるように住んでいたから魔獣の脅威に対抗できる僕が神様みたいに祀りあげられてねぇ その一環ですんなり結婚も決まったんだ」


「ほんとにトントン拍子だな。でもなんだってそれを忘れてうろうろしてたんだ?」


「はは・・・そうだねぇ・・ よくある話だけどねぇ 彼女の両親が病気で倒れて、感染る病気だったみたいで彼女も倒れちゃって 村に助けを求めたんだけど、打つ手がなくてねぇ・・・ 薬草とか滋養のあるものを集めたり頑張って看病したんだけど三人とも・・・ お葬式をあげたくて村に行ったら、彼女を看病してる間に彼らの追手が来たみたいで村も無くなっててねぇ 1人だけ生き残りがいたからその人の怪我が治るまで看病して送り出したんだけど・・もう一人ぼっちに居た堪れなくて・・忘却の魔法を自分にかけたんだ」


「全部忘れて・・か。」


「そうだったんだけどねぇ・・・まさか結婚当日の記憶で彷徨っているなんてねぇ・・・忘れようとした自分にもがっかりだし、中途半端なところまでしか忘れなかった自分にもがっかりだよ」


祠の中の小さな気配は彼の嫁さんの気配で間違いなさそうだ。おそらく旦那が自分との過去に囚われて身動きできないことを気にかけて生命の流れに還れなかったのだろう。それこそ注意しなければ気づけないほど存在が希薄になるまで、彼を見守っていたのだ。


「で、思い出したならこれからどうするんだ?」


「彼女がいないのに生きている気もないから・・・殺し」

「ダメ。」

「ちょっ」

「ダメ、ダメ絶対!」


「ジョン・・・君だって同じ目にあえば」

「駄目。俺は例え同じ目にあってもそうはならない。嫁さんが旦那に死んで欲しいなんて思う・・・・・奴もいるけどお前ん所はそうじゃないだろ?さっきお前さんの家に行った時、微かに奥から気配がしたんだ。てっきりネズミか何かだと思ったけど、ありゃあお前の奥さんだろ。たぶん旦那がバカ面下げて森を徘徊しているのを心配で成仏できなかったんだ。魔力も尽きかけて消える寸前だってのに訪問者の俺たちに敵意を向けることすらしない優しい魂だ。間違ってもお前を殺してやるもんかよ!」


「・・・・・・そん・・な」


伝承ではこの世を彷徨う魂は消えるか生者の体を奪うまで激痛を伴うらしい。長く留まれば力をすり減らして最終的には消えてしまう。生命の流れに還ることができなかった魂は余程の奇跡が起きない限り生まれ変わることができなくなる。これはアリアが言っていたから本当のことだろう。さっさと祝福をかけて流れに返してやりたいがクロムが何らかの答えを出さない限り奥さんも納得できないだろう。


「お前さぁ・・・家族が死にたいって言ったらどうする? 俺なら心配でなんとかしてやりたいと思うけどお前はどうだ?」


「ぼ、僕だって何かできることをするよ!」


「彼女は声も手も出せない状況で、しかも自分が原因のお前さんを見ていたんだよ。死に切れないだろ?俺なら身を削る痛みの中でいつまでも耐えられる気はしないが、お前の奥さんはやったんだよ。実際何かできたわけじゃないから無駄と言えば無駄だが、お前さんはその気持ちに答えなきゃならんと思うぞ?」


「僕に・・僕に何ができるってんだよ!!」


「うん?・・・・知るか!」

「えぇぇぇぇ・・・」


「俺は気配を感じるし祝福を与えて生命の流れに還すこともできる。でも死者の声が聞けるわけじゃない。奥さんの人となりを知ってるわけでもない。それでも、お前さんに死んでくれと願うことはないとわかる。別れがあっても生命の流れに還ればいつかは生まれ変わる。龍種のクソ長い寿命をできるかもしれない再開に費やすのもいいんじゃないか?」


「そ、そんなことが・・・」

「知らん!!俺に聞くな! 出会えるかどうかなんて神だってしらないだろ。ま、こんな森の中で腐ってたら出会うも何もあったもんじゃないし今のままなら奥さん消えちまうけどな。」


「・・・・・・」


「じゃ、言いたいことも言ったし俺はもう行くわ。」

「待ってくれ!」

「やだ。」

「そこは待ってよ!!」


「冗談だ。で、どうするんだ?」


「サナに謝ってくる! 僕は感じることもできないけど、思いは伝わるかもしれない! でも・・・もし僕が不甲斐なくて彼女が旅立てない時は、君に助けて欲しいんだ」


「それなら手伝ってやるからちゃっちゃと行ってこい。奥さんは今もきっと痛みの中でお前を思ってる。」


こちらの言葉にクロムは強く頷くと駆け足で祠に入って行った。サナの魂は大部分の力を失っている。邪魔が入れば簡単に消滅しかねない。万一にも旅立ちを邪魔されないように辺りへ隠蔽と死霊術妨害の結界を張る。袖振り合うも多生の縁、二人の物語を見守ることにしよう。携帯コンロで湯を沸かしてミックスベリーティーとクッキーを三人分準備した。そして二人の再出発に邪魔が入らないよう警戒しながら茶をすする。もっともこんな山奥にピンポイトで何かが訪れる訳もなく静かなものだ。せいぜい爆発によって変わった風景を確かめるように動物たちが顔を出しただけだった。そのなかに人懐こい魔獣である毬パイソンがまじっていたので暇つぶしにこの蛇の好物である果物をやりながらクロムが戻るのを待つ。この魔獣は風の魔法が得意だ。危険を感じると空気を飲み込みフグのように膨らみ、風魔法を使って逃げる。非力だが毒は無く、最大でも50cm程にしかならない小型の蛇だ。敵意や悪意に敏感で逃げ足が速く、それが無くなると縄張りへ颯爽と戻ってくる。この蛇がいるという事は少なくとも近くに敵意のある者がいないという事だ。蛇が来てから程なく優しく弱々しい光が祠から現れて、テーブルの周りを三周した。少しだけ道を示してやるとそれは一瞬だけ光を増し、空へ吸い込まれるように消えて行った。それから数分たって目をはらしたクロムが戻って来た。


「もういいのか?」


「ありがとう・・なんだか気持ちが楽になったよ・・・ サナは還れたかな?」


「強い人だ、手を貸さなくても大丈夫だったみたいだ。」


「君にはなんとお礼を言って良いかわからないねぇ・・・君が来なかったら僕はもう一度彼女を殺してしまうところだった 本当にありがとう!」


「気にするな。塵龍に恩を売ることもできたしな。」


「僕なんかで役に立てることがあるのかい?」


「もちろんだ。ここからちょっと行くとアルジェシュって吸血一族の国がある。そこに友人家族が住む予定だからなんかあったら守って欲しい。もちろん旅に出るなら邪魔するつもりもない。居る間でいいからお願いできるか?」


「もちろんだよ! でも、僕は人間の世情に疎いから逆に迷惑かけちゃうかもしれないけど大丈夫かな?」


「すごくいい人たちだから大丈夫だ。常識とかいろいろ教わってそれから身の振りを考えればいいんじゃないか?」


「それは助かるねぇ!何から何まで本当にありがとう!」


「なに、俺も助かるからな。ほんとに気にしなくていい。じゃ、荷物をまとめて貰っていいか? 城まで案内・・というか持っていくから。」


「持ってく?とりあえず荷物をまとめてくるねぇ!」


パタパタと走っていくクロムを見送り、毬パイソンをハンドリングしながら時間をつぶす。この世界では唯一の懐く蛇であるこいつらは悪意のない人間には積極的にスキンシップをとってくる。知能もそこそこあるので個体によっては受けた恩を返してくれる義理堅い奴までいる。ただ、基本は飽きっぽくて構ってやらないとすぐにどこかへ行ってしまう。稀に動物好きの爬虫類ダメ系の人がからかわれて固まっていることがあるくらいには社交的だ。ペットとして高く取引されるが基本は捕獲しようとする連中には見つけられない。捕まった蛇たちは自分から捕まりに行っていると考えられるらしい。ケガをしたり環境の変化で食べ物が無くなると人間のもとでやり過ごすとか。好事家は食べることもあるらしいからそういった時は運が無かったと諦めるのだろうか。どうでもいいことを考えているとクロムが帰ってきた。


「待たせちゃってごめんねぇ 準備はできたから早速行こうか」


「よし、もう昼だから急ぐぞ。」

「え、わあぁぁぁぁ!!僕が飛ぶか・・あはははははは!!!」


クロムを小脇に抱えて木々を足場に森を駆け抜ける。何か思うところがあったのか涙を流しながら笑っていた。



木造住宅の広間に置かれた無骨な二人がけのテーブルに向かい合うように二人の女性が座っていた。一人は控えめに言っても偉そうな座り方で椅子の上にあぐらをかいている。


「はろー 彷徨える哀れな魂ちゃん!」


先に口を開いたのは16~7歳の少女の方だった。ひらひらと手を振り手品でもしているかのように宙から次々とカップやティーポットを取り出していく。


「あの・・ ここは?」


「ここ?わたしの家 はい、お茶 これ好きなんでしょ?」


25歳くらいの女性はそれを受け取りながら頭を下げる。自分の置かれた状況と唐突に現れた少女に距離感を掴めず狼狽えている。


「すみませんいただきます あ!私ったらご挨拶もせずに! 早苗と申します」


「あ、これはご丁寧に・・・わたしはアリア この世界の神をやってるわー」


「か、神様!?これはその・・お世話になっています・・・」


「なんにもしてないから気にしないでー 今日はほんの気まぐれであなたに会っているだけだからー」


よく言えば自然体のアリアはお菓子を口に運びながら手を振る。ただの少女と言うには少し異質な空気を纏ったアリアに早苗は警戒を露わにする。


「大丈夫大丈夫!悪いようにはしないからー ちょっと神っぽいことをしようと思ってねー」


「神っぽい・・・ですか?」


悪戯っぽく笑うアリアに猜疑心を隠せない早苗は引きつった笑いを浮かべる。


「そっ! あんた旦那の事まだ好き?」


「あ、はい 彼の代わりはいないです」


「即答かー いいねいいねー そういうの好きよー」


「あの・・私はどうなるんですか?」


「んー? どうもしないよ? 私は早苗ちゃんが消耗した力を回復してあげてるだけー お茶とかお菓子食べるたびに元気になるっしょー?」


「そういえば体が軽くなったような気がします!」


「そうでしょそうでしょー 遠慮しないでもっと食べな? 無茶して消えそうだったんだからちょっと休んで行きなー」


「あり・・・がとうございます?」


「なんで疑問形?」


「とってもありがたいんですがお返しができません・・・私」


「あー、暇つぶしだから気にしなくていいよー 知り合いが助けた魂だから気分が乗っただけだから」


「えーと・・ジョンさんですか?」


「そうそう!あれあれー ただのおっさんに見えて実はただのおっさんなのよー」


「ぜんぜん褒めてないじゃないですか!」


「あんまり褒めるとつけあがるからねー ところでもし生まれ変わったらまた旦那と出会いたい?」


「もちろんです! もっと一緒に居たかったです・・・父のせいで二人だけの時間なんてほとんどありませんでしたから!」


「よっしわかったー!! この私に任せなさい! 出血大サービスでだいたいおんなじ時間軸で転生させてあげようじゃないか! 場所はアルジェシュ、今度は長命種として生まれるがいいわー! あ、でも生まれ変わって趣味が変わっても恨まないでねー」


「あ、ありがとうございます! きっと・・きっと今度は悔いなく生きて見せます!」


「うむうむ あ、忘れると思うけど私が手を出したことは内緒ね?もし思い出しても言っちゃダメー もし言ったら・・・・・・・まぁ、考えとくわー」


「二人の秘密ですね 口は堅いので任せてください あ、生まれ変わって性格が変わっていたら許してくださいね?」


「そりゃしゃーないわー さ、準備も整ったし・・・ れっつごー!!」


「へ?あっ、きゃあああああぁぁぁぁぁ・・・・・」


アリアがそう言うと早苗が座っていた椅子の下の床が割れて悲鳴とともに彼女は落下していった。


「うむ、どっきり大成功 感想が聞けないのが難点だわー」


開いた穴を見つめながらしみじみとつぶやくアリアの後ろにいつのまにか銀髪の美女が立っていた。


「アリアさん、死者をからかってはいけません」


「お帰りシエラ たまには神っぽい事しようと思ってねー ああいう綺麗な魂はつい贔屓したくなっちゃうんだわー あ、そうそうこの間の・・」


真面目な顔のアリアの話にシエラはテーブルに残っていたお菓子を口に運びながら耳を傾けていた。

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