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魔王さまは涙もろい  作者: 南部
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ビェングルドーラの討伐

久しぶりの晴天に洗濯物を広げて満足そうなフェタとウルダへ手を挙げて挨拶をして借家をでる。人数が多かったためエリザベスが手を回して空き家を貸してくれたのだ。もっともこの国は他国の者が行商に来る事が無く宿が整備されていないためこうするより手が無かったらしい。それでもリールで暮らした宿よりもきれいな建物をあてがわれてコルビー一家は申し訳なさそうな顔をしていた。昨夜の昔話で気を良くしたのかエルザベート女王からも待遇改善の命令があったようで小間使いが朝から何人も来ていた。だが、これ以上の迷惑はかけられないとロックが丁重に断りを入れていた。しかし、一応監視の必要もあるため二人の人員が配置された。


「あ、ジョンさん!俺も森に連れて行って下さい!!」


朝食時に出かけることを聞いていたコルビーが駆け寄ってくる。レイコの説明ではアルジェシュには冒険者ギルドが無いため駆け出し冒険者でも気軽に狩猟を行うことができるらしい。もちろん無茶が過ぎればお偉いさんから改善命令が出るため節度をもってとのことだ。せっかくだから森の歩き方や魔獣の倒し方などそれらしいことを教えてやりたいのだが、ここの森は難易度が高い。強力な魔獣がふらりと現れることもあるためギルドがあればAランク以上の実力が求められるだろう。ミチも同行するため心配は無いと思うが、そんな危険な森に新婚の彼を連れて行くわけにはいかない。


「すまんがコルビーにはまだ荷が重い相手だから待っていてくれ。代わりにこいつで腕試しをしておくといい。」


「宝石・・・ですか?」


彼らの護衛のために森で拾ったゴーレムを改造したものを手渡した。初回起動した者を主として認識し、忠実に命令をこなすなんとも便利アイテムだ。留守番のドラ子や吸血一族の護衛がいるため必要ないとは思うが、鍛錬の相手にも使えるため先に渡しておく。


「言うよりも試した方が早い。ロックさんのポットでお湯を沸かす様に魔力を込めてみてごらん。」


「えーと、こうですかね?」


コルビーの魔力が宝石に吸い込まれて淡く光り出す。さらに周囲から魔力を取り込み徐々に大きく姿を変えて最終的には人型をなした。


「ご命令をマスター」


「ジョンさん!こ、これは!?」


「おう!すごいだろ!森で拾ったゴーレムなんだけどな、話せるように四苦八苦して調整したんだ!」


デコイとしてのゴーレムしか必要無かったためここまで手の込んだものは実は初めて作成した。ことのほかうまくできあがり知らず知らずにドヤ顔になってしまった。


「お館様、とりあえず服を着せた方が・・」


「?見た目はほとんどいじって・・・おう!?」


短めの黒髪に整った顔立ちと赤い瞳25歳くらいの女性の見た目になっていた。作りこんだ記憶のない細部まで再現されており慌てて空間魔法からシーツを取り出して被せる。こんなに精巧なら自分用に取っておきたい位の出来に思わず言葉を失った。


「えーと・・・ジョンさんすみません・・マルスが・・サービスだって・・・」


マルスとはコルビーに憑りついている風の精霊王だ。長く生きた精霊は様々な知識を収めて驚異的な力を発揮することがある。そんな彼が良い仕事をしたらしい。。良い所を全部持って行かれたような気持ちでドヤ顔をしていた自分が恥ずかしくなってきた。


「いや、コルビーが謝ることはない。たしかに人間の見た目の方が街中でも目立たないし生活しやすいしな!・・はは・・」


コルビーから出てこないという事は弱っているだろうにいい仕事をする。良さそうな核が手に入ったらこっそりお願いしようかと迷う程に綺麗な仕上がりだ。


「あー・・とりあえず護衛に必要な剣術やら魔術やらは一通り使いこなせるように強さも調整しておいたからそこらの奴よりは強いと思う。だからそいつに打ち込んで練習してくれ。あと名前だな名前。そいつに素敵な名前を考えてやってくれ。服はドラ子に金を渡してあるからウルダちゃんも連れて行っておいで。護衛っぽくカッコいい奴を選んであげるといい。」


「せ、せめてお金は自分で何とかします!」


「いや、騒ぎでうやむやになってた結婚祝いだから!年長者に良い恰好させてくれよ。ちょっと行かなきゃならんから一緒に行けないけど、そこは譲れないよ。」


「コルビー、お館様に恥をかかせてはいけない」


珍しくミチからのフォローが入った。レイコが加入してから頼れるお姉さん感が少しづつ出てきてとても良い傾向だ。コルビーは申し訳なさそうな顔をした後に大きくお辞儀をした。こちらの気持ちを汲んでくれたようで凛々しい顔を浮かべて謝意を述べた。


「ありがとうございます!きっと立派な冒険者になってちゃんとお礼ができるように頑張ります!!」


宿で初めて会った時は決意の割に寂しげな目をしていたが、今はきらきらとした目が決意に満ちて、明確な言葉に表せないが成長しているように見えた。他人の子供だがその少しというか大きいというかの変化がうれしくなり、わしわしと頭を撫でる。


「楽しみにしてるよ。コルビーならそう遠くないだろうからな!それじゃ、行ってくるよ。」


「はい、お気を付けて!」


コルビーへ手を上げて挨拶をしてからミチを引き連れて森に向かう。ビェングルドーラがいるのは森の端、城から西西南に進んだ場所だという。そのあたりに樹齢数千年のテッサの木があるそうで、それが塵龍(じんりゅう)の祠の目印らしい。テッサの木は生きている間成長し続ける化け物のような木だ。見た目は表面が滑らかな赤松といったところだ。木材としては硬すぎて加工が難しい。だが、この木を使った武器は使用者の魔力を吸収して成長する強力な武器になる。その昔偽りの神を倒した男の仲間が使っていた剣がこれだったらしい。加工技術は失われて最早再現できないそうだ。


「ミチはビェングルドーラは初めてだよな?」


「はい、塔の近くにはいない相手ですから」


「ミチには問題ないだろうけど雷の魔法を使うから気を付けて。」


「ご安心下さい!我ら銀狼族よりもうまく雷を使いこなす者などいません!」


「それもそうだな、頼もしいよ。」


上機嫌なミチが小さな胸を張る。ここしばらく二人きりになることもなかったため表情豊かな顔を見るのは久しぶりだ。


「そういえば押し入れを漁ってたらこんなのが出てきてな。」


取り出したのはサファイアと金の髪留めだ。雫状に加工された四つのサファイアが花弁のようにあしらわれており、可愛らしい仕上がりになっている。あまり大きくないためワンポイントには丁度いいだろう。人助けをした時に礼として”大事な人にプレゼントしなさい”と頂いたものだからしまっておいた。だが、ミチが人型になれるなら活用してもらうに限る。


「ありがとうございます!首飾りと一緒に大事にします!」


今回はすんなり受け取ってくれてひとまず安心だ。表情が緩み、によによしながらサファイアを眺める姿は微笑ましい限りだ。ただ、つけてあげようにもどの辺にとかどうやってとかを知らないため眺めている事しかできなかった。ひとしきり眺めるとミチは大事そうにボディバッグにしまい込んだ。ちなみにこのボディバッグは構想俺、制作ウルダのコラボ商品だ。この世界のバッグは大きなバックパック型か手提げ、肩掛けしかない。ちょっとしたお出かけには大変不便であったため、設計図を描いたり力業でバックルを作ったり様々な協力を得て完成させたのだ。第一号はミチに使用してもらい、使用に耐えればアルジェシュにてウルダ用品店の第一号商品として売り出すつもりだ。


「バッグの使い心地も教えてくれるか?」


「はい、邪魔にならずに動きやすいです!両手が使えるのと、一々降ろさなくても出し入れできるのが良いです!さすがお館様の作品ですね!」


知っていたことで褒められると何とも言えない気持ちになるが、褒めてもらうのは何歳になってもうれしいものだ。


「よっし!とりあえずの目標は達成だからさっさと用事をすませよう。塵龍には手を出さなくても問題ないだろうから張り切って行こう!」


「はい、お館様!」


今回は一般人もいないためさながら遠足でも思わせるような軽いノリだ。比較的高地にあるため気温もあまり高くなく、過ごしやすい。さらに道は悪いが大型の獣が通るのか草はそれほど密集しておらずに歩きやすい。


「なんだか塔の辺りを思い出しますね!お館様」


「たしかに似てるな・・植生も似たような感じだ。」


ぼんやり進んでいると方向を見失うのも似たような感覚だ。目標を探すにも視界が悪くて効率が悪い。ここは高い木に登って辺りを確認した方が良さそうだ。


「ちょっとこの木に登って鳥を探してみよう!上まで競争!」


ただ登るのもおもしろくないのでなんとなく競争にしてみる。思い切り踏み切ったが、枝は硬く砕けなかった。足形すらつかないところを見るとこれが噂に聞くテッサの木だったようだ。足場がしっかりしているため二人とも勢いよく登り、ものの数秒で天辺に到着した。


「良い眺めですね・・・」


「あぁ、このあたりで一番高い・・ようだな・・・」


樹齢数千年のテッサの巨木。たしかそのあたりに塵龍の祠があると言っていたような気がする。もしかするとこの辺りのことかもしれない。塵龍はとても温厚な種族で、こういった人間などのいない僻地に居を構える事が多い。基本的には草食性の強い雑食で、ほとんどの個体が森の中で長い時間もぐもぐと植物を食べている。名前の通り体の一部を粉塵にすることで爆発を起こし、攻撃する手段を持つ。翼の一部と尻尾の先がその器官なのだが再生までは時間がかかり、規模にもよるがそう何度も使える手段ではない。命の危険を感じた際に仕方なく繰り出す最終手段だ。個体数も少なく出会えたら良い事があると呼ばれるような貴重なドラゴンの一種である。


「とりあえず鳥も見えないから降りようか・・・」


「お館様、もう少しいても良いと思いませんか?」


珍しくミチが希望を述べたのでここで昼食をとることにする。フェタが作ってくれたベーコンバティはベーコンが厚切りでとても食いでがある。気合を入れてたくさん作ってよこしたので二人で腹いっぱいになるまで食べることができた。


「あ、ミチー 動かないで。」


空間魔法からハンカチを取り出し頬を拭いてやる。いつも良い食べっぷりでたまに頬にお弁当をつけていることがあるのだ。最近はドラ子が先に気付いて拭っているのでやることも無かったが、ドラ子が留守番だと出番が回ってきた。


「ありがとうございます ど、どうかしましたか?」


「いや、なんか昔こんなことした気がするなと思ってさ。でもミチが人化するって知ったのは最近だし・・・」


「あの、お館様・・」

「ぬいーーーーー」


「あ、出た。」


ビェングルドーラは見た目とは裏腹にとても可愛らしい声で”ぬいー”と鳴く。あの図体でどこから声を出せばあんなに可愛い声になるかは不明だが、とにかくちょっと高めの可愛い声を出す。個体によって大きく食性がことなるため、特定の魔物が好きなビェングルドーラは討伐対象から外れ、足管をつけて放たれる。距離はあるがどうも足管をつけていない未調査個体のようだ。


「よし、ミチ行こう!」

「は、はい!」


しっかり食事をとってきっかり休んだ後のため思いのほか体が軽い。ボディバッグを収納魔法に放り込んで戦闘準備を行う。思い切り走れるように久しぶりの狼状態に戻ったミチはやはり動きに切れがある。一気に木の中ほどまで駆け下り、幹を蹴って次の木へ飛び移る。しっかりと追従するミチが飼い主を追いかける犬の様で何となく顔が緩んでしまう。


「お館様、どうかしましたか?」


「いや、ちょっと楽しくなってきただけ。」


思ったことを口にするとさすがのミチも怒ってしまいそうな気がするのでごまかした。風を切り、大木の間をすり抜け、鳥のもとまでたどり着く。少し離れた木の上で観察すると、地面に降りたビェングルドーラが風に揺れる草を口にしていた。どうも気に食わなかったようで嘴をぶんぶんと振り回して吐き出していた。


「大きさを見なければ可愛いな。」


足が図体の割に若干短く、片足を滑らせるような移動の仕方をしている。それに加えて鳴き声が


「ぬいー」


である。顔もデフォルメされたぬいぐるみの鷹の様な愛嬌のあるつくりをしている。見た目だけではとてもじゃないが凶暴な魔獣には見えない。あの大きささえなければ。


「さって、ミチさん。ど・・」

「私が行きます」


「あ、はい。」


本当はどっちが先に行くかと聞きたかったが、食い気味に結論を出されたためそれに従うことにする。彼女ほどの実力があればあの鳥に後れを取ることはどう転んでもない。塔を出てからというもの狩りに出ることもなかった。ストレスが溜まっているだろうからミチに任せて観戦することにした。


「よっし!ミチ頑張れ!!」


「お任せください!」


張り切ってミチが飛んで行く。銀狼族は雷属性を得意とする魔獣だ。ノアやミチほどの強さになると周囲に電気を飛ばして相手の動きを感知する事ができる。電気ウナギのような能力だが違うのはその伝達距離だ。うなぎは数十㎝程度だが彼女たちは5mほどの距離まで探知できる。相手の初動を敏感に感じ取って行動を予測する事ができるのだ。もっとも五感が優れているためこの技に頼らなくても強力なことに変わりはない。


「ぬいー ぬえ!?ヌグェー・・・」


ミチに驚いて飛びあがったビェングルドーラを雷魔法で叩き落し、首根っこを嚙み潰して難なく瞬殺してしまった。想定していたよりも早く決着を迎えた彼女は、体格差などものともせずにくわえたまま木に戻ってきた。


「ふぉやふぁははは!ひひほへはえはひははへほうは!!」


「あぁミチ、すごく可愛かったよ!とりあえずそれ、おろそうか?」


なにを言っているか全くわからなかったが、取った獲物を持ってきて自慢している姿は完全に犬とか猫のそれだ。可愛さのあまり塔にいた時の癖でわしわしと頭を撫でると、ミチは満足そうに鳥を木に下ろして尻尾を振った。


この鳥は成長が早くてとてもペットには向きません。魔獣使いなら手懐けることもできますが、餌代で破産するため従魔にしようとする者もいません。しかし、一度手懐けると主人にべったりで管理しやすいという面もありありました。その大きな体で複数人を背に乗せることができたらしく大昔の貴族は万一の逃走手段として飼いならしていたそうです。ただ、持つことがステータスとなったため石高の低い貴族も手を出して没落することもありました。食性によっては延々と乾草を食べる珍しい個体もいたそうで、放牧地を餌場にした貴族もいたとかいなかったとか。本編にでてきたビェングルドーラの食性は触れていませんが、蛇を好物とする個体です。風になびく植物に気をとられたのはそのためです。

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