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魔王さまは涙もろい  作者: 南部
24/67

ナーニャ

「はは、君はどうでも良いことに気付くね ふ、あはは」


余談だがナーニャとはこの地域の言葉で正直者とか信じられる者という意味で使われ、女性名詞ではない。彼の親が誠実に育つようにつけた名だと以前説明してくれた。


「ナーニャ。お前が嫌いだった奴隷がいるのは何でだ? お前は他種族でも分け隔てなく接していたろ? 」


口角を引き上げて笑顔のようなものを見せながらナーニャは言った。


「それはー このくにをーをまもるためだよー ふふ だってね? ほっといたら かってになくなるんだよぉ」


ナーニャから発せられる気配がぼんやりとした虚なものに変わる。


「あぁ・・精霊のほうだったのか。久しぶりとはいえ気付かなかったよ。何て名前だ?」


「ふふ、ナーニャよ?ヴァルガス殺してくれ!君なら出来る!あははだめよーナーニャはわたしのものだから!」


「あー・・厄介だな。融合・・融合ね」


最初に言っていた”融合”という言葉を思い出した。死んだ人間の肉体を現世につなぎとめるために精霊が”宿った”昔話なら数は少ないが聞いたことはある。しかし、今回は融合。つまりは混ざっている状況だ。


「すまないヴァルガス!僕の意識があるうちに頼む!!だめよぉーだめだめぇ!」


「アナライズ!」


どうせ見ているであろう女神様に手が無いか聞くために解析魔法を使う。あのなんでもありの女神なら何か方法を知っているはずだ。


ナーニャ(精霊化)

方法はあるっちゃあるけどー・・彼女のために10万人くらい殺す気ある?この方法だと例え分離できても彼女の性格ならどうなるかわかるでしょ? ちなみに今戦争になってるのはアーテヴァー・・その精霊がより多くの魂を食べるために起こしたものよー 自然に吸収できる魔力を上回る力でナーニャをつなぎとめてるから魂を食うことで補ってるわけねー じゃ、踏ん切りがついたらあんたのアビススピアでも奢ってやりな? 死ねば元に戻るからー


「はぁぁー・・・」


困難だとは考えていたが、打つ手なし。ナーニャは誰かの犠牲が出る時点で己の利を捨て、身を引く人間だ。一人だって認めないだろうに10万人など絶対に受け入れない。


「あはは、あなたのまりょくすごいわ!わたしにちょうだい?ヴァルガス早く!これ以上は・・!」


ナーニャと言うべきかアーテヴァーというべきか彼女は目をギラつかせて地面を蹴り、身を低くして素早く近寄ってきた。考えがまとまっていないため防御姿勢をとったが、水たまりにさしかかったところで姿が消える。再会時に水を使って移動していたことを思い出して周囲を見渡すが、姿がない。逃げられたかと思い、城の方を見た瞬間に背中へ冷たい感触が走る。体を捻り距離を開けるとそこには水の槍を持ったアーテヴァーが立っていた。今まで敵対した者達には避けられたことがなかったのだろうか、不思議そうにこちらを見ていた。虚を衝かれ反応が遅れたが、攻撃が当たってからでも皮一枚で避けられる。


「なんでこうなっちまうのかな。久しぶりに馴染みと会えて嬉しかったんだが、な!」


魔人の真似をして魔力を集めて衝撃波を放ち牽制する。それにいち早く彼女が反応した。左手の人差し指と中指を勢いよく立てると水が集まり壁を作る。それに接触した衝撃波はスルスルと飲み込まれて消えてしまった。出鼻を挫くつもりで小細工したが、何の痛痒も与えることができなかった。


「おいしい!もっとちょうだい!だめだヴァルガス!彼女の弱点でなければ吸・・あは!」


時折ナーニャが表に出てくるものの、長くは持たずに言葉の最中に引っ込んでしまう。アーテヴァーが主導権を取り戻すと、水溜りから水の槍が無数に飛び出して死角から攻撃してくる。だが、先程から狙われているのは背中ばかりのため擦りもせずに避けられるようになってきた。

パターンをつかませてからのイレギュラー攻撃を狙っているのかと思ったが、そういう訳でもなさそうだ。パターンは単調で正面から2,3本の水槍を飛ばした直後に背中に本命の水槍が飛んでくる。フェイントとしては弱いため、おそらく能力差に物を言わせた戦闘が多かったと予想される。あまり攻めが上手いとは言えない。

だが、こちらの小手調べも効果が無いどころか吸収されてしまったため、攻め方を変えなければならない。最初から水の魔法を多用していることからおそらく水属性の精霊であると予想して弱点の雷魔法を使う。


「サンダー」


広範囲の魔法を使うと物陰に隠れているアビゲイルまで巻き込むため威力を考えて使わなければならない。自信満々で放った魔法は水の壁に阻まれあっさりと吸収されてしまった。


「あれ・・?」


当てが外れて何をぶつければ良いか判断に困る。魔法を吸収するたびに周囲の水気が増えている。おそらく雨や水溜りからかき集めて攻撃に使おうとしてるのだろう。あまり長引かせれば辺りが洪水になってしまう。魔法を食われるのは良い状況と言えないため、接近しての戦闘を試みるが近寄れば水たまりに隠れて距離をとられてしまう。


「さって・・どうしたもんかなー」


「あは!あなたをたべていいならほかのにんげんはみのがしてもいいよ?」


「デートなら考えるがお断りするよ。」


ダメージを受けることはないが与えることもできずに状況が膠着する。アーテヴァーはアビゲイルに興味がないようで食事にも人質にもしない。だが、安全とは言えない上に巻き込み事故で命を落としては元も子もない。手でサインを送り、彼女に早く逃げるよう促すがなかなか伝わらない。どうもアーテヴァーの魔力にやられて身動きができないようでだ。顔がひきつり呼吸も荒く、硬直している。


「人生うまくいかないな・・そら!」


少し威力を上げてサンダーを放ちながら相手の攻撃に合わせて少しづつ後退する。演技などやったこともないが、うまくいったようでちゃんと付いて来る。移動した距離が長くなり感づかれた様だが、何とかマラークとやりあった場所まで誘導することに成功した。ようやく自由に戦える。


「だが、まぁどうするかな。」


「ふふ、あなたをたべればこれいじょうはいらない・・・あきらめて!」


アビゲイルからうまく引き離したのは良いが特に手を考えついた訳ではない。ここに着くまでに水も火も雷も土も試してみたが効果はない。風は使えないため後は光と闇の二つだけ。闇の精霊は存在しないため光の精霊だと決めつける。大体の潰しこみが終わったところでようやくアナライズにあったアリアの言葉を思い出した。


『アビススピアでも奢ってやりなさい』


注意していなかっただけで答えは最初から与えられていた。思えばアリアがここで干渉してきたのは最初からナーニャを何とかさせるためだったのかもしれない。アリアが手を打っても良かっただろうに、わざわざ友人に宛てがうとは良い趣味をしている。アリアの思い通りになるのは不愉快だが、こんな状況を知ってしまっては手を出さないわけにはいかない。望まぬ不死の辛さはわかっているつもりだ。俺は周りに恵まれて気持ちに折り合いをつけることができたが、ナーニャのような状態であればきっと心が折れていただろう。


「ナーニャ!聞こえてるか?」


広範囲に火の魔法で囲いを作り、ナーニャに問いかける。水を使って自在に移動されるため、先に水気を飛ばしておくために小細工をする。


「ヴァルガスお願いだ・・早く!」


ここが勝負どころだと思ったのだろうナーニャが精霊に抵抗している様で体の動きが止まった。苦悶の表情で反応が返ってきた。


「キースが殺された時、お前がいなけりゃきっと俺はここに居た連中を皆殺しにしていた!幾万の人間の未来をお前が守ったんだよ!ナーニャ!お前の最後を見送ること、誇りに思う!」


はっとした様な顔をした後、ナーニャは涙を流して笑顔を作り感情を取り戻した様だった。彼は祈る様に手を組み、頭を垂れて跪いた。


「ヴァルガス、君に会えて・・本当によかった!」


体の主導権を取り戻したナーニャは満足そうに目を閉じた。


「・・アビススピア!」


ナーニャが表に出てきたおかげで覚悟を決める事ができた。せめて苦しまぬ様に威力を上げて魔法を撃ち込む。アーテヴァーが魔法吸収のために張っていた結界を物ともせずにアビススピアは直進する。そのままの勢いでナーニャを貫き、槍は地面深くへ飲み込まれた。貫かれたナーニャはの体はガラスが砕ける様に光の欠片へと姿を変え、天高く吸い込まれていった。


「無事流れに還れたか・・はーーぁぁぁ・・・なんだかなぁ・・・」


気を抜いた瞬間にアビススピアが形を失くした様で解放された魔力が爆発を起こした。200m程の範囲の土を吹っ飛ばしてクレーターの様なものが出来上がってしまった。友を見送って動揺していたとは言え詰めの甘さが田畑を破壊してしまった。


「・・よし、逃げよう!」


ただの様子見だったはずが旧友に引導を渡す事になるとは考えていなかった。来たことを後悔しながら置いてきたアビゲイルの元へ走り出した。




=====================================================



「何だかあっさりした別れだったね・・・」


傾いた太陽が辺りを赤く染め、去りゆく者の長い影を作る。その長く伸びた影を踏み、呼び止めたい気持ちを慰めながらナーニャは精霊に向かって寂しそうに話した。


”部外者がこれ以上留まっても新しい火種になるだけ。信じられる者がいるのだから不安などある訳が無い”


議会制度と奴隷の禁止を制定した魔王は後この地を去る。ナーニャは1年近く共に戦った仲間の背を見送りながら感傷に浸っていた。一緒にいるのは自我が生まれて間もない精霊のアーテヴァー。”悠久に”という意味のナーニャが付けた名前だ。

彼女は珍しい存在で、闇以外の属性全てに適性を持つ精霊だ。成長し、経験を積むことができれば強力な助けになるだろう。今は初めて触れる人間の感情の機微について興味深げに観察をしている。大概の若い精霊は人間の感情に無頓着で、時折人間から不興を買う。しかし、アーテヴァーはナーニャにだけは関心がある。不思議そうに首を捻り、小さな体でキラキラと輝く髪をなびかせながらナーニャの顔を見つめている。


「君にはまだ難しかったかな?でもきっとわかる時が来るさ・・ さぁ、悲しんでもいられない みんなの所に戻ろう!」


多くの命を奪った戦争が終わり、長い長い復興が始まる。取り組まなければならない事は山ほどあるが、まずは食料事情から改善しなければならない。戦争が終わり、役割を失った兵士達は野良仕事に戻ろうにも田畑がない。このままではあぶれた人間が野盗や盗賊に堕ちてしまう。今は魔王が帝国から強奪してきた金品を金に変えて公共事業を増やすことで賄っているが、国民が率先して事業を始めなければいずれ枯渇してしまう。今はその活力を養うための準備期間なのだ。ナーニャは頭を悩ませながら漠然とした不安を抱えて首都とは名ばかりの集落へ足を向ける。


「もっと忙しくなるけど・・一緒に頑張ろうね!」


精霊は頼られたことを感じたのか、ナーニャの周りを大きな目を輝かせて嬉しそうに飛び回る。言葉は聞こえているが、まだまだ理解できていないので言葉で返すことができない。これが今の彼女にできる精一杯の返事なのだ。


「ありがとう・・頼りにしているよ!」


歯を見せて笑うとナーニャは精霊と二人、夕陽に背を向けて歩き出した。


当時の一大勢力の跡取りとして18歳で担ぎ上げられたナーニャは世間知らずで犠牲を良しとしませんでした。温室育ちだったわけですね。そのため使い難い人物で、彼の補佐についた人物も次第に彼を軽視していきます。そして最後には部下に裏切られる形で失脚し、暗殺されます。それを良しとしなかったアーテヴァーはナーニャと融合する事でその命を繋ぎ止める事に成功しました。ナーニャの体はアーテヴァーとの融合で女へと変わりましたが、彼を信じアーテヴァーに協力していた者たちには見た目の変化など取るに足らない事でした。しかし、体の傷は治ったもののナーニャの意識は回復せず、アーテヴァーがそのまま彼の汚名を濯ぐべく動き出しました。

その後アーテヴァーはナーニャを嵌めた人間のやり口を学習し、それを応用した逃げ場のない攻めで公にも勝利しました。汚名を濯いだアーテヴァーは発言力の増したナーニャの体で議会に返り咲き、長く善政をしきます。しかし、ここでもナーニャを真似たアーテヴァーは人気が両極端に割れ、過激派に雇われたならず者から襲撃を受けます。ナーニャを失った瞬間を思い出してアーテヴァーはここで襲撃者を皆殺しにしてしまいました。

大きくなった国で、”より豊かに誰よりも多く”を求めた人間が集まる様になってしまったため規律を重んじるナーニャ(アーテヴァー)が邪魔になってしまったのです。議会制度は継続されていましたが、賄賂やコネで骨抜きになっていました。ナーニャの政党も一枚岩ではなく甘い汁にありつきたい者達が今回の襲撃事件を使ってナーニャの失脚を狙いました。

さらにアーテヴァーとしてはタイミングが悪く、襲撃者を排除したタイミングでナーニャの意識が戻ってしまいました。待ち望んでいた目覚めでしたが、彼は己のために殺しが行われた事を知ってしまいました。戦争ですら人殺しを嫌ったナーニャは起きてしまった事に耐えられません。魂と体の結びつきは弱くなり、彼を繋ぎ止めるためにより多くの力を使う様になります。

アーテヴァーは豊かになった国や、国民の暮らしを見せる事でナーニャの気持ちを掴もうとしましたが、叶いません。死にたいと願う魂を繋ぎ止めるにはアーテヴァーの自然回復を上回る量の魔力が必要になりました。こうして死にたいナーニャと生きていて欲しいアーテヴァーの構図が出来上がりました。

最初のうちは魔石を入手して賄っていましたが、次第に追いつかなくなり生き物の魂を食べる様になりました。鳥などの小動物から次第に家畜、魔物最後には人間へ。襲撃者は格好の獲物でした。しかし、不気味な噂が流れ出すと、支持者や国民の感情は離れていきました。それどころかついにはナーニャの魂を繋ぎ止めるために協力した仲間達も離れ、孤立してしまいます。ここからアーテヴァーの行動はエスカレートしていきました。

効率良く魔力を補給するために、より強い魂を求めてエルフとドワーフを狙いました。しかし、彼らは彼らの領土からほぼ出てこないため調達に苦慮します。そこで奴隷制を解禁して支持者集めと”食料”の調達を同時に進めました。エルフとドワーフを高値で買い、戦争奴隷にする事で死んでも不自然では無い状況を作りました。それには敵国が必要だったため隣国のポートパルマスという国へ難癖をつけて攻めます。さらに自身が前戦に出るため新しく魔導部隊を作り、転戦を繰り返します。相手は小さな国でしたが第三国を装い援助する事で戦争を長引かせ、大量の魂を捕食する事に成功したのです。

しかし、5年に及ぶ戦争もポートパルマスの滅亡という形で終戦しました。この国によって保護されていた魔力をたっぷり含んだ聖女を捕食したため、一時的に殺しが止まりました。

ちなみに自由に戦争を操れたのは、議会がすでに形だけのものになっていたからです。ジョンの意向で議会は作られましたが、諸事情で選挙制ではありませんでした。要は誰かが死んでも公表しなければわからなかったのです。そこを利用して議会のメンバー、一族郎党皆殺しにする事で自由に国を操る事ができました。彼女は動く厄災となっていたのです。

お腹一杯の50年は再び平穏を取り戻して国はさらに発展しました。しかし、手近に攻める事のできる国が無くなり、彼女は途方にくれます。小腹の空いた彼女はいよいよ国民を食べる事を検討します。しかし、都合の良い事にモーゼス帝国がクーデターにて復活。代替わりした国王モーゼスが神を名乗り、神聖モーゼス帝国が出来上がりました。彼女は下ごしらえでもするかの様に、事実と虚構を織り交ぜた噂を流布したり、捕らえた賊を帝国兵へと仕立てあげて国民を殺したりと手を回してお互いの国が戦争へと向かう様に駆り立てました。念願叶いようやく戦争が始まったところでジョンが現れた訳です。結論、聖女は腹持ちが良い。

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