アスペリアでの戦い2
「うわぁー・・・ たった二百年でこんなに変わるのか・・・」
ジョンは右手の親指と人差し指で輪を作りそこから戦場を覗く。すると不思議なことに数km先の戦場が目の前の様に見える。単身戦場偵察にきたジョンだったが、戦争の様相が大いに変わっていることに驚いた。彼が魔王としてあちこち回っていた頃に比べてまず武器が違う。銃が取り入れられて剣やら槍やら近接武器が見られない。守り手はリボルバー式の小銃を持った兵士と弓兵、大きなゴーレムで編成されており武器は貧弱だが、さながら戦車随伴歩兵を思わせる。対する攻め手の側には弓などは見当たらず、自動小銃と携帯式榴弾発射機のような装備をしている。
(あれだけ陣の深くに爆発痕があるってことは隠蔽魔法で爆弾を隠したのか・・・ 攻め手は教練陣形で突っ込んだのか?)
隊列を見る限り戦線が横に長く広がっている。教練陣形は背後を取られにくい良い隊列だ。しかし、陣の後ろに新兵を混ぜた部隊を配置し、伏兵やトラップなどを見つけられなければ段列から分断されて致命打を受けやすい。まして近代兵器となれば密集することで良い的になってしまう。散開する方が有利だろうが、中央の部隊が撃破され右翼と左翼が分断されているところを見ると、型に嵌ってやられてしまった様だ。戦場でパニックに陥った新兵を落ち着かせるのは大変困難である。それにかかりきりになっては古参の兵も命を落としかねない。案の定帝国側はパニック状態に陥り右往左往する兵のおかげで身動きがとれていない。この好機に連合側もまごついて攻撃できていない。目をこらして観察すると、彼らは油を染み込ませた紙薬莢を使っているようで雨で濡らさないように慌てている。
「攻め手は魔道探知に失敗したみたいだな。守り手は武器がまずい・・・ このチャンスを雨で棒に振るとか正気じゃないな。」
攻勢に出ていた連合国軍は雨に祟られて銃が使えない。この状況に今さら魔道部隊を持ち出してきた。だが帝国の右翼が落ち着きを取り戻して湿地帯に潜んでいた伏兵を排除し始めている。魔法の射程が長いとはいえ、あの程度の魔術師では攻め手の銃の射程からは逃げられない。このままでは初動の遅い魔道部隊を守るために歩兵が盾になる必要がある。動きの遅いゴーレムでは遊撃には向かないからだ。
一方で帝国中央は完全に崩壊し散り散りに逃げ回っている。左翼の部隊がその穴を埋めるために移動し始めたが、連携が取れていない様で撤退する中央の兵が邪魔になり入れ替えが上手くいっていない。左翼からの進路上には少なくともまだ4つ隠蔽魔法が発動している。このままでは再び中央に集まった攻め手が被害を受けることになるだろう。
「しっかし帝国の銃、マガジンがついてないな・・・ どんな作りなんだろう? ていうかあの娘すごい美人だな。危ないから少し迂回してもらうか。」
左手で小石を拾い上げるとそのまま女性の進行方向を目がけて投げる。小石は音を置き去りにしてその女性から2m先に着弾し、3cmほどの小石とは思えない威力で地面をえぐり飛ばして進行を妨げた。そのおかげか彼女と一緒の班であろう別の兵が状況を探るため探知魔法を使い、隠蔽魔法を看破した。仕掛けられた爆弾を発見して慌てて班長らしき人物に指示を仰いでいる。その兵は魔法の精度が低い様で全てのトラップが発見できた訳ではないらしいが、距離を稼いで爆弾目がけて発砲し処理を行っていた。
「ま、今更結果は変わらないだろうからこれくらい良いだろ。」
瞬間だけ切り取れば連合の有利に進んでいるように見える。だが頼みの魔導部隊が魔法発動に詠唱必須な練度なうえ、兵士が持っている武器は雨天で使えない旧式の銃。だれが見ても勝敗は明らかだ。一度は手をかけた国が存亡の危機に追い込まれているところを見ると複雑な思いだが、今回は手を出すような気分ではない。
見切りをつけてミチ達のもとへ帰ろうとしたっが、少し大きな魔力を感じ取りジョンは振り返った。すると右翼の戦闘に赤いモヒカンの男が参戦していた。火の魔法を使い帝国兵を襲っている。先に出てきていた魔導部隊より練度が高く無詠唱で魔法を放っている。周りの兵士に比べて体術も優れており帝国兵へ接近し発砲を妨げるように立ちまわっている。時折銃撃を受けているが水の膜がそれを受け止め彼には届いていない。記憶が確かならばこの魔法と体術を組み合わせた戦闘スタイルは昔この辺りで一大勢力を築いていた部族の奥義、バリューツミスカだ。
「二属性か?だけどあいつからは火の発動しか感知できないな・・・」
ジョンが不思議に思い探知魔法の範囲を横に広げると城壁の辺りから水魔法の発動を感知した。おそらくモヒカンとは別にサポートのために控えている術者がいるようだ。
様子を見ていると調子に乗ったモヒカンが突出し、帝国兵から榴弾が撃ち込まれた。あの程度の水の防御では榴弾の威力を受けきることはできないが、モヒカンはそのまま敵を攻撃している。死ぬ覚悟でもあるのかと感心したところでその榴弾を雷が貫き爆発した。赤いモヒカン男を助けに現れたのは金髪の色男だった。彼は雷の魔法が得意の様で次々と帝国兵を撃退していく。
「見た目は正反対だけどなかなか連携がうまいな。金髪がうまくサポートしている感じだな。」
盛り返し始めていた右翼が再び硬直し連合軍の立て直しの時間を与える。中央にも何者かが現れたようで左翼の合流が止まっている。武器の性能は圧倒的に帝国有利だが、それを埋める連中がいるようだ。
「ちょっと近くで見てみたいな。」
野次馬根性が鎌首をもたげてジョンは準備体操を始めた。隠密魔法をかけてさらに準備を進める。彼はこの魔法があまり得意でないが、こういった場所ではほかに注意を引くものが多く見つかりにくい。さらに先程見た帝国兵の探知魔法使用者の練度の低さも相まって問題ないだろうと判断した。まだ戦場までは距離があるが念のため大きな音を立てないように駆け足で移動する。
近くに寄ってみると死んでいるのは焼け焦げた痕があり恐らくモヒカンが攻撃した連中だ。落ちている帝国製の銃を拾い上げて収納魔法に投げ入れさらに接近していく。
「かかってこいや!帝国のクソどもが!!」
だいぶ近づいたところで見た目通りのガラの悪いモヒカンの声が聞こえる。ジョンは背の低い木の陰に隠れて状況を観察する。金髪の男は無言で電撃を放ち敵を排除して行く。
「マラーク!せっかくクソ爺どものお守りから解放されたんだ!ちんたらやってたら置いてくぞ!」
「おい、あまり殺すな。」
モヒカンは気にしていないようだが、恐らく重傷者を増やすことで帝国への負担を増やす作戦だろう。重傷者の搬送や医療品の使用は大きな負担となる。さらにけが人の姿はケガをしていない兵にとっても有効な武器になる。火傷や身体の損傷は効率的に士気を下げることにつながるからだ。
「しゃらくせぇ!俺はそういう小細工が大嫌いなんだよぉ!!」
赤モヒカンはそう言うと一際大きい火球を帝国兵に向かって投げ込んだ。同じ連合国軍の中でも一枚岩では無い様だ。
「カーチス!八天王の役割を果たせ!」
マラークと呼ばれた金髪の男は苛立ちを隠せずに叫ぶ。しかし、カーチスと呼ばれた赤モヒカンの男は構わずに虐殺を続ける。帝国兵も魔法障壁を発生させる装備で対抗してはいるが、カーチスの攻撃を受け止められずに撃破されていく。ジョンは心の中で8人は多いだろうとツッコミをいれた。
「いい加減にしろカーチス!これ以上離れればガーベラの支援が切れるぞ!」
恐らく支援とは水の防御魔法の事だろう。支援魔法は術者との距離が離れすぎると効果が無くなる。おそらく城壁の近くで探知した術者がそうだと思われる。この距離を考えればかなり器用な実力者である。
「もともとそんなのは必要ねぇんだよ!臆病者は城で隠れてな!!」
「ふん、これ以上つきあってられんな。僕は中央の援護に向かう。せいぜい死なんようにな。貴様が死ねば我々八天王の恥だ。」
馬が合わないようでそう吐き捨てるとマラークはカーチスに背を向ける。中央と言えば先程の美人が向かっている場所だ。ジョンは慌てて男の後を追うが、何をしたいのか自分でも答えが出ていなかった。少し進むと丁度兵士がいない戦闘の空白地帯でマラークは立ち止まり振り返る。ジョンは慌てて急停止し息を殺したが、マラークはジョンに向かって声をかける。
「それで隠れているつもりか。カーチスは騙せても俺は騙されん。貴様、何者だ?」
あっさりと看破されてジョンは隠蔽魔法を解除し姿を現す。その怪しい姿にマラークは警戒を深めて雷魔法を展開し始めた。
「こんにちはマラークさん・・でいいよな? 俺は通りすがりの野次馬だ。特に何かすることはないから安心してくれていい。」
「見るからに怪しい奴に貴様なら気を許すか?どこの国の間者かと聞いている!」
マラークは眉間にしわを寄せて、かけていた眼鏡をあげると脅しのためか雷魔法をジョンのすぐそばに落とした。至極全うな意見に納得してジョンは答えた。
「正直に言うぞ? 花嫁探しの旅をしてるだけさ。中央の戦線にものすごい美人がいた。あんたが行くと死んじゃうかもしれないだろ? だからその娘を攫っていこうかと考えていたわけさ。」
答えを聞き、マラークは一瞬呆れたような顔を浮かべた。深いため息をつき、眉間を抑えて苛立ちを抑えようとしている。
「そんな話を信じる馬鹿がどこにいる?嘘ならもっとましな嘘をつけ。」
「んー、一応本当の話なんだけどな。もう一個の目標は友人家族の引っ越し先を探しに、ってことだ。まぁーそうだったんだけど・・・ まさかの戦争中だよ。お前さんどっか平和な落ち着ける所を知らないかい?」
答えを聞き終わりマラークがもう一つ深いため息をつく。少し間をおいてから特大の雷がジョンを襲った。マラークは向き直り中央の戦線に向けて踏み出した。しかし、違和感を覚えてすぐに振り返る。
「で、正直に答えたんだから良さそうな国を教えて貰えるかい?八天王のマラークさん。」
平然と立つジョンにマラークの表情が変わる。無詠唱とはいえ彼が使える魔法の中でも中の上の威力だったはずの魔法が全く効いていない。すぐさま彼は詠唱を開始して再度同じ魔法をジョンに叩き込み、眼鏡をかけなおした。
「二回目だ。マラーク、俺は答えた。お前は、どうする?」
驚きを隠せないマラークは持てる最大の魔法を詠唱してジョンに放つ。辺りは雷光で晴天の様な明るさと瀑布のような轟音に包まれた。ありったけの魔力を込めた一撃に今度こそと脂汗で濡れた眼鏡をかけなおした。
「あー、もしかしてあれか?自己紹介をしていないから怒ってるのか?それは申し訳なかった。俺はジョンだ。この辺ではドルネレスと呼ばれてた。」
「ば、馬・・ぅ、うわあぁぁぁっ!!!」
マラークは自身の持つ最大威力の魔法を最大の魔力で放ったがジョンは死なず、平然と立っていた。マラークは恐怖を感じ悲鳴を上げて城に向かって走り出した。しかし、走り出した先にジョンが先ほどの魔法よりも大規模な雷魔法を落とす。
「目が・・目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!」
彼の眼は光で焼かれて失明し、どこへ向かっているかもわからなくなり転倒した。ジョンに彼を引き留める理由は無かったのだがマラークの“脅し”を見て閃き、実験に付き合ってもらったのだ。
「雷は結界で守っても脅しには使いにくいな・・・すまん回復するからちょっと待ってくれ。」
マラークは転倒し暗闇の中、痛みと恐怖でのたうち回り悲鳴をあげていた。ジョンが彼に回復魔法をかけると視界は開け、痛みが嘘のように引いた。
「馬鹿な・・・馬鹿な!!回復魔法だとっ!!」
転倒し泥まみれになったマラークが四つ這いのまま困惑を隠せない表情で言った。ジョンは彼が落とした眼鏡を拾い上げて渡すと肩を叩いて言った。
「君の眼は治った。それで良いだろ? それよりもあの美女が心配なんだ。君らの戦争に今の所は口出しする気は無い。わかってくれるか?」
強まる雨の中マラークはまったく理解できない主張をする男に頷くしかなかった。
「で、ものは相談だが・・・ ちょっと派手な魔法を使おうと思うんだ。でも両軍になるべく被害を出したくない。お前さんは八天王って地位にいるんだろ? うまいこと兵隊を誘導して下げてくれないか?」
頭が真っ白になっているマラークは意図が理解できずに質問を返した。
「な、なぜそんなことを・・・? 連中は追い返してもまたやって来る。手痛い打撃を与えない限り戦闘は繰り返されて兵たちは・・いや、引いては国民が犠牲になる!奴らを倒すしかこの国を守る手は無いんだ!」
喋りながら冷静さを取り戻しマラークは饒舌に語り出した。ジョンは無い知恵を絞ってこの眼鏡を説得する言葉をひねり出そうとしたが、特に思いつかなかったためしどろもどろで答える。
「そこは・・ほら・・・外交で・・ね? 何とかしてくれよ・・・ 昔みたいに偉い奴をぶっ飛ばして終結!って手が使えるなら俺も頑張るけど・・そうもい」
「マラーク様からはなれろぉぉぉぉぉ!!!」
威勢のいい声が聞こえたと同時に等間隔で美しく並んだ水の槍がジョンに降り注ぐ。マラークは素早く後退して巻き添えを避けた。連続で降り注ぐ水の槍が泥を巻き上げて視界を悪化させジョンを隠す。
「マラーク様ぁ!ご無事ですかぁ!?」
赤い髪の露出の高い女は勇ましい登場とは裏腹に猫なで声でマラークに近づく。
「ガーベラ!君が出てきては他の者へ支援ができないだろう!?」
「マラーク様が強力な魔法をお使いでしたのでぇ・・何か問題があったのではないかとぉ・・・私の浅慮をお許しください!」
くねくねと腰を振りながらガーベラはマラークへ近づきその手を取り、潤んだ瞳で見上げた。しかし、マラークの顔は緊張で強張り、彼女を見ていない。普段ならすぐに放りほどかれる手もそのままだった。
「邪魔も悪いから俺は退散するわ。」
二人の会話に入り辛いとは感じつつもジョンが声をかける。死んだ筈だと油断していたガーベラは驚き、どさくさに紛れてマラークにすがりついた。
「き、貴様!なぜ生きているっ!?」
「そこは割愛。」
ガーベラへ言い残してジョンは再び隠蔽魔法をかけてから中央の戦線に向けて走り出す。ジョンの動きを見てガーベラが一歩踏み出すがそれをマラークが制止した。
「マ、マラーク様!?」
「あれは君に、いや、我々八天王全員でも勝てない。化け物だ・・・!」
マラークはガーベラを持ち場に戻るように説得しジョンが消えていった方を見る。そこに中央迎撃部隊が苦戦しているとの通信が入った。彼は向かうべきだと判断したが、体が震えて踏み出せずにいた。
「クソ!何なんだあいつは!?」
才能に溺れず努力を重ねることで平民から八天王に入ったマラークは自らを一騎当千、引いては八天王最強と自負していた。しかし、彼のプライドは打ち砕かれ、ジョンに対する恐怖すら感じている。軍人として向かうべき責任があるが、気持ちの整理がつかず立ち尽くす。なんとか国民を護るという意志と義務感で恐怖を抑え込み走りだす。そこに今度は中央迎撃に四神将投入の通信が入る。
「四神将だと!?どうなってる!!」
四神将とはこの首都防衛の最終ラインである。普段は城壁の東西南北に造られた物見塔に配置され国を護る結界を張っている者たちだ。顔を知るものはほぼおらず、全会一致の出撃要請しか受けることはない。どうやって選定されているかも代替わりがあるのかも機密で、存在しか知られていない。その通信から間もなく籠城を指示する通信が入った。定まらない指示にマラークは困惑する。
「くそ!!一体何が起こっている!?」
理解できない状況にあるが、彼には八天王として兵の撤退を援護する責任がある。殿を務めるために中央よりも近い連合左翼に向けてマラークは移動を開始した。
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