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魔王さまは涙もろい  作者: 南部
21/67

アスペリアでの戦い

『全軍前進!! 厚顔無恥な連合どもに鉄槌を下すのだ!!!』


伝播術式によってノイズ交じりに神聖モーゼス帝国のボン中将の声が響く。薄曇りの空のもと1万の軍勢は号令に従い前進する。ろくに隊を率いたことのないお飾りの中将の声は耳障りで仕方ないだろう。しかし兵たちの士気は高かった。なぜなら技術開発室の開発した新型魔導兵器によって連戦連勝していたからだ。


「ブライアン、今夜はどっちが奢るか勝負しないか?」


ブライアンと呼ばれたくたびれた顔をした男はかぶりを振ってぼそぼそつぶやく。


「アルド、お前の悪い癖だぞ。今回は敵の首都・・・ さらには功を焦った中将さまの直接指揮だ。ご丁寧に少将殿を本国に送り返してな。幹部も総入れ替えされてる。”不測の事態”が起きても対処できない。油断するな。」


これまでの勝利はどこも地方戦線であり、敵主力部隊との衝突はなかった。まして帝国と因縁のある連合国は国交がなかったため戦力が不明である。偵察のため部隊も派遣したが帰還せず日数だけが経ち、それに業を煮やした中将により今回の強行作戦が決まった。ブライアンの弱気の発言にアルドは声を殺して笑い、馬鹿にしたように言った。


「ブライアンお前は考え過ぎなんだよ!こいつがある限り負ける訳ないだろ?全く技術屋様様だぜ!」


アルドは抱えた小銃をポンポンと叩いて見せた。この新型の射程は点目標300m・面目標は400mに及ぶ。最大連射は250発という耐久性にも優れた銃だ。他国の採用銃と比べても頭一つ抜けた性能である。一番の特徴は使用者の魔力を弾丸に変えて打つマジックバレット機構である。使用者の最大魔力量により弾数が安定しないのが玉に瑕だが、リロードの手間も重い弾を持ち歩く必要も無いため革命的であった。腕へ取り付けられた生体認証が施された補助機関がなければ機構が発動しないのも重要な点であり、奪取されても他国の兵が使えない理由である。


「用心が過ぎることは無い。それでも何か起こるのが戦場だろ?特にここは嫌な予感がする。」


「だから考え過ぎなんだよ!前時代のガラクタしか持ってないような小国に敗ける訳がないだろ!」


「アルド!黙っとけ!」


次第に熱が入り声の大きくなったアルドが班長にどやされた。二人のいる班は隊列の左翼後方に位置し、緊張感に欠けるところがある。先発隊が踏み荒らした農地は水を吸ってぐちゃぐちゃと足にまとわりつき行軍を妨げる。さらに今は春、種まきの時期で家畜のフンがすきこまれ異臭を放っている。発酵をしっかりしていないのだろう、これではすぐに種まきはできない。農家出身のブライアンはぼんやりとそんなことを考えながら辺りを見回した。見通しは良く、辺りに敵兵の姿はない。牛糞にしてはやけに硫黄の匂いがすること以外は異常がない。


「しかし臭いな・・・ ラートカ!状況は?」


班長のニールは観測手に声をかける。ラートカと呼ばれた男は双眼鏡を持ちながら周囲の警戒をしていた。感情が読めない顔ではきはきと答える。


「変化ありません!中央の足が速いくらいです。連中突出しています!」


中央の隊は街道を使っているため容易に進軍出来ている様だ。頭が中将のお気に入りに挿げ替えられて隊員の士気は下がり、何名かが懲罰大隊送りになっていた。足並みの揃わない状況だが、後方の本営からは指示が無く、各隊の観測も連携が取れずにほぼ機能していない。


「中将のお気に入りはテーブルマナーも知らんらしいな。」


苦々しい顔でニールが零す。本来であれば安全な後方から観測員をうまく連携させて指示を出すのが本営だ。それが手の届きそうな場所にわかりやすい拠点をこさえて傍観を決め込んでいる。隊列の乱れを突かれれば数の利が失われかねない危機にもかかわらずだ。指揮も取れないこんな本営であれば撃破された方が士気も上がるだろうが、各員が持たされている食料は携行品で長く使っても5日分。本営が連れている随伴兵が食われれば生死に関わる。


「曹長殿、私は聞かなかったことにします。」


ブライアンが相槌をうつ。親の七光りと権謀策術で昇進したボン中将は実践経験が無い。彼がもう一歩昇進するのにはどうしても実戦での戦果が必要だった。今回の作戦は彼の昇進のための戦である。戦争経験のない彼は物量と新兵器の力で乗り切れるとたかをくくっているのだ。いつもであれば腹心のギリー補佐官が付いて彼を御しているのだが、今回の作戦に乗り気でなかったため更迭されて内地でコーヒーをすすっている。ギリー補佐官という騎手を失ったボン中将は思うままに走り出したのだ。


「ここで置いて行かれては問題になるな。前方部隊は何と言ってる?フィッツ隊に通信入れろ、連中なら先頭に近い。」


辺りは天気の悪化により次第に霧が立ち込め始め、見通しが悪くなってきた。ラートカの観測も難しくなりニールは通信兵に尋ねた。だが通信兵のアビゲイルは眉間にしわを寄せながらかぶりを振る。


「何を言っているか聞き取れません。だいぶ混乱しているようです。本営からの指示もありません。」


「一体何・・」


ニールが何か言いかけたところで前方中央部から爆音が響く。爆発音は瞬く間に左翼まで到達し、左翼先頭部隊を吹き飛ばした。混乱した他班は逃げ始めたが、ニールは班員を少し後退させてあぜ道に身を隠す様に指示した。敵前逃亡は銃殺もありうるからだ。


「アビゲイル!通信は!?」

「ダメです!妨害術式を観測!状況不明!!」

「ラートカ!前方部隊は!?」


「爆煙と霧により観測不能!中段は発砲しながら後退してきます!」

「ちっ! 指示があるまで後退できん!!アルド・ブライアンは側面を警戒しつつ現状維持!」

「「了解!」」


「班長!前方ゴーレムです!巨大なゴーレムが!!」

「なに!?」


「! フィッツ隊きます!」

「援護しろ!」


「ニール!防衛ラインまで下がるぞ!!」

「撤退指示か!?」

「ポートム隊が吹っ飛んだ!それ以外がわからん!うちの通信手もやられて本営と連絡がとれん!」

(上席部隊の壊滅なら我々が責を負うことはないな)

「わかった!全員撤退フィッツ隊と下がるぞ!ガストン!あのデカブツの足元に榴弾をお見舞いしてやれ!」

「了解!」


熊の様にガタイの良い男は筒状の物を肩に担ぐと引き金を引いた。筒から放たれた弾は弧を描き狙い通りゴーレムの足元に着弾。足元で前進を開始していた連合国の兵士ごとゴーレムの足を吹き飛ばして15mはあろう巨体が前のめりに転倒した。巨大なゴーレムはそのまま匍匐の状態でじりじりと前進し、連合国兵はそれを盾に発砲を行っている。


「おかわりは!?」

「言い訳には十分だ!防衛ラインまで下がるぞ!!負傷者に手を貸してやれ!ブライアン・アルドは後を頼む!さぁ走れ走れ走れ!!」

「「了解!」」


フィッツ隊を先頭に後退を開始する。すでに中央は崩壊し撤退を開始、左翼も先発部隊が壊滅、右翼のダメージは軽微で陣形を保っているが中央を突破されたため戦列が分断。背後の湿地に後退を余儀なくされている。


「少将殿であればこんなことには・・・」


撤退中の兵から口々にそんな言葉がこぼれる。作戦開始から僅か数時間(接敵から計算すれば数十分)での撤退など帝国では例がない。


「通信復帰!コールドマン班からです!・・あ」

「なん・・」


ニールが内容を聞く前のタイミングで進行方向から爆音が聞こえ、煙が上がる。


「ゴーレムです!コールドマン曹長は戦死、ミザズム伍長から合流の打診です!」

「くそっ!どうなってる!!なんだあのでかいゴーレムは!?とにかく早く来るように伝えろ!ガストン・ラートカ!フィッツ隊を援護!ミザズム班合流後にフィッツ隊に続いて南東の森を抜けて迂回しながら拠点までもどるぞ!」

「「了解!」」

「ニール曹長!通信再度切れます!妨害です!」

「ミザズム伍長ほか4名合流しました!」

「ミザズム!フィッツ隊に続け、急ぐぞ!アビゲイルは通信復帰に努めろ!」

「了解しました!」


連合軍の銃撃が届き始め、接近を知らせる。連合軍の小銃はリボルバー機構が搭載されている。有効射程が面で250mほど、かなり接近を許している状況だ。発砲の音から察するに敵は大隊規模である事が予想される。


「ガストン!連中にデカいのを食わせてやれ!」

「了解!」


帝国製の榴弾砲は水平発射すると200mほど先で落下着弾する。相手を警戒させ進行速度を削ぐには丁度いい武器となる。ここでぐずついていた空にはいつのまにか厚い雲が広がり、霧雨が辺りを濡らし始めた。マジックバレットを採用した帝国兵器には影響が無いが、ラードを染み込ませた紙巻の薬莢を採用していた連合国には致命的であった。魔法を重じている連合国には科学が軽視される風潮があり、正規軍といえども他国から仕入れた全時代的な兵器しか持ち合わせていなかったのだ。一気に畳み掛けたい連合国軍だったがこれにより追撃をあきらめざるを得なかった。ゴーレム単体での追撃には反撃速度の面で難がある。鈍重なゴーレム単体では歩兵に食いつけないのだ。もともとゴーレムは製造に難があり量産する事が難しい。数を減らすわけにはいかない連合側も撤退を余儀なくされて追撃が止まった。帝国軍はここで切り返すチャンスだったわけだが、一度広がった混乱は収まることなく全軍を駆け巡りもはや戦闘どころではなくなっていた。


「全員無事か!?」

「ニール曹長!アルド二等兵が!」


ブライアンとガストンがアルドを引きずって合流する。左肩に一発と胴に数発銃弾を受けて意識レベルが低下している。肩の傷は貫通しているが、背中から受けた銃弾は左肺と腹部で止まり、血に混じって糞便の匂いが漂っている。


「大丈夫だアルド!フィッツ!衛生兵を回してくれ!!」

「今死んだ!本営まで持たせろ!」

「!」


アルドの体は強い痙攣をおこして何度もはねた後動かなくなった。アビゲイルが首筋で脈を確認して心肺蘇生を開始したが反応がない。


「アルド帰ってこい!アルド!」


心臓マッサージをアビゲイルから引き継いだブライアンが叫ぶが、恐慌に陥った帝国軍の中でその声は掻き消されてしまった。



この後左翼の部隊は通信が回復したせいで本営の指示により中央へ展開します。通信兵のアビゲイルは美人さん。アルドは人懐っこいお調子者。ブライアンは農家の三男坊。ガストンは気の良いおじさん。ラートカは酒好き。ニールは三児の父。アルドとブライアンが新兵のため後方配置でした。

ちなみに中将の名前はボン・クラーダ

補佐官は吸血一族のスパイです。

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