移動中
昔々、人間はあまりに横暴で神様に見放されました。愛想をつかされ、加護を奪われた人間はほかの生き物達に勝てなくなりました。自らの力と信じていた膂力は神様の塔を作るために与えられた物だったのです。与えられた力を失った人間は、今まで見下してきた相手に同じ仕打ちを受けました。ようやく自分たちがしてきたことを理解し後悔します。それから多くの人間たちは、他の生き物達を知り、暮らしを変え、歩み寄って行きました。大きく変わった人間たちを多くの生き物が受け入れて、平穏な時代が続きました。
しかし、一部の人間はその状況をよしとせず神様を恨み、他の生き物たちを憎んでいました。迎合を良しとせず、次第に平和に生きている人間たちも見下すようになったのです。彼らは自らを断罪者と呼び、観察を始めました。
最初はただ見るだけでしたが、徐々に活動時間や行動などを記録し、研究と呼べるものになっていきました。彼らは学習し伝え、道具や作戦を作ることで力の差を克服しました。そして、今度は守護者までも倒してしまったのです。倒した守護者を切り刻み、それを仲間の体に刻み込み、使えなかったはずの魔法を手に入れました。魔法を手にした彼らは神様へ反逆の狼煙を上げました。世界は戦乱の世へと立ち戻ってしまったのです。断罪者の姿はおぞましく変わり、最早人間ではなくなっていました。この時から彼らを人間ではなく魔法を使うもの"魔族"と呼ぶようになりました。
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大きな木の木陰、皮でできた大きな敷物で休んでいる二人組がいた。干し肉と豆を茹でた簡素なスープを作り、味わっている。尾根伝いにリールの町を目指して進んできた二人だが、一休みするにはあまりに風が強かった。そのため少し下った立木のある場所で休憩を取っていたのだ。
「場所が変わるとおいしく感じますね。」
簡素なスープだったが、気を使ったのかミチはおいしいと評価してくれた。自分で食べてもさしてうまいとは言えないがうれしいものだ。
「あんまり気を使わなくていいからな? 町に出ればもっとましな物が作れると思うから、それまでは我慢だ。我慢!」
塔を出てからすでに一週間が経っていた。尾根伝いに進めば着くと言われていたが、一向に着かない。果たしてこの方角であっているかもわからない。別に急ぐ旅でも、物資が足りないわけでもないが、早く着いてうまいものが食べたい。それにミチは塔から出たことがない。いろいろな物を見せてやりたい。そう思いながらピクニックセットを片付ける。
「さぁ、出発するか。」
ミチが頷いたことを見届けて出発する。もう一度尾根に上がり南下する。下を見渡せば針葉樹帯が広がり麓は見えないほど高い。200年前に一度通っているはずだが、もはや覚えていない。どの位歩いたか覚えていれば目安にはなったのだが当時は傷心でなぜここに来たかも定かではない。
「何にもいませんねー。」
「そうだなー。こんな辺鄙な場所には相当な理由が無いと来ないよなぁー。」
ダンジョンはあるが銀狼族か守り、そこらにいる雑魚も高レベルで、厄介な状態異常持ちも腐るほどいる。この険しい山を越えなければ辿り着くこともできない上に攻略が至難の技。そうなれば誰も来たがらない。俺が来た当時だって地図などはなく、あるかどうかもわからないダンジョンだったのだ。ここまで誰も来ていないところを見ると忘れ去られてしまったと断言できる。
ダンジョンは本来、冒険者やモンスターが集まりしのぎを削る場所だ。冒険者はまだ見ぬお宝と名声を、モンスターは自分の城を。それらのものが死んだ時に放出される魔力をダンジョンが吸収してまた成長。このように持ちつ持たれつの関係で賑わっていく。ダンジョンで多く取れる魔石は生活に欠かせない必需品だ。加工され武器や日用品として販売、流通している。大きな物は国が買いとり兵器になることもあるそうだ。他にも貴金属や冒険者の武器など様々なものがある。入りが良ければ話題にあがり、また沢山の冒険者を呼ぶ。
「あ、お館様。何かいますよ!」
ミチが指さす方向にゴブリンが数匹いる。群れで行動する弱い部類の魔物だ。人も襲う魔物だが、弱すぎて塔近くの森では見られない。だが、ここまで離れると生息しているようだ。
「あぁ、ありゃゴブリンだな。ちょっと肩慣らしに苛めてみるか。」
ここ最近はみんなが取ってくる獲物をちょろまかしていたため運動していない。どれほどなまっているかが気になる。空間魔法から武器を探しているとミチが言った。
「あの、お館様。もう逃げました・・・」
「あっ!?」
もたもたしていたのはもちろんある。だが、連中は相手との力量差など関係なく襲ってくる。ある意味無謀のトップランナーなのだ。それに逃げられるとは。
「やっぱりミチがいたからかなー。銀狼族は強いからな・・・」
神に仕えると言われる銀狼族は、おとぎ話に出るくらいの有名な魔物だ。さすがのゴブリンも怖じ気づいたのだろう。そう思っていたらミチの怪訝な顔が見て取れる。
「いいえ、違います。十中八九お館様が原因です。私たちは慣れていますが、お館様の力が大きすぎるんです。」
「そう・・ なの・・・?」
ミチの反論に面食らう。今まで指摘された事も、気にした事も無かった。気をつければ隠せるため問題ないと思う。だが普段から思っていたなら教えてくれてもいいものだ。それも気になるが、それ以前にやろうとしたことができないとモヤモヤする。
「よし、それは置いといて他の奴を探そう! 要は逃げられなきゃいいんだ。"ディテクション"!」
これは探知の魔法で、辺りにいる生き物を探すことができる便利なものだ。これを使って相手の移動よりも速く接近し、2〜3発どつきあえばだいたいわかるだろう。魔法の範囲を徐々に広げていく。
「おっ、ストーンゴーレムがいる。あいつなら遅いから逃げられる事も無いだろ! 本気でやってみるから離れててくれ。」
「わかりました!」
500mほど先に標的を見つける。目を凝らすと疎らな木々の陰から巨体をちらちらと確認できる。同じくらいの距離に先ほど逃げたゴブリンがいるようだが、単純に硬いほうを選んでみた。注意を促してからミチと距離を取り、力を込めて思い切り踏み切る。
「きゃあっ!」
踏み切ったあとで悲鳴を聞き振り返ってみると、先ほどまで立っていた地面が弾け飛び、礫となってミチに襲い掛かっていた。無理に振り向いたためバランスを崩し着地点を見失う。木々をなぎ倒し、気付いた時にはストーンゴーレムのいた辺りに激突し粉砕していた。ゴーレムが立っていた場所には深さ1m、直径5mほどの穴が形作られた。時間にしては数秒だったのだが、やらかしてしまった。
「お館様! お怪我はありませんか!? 」
もぞもぞしているとミチがやってきて声をかけてくる。やらかしてしまったのに逆に気を遣われてしまった。
「こっちは大丈夫! ホントにゴメン!! そっちこそ大丈夫か!? 」
焦ってしまってそれ以上の言葉が出てこない。体勢を立て直しながらとにかく謝る。
「いえ! 問題ありません!! 少しびっくりしただけですから! あ、あ、頭を下げないでください!」
申し訳なくて頭をさげたのだが、ミチのほうがそれを見て縮こまってしまい、結局二人でぺこぺこと謝りあってしまった。
「ゴオォォォォォ!!」
核が砕けていなかったストーンゴーレムが、二人がわたわたしている間に形を取り戻し咆哮をあげる。ゴーレムはその場の守護を主として作成される。逃げるという選択肢が無かったのだろう。
「「うるさいっ!!!」」
振り向き様に拳を振り抜き黙らせる。予期せずミチとシンクロし、強烈な一撃がゴーレムを再び粉々にする。ミチもフンスと鼻を鳴らして満足げだ。
「あ、お館様! こんなのが出てきました! 」
ミチが赤い宝石を発見した。このゴーレムの核はルビーだったようだ。核を魔力がこもりやすい宝石にすることでゴーレムはより強い力を持つようになる。こいつを作った奴は金に余裕があったのだろう。
「何となく不憫だから、持っていってやろう。」
自由意思のゴーレムもいるが、このゴーレムはそうではなかった。指定された場所を守り続けるように作られたようだ。例え守るべき館や主人がいなくなっても。このように作られた存在は元より強い魔力を流し込むことで所有権を上書きできる。改造なんかも出来るが、それは後でもいいだろう。
「それ、どうするんですか?」
ミチが興味津々といった様子で聞いてくる。特に決めてはいないが後で役に立つことも有るかもしれない。
「決まって無いけど、欲しいか? 」
「い、いえ、綺麗だなーと思いまして。」
にこにこしながら話すミチにピンと来た。だが、一度核として魔方陣が刻まれたものは削り直しても不完全な形でゴーレムが再生される可能性がある。これを宝飾品として渡すのは気が引ける。
「あぁ、これはダメだけどたしか・・・」
話ながら押し入れを漁る。たしか大昔に手に入れたものがあったはずだ。
「ミチにはこれをあげよう!!」
ようやく見つけたそれはダイヤモンドの首飾りだ。勇者時代に呪いの聖女を倒した報酬として本人から貰ったものだ。シンプルなデザインだが、破邪と身代わりの祈りが込められている。
「あわわ、も、ももうしわけありません! さいそくしたわけじゃ・・」
顔を紅くして慌てるミチに手渡そうとする。だが、少し逃げられたので取り押さえて首にかける。
「いいから貰ってくれよ。タンスの肥やしになってるよりも誰かがつけたほうがこれにとってもいいんだから! 」
近所のおばちゃんのような言い訳を聞かせながら受け取らせる。すっかり忘れていたが、おっさんが身に付けるよりは聖女もうかばれるだろう。
「はいぃぃ! お館様だと思って命をかけてお守りしますぅぅ!」
「いやいや。大事にするのはいいけど本末転倒だから。」
顔を真っ赤にして嬉しいのかなんなのかわからなくなったが受け取ってくれた。ゴーレムが教えてくれたことは、手加減大事、絶対。そういうことだ。
「さて、そろそろ行くかー。」
「ひゃい!!」
まだ浮き立っている様子のミチを連れて歩き始める。よほど気に入ったのかミチは時折ダイヤを見て恍惚とした表情でため息をついている。気に入ってくれたのならプレゼントした意味はあったようだ。あれだけ喜ぶのならあとでもう少し押し入れを漁って見るのも楽しいかもしれない。だが、今気にしなければならないのは別のこと。つまり、いつまで経っても着かないリールの町だ。ノアさんの移動速度を全く考慮していなかった。一体どれくらいの速さでどのくらいの期間で到着したのだろうか。ミチに聞こうにも彼女は塔から離れたことがない。チラリと顔を覗くと視線に気付いたようで、優しく微笑む。
「よし! ちょっくら本気でディテクション使う! 」
敷物を取りだし、二人で座る。意識を集中し、探知魔法を使った。1km程の情報が頭に入ってくる。さらに範囲を広げ、探っていく。かなり離れた場所でようやく大量の人間を発見した。
「あっ! これっぽい! 」
「さすがです! お館様! あとどれくらいのかかりそうですか?」
「このまま直進であと、50kmくらい・・・」
「・・・・」
今までの道のりから考えればあと少しだ。歩いて行くとまだかかりそうだ。
「お館様。乗りますか? 」
「何に?」
「あの、元の姿に戻って走ればすぐに着くと思います。」
急の申し出だったために呆気に取られたが、そういえばミチはノアさんと同じくらいの体格だ。女の子に乗るのは気が引けるが、凄く楽しそうだ。
「お願いしてもいいか?」
「お任せください!!」
小さな胸を張ると、ミチは狼の姿へと戻る。不思議な特性だが、細かいことはどうでもいい。伏せの体勢をとったミチにまたがり、首の辺りの毛を掴む。柔らかいさらさらの毛が心地いい。
「準備はいいですか? 止まりたいときは教えて下さい。それじゃあ、行きますよ!!」
あっという間に加速し、風のように進む。思ったほど揺れも無く温かくて気持ちいい。勿論風が当たっているところは寒いがそんなことはどうでも良かった。
「気持ちいいーーー!」
「え!? なんですか!?」
風の音で聞こえないようだ。聞こえていようがいまいが、どうでもいい。
「きーんもちいぃぃいいーーー!!」
支えられ駆け抜ける。この疾走感がたまらない。密着する安心感に包まれながらリールの町に到着した。あまりの早さに少し物足りなかったのだが、ミチの許可が降りればまたやって貰おう。話しかけても聞こえないならどうやって止まる気だったのかわからないがそこはおいおいだ。
「お館様! あれがリールの町ですか? 」
「きっとそうだろ! でなきゃ困るな・・・」
1kmほど先に壁に囲まれた大きな町が見える。堀が廻り跳ね橋が架けられている。どこかと戦争でもしているのだろうか。かなり厳重な警備である。城壁の上には巨大なバリスタが数基設置され、巡回する兵が見える。なぜ1km先が見えるかというと、物置から取り出した双眼鏡を覗いているからだ。
「物々しいですねー」
「そうだなー。・・・て、えっ!?」
肉眼で見ているはずのミチから、さも見えているような発言があった。
「・・・見えてる・・の?」
「はい! ある程度は!」
思わず小声になってしまったが元気一杯の返事が返ってきた。見えているらしい。おおよそ1kmはあるのだが、かなり詳細に見えているようだ。何点か確認したが、しっかりと言い当てた。
「狼の状態だと割と見えるんですよ! 人型の時は慣れてないのでそこまで見えませんけど。でも色はとにかく綺麗に見えます!」
狼は視力が悪いと聞いたことがあるのだが・・・。獲物を素早く発見するために進化したのか、それとも単純に目が大きいからよく見えるのかはわからない。
「塔にいる時はずっと狼の姿のままでしたから色なんか気にしたことありませんでした。でも、お館様から頂いたこの石。とても綺麗です・・・」
また恍惚とした表情を浮かべている。狼の姿のままで。イヌ科の表情筋が少ないとの情報は間違いだったのだろうか。この家族は様々な表情を見せてくれる。
「気に入ってくれて良かった。また何かあったら見せるよ。」
ミチはそれを聞くと尻尾をブンブンと振りながら嬉しそうに頷いた。
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石造りの薄暗い建物。壁や柱はきらびやかな装飾が施され埃一つ無い室内からは豊かな暮らしが伺える。その広間の奥、金で彩られた豪奢な玉座に不機嫌そうに座る女がいた。年の頃は二十歳そこそこに見える。少しウェーブのかかった長い髪は青黒く、夜の闇を思わせる。赤く鋭い眼光は目の前の男に注がれている。一つため息をつくと沈黙を破って口を開いた。
「パルマー。貴様に任せた件はどうなった? お前は聞かなきゃ答えられんほどの無能か?」
女は静かに、怒気をはらんだ声で震える男に質問した。
「は、はは、はいぃぃぃぃ!申し訳ございません!! ただいま配下を使って交渉しておりますぅ!! 今しばらくお待ち下さいぃぃ!!!」
パルマーと呼ばれた小太りの男はひざまずき、滝のような汗を流しながら答える。命令がうまくいっていないことの"お叱り"を受けているようだ。女はその姿を見て深いため息をつき、再び口を開く。
「三日だ。三日くれてやる。それでお前が役目を果たせなければ命は無いと思え。無論、お前の血族もな。」
「お・・仰せのままにぃ!!! 吸血姫エルザベート様!!」
そう叫ぶとパルマーは大慌てで広間を出て行った。エルザベートはそれを見送ると、忌々し気にため息をついた。
ご覧いただいた方のちょっとした暇つぶしになれば幸いです。