森にて7
「ほんっっっとーに申し訳ありませんでした!!」
レイコは申し訳なさそうに地面に両手をついて頭を下げている。焦りはしたが、こちらに被害が出たわけでも彼女が怪我をした訳でもないのだから謝る必要などない。慌ててやめさせ、空間魔法から椅子を取り出して座らせる。家財道具を持ち出していた事が役に立った。
「いやいや、謝らないで! 怪我もなく済んで本当に良かったよ。不用意に渡したこっちも悪かったし・・・ホント謝る必要なんかないから!」
「ありがとうございますー・・・なんと言いますかー・・・ 死者の秘石に自我があるなんて本当に知らなかったんです!ましておじい様と約束していたなんて知らなかったんです!」
「お祖父さんと約束?よくわからないけど・・・そういえばバラムさんが吸血一族なら会話ができるとか言ってた様な気がする・・・ で?石はなんて言ってたんだ?」
「えーっと・・・ もし孫に会ったら”息災であれ”って伝えてほしいと頼んでいたみたいなんです。死者の秘石を対等に扱っていたおじい様は気に入られていたみたいなんです。言葉だけでは感謝しきれないと私に足りない戦闘に関する力を与えてくれたってわけなんですが・・・ それを・・あの・・・ビビっちゃってー・・さっきの有様です・・はい・・・」
「そっかー・・ で、話が変わって申し訳ないんだけどさ。なんとなくなんだけど・・レイコさんはバラムさんの・・お孫さん?」
「あ、はい。私が唯一の血縁です。」
「やっぱりかー。なんとなく優しそうな目の辺りがそっくりだなーとは思ってたんだ。ところで・・・唯一?ご家族さんは?」
「一昨年に魔人と戦闘があったんですが・・勝てないと判断した母が自らを依代として敵を封印しました。叔父はその時に時間を稼ぐため戦死しました。」
「そうだったか・・変な事を聞いて申し訳ない。」
「あ、いえ!気にしないで下さい! 私は褒められる事で乗り越えたんです!同情は要りません!褒めてください!!」
なんだか話が明後日の方に飛んで行ったが、悲しみの乗り越え方は人それぞれだ。これが彼女なりの答えなのだろう。とりあえずいつも通り頭をわしわしと撫でながら褒めてみる。
「自分の気持ちを整理するのはとても難しい。人の生き死になんて言ったらなおさらだ。それを受け入れて前に進むなんて本当にすごい。バラムさんとリディアさんもきっと誇らしく思ってくれているよ。」
やってから気がついたのだが、これはミチに対してのやり方だ。信頼関係の無い、ましては女性へ対する態度としては最悪だ。背筋にヒヤリと冷たいものが走り次の行動を考えようとするのだが、頭が働かない。そうこうしている間にレイコは肩を震わせ泣き出してしまった。
「ご、ごめ・・いや、すみません!女性にこんな馴れ馴れしく・・」
「あっ・・その! ち、違うんです!母の・・母の名前を覚えている人がいたのが嬉しくて・・・!」
それ以上は言葉にならず全く聞き取れなかった。レイコはすがりつく様にこちらの左肩口に顔を押し付けて号泣し始めた。年数を生きているだけでこういった状況に明るく無いためどうして良いかわからず不甲斐なく固まるしかなかった。すると、先ほどまで暇そうにウロウロしていたミチが幼子をあやす様にやさしく言葉をかけながらレイコの背中を撫でた。思いの外面倒見がいいところを見る事ができて嬉しい。というかこんなに気を配れるとは今までの流れで全く把握できていなかったので感動すら覚えた。そんな事を考えながらもレイコが号泣している状況に変わりは無い。落ち着くまで待つしかないだろう。
「・・・ず、ずびばぜん・・」
しばらくして肩口が様々な汁でぐしゃぐしゃになったがようやくレイコは泣き止み、一人で座り直した。せっかくの綺麗な顔がガビガビになっている。
「大丈夫・・かな?」
だめだとは思いつつ腫物を触るような対応になってしまった。重ねて言うが俺は女性に対する対応など生まれてこのかたまともにできた試しがない。下手に話しかけてまた号泣されてはかなわないから初級の水魔法で濡らしたタオルを準備して手渡す。レイコはペコペコしながら受け取り恥ずかしそうに顔を逸らして拭いていた。
「ありがとうございます。さっきからお見苦しい所ばかり・・・申し訳ありません。私以外に母の名前を覚えている人がいると思わなくて・・・嬉しくてつい。」
「さっきもそんなこと言ってたけど、リディアさんは人気があった様な気がするんだが・・・ どう言うことだ?」
レイコは少しだけ悲しそうな顔をした後、意を決した様に話し始めた。
「はい。先ほど少しお話ししましたが、一昨年魔人と戦って己を依代として敵を封じました。しかし、母は民に好かれていまして、封印を壊してでも解放しようとする連中がいましたので母自身が忘却の魔法を使ったのです。」
「そう言うことだったかー・・・ 器用な人だったしな。じゃあ一緒に封印されてるだけで、死んではない訳だ。」
「多分・・・そうだと思います。本来は魔石や神石を依代に使う封印で、解放した後は魔石も神石も戻ってきます。あの時は敵が強すぎて準備できた魔石が力不足だったんです。その場にいた一族の中で一番強かった母が依代を買って出たんです。」
「できた人だもんなー。美人で気遣いができて責任感もある。そりゃーモテるわ。」
「でも・・でも残される者のことも考えてほしいです!」
確かに本人が納得していても周りの人が納得しているとは限らない。レイコはどうも感情の起伏が大きい様な感じを受ける。おそらく乗り越えたと言っても心の傷は癒えていないのであろう。近しい人間がいきなりいなくなるというのは経験があるがなかなかに堪える物だ。
「それじゃ、直接文句を言おうじゃないか。」
「は? あ、すみません・・・と言いますと・・・?」
予想していなかったのだろうレイコは一瞬何言ってんだこいつと言った様な鬼の形相になったが、すぐに我にかえった様で言葉を変えて聞き返した。彼女の苛立ちはリディアが忘却の魔法を使ってまで封印を隠した魔人を復活させようというのだから無理もない。
「復活させて倒せばリディアさんが戻ってくるんだろ?友達の家族を街まで送らなけりゃならないからすぐにって訳にはいかないけど多分なんとかなる。封印の解除も予想が当たっていればおそらく解除可能だ。」
レイコはせっかくの美形を歪めながら明らかな怒りを持ってこちらを見据えた。
「さっきからなんなんですか!多分とかおそらくとか!一族の精鋭が束になっても勝てなかった魔人にそんな根拠のない自信で勝てる訳ないじゃないですか!!いい加減な事を言って希望を持たせないで下さい!!!」
先ほどまでの緩い口調が信じられないほどの剣幕で怒り出したレイコは言うだけいうと立ち上がり、サッと向きを変えて歩き出そうとした。ところがミチはレイコをうつ伏せに押し倒し背中に右膝を押し当てて両腕を捻り、ギリギリと締め上げて制圧した。かなりガッチリきまっているので上半身は動かないだろう。左足のスネでレイコの左ふくらはぎを押さえているため動かせるのは右足しかない。かなりの早技だったため制圧された本人は何が起こったかわからなかっただろう。
「痛い!離してください!もう話すことはありません!!」
「立場、理解。レイコ殺す。」
「スミマセンデシタ・・・」
なぜか片言になったミチの圧力に怒りが吹き飛んだのかレイコも片言になりながら謝罪した。抵抗をやめたのかミチが拘束を解いて助け起こした。大分痛かったのかレイコの目にはうっすら涙が浮かんでいる。自分一人であったら恐らくそのまま見送っていただろう。ミチのこういう切り替えというか線引きというかは見習わなければならない。
「重ねて申し訳ない・・・ ミチは仕事をしたまでだから許してほしい。」
「・・・私はこれで帰らせていただきます!もう止めないでください!!」
「あ、じゃあ封印されてる場所だけ教えてくれるかい?あとでやっとくから。」
「だから!話聞いてましたか!?一族の精鋭達が歯の立たなかった敵に!強いと言っても2人だけで勝てるわけがないじゃないですか!!」
「レイコ、お館様はそういう次元の強さじゃない。お母様が好きなら、頼ったほうがいい。じゃないと後悔する。」
ミチの言葉に何かを感じたのかレイコの怒りは大分収まってきた。普段他人に興味を持たないミチがここまでレイコに肩入れするのは不思議でしょうがないが、家族以外に繋がりを持つことは大変素晴らしいことだ。
「でも・・・でもっ!!」
「うるさい。それ以上はお館様への侮辱になる。」
「スミマセン・・・」
ミチとレイコの上下関係というか関係性が決まってきたようだ。
「でもなんでそんなに自信満々なんですか・・? 魔人といったら恐怖の象徴。立ち向かえる者はほとんどいません・・・なのになぜ他人のためになんか・・・」
レイコは不思議そうにこちらをみている。怒りはおさまったようだが今度は呆れたような顔で俺の顔を見ている。説明できるわかりやすい戦果は魔王討伐だが、魔王を倒したのは今から500年も前のことだから信じるわけもない。
「結論から言うと“慣れてるから”だね。たぶんこの世界の誰よりも魔人を殺すのは上手いと思うよ。」
レイコは眉間にシワを寄せながら何か言いたげだったが、言葉にならなかったようで口を開いては閉じてを繰り返している。
「信じられないとは思うけど、そこはリディアさんを起こせばわかるさ。さっきも言った通り用事があるから直ぐには無理だ。だけど、約束してくれたら必ず助けになるよ。要は君が決断するかどうかだ。」
俺はこれでもかと満面の笑みを作りレイコに迫ってみる。2、3日の時間をかければ情報がなくてもおそらく封印の場所を特定する事ができると思うのだが、それではレイコの意思が介在しない押し付けになってしまう。そうなっては彼女の心にしこりが残ってしまうとだろう。でき得る限り全力一杯で笑顔を作っているがレイコの表情は晴れない。そう言えば昔アロスから”君の笑顔は何か企んでいそうな顔だね”と言われた事を思い出した。今さら真顔に戻すのもあれだとは思いつつジワーと真顔に近づけていく。
「・・少し・・考えさせて下さい。 あー・・でも相談できる相手がいない・・・どうしたら・・」
忘却の魔法でリディアの存在が忘れられているから相談するべき相手がいないようだ。魔人の怖さを知っているならそう簡単に結論は出ないだろう。信じていた母が勝てなかった相手に見ず知らずの男が勝てる訳が無いと考えるのもしようが無い事だ。
「レイコ、あなたは家族にその程度しか思い入れがが無いの?」
「お願いします!!母を助けて下さい!!!」
「お、おぉ・・任せとけー」
ミチの一言で決心したようだ。女どうしってのが良かったのかそれとも単に俺が怪しかったのかは考えないでおこう。返事の歯切れが悪かったのは勘弁してほしい。
「それじゃあしばらくご厄介になりますね。食費は出すので同じ物が食べたいです。たまに姿を消しますが定期連絡のためなのでお気になさらず結構です。それと、見張りのお手伝いもしますのでたまにキャリッジで休んでもいいですか?こんな豪華な物初めて見ました!あれって伝説級の魔物の素材ですよね?乗っておけば自慢になると思うんです!」
「お、おぉ・・乗っても良いけどコルビー一家と仲良くしてくれよ?」
やると決まったら食い気味に要望を出してきた。お互いに折り合いをつけるにも要望をはっきり出せることは重要だ。せっかく旅をしているのだからギクシャクするのは避けたいからだ。
「任せて下さい!これでも孤児院に潜入したこともあるので人付き合いは得意なんです!!」
「ん?んー・・うん。」
「えぇ!? なんで不思議そうなんですか!」
これまでのやりとりで要望がはっきりしていることは感じたが、人付き合いが得意と言われると疑問に感じてしまう。日常的な会話ならもしかすると話題が豊富だったり口が上手いのだろうか。
「ところで用事が済んだらこっちから向かうんだから国で待ってても良いんだが・・・どうしてついてくるんだ?」
「何言ってるんですかー。貴方が国に来たら大混乱ですよ?それに目的が”魔人を復活させるため”なんてどう説明したら良いんですか!お母様を解放するのが目的でもみんなはその事を忘れてますから傍から見たら悪魔崇拝でしかありません。それに、監視期間なんて設けられませんでしたから定時連絡さえしていれば問題ありません!」
得意げな顔のレイコは右手の人差し指を立てて理屈をこねる。一人旅をする予定だったが、友人の娘と友人家族、それと知らない女性というなんとも言えない構成になった。
「レイコ、一緒に行くならお館様に失礼がない様に。」
「わかりましたー! お館様ー!とりあえず私にも紅茶下さいな!あ、そう言えば他に綺麗な女性と可愛い女の子がいませんでしたか?奥さんですか?じゃあミチさんとはどんな関係なんですか?て、言うかコルビー一家をどこに連れて行くんですか?」
同行が決まった途端に矢継ぎ早に質問が浴びせられる。やはり人付き合いが得意とは到底思えない話し方に今度はこちらが身構えてしまった。楽しそうな顔をしたレイコをガッカリさせるのも悪い気がして何から答えようか迷っていると、まるでしつけでもしている様な顔でミチがレイコを諫めた。
「レイコ、うるさい。」
「すみません! なんだかもー楽しくなっちゃって!褒められるために毎日毎日任務任務・・・仕事じゃ無い会話なんて1年くらいしてない気がします!!もっとお話ししましょー!」
謝ったり怒ったり楽しんだりと起伏が激しくてついていけない。今日はここで一泊すると決めたため時間は気にしなくても良いがこのペースで話されてはこちらが参ってしまう。ミチもそんなに喋る方では無いからこのままでは参ってしまうかもしれない。とりあえずコルビー一家との顔合わせを済ませて井戸端会議の専門家であろうフェタに助けて貰うしかない。娯楽のないこの世界に彼女らならば特に話題が無くても数時間話し込むことができる。日常会話に飢えているレイコにうってつけだ。
「とりあえずロックさんに事情を説明して一緒に行く事を伝えよう。それに自己紹介も必要だろ?」
「はい!あの渋めのおじさんかっこいいですよね!お子さん二人とも可愛いですし!何歳なんですか?下の子と一緒にいた美少女は似てないから彼女さん?もしかして駆け落ち!?」
「レイコ、うるさい。」
「スミマセン!!」
ミチが少し苛立った様子で静止した。よく今まで気づかなかったと思うほどにうるさい。返事が無くてもお構いなしに喋り、弾む様に歩くレイコを追いかける様な形でキャリッジまで戻る。普段のミチならすでに2回くらい殴っていてもおかしく無い様な気がするのだが、不思議と一言注意したくらいで手は出していない。うるさく喋りながら近づくレイコをロックが警戒している様だ。軽く膝を落としてすぐに愛剣を掴める様に手を宙に構えている。
「あーロックさん、敵意は無いそうですから警戒しなくて大丈夫です。 ほら自己紹介。」
自己紹介をさせるためにレイコの話を遮って要点を伝える。まるでマシンガンの様な勢いでロックに話し続けていたレイコは納得した様子でポンと手を打ち再び喋り始めた。
「始めまして!レイコ・グラスです! あ、名前知らない。エー、この方に母を助けてもらうために一緒に行きます!短い間ですがよろしくお願いします!」
人に自己紹介をさせておいて自らは名乗っていなかった事に気付かされた。この中では一番の長生きなだけにだいぶ恥ずかしい。
「あ、ごめん。名乗った気になってた。ジョンと呼んでくれ。」
「私はロックフォールと申します。数日前までは宿屋の店主をしておりました。よろしくお願いします。」
姿勢を正して自己紹介するロックはやはり大人だ。こういった客も多かったのか嫌そうな顔もせずにレイコのどうでも良い質問にも丁寧に答えている。要所要所でしっかりとリアクションをとるのも忘れない大人の対応。見習わなければならない。
「あ、ロックさん!その大剣ってディフェンダーですよね?もしかして”銀剣の盟友”のロックさんですか?」
「懐かしい名前ですね。確かに銀剣の盟友で前衛をしていたのは私です。もう随分と昔のことですがね。」
「やっぱり!!モーフィスさんから伝言があるんですが聞きますか?」
「モーフィス・・モーフィスだって!?あいつは死んだはずじゃ!?」
「彼は吸血一族の始祖の血統です。たとえ死んだ様に見えても魔力溜りで休めば回復します。もちろん殺す方法はありますがそこは教えられません。」
「・・・なんで・・今まで・・」
「純粋にダメージが大きくて復活できなかっただけです。あなた方の勇敢な戦いは伺っています。同じ地域に住む者として感謝を。さて、伝言聞きます?」
「聞かせて下さい。」
「俺の力が及ばず申し訳なかった。シャールのこと、本当に申し訳ない。会って謝罪できないこと重ねてお詫びする。以上です。」
「・・・彼は今どこに?」
「一昨年魔人と戦い、亡くなりました。死の間際に今の言葉を残されました。」
「そう・・でしたか・・・ 友人の最後の言葉、ありがとうございます。」
さっきまでの馬鹿な雰囲気が嘘の様に湿っぽくなってしまった。どう考えても空気を読んでいない。これのどこが人付き合いが得意な人間なのだろうか気になってしょうがない。もしこれが何かの計算の上での行動ならばレイコはとんだ食わせ者だ。
「ところで・・・シャールって誰ですか?女性ですか?男性ですか?もしかして昔おつきあいしてたとか?」
この空気で踏み入った質問ができるところは評価できるのかもしれない。ただの空気の読めない残念な女性で間違いなさそうだ。面食らったロックの顔が気持ちを表している様な気がする。
「あ・・いえ、彼女も銀剣の盟友で旅をした仲間で私の妹、モーフィスの妻です。ただ、メンバー登録をする前にカースドラゴンとの戦いに挑んでしまったので広報誌などには載っていなかったと思います。妹もそこで命を落としましたので・・・名前を聞いたのは何年ぶりでしょうね。」
昔を思い出したのかしんみりと語るロックの顔は普段と違い少し頼りなく見えた。正直知らない人の昔話でコメントができないがロックはカースドラゴンと昔相対していた様だ。しかも当時のメンバーを尽く失う大敗、街にドラゴンが現れた時によく挑めたものだ。トラウマを超えてそれに立ち向かうなど今の自分にもできる気がしない。
「そうだったんですかー。貴重なお話ありがとうございます!それと、これをお渡ししますね。」
そういうとレイコは首にかけていた物を取り出してロックに渡した。チェーンに指輪を通して持ち歩いていた様だ。
「これ・・は!」
「モーフィスさんから預かりました。詳細は伺えませんでしたが裏に何か彫ってあります。私には解読できませんでしたが何でしょうか?」
ロックは指輪を受け取り、確認するように裏面を見ると涙を流した。街で会ってから感情の起伏を表に出さないロックが取り乱した。しばらく一人にしてやりたいと立ち上がりミチとレイコを促したのだがレイコがついてこない。
「で?で!?なんて書いてあったんですか!!?」
遠慮というものをしらないのかレイコはぐいぐいとロックに迫る。さすがに困った顔をしたロックだったが、俺がレイコの襟をつまんで連行しようとしたところで口を開いた。
「ジョンさん大丈夫です。懐かしくてつい・・・ 私の故郷では婚約した二人に家族が迎え入れる印に指輪を送る風習がありまして。これは私が二人に送った指輪です。二人とも喜んでくれて、結婚指輪ではなくこの指輪をずっとつけてくれていました・・・」
出てきたエピソードがやはり重い。こういった時どうしたらいいのか覚えたほうがいいのだが、局面を避けているため慣れるものでもない。ミチだけ連れて離れた場所で夕飯の準備でも始めているべきだった。
「そうだったんですかー。裏に書いてあるのは何だったんですか?」
本当に根掘り葉掘り聞く奴だと逆に感心する。ここまで来たら聞いてあげたほうがいいのか勘違いしてくるほどだ。
「これは我々が見つけた古代遺跡で使われていた言語で”永遠の愛”と彫られているそうです。シャールが解析して彫り込んだものです。研究をまとめる前に逝ってしまったので私には読めませんがね。」
「これでスッキリしました!ありがとうございます!! ところで、なんでジョンさんは号泣してるんですか?」
「んぁ?な、泣いてねーし!!」
小学生男子みたいな事を言っている自覚はあるがどうしようもない。人間泣くときは泣くものだ。最近歳のせいか涙腺が弱くて仕方ない。レイコは先ほどと変わらず朗らかな顔をしている。
「お館様はこういった話に弱いのです。あちらで夕飯の支度をするのでそっとしておいてください。」
静かに成り行きを見守って、というか興味が無かったミチがこう切り出して俺の手を引く。良い所なしでただただ情けない姿を晒してしまった。とりあえず玉ねぎをみじん切りにし、目を赤くしていても違和感がないように誤魔化すことにした。この後夕食時にレイコが号泣をネタにからかってきたのだが、それはもう忘れてしまった。ちなみに玉ねぎを多めに使ったハンバーグは大好評だった。
ハンバーグは肉料理と認めない!