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魔王さまは涙もろい  作者: 南部
18/67

森にて6

「お館様!」


アリア達を見送りキャリッジに戻ろうとした時、ミチが元気良く飛んできた。その脇には質素な服を着た町娘風の女性が抱えられていた。格好はみすぼらしいのだが肌の色艶が良く、髪の毛がサラサラだ。なんだか高級車に大衆車のエンブレムをつけたような違和感がある。勝手な推測だが何か理由があって身分を偽っているようにしか見えない。ミチはその女性の口に指を突っ込み獲物を捕らえた犬のように得意げだ。


「お、おぉ ミチその人どうしたの?」


「はい! 街から微かに感じていた気配を捕まえました!!」


死んだような表情の女性はミチの指をガブガブ噛んでいるのだが、実力差がありすぎてミチには全く痛痒を与えていない。


「えーと、それで・・ 何で口に指突っ込んでるの?」


「舌を噛み切ろうとしたので止めました!」


「えらい!」


思いの外ちゃんとした理由があり思わず褒めた。ミチは背筋を伸ばして頭を擦り付ける勢いで差し出してきた。おそらく撫でろという事なのだろうが見た目が女の子なので気が引ける。もちろんミチの頭を撫でるのが嫌な訳では無い。周りの目があるのが嫌なだけだ。そう考えている一瞬の間にミチの顔が寂しそうに変わっていく。その表情に耐えられず手を伸ばしてわしわしと撫でる。

女性は何か残念なものを見た様な表情を浮かべてミチの指を噛むのをやめた。残念な大人という自覚はあるのだが、素性の知れない人物にそんな顔をされても困る。とりあえず調子の悪い連中の近くで尋問をするのも気が引けるため、キャリッジから少し離れた場所へ移動する。フェタとスキールの護衛はロックと元気になったコルビー・ウルダがいれば問題ないだろう。すでに外にいたロックにだけは事情を説明しておいた。


「それじゃ、そちらのお嬢さん。どこの誰かは知らないが・・、舌を噛んでもそうそう死なないよ。ちょっと喋りにくくなるだけだ。それともう一つ、君の実力じゃミチからは逃げられない。理解したらまずは名前から教えてもらえるかな?」


抵抗する力が抜けたのかミチが女性を解放というかその場に落として一歩下がった。打ち所が悪かったようで地面に落ちた彼女は尻の辺りをさすりながら涙目で自己紹介した。


「・・・・・レイコ・グラスだ」


キリリとした顔だが、涙目で尻をさすりながら言われても締まらない。見た目はクールなキャリア系美人なのだが、この人も溢れ出すポンコツ臭が隠せていない。


「吸血一族の諜報部か。」

「なっ!?」


カマをかけたのだが、効果ありだ。嘘がつけないのか諜報員のくせに完全に顔に出てしまっている。吸血一族の諜報機関は昔から日本名にグラスの名字をつけて運用されていた。確か兵士の中から有能な者を指名し、最終的には本人の意思で採用されるとか何とか。言質は取っていないがこの焦り方を見るにほぼ認めたと取っていいだろう。という事は魔法・戦闘・人心掌握どれか、もしくは複数が秀でた優秀な兵士だったという事だ。ただ、表情に色々出てしまっているところを見ると人心掌握は除外できそうだ。


「で・・レイコさんは何のためについてきたんだ?」


「・・・・あなた方の動向を探るためです。」


「え・・あ、うん。そう・・そうかー 」


内容が無いといえばそうなのだが、思いの外あっさりと白状したため肩透かしを食らった。レイコは話しても差し支えない内容だと判断したのか冗舌に語り出した。話している間に気持ちが乗ってきたのか、段々と芝居がかってきてさえいる。まるで選挙演説や演劇を見ているような力のこもった彼女の話をまとめると、”街で感じた魔力マジやばい。ワロエナイちょっと様子見てきて”と言うお姫様の指示でここにいるそうだ。敵対しそうならば優位にたてる切り札なり弱点を探る。もし発見されたなら証拠を隠滅し速やかに撤退、出来なければ身元の隠蔽を行い自害。身元が露見し逃走が困難の場合は本人の判断に任せる、との指令だったらしい。本当は自害して任務を終えようとしたそうだが、ミチに捕縛され、身元が割れたため観念したらしい。最後は身の上話を交えながら涙ながらに力強く語っていた。


「あ、そうだ! ちょっと返して欲しいものがあるんだが・・・頼まれてくれるかい?」


「あ・・あれ?・・はい・・・」


どこまで本当かわからない身の上話しは置いておき、お使いを頼むため話の腰を折る。レイコはあてが外れたようなシュンとした顔で口をぽかんと開けたままこちらの様子を伺っている。そんな彼女を横目に見ながら空間魔法を漁って死者の秘石を取り出す。後で返さなければと思いつつコルビー一家との逃避行のため後回しにしていた吸血一族の秘宝だ。


「なっ!バっ!!?」


目を白黒させて驚くレイコが言葉にならない声をあげている。本来であれば自らが足を運んで詫びを入れるべきなのだが、友人を次の街へ送り届けることを優先したい。本音を言えば面倒臭いだけなのだが。


「お、知ってるなら話が早い。昔借りたままだったんだよ。吸血一族の諜報部は愛国心に溢れた実力者揃いだったような気がする。君に任せればバラムさんに届けてくれるだろ?」


「し、シ・・死者の秘石!!?本物!? で、でも見た事ないし!でもでも肌にくる感じが・・!!」


さっきまで演劇のように力強い語り口だった姿が想像出来ないほど狼狽えている。クールな見た目なだけに一段とポンコツ感が強くなってしまう。レイコは秘石から目を離せずに受け取って良いものか迷っているようだ。見たことが無いと言っていたのは恐らく吸血一族の長であるバラムが人目に触れない様に保管していたからだろう。秘匿していた秘宝を貸してくれたのは吸血一族にとっても脅威だったノレッジドラゴンを封印するためであった。彼らなら討伐もできたはずだが、恐らく結果に対する犠牲に目を瞑ることができなかったのだろう。物で済むならばと泣く泣く提供してくれた。レイコがなかなか手にとってくれないため昔のことを思い出しながら彼女を観察する。手を出したり引っ込めたりしている姿が可愛らしく、おもちゃにじゃれつく猫のようだった。


「で、バラムさんは元気かい?」


「・・っは! えっと・・バラム様は先々代の族長で、すでにお隠れになりました。」


「そのうち挨拶に行きたいな。どこに隠居したの?」


「あ、言い回しが分かり難かったですね・・逝去なさいました。」


「吸血一族って死ぬの!?」


「えぇ!? ちゃ、ちゃんと死にますよ! 長生きってだけで不死じゃ無いんです!!」


「あぁ・・・そう・・そうだよなー じゃなきゃ自害なんて言葉でないよなー。そっか・・・バラムさん死んじゃったかぁ・・・」


バラムは白い髭を蓄えた紳士で、敵からはその奮迅の活躍と返り血を浴びた姿から”吸血鬼”と呼ばれていた。鋭い眼光に睨まれた敵兵は震え上がって身動きが取れないほどだった。しかし、味方には見た目からは想像出来ないほど気さくな人物で、下っ端にも身分など関係なく声をかけて大変慕われていた。鍛錬を怠らない熱血漢で、民を軽んじることの無い素晴らしい君主だった。体躯にも恵まれ、たゆまぬ鍛錬が裏打ちした武技は彼を不敗将軍と言わしめた。だが、彼は魔力の最大値が少なく魔法戦には向かなかった。魔力を上げるために精霊と契約を試みたそうだが、彼は精霊に嫌われる質で契約できなかったそうだ。物理の通り難いノレッジドラゴンに有効打を入れられず、共同戦線に合意したのだ。


「はい。私はその時まだ産まれていませんでしたが、バラム様は街を襲った魔人と相討ちになり亡くなったそうです。それは壮絶な戦いで、三日三晩も続いたそうです。」


「そうだったのか・・・ま、彼らしい立派な最後だったんだな。じゃあ、今のお姫さんはバラムさんの娘さんかい?」


「いいえ。バラム様は世襲制を大変嫌い、死の間際に当時力のあったオーグリース家のガスロイ様へ禅定しました。ですが、ガスロイ様は即位から5年後に議会を設立。御息女のエルザベート様を族長へ推挙して議会がそれを承認する形で退位なさいました。今はエルザベート様が一族をまとめていらっしゃいます。」


「そっかー。知らない人だった。ま、いずれにせよこれは君達のものだから返すよ。」


「・・・返すふりして殺さない?」


「いや、何でだよ! その気なら最初っからこんな話しないだろ!」


「マイルズ様率いる精鋭部隊があなた達に殺されたって・・・」


「・・・? 済まんがマイルズって名前に心当たりがないな。街で賊を蹴散らしたことはあるんだが・・・流石に吸血一族が相手なら記憶に残るはずだ。」


「えー・・と、お館様・・・ もしかすると私かも知れません。」


飽きて暇そうにしていたミチが割って入ってきた。確かにミチとは街で賊を鎮圧している時に別行動をとったタイミングがあった。だが、時間にすると5分程度。たいした時間離れてはいなかった。いくらミチが強くても訓練された吸血一族であればそう簡単に倒せるものではないはずなのだが・・・


「心あたりがあるのか?」


「はい。賊を処分していた時に襲ってきた連中がいました。身なりの良い連中でしたが攻撃してきたので一緒に排除しました。5人組でその1人がマイルズと呼ばれていたような気がします。ただ、止めを刺す前にお館様の元へ戻ったので死んだかどうかはわかりません。」


「あー・・・ そうかー」


チラリとレイコの方を見ると色々な感情が混ざった複雑な顔をしていた。精鋭部隊が”ついで”扱いで敗れたとなれば気分の良いものでは無いだろう。


「・・・申し訳ないレイコさん。”正当防衛ならば致し方ない”と教育していたこちらの責任もある。だが、ミチは世間知らずだがバカではないんだ。精鋭部隊から何かしらアクションがあれば対話することができたと思う。ここに・・」


言いかけたところでレイコは右手をサッと上げてこちらの言葉を遮りにこやかに話し始めた。


「あっ! そこらへんは全く気にしないで下さい! 私は別に彼らの敵討ちをしたりあなた方を責めるために来た訳でもありません。確かに彼らは優秀な方達でしたが、鼻につくって言うか・・おっと。なんならポストが空いて・・ あ、忘れてください。とにかく、あなた方が敵でないとわかればさっさと本国へ帰還です! ちょっとあれな目にも会いましたが・・・ これで死者の秘石まで持ち帰れば昇進待ったなし!! 本当にありがとうございます!」


こちらの話を信じたのか良い笑顔で石を受け取ると頭を下げて礼を述べた。隠す気のない出世欲が逆に清々しさまで感じさせる。今更だがこの人物に任せて大丈夫なのか不安になってきた。


「あ! 安心して下さい!悪用なんてしませんから! 私は評価されるのが大好きなだけで、自分で何かしようとは思いません!」


先ほどまでの狼狽えた様子は隠れ、読心術の心得でもあるかのようにこちらの不安を先読みして答えを出してきた。嬉しそうに秘石を両手で包み、胸の辺りに持っていくと何か祈り捧げる様な姿勢をとった。すると秘石は赤黒く光出し、辺りを黒い霧が覆い出した。


「な、ななな・・何これーーー!」


明らかにレイコが元凶と思われるが本人は予期せぬ事態だった様でまた狼狽えた声を上げている。秘石からは大きな魔力が溢れ出しそれがレイコの体へと流れ込んでいく。バリバリと音を立てて明滅する秘石は他者が近寄らない様に威嚇している様に見えた。


「レイコさん! 石をこっちへ投げろ!!」

「手がっ!痺れてっっ!!離せませーーん!!!」


見れば赤黒い魔力の流れは腕に絡みつき彼女を離すまいとしている様にも見える。レイコは放り投げようと腕を上下に振っているのだが、本人の意思とは関係なく手は硬く握られ投げ出すことが出来ないでいた。そうしている間にレイコの顔は青ざめ、恐怖で引きつっていく。


「あ・・あぁ・・・あ」


「お館様。腕を切り落としましょう。」


ミチが冷静に判断を下す。回復魔法が使えるため有効な手段だとは思うのだが彼女のダメージとそれでこの事態が解決できるかが判断できないため躊躇してしまう。


「一個試してからな!」


時間がないとは感じていたため、言いながらレイコに取り付く。両手を握ってアリスを封印した術式を試すのだ。今回は超小規模で封印術式を組み、レイコと引き剥がすために使う。もともとアリス専用に作られたものだからおそらくレイコ自身への影響はないだろう。封印術式の核として秘石を使うため完成できれば秘石の魔力も削る事ができるはずだ。封印するための依代がないためすぐに決壊してしまうだろうが引き離すまでの時間が稼げればそれで良い。


「マーベルマクトゥム!」


秘石の魔力を少しでも削ぐために発動魔力を制限して起動する。一度覚えたスキルを忘れないこの世界に感謝することになった。なんとかなる根拠などないが、何もせずに腕を切り落とすよりいくらかマシだ。発動した封印は秘石の魔力を取り込み形を成そうとしているが、依代がないため行き場を失い辺りを調べるようにパチパチと音を散らす。乱暴な作戦だったがどうも上手くいったようで秘石から伸びていた赤黒い魔力の帯が徐々に小さくなってきた。


「レイコさん石は投げられるか!?」


秘石からの干渉がだいぶ薄くなったであろうと声をかけるが、なんだかレイコが罰の悪そうな表情を浮かべている。先ほどまでの慌てた様子は無くなり、むしろ恥ずかしそうだ。


「あの・・すみません・・・ その・・封印をやめてあげて貰って良いですか? もうちょっとかかるので・・えっと・・その後詳しく説明させていただきます・・・ホント申し訳ないです・・・」


「お、おぉ・・ じゃあお茶でも準備して待ってるかな・・・」


組み上げた術式を右手を払うことで消しとばし、封印をキャンセルする。腑に落ちない状況に返事も気のないものになってしまった。先ほどまで死んでしまうのではないかと思うほど取り乱していたレイコは消えてしまいそうなほど縮こまり、赤面しながら頭を下げてモジモジしていた。


レイコさんは誘惑のスキルがありますが、魔王相手には効きませんでした。本文で取り上げるか決めいていませんがレイコさんが語り出したのは言霊を乗せれば乗せるほど効果が強く現れるからです。何気ない会話でも言霊は乗るため話を長く、感情的に語ったわけです。彼女が草に選ばれた最もわかりやすい能力だったため効かなかったことでシュンとしてしまいました。

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