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魔王さまは涙もろい  作者: 南部
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森にて4

精霊の宿る巨木を後に来た道を戻る。テレサがアリアとシエラの二人に勝てるとは思わないが、一般人が巻き込まれれば余波だけで命を落としてしまうだろう。それにしても森へ入る時には魔人の気配など全く感じなかった。引きこもっている間に戦闘に対する緊張感どころか、勇者時代の嗅覚も失ったようだ。テレサが魔人である事に気付いていればクレインをあんな形で失うことも無かったかもしれない。後悔しても取り返しはつかないが、悔やまずにはいられなかった。何れにせよ魔人に転化した人間を元に戻すことはできない。テレサは敵として処理するほかないだろう。

木々が多く思ったように走れなかったが、ようやく入り口までたどり着く。鹿っぽい見た目のテレサが伏せのような格好で待っていた。冷静に考えるとクレインが死んでも結界が解除されるわけでは無い。外に出られないのだから戦闘になるわけもない。テレサはこちらに気づくとやおら立ち上がり近づいてくる。


(戻ってきたということは・・・ 上手くいったのですね!)


「あぁ、死んだよ。」


その返事を聞くと、鹿の頭からジワリと黒い煙のようなものが抜け出して現れた。瞬間一気に禍々しい魔力が溢れ出し、鹿はその場に倒れ動かなくなった。抜け出した煙は徐々に形を変えて人型になり、見覚えのある姿へ変わった。口の端を大きく上げて表情のない笑顔を見せる。


「ありがと、助かったわ。」


見た目に続いて口調も変わった。今更だが昔のテレサはかしこまった喋り方など金持ちや有力者、利用しようとする者にしか使わなかった。色々ヒントがあったのに全てを見逃していたのだ。


「その鹿のせいで分からなかったのか。前もって教えてくれてなきゃ驚いたよ。」


テレサは首を傾げてこちらを見る。


「あら、知ってたの? 事情を聞いた上で殺すなんて最悪ね!」


「ん、事故だ。惜しいことをしたよ。良いやつだった。」


こちらの言葉にテレサの表情が変わる。怒りを隠さず眉間にシワがよる。


「あの虫ケラが? 良いやつ? あんた頭腐ってんじゃないの!? あいつのせいでこの私がこんな所に今まで閉じこめられてたのよ!!」


「どっちの言い分が正しいか知らんが今の状況を見るにお前を世に出すわけにはいかないな。これから何人殺す気だ?」


「あはっ! そんなのいるだけ殺すに決まってる!!」


隠す気もないのだろう皮膚がチリチリと焼かれるような強い殺気を放ちながら、まるで誕生日プレゼントでも貰った少女のように無邪気な笑顔を浮かべた。


「あはっ!昔のー 馴染みでー 見逃してやろうと思ったのにー あははっ! いいよねぇ!! あはははっ!!」


テレサの右目が黒く染まる。黒目が紅くなったところで右手に魔力が集まり、更に圧縮されていく。魔人がよく使う技”魔力撃”だ。魔法と違い発動までの時間が圧倒的に早く、魔力を込めて圧縮するほど威力が上がるのが特徴だ。やはり勘違いなどではなくクレインの話どおり魔人で決まりのようだ。


「ウーツクレモス!」


「あっははは!そんなので防げるつもり!?」


展開が終わった瞬間テレサの足元が爆発し、彼女の右手が積層した防御魔法と、辛うじて捩った右腹を貫いた。ちくりと腹が痛むが、そこに構っている場合では無い。慌ててもう半身分身体を捩り、地面を蹴って距離を取る。クレインの時に学んだはずだったが、テレサに腹をえぐられて改めて油断大敵という言葉を思い出した。


「随分訛ってるみたいねぇ! 次行くわよぉ!!」


再び土煙を上げてテレサが接近してくる。今度は両手に圧縮した魔力を纏い二段構えだ。


「なめるな!」


タイミングを見計らって地面を踏み込む。捲き上る土塊に警戒したのかテレサが向かって左に飛ぶ。


「フォーレンハイト!」


飛んだ方向に火の魔法を放つ。火炎放射器のように広がる炎の魔法は出だしが遅いため攻撃としては使えないが、目くらましには最適だ。案の定テレサは警戒して更に遠くに離れた。その隙に回復魔法で腹を修復する。


「あらぁ! そんなこともできるようになったのねぇ!!」 


「あぁ、やってみたらできた。」


「あら、そう? でも・・・さっさと死んでちょうだい!!」


テレサが右手を払うような動作をすると黒い雷が走り、あたりを無作為に襲う。攻撃というよりは目くらましだ。


「ディバイン」


本命の攻撃が行われる前に先手で防御魔法を入れる。この攻撃は昔よく見たものだ。


「オーボスライトニング!!!」

「サンダー」


テレサの本命の電撃魔法をそれより小さい雷で逸らす。間髪入れずに発動することでストリーマを人為的に作ってやるのだ。側撃雷に注意は必要だが、防御魔法で先手を打っておいたため問題ない。直撃したならダメージは免れないが、見慣れていれば大した問題ではないのだ。なぜ見慣れているかというと、人型の魔人はこれが得意らしく必ず使ってきたからだ。


「敗者のくせに生意気よ!!」


テレサが吐き捨てる。おそらく王国から逃げた事で彼女には敗者として写っているのだろう、言い返す言葉は特に無い。彼女は舌打ちをすると更に大きな魔力を込めて再び目くらましの派手な雷を落とす。バカの一つ覚えとはこういうことだろう。


「フレイムスピア」


テレサの腹を細長い火の槍が撃ち抜く。オーボスライトニングの準備中に火の魔法を使うと、手慣れていない限り相性が悪く発動できなくなる。大体これをやると必ず言ってくる言葉が


「ぐっ・・ お前! 何をした!?」


である。腹の傷はあっさりと修復したが、もともとダメージが入るとは思っていなかったため問題ない。こちらとしては何のひねりもない予想通りの言葉に少し落胆した。テンプレートが存在するのかという程に戦闘経験の無い魔人は同じ行動をとる。初見であれば最初の雷に警戒し、そちらの対処に追われ本命の餌食になるだろう。しかし、見慣れてしまえばこのように回避も阻止も簡単だ。もちろん相手がタイミングをずらしたりこの魔法をフェイントにしてくる可能性もあるが、複数起動した形跡も無く警戒するに値しないと判断した。


「お前が鏖殺した人間たちでは経験を積めなかっただろうが、お前が見下している連中はこんなこともできるんだ。」


能力値で見れば強力な魔人だが、戦闘に関する知識は降って湧くような事はない。最初から身につけている個人のスキルの方が強いだろうが、経験のない魔人ほど使わなくなる。


「知らないだろうから教えてやるが、お前は今まで倒してきた魔人の中では中の下くらいの実力だ。元の仲間として本当に恥ずかしく思うよ。」


「こ・・の・・・    あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!」


本当は能力だけ見れば今まで戦った中では二番目に強い。テレサの怒りを誘うために嘘をついたのだ。感情を抑えきれていない魔人は簡単に挑発にのってくれる。プライドの高いテレサであれば尚更簡単だ。案の定テレサは激昂し、いわゆる第二形態に移行した。見た目の変化がわかりやすいため簡単に判別できる。特徴としては肌を黒い鱗のような物が覆い、更に魔力の効率が上がる。こうなると打撃系の攻撃は効果が薄くなり相手の属性に合わせた魔法が効果的になってくるのだが、これだけ実力差があれば問題ない。一気に距離を詰めて最初にやられたように腹を殴り返す。


「な!ぐっ!」

「もっと相手の動きに注意した方がいいぞ?」


完全にブーメランで自分の耳が痛い。テレサの腹を半分ほどえぐり飛ばしたが、瞬き程度の時間で再生した。反応できていない彼女は更に怒り、魔力を吸われて近くの木々が枯れ始めた。魔人の恐ろしいところは近くにいる者の魔力を取り込み己を回復、強化する術がある事だ。もちろん熟達した使い手であれば影響を受けないのだが、未熟であればこれだけで命を落とす。そのため街中に魔人が出現すると大きな脅威になる。ロックほどの使い手であれば少し疲れる程度だろうが、その家族は耐えられないだろう。


「調子にぃ・・のるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」


テレサは怒りによってさらに己を強化したが、代わりに魔力制御がおざなりになった。そこを再びフレイムスピアで揺さぶってやると制御出来ていない余剰魔力が暴発して体制を崩した。大きな力も扱えなければ意味がない。その隙に再接近して2、3撃追加してやると身体を覆っていた鱗が剥がれ落ち通常状態に戻った。


「もう、おしまいか? アロスも可哀想だな。お前みたいな雑魚に人生を弄ばれて。」


「ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ァァァァァ!!!!!!!!!」


やはり簡単に挑発にのってくれる。テレサの両目は紅く染まり、血の涙を流す。可愛らしい見た目は黒く塗り潰され、更には四肢が異様に膨れ上がり人型とは言い難い姿と成り下がった。

なぜここまで怒らせる必要があったかというと、どの魔人もだいたい第三形態以降でないと殺しきれないからだ。彼らは保険のために己の半身を空間魔法に押し込め、肉体を消し飛ばされても生きながらえる。たとえ肉体を失っても時間をかけることで一から再生し、復活することができるのだ。しかし、この第三形態はもう半身を引っ張り出し融合することで爆発的に魔力効率を上げる。この状態であればきっちりと死ぬ。


「それにしてもゴリラだな。見た目だけは綺麗だったのに残念だよ。」


「コロ・・コロす!! おあア”ア”ア”ぁぁ!!」


「見た目もあれだが・・言葉すら失くすとは思わなかったよ。」


「あぁあぁああぁぁぁぁぁ・・はぁ! ありがとう。やっと落ち着いたわ。」


明らかに声が変わりゴリラのまま言葉を話し始めた。不安定だった魔力の振り幅も安定し、もはや別人だ。評価を改めなければならない。能力だけで見れば今まで戦った魔人の中で一番強い。


「どんな手品を使ったんだ?さっきとは別人じゃないか。」


質問をしたのだが、その返事は魔力撃で返ってきた。テレサの物より威力が高く、遠距離で攻撃してきた。おそらく数倍から十数倍の魔力が込められている。驚きはしたが、ようやく自分自身の肩慣らしが済んだらしく難なく左手で弾き飛ばす事ができた。それにしても魔力の流れは恐ろしく穏やかで、圧縮されたことすら注意していなければ見過ごすほどだった。先程までの攻撃とは明らかに練度が違う。別人でなければ説明がつかないほどに。


「随分じゃないか。もう一度聞く。お前は誰だ?」


ゴリラの皮がポロポロと剥がれ落ち、再び人間の形を取り戻していく。にっこりと笑い顔を浮かべて現れたのはテレサとは別人の顔だった。体のラインが強調された服に太ももまで伸びた長い黒髪と自信に溢れる顔は妖しい美しさを纏っていた。


「こんにちは魔王さん。あなたのおかげでようやく身体を手に入れられたわ!」


「それは良かったな。で?お前は誰だ? 美女の顔は大体覚えて・・・なかったな。俺のことは知ってるようだから俺の紹介はいらないだろ? もったいぶらずに教えてくれ。」


「あら?忘れちゃったの?ラナの村までは一緒にいたじゃない。私が怨嗟の魔女ディアナ・ドレールよっ!!」


背景にキラキラが飛び出さんばかりのドヤ顔で自己紹介をしてくれた。確か兵の慰み者になっているテレサを回収して魔人に堕とした張本人だったはずだ。しかし、顔を見たことはないしラナの村はアロスとテレサに別れを告げた場所だ。


「その怨嗟の魔女様が何でテレサから出てくるんだ? 一緒に居た事もないだろ?」


「今さら種明かしなんて必要ないんじゃない?テレサならあなたが殺したんだからもう時効よ?」


「何を言ってるんだ? テレサは目の前でお前に取り込まれたろ?」


「変な言い掛かりはつけないで頂戴な!ここに居たのはテレサの悪意と嫉妬心だけよ? テレサの良心と魂はあの醜いクモの中に居たんだから!」


噛み合わない会話が神経を逆撫でする。


「だから何言ってるんだ!あのクモはクレインだって・・・」


「アロスがつけた名前よね? あれは私がテレサの魂を追い出したら勝手にクモに取憑いた成り損ないなのよ!ふふっ!アロスったら面白いのよ!クモに取憑いたあの子のニオイでも感じたのかしらね?大事そうに飼ってたわ!あっはははは!最後はそれと心中なんてホント笑えるわ!」


二人と一匹を馬鹿にされると悲しいような面白く無いようなぐちゃぐちゃな感情が鎌首をもたげた。大きな感情の起伏のない人生を送ってきたのだが、最近は怒ったり泣いたり喜んだりと忙しい。


「仮にクレインの中身がテレサだったらどうしてクレインと名乗ったんだよ?おかしいだろ。」


「生まれ変わりって知ってる? テレサの魂は人で無くなってもアロスといることを選んだのよ。 ふふ!いい話じゃない? さっさと人間に生まれ変わればアロスが死ぬまでに間に合ったかもしれないのに! 」


楽しそうに微笑む魔女を見ながら疑問が浮かぶ。テレサが途中で取り憑かれたならば流石に違和感がありそうなものだ。それにアロスが気づかない事も考え難い。


「お前、いつからテレサに取り憑いてたんだ?」


「最初っから! あんたがあの子と出逢った頃にはもう居たわよ? だってこの子が生まれた時に取り憑いたんだもの誰より付き合いが長いわ。でも安心してね? 私はこの子と違って無駄に殺したりしないから!」


ディアナのその言葉に目の奥というか頭の奥が熱くなる。


「ちょっと! 誤解しないでよ? 私は子供に取り憑いてその境遇から救い出してあげてるだけなんだから!」


「何言ってる? 簡潔に説明しろ。」


回りくどい喋り方にイライラが止まらない。ついぶっきら棒な喋り方になってしまう。


「やーねー そんな怖い顔されたら怖くておしゃべり出来ないわ!」


気付くと手を振り抜いていた。指の通った後にディアナが5分割されてしまった。噴き出る血に我を取り戻し、焦るが後の祭りである。


「す、すまない!殺すつもりは・・」


誰が見ている、聞いている訳でもないのに言い訳をしてしまった。


「別にいいわよ。」

「うぉ!!」


バラバラに崩れ落ちたディアナが喋り出し、驚きのため声が漏れた。


「あら失礼! 魔王をからかった私も悪かったから今回は許してあげる。」


彼女の体が溶けて血のような液体になり、その液体が人の形をとって元の姿に戻る。


「私でなければ死んでいたわよ? 自分の感情くらいコントロールして頂戴な。」


「すまない・・何が何だか・・・」


目の前の光景に驚いたせいか、先程までの苛立ちが嘘のように落ち着いた。


「気にしなくていいわ。本当はあなたの実力を見ておきたくておちょくっていただけだから。で、本題だけど・・・ 何でテレサに取り憑いていたかだったわね。」


「あ、あぁ・・・ 教えてくれるのか?」


「久しぶりに他人と話せて私も嬉しいのよ! えーと・・あ、そうそう赤ちゃんの時に取り憑いたのは、彼女が魔人になるってわかっていたから。人は生まれた時にそのまま人として一生を終えられるかもう決まっているの。魂に不純物があれば遅かれ早かれ必ずなるわ。一度混ざったものはそうそう戻らないものでしょう? それを分離できるのが私! まぁ万能じゃないから魔人になってから・・もしくはそれに近い状態じゃないと出来ないんだけどね。」


「そう・・だったのか・・・ テレサ本人にとっては恩人だったのか・・・」


「どう思っているかなんてわからないわ。でも魂を砕いてしまうより私は良いと思ってる。今回は体の主導権が取れなかったから沢山の人が死んでしまったけど、彼らはほっといても勝手に輪廻するから。でも魔人になった者は何回周っても必ず魔人になる。貴方みたいに砕いてしまわない限り何度でもね。」


「・・・俺は・・間違っているのか?」


「勘違いしないで。貴方は貴方、私は私よ。間違ってるなんて言ってないし私が正しいなんても言ってないの。だって貴方は一人殺してたくさんの命を救ったわ。私は一人を救ったけどそれ以外の人間をたくさん殺した。誰が正しいかなんてあって無いようなものよ? だからアリア様だって自由にしなさいって言ってるんだと思うわ。」


「知り合いか?」


「えぇ。貴方と違って私はこの世界の生まれだけどね。私にはお姿をお見せにならないけど、お声は頂いたわ。」


「そう・・か・・・」


アリアは確かこの世界の人間の何人かに加護を与えたと言っていた。彼女はその一人なのだろう。


「そういえばクレインはウラル戦役で魔女がテレサを回収して魔人に仕立てたと言っていたが、あれはどういう事だったんだ?」


ディアナはきょとんと首を傾げている。


「んー・・あっ! そういえば一度だけ主導権を奪った事があるわ! 多分その時だ・・と思う。体に欠損があったから回復してさっきみたいに自己紹介したところまでは良かったんだけど、その後にまた体を奪われて今まで封印状態よ。多分それに尾ひれがついて広まったんじゃないかしら?」


彼女の自己紹介はあれがデフォルトのようだ。口ぶりから嘘は言っていないだろうが、大事なことは話していないだろう。最初の一撃もそうだがどうも胡散臭い。胡散臭いが、テレサの魂が救われたことは信じたい。


「そうだったのか。教えてくれてありがとう。それで、この後どうするんだ?」


「そおねぇ・・・ まだまだ魔人候補はいるわけだし、信じたことをするだけね。」


人差し指を立て、唇に当てながら話す彼女の顔は穏やかに見えるがその視線は氷のように冷たく、その顔からは感情を読み取る事が出来なかった。やはり何かあるのだろうが、この場のやりとりで何かを掴むのは難しいだろう。だが、漠然とした感覚しかないため確証はない。


「そう・・だな。時間を取って悪かった。こんな出会い方がもうない事を願うよ。」


「そうね、次はお手柔らかにお願いするわ。」


お互い当たり障りの無い言葉を交わして別れることにする。昔助けたと思っていた物、者達の末路を突きつけられて言葉にできない虚無感が波のように去来する。一時戦争を止めるための戦争をするため世に出たが、そんなことになっているなど想像もしなかった。あの時ここにたどり着いていればアロスやメアルと会話する事が出来ただろうか。今となっては考えても仕方がないのだが、悔やまずにはいられなかった。


「それじゃ、どこかで会えたらお茶でも奢ってちょうだいね?」


「ん? あぁ、見かけたら声をかけてくれ。  ・・・あ、すまん。最後にこれの使い方を知らないか?」


ディアナにクレインから預かった物を見せてみる。彼女はそれを手に取ると眉間にシワを寄せながらじっくりと観察し、口を開いた。


「結界の鍵みたいだけど・・・ ここの結界に関係する物?」


補足の情報を入れなくても結界に関係する物だとすぐにわかったようだ。


「だと思う。約束があって結界を解除したいんだ。」


「なら何もしなくてもいいわ。もう、役目を終えているみたいだから。これだけの結界だから生贄がいたんでしょうけど、もうこれには何かを留めておく力はなくなっているわ。まだ生きているならきっと自らの意志で留まっているはずよ。だからもうこれはただの綺麗な首飾りね。もし何かしてあげたいなら封印されているであろう場所で首飾りを清めてあげればいいだけね。多分きっかけがあれば崩壊すると思うわ。」


「ありがとう。こういった物に詳しくないから助かったよ。」


適当に礼を言って別れようとするとディアナは右手を伸ばしてニッコリと微笑んだ。


「形のあるお礼が欲しいなぁー! 正直なところ無一文でちょっとピンチ・・・ 助けてくれない?」


胡散臭いが多少なりとも世話になった手前断り難い。ちょうどアリアのおかげで懐は暖かいため幾らかの謝礼を渡すことにする。空間魔法から金の入った袋を取り出して小分けにしているとディアナが言った。


「わがまま言って申し訳ないんだけど、金よりも宝石が欲しいなぁ・・・なんて・・」


考え込むこちらの顔を見てディアナの声が尻すぼみに小さくなっていく。思い当たる宝石が無くはないのだが一番価値のありそうな物はミチに渡してしまったため、価値が低いものと素性のわからない物、厄介なものの三種類しかない。とりあえずありったけ取り出して本人に判断してもらうことにする。


「どれが良い? 好きなのを持って行ってくれて構わないが・・・」


素性のはっきりした物は透明度の低くサイズも小さいダイヤモンドだが、町に持っていけば買い叩かれるだろう。これは火山での討伐依頼をこなしている時に偶然見つけて持ち帰った思い出の品、なんの心配も無く譲渡できる。それ以外は依頼の報酬であったり、自らの代わりに持って行って欲しいと頼まれた物など曰く付きというか思い入れがあるというか渡し難い物だ。それ以外にも厄介払いとばかりに渡された物も混じっている。


「これ、すごく綺麗ね・・・」


ディアナが手に取ったのは厄介な方の宝石だった。空にかざしながら角度を変えて眺めている。彼女ならそのうち気付くだろうが、これには呪いがかかっている。なんでも人間に恋をした人魚が弄ばれた挙句磔にされたとかで激しい憎悪を持ったまま死に、この宝石に姿を変えたと伝わっているそうだ。その怨念でこの宝石を男性が持って水辺に行くと入水自殺をしたくなるらしい。”人魚の魂に魅入られた男だけ”との話だが、厄介なことに変わりはない。ちなみに今までそういった状況に陥った事はないため、俺は気に入られていないのだろう。


「それは人魚の呪いがかかったものだ。気に入った男を水に引きずり込むらしい。女性には無害らしいが多分金にはならんと思うぞ?」


こちらの言葉を聞いてもディアナは宝石から目を離さずに食い入る様に見つめている。値踏みする様な鋭い目つきが先程までの緩い顔とはかけ離れて見える。おそらくこちらが素なのだろう獲物を狙う肉食獣の様だ。


「私この子が欲しいわ! いいでしょ?」


「あ・・あぁ、構わないがさっきも言った通り金にはならんと思うぞ?」


「大丈夫!ちょっと我慢すればお金はなんとかなるから! こんな子に出会うなんてあまりないもの。大事にしないと!」


彼女の目は鋭さを隠し、背景に花が飛び出さんばかりの笑顔でこちらを見た。


「手離さないでくれよ? 知らない人が手にしたら取り返しがつかないからな。」


「そんな事しないわ! 私はこの子が一番輝ける様に助けるだけよ。」


彼女は再び空に宝石をかざして傾けたりひっくり返したりしながらうっとりと眺めた。その横顔に一瞬不穏な空気を感じたが、瞬きをする間に溢れる様な笑顔に戻っていた。


「それじゃあ私はもう行くわね! こんな素敵な子をありがとう!!」


ディアナが右手で何かを掴む動作をすると、黒い柄の箒が現れた。彼女はそれに横から腰掛けるとふわりと宙に浮き、ゆっくりと空に上がって行く。


「すげぇ! すごく魔女っぽい!!」


おとぎ話の魔女、そんな光景に嬉しくなって子供の様な反応をしてしまった。空を飛ぶ魔法はあるのだが、自身に風属性の魔法適性が全く無いため覚えようにもできなかった。飛行魔法は魔力適性がよほど高く無いと使えないらしく今までは魔人か有翼種しか飛んでいるところを見たことが無い。自分では気づかなかったが羨望の眼差しが隠しきれていなかった様でディアナはキラキラが飛び出さんばかりの満点の笑顔で飛び去っていった。


「・・・あー・・ 俺も飛びたいなー」


思いどおりに空を飛べたら楽しいだろうなと現実逃避をしたが、思い出の人々が不幸になっていた事実を知って気分が落ちる。その上であの時こうしていればとかこうであったらとかまだうだうだ考えようとしている自分にさらに嫌気がさす。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。せめてクレインとの約束くらいは守らねばならない。凄まじいスピードで遠ざかるディアナを見送り、先ほどの大樹を目指すことにした。






「まさかこんなに長い事拘束されるなんて思ってもみなかったわ!本当魔王様様ね。」


箒に腰掛け、空を駆ける露出度の高い女はそう零した。豊かな谷間から一つの宝石を取り出し、嬉しそうな顔を浮かべる。


「貴女と出会えたのも魔王のおかげよ・・ なんて綺麗な愛と憎悪なのかしら!」


宝石に話しかけるように呟く。高速で移動する彼女の周りにはいつの間にか黒い鳥が集まって来ていた。


「「ディアナ様!ディアナ様!」」


鳥は口々に女の名前を叫ぶ。その中でも一際大きく逞しい鳥が周りのものを蹴散らし横に並んだ。


「ディアナ様! ディアナ様! お目覚めをお待ちしておりました! 城は健在でございます! お戻り下さいませ!」


甲高い鳥の声にウンザリしたのか左耳を小指でふさぎながらディアナは言った。


「デリス、うるさい!」


「申し訳ありません! しかしながら城の周囲の状況が芳しく無く・・・ ディアナ様のお力が必要なのでございます! 何と・・ギョお」


デリスと呼ばれた鳥は二つに分割されてヒラヒラと落ちて行った。それを見た残りの鳥は彼女の興味が自分たちに向けられていない事を悟り沈黙した。


「やっぱり威力は上がっているわねぇ・・ まさか片手で防がれるなんて思わなかったわ。」


訝しげな顔を浮かべて、ディアナは落ちていくデリスを見送った。彼女は本気こそ出していなかったが手加減もしていなかった。一千年も昔から営々と魔人の力を取り込み生き永らえ、己を高めてきた。その力があの男には効かなかったのだ。


「鈍ってたのかしらねぇ・・・ まぁ今はいいわ。そういえば貴方達、城がなんとかって言ってたわね? なにがあったの?」


唐突に声をかけられ狼狽える鳥達は返答に詰まる。返答が無いことに苛立ったのかディアナは再び手を振り上げる。すると、また一羽ヒラヒラと力を失い落ちていった。


「聞かれたら答えなさい。」


慌てふためく鳥達の中から一羽が進み出て報告をする。


「ディアナ様、シュタイン城は現在獣王ライネルに侵攻を受け戦闘中でございます。無論 応戦中ではありますが、敵戦力が予想以上にて苦戦しております。特選部隊が敵本陣を急襲する事でライネルを縫い留めておりますが撃破されるのも時間の問題。そうなれば城が落ちるのも・・・」


「ふぅん。貴方とこちらの指揮官の名前は?」


「失礼致しました。私はグラニスと申します。指揮官はデリス様でございました。」


「あらそう。じゃあ代わりは貴方でいいわ。」


そう言うと彼女は宙から何か取り出すとグラニスへ投げた。


「武器庫の奥におもちゃがあるからそれで遊んでいなさい。私は用事があるから戻らないわ。」


「し、しかし!」


「あの城はもう役目を終えてるの。たとえ落ちてもなんの痛痒もありはしないわ。」


「・・・御心のままに・・」


グラニスはそう言い残すと進路を変え、残りの者を連れて離れていった。


「私に殺された事も忘れて自分達の墓標を守り続けるなんて泣かせるわねぇ。グラニスは・・・王子だったかしら?」


記憶を辿りながら小さく笑うと、飛行する速度を上げて空の彼方に消えていった。


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