森にて3
爆発は上と横に広がるものだと何かで見た気がする。実際エネルギーは無理のない方向へ進む。背後に設置した結界のおかげか左右の被害は凄まじいが、後方の森には大きな被害は無い。自ら張った結界に押し付けられるような形でその場に留まることができたのも運が良かった。遠隔で展開するような技術を持ち合わせていない。吹き飛ばされていればこの結界は解け、後方への被害が増していただろう。片目が見えず、顔の位置も変えられない上に土煙で視界が悪い。少し先までしか見えないが、爆心地となった3mほど先の地面を中心にクレーターのような穴があき、爆発の威力を物語っている。これだけの爆発で左手以外が原型を留めていることは奇跡と言っても良いだろう。防御魔法を重ねがけしていたとは言え、随分頑丈になったものだ。
「k ごほっゴッホごほ!!」
自分に回復の魔法をかけるつもりが咳込んでしまう。効果は少ないが、無詠唱でも発動するため少しづつ回復をかけていく。幸い興奮のためか痛みも息苦しさもあまり感じない。体が炭化してしまっており、触覚もなく、鼓膜が破れたようで音も全く聞こえない。
急に視界がブレて地面に転がる。目を動かしてあたりを見回すと、どうも先ほどまで居た地面が”抜けて”クレーターに落ちたようだ。今回使った防御魔法は真下までは守れず、スカスカになった足場が崩落したようだ。
「キュアライト!」
喉の治療が完了したため一気に全身を回復させる。炭化していた皮膚がようやく元に戻り、機能を取り戻す。今後こういった戦闘が無いことを祈るが、いざという時は喉は守って戦った方が良さそうだ。体の修復が完了して立ち上がると、炭化した皮膚が剥がれ落ち全裸になってしまった。戦闘中ではあるのだが、さすがに恥ずかしい。空間魔法から代わりの服を取り出し、いそいそと着る。緊張感の無い絵面だが、粗末なものを何時迄も世間様に晒せない。
「!」
ズボンを太もも辺りまで穿き終えたところで再び風刃が襲ってくる。また接触まで気づけなかったが、最初に食らった時よりも格段に小さい。威力もなく、少し小突かれた程度しか感じない。だが、当たりどころが絶妙だったらしくバランスを崩して転んでしまった。相手は明らかに弱っている。あれだけの魔法を放ったのだから、おそらく魔力切れだろう。自分でも理解できないのはここまでされてあのクモに怒りが湧いてこないことだ。相手はまだまだやる気のようだが、こちらはさっぱり殺意が湧いてこない。
「話をしよう!お互いに誤解がある筈だ!」
なんとか服を着終わる頃には土煙が薄くなり、ようやく視界が戻ってきた。巨木はクモの結界で守られたようで、その姿を留めている。根本に力なく横たわるクモがいた。立てないようで足を踏み込んでは姿勢を崩し、ガクガクとゼンマイ仕掛けのおもちゃのようだ。それでも健気に前足を翳し攻撃をしようと頑張っている。
「この ふう いん を とけば にんげん マモノ かんけ い なく シヌ 」
魔力切れでだろうが、アロスとメアルはしぼみ、またミイラのような姿に戻っていた。かろうじて喋らせているようで、かなり聞き取りにくい。話をする前に多少回復をしてもらわなければ話し難くてしょうがない。
「これやるから食え。」
空間魔法から魔石を取り出す。あまり大きいものを与えて反撃されても困るため少しセーブして与える。通常の魔物は魔力切れで死ぬことはない。だが、このクモは精霊に近い存在のようで魔力の割合が非常に高い。そのせいで死にかけているようだ。本来は漂う魔力を吸収し魔力の維持を行うのだが、供給と消費のバランスが崩れてしまい体が崩壊し始めている。あの魔法はまさに最終兵器だったのだ。
「こと わる てきに ほどこし を うける か」
わかってはいたのだが、案の定断られた。少しムッとしたので問答無用で口にねじ込む。クモが抵抗しようと口を閉じたが、問題無くこじ開けることができた。この方法で回復するかわからないが本人が抵抗しているってことはきっとこれで大丈夫なのだろう。
「アロスとメアルがなんでお前の頭にくっついてるのかも知りたい。テレサがあんなことになってるのもなんか知っているんだろ? 勿体ぶらずに教えてくれよ。」
ぶるりと身を震わせクモの反応が変わる。口にねじ込んだ腕を咬んでいた牙が緩んで魔石を飲み込んだ。ジワリとアロスの口、喉元が瑞々しさを取り戻し話し始めた。
「きさま いや あなたが ヴァルガス? アロスさまの ゆうじ ん? 」
「あぁ、昔馴染みだ。今は残念ながら魔王をやってる。」
確認もせずに襲ってきたほどなのだから今までがよっぽど辛かったのだろう。クモの殺意が一気に消え、足に込めていた力が抜けて行く。それを確認してから大きめの魔石をクモの口に突っ込んでみた。噛みは付きはされなかったが、迷惑そうだ。
「外でテレサを名乗る鹿みたいなのが居たんだが・・・ あれは本人か?」
「はい。あれはテレサのぼうれいです。 にんげん を うらみ、まじんにおちました。」
クモの体は再生こそしていないが崩壊も止まり、アロス部分が大分人間らしさを取り戻して、言葉がかなり聞き取りやすくなった。テレサは本人らしいが、魔人になったのは彼女の方らしい。
「テレサはアロスが魔人になったと言ってたが・・・ あれはどういうことだ?」
「そとにでるために けっかいを はかいしたいのです この”たいじゅ”にやどる かぜのせいれいをきゅうしゅうして まりょくをかいふくすることも ねらいでしょう 」
”アロスを排除して欲しい”と言っていたのは聞き違いでは無かったようだ。
「・・・あんなに仲が良かったのにどうしたんだ?」
「あなたをついほうしたあと、こく王は アロスさまをゆう者に仕立てて 姫とけっこんさせようとしました。 それにげきどしたテレサはこく王にじきそし、ゆうへいされてしまいました。もちろんアロスさまはそのこんいんの申し出をことわったのですが、ゆうへいされていたテレサはアロスさまを信じきれずにだっそうしました。そこで姫とみっかいするアロスさまを発見し、姫を殺してしまったのです。」
「・・・なんで密会していたんだ?」
「独さいを続ける王を失きゃくさせるための算段をつけていたのです。増税を繰り返しぜい沢の限りを尽くし、他国の使者を追い返しいたずらにきん張を高める。そのような王に求心力は無く、魔王と同じ排除すべき敵と判断されたのです。たとえ父であっても姫は国を守るために決断しなければなりませんでした。」
姫は”魔王を倒した暁には・・・”と、おとぎ話で聞いたことのある口上で紹介され、王の隣に景品としてちょこんと座っていた。背は低く、幼さの残る顔だったが、しっかりとこちらを見据え意志の強さを感じさる瞳をしていた。王妃は早世し、第二妃が身ごもってからは修道院に送られていたが、創命の魔王の出現で景品として呼び戻された。頭も良く、”国民を導くもの”としての考えを持っていた彼女だったが、運命は味方しなかったようだ。
「その後どうなったんだ?」
「王の怒りを買ったテレサは捕らえられ、隣国ダモスとの前線にいる兵に与えられました。歯を折られ、目と喉を潰され抵抗できない状況だったようです。それを発見した怨嗟の魔女が彼女を強奪し、魔人に仕立てたと伝えられています。その後魔人となったテレサは国に戻り、王はもちろん騎士団、国民、目に付く全てを殺し、アルタール王国は滅亡しました。」
「アロスは何をしていたんだ?」
「アロス様はダモス戦線にてテレサを捜索していましたが、ダモス側についていた当時傭兵だったライネルと激突し重傷を負いました。命は取り留めたものの捜索に復帰できませんでした。信用に足る人物に捜索を依頼していましたが、その男も討ち取られて捜索は打ち切られたのです。」
「ライネルってのは誰だ?アロスだって相当な実力だったはずだが・・・」
「両者譲らず、一昼夜戦闘が続いたそうです。今は魔王の一人として暴威を振るっています。」
「あー・・・ 7人いるとかのあれか?」
「はい。獣王ライネル、吸血姫エルザベート、炎王ベネリ、煌風ヴァルボス、雷翔ギアラ、死鬼王パルプテス、凍妃アルマの7人です。ライネルはそれまで一騎打ちで傷を負った事が無く、武神と呼ばれていたそうです。」
全てが悪い方に転び、最悪の結末になってしまったようだ。
「め、メアルは? 彼女は一人旅をしていたはずだ。なんでここに?」
「メアル様は王国を滅ぼしたテレサをアロス様が一人で追っているという噂を聞いて助太刀のため来られたのです。しかし、ダモスにて発見されたテレサの魔力が強大で、討伐を諦めざるおえませんでした。そこでこの地に誘い込み封印する計画を立てました。」
表情が見えない顔だが、悲しそうなのはわかる。気のせいか萎んできたような気がする。
「お前さんがまだ出て来ないな。そう言えばなんて名前なんだ?」
「アロス様がクレインと名付けてくださいました。私はアロス様のマントにくっついているところを拾われました。5mm位だった私を可愛いと連れ回してくれたのです。」
「ペットみたいなものか。ただ、どう見ても4〜5mはあるよな?」
「メアル様の術でアロス様と従魔の契約を結びました。その儀式で使われた魔石と相性がよく、大きくなりました。」
なんだか少し恥ずかしそうに話すクレインだったが、クモの顔からは表情は読み取れなかった。
「でも、なんで二人がくっついてるんだ?」
「それは私が加わった程度で勝てる要素が無かったからです。そこでメアル様が考案したのがこれです。3人それぞれで戦うよりも、融合して最大魔力を増やす事でより強力な術を使えるようにしました。アロス様を囮に誘い込み、あらかじめ仕掛けておいた結界を発動して閉じ込めたのです。大樹に宿した風の精霊を中心に結界を張る事で安全に捕獲しました。」
「ちなみに、なんで確認もせずに襲ってきたんだ?」
「それは・・・ テレサが時折通る冒険者を使って結界を破壊させようとしていたからです。外側の結界はテレサ専用に作る事で強力に発動しています。それ以外の者は入って来れてしまいます。内側の結界もアロス様とメアル様の動きを制限しないために人族には効きません。この見た目ですからテレサに騙された者達は私の言葉に耳を傾けません。戦闘は避けられませんでした。」
「あー、まぁ・・・ お前さんみたいな見た目の魔物もいるからな。ファントムっていうんだが・・・」
「儀式で使った魔石はファントムの物だったそうです。」
「アロスが初めて倒した大型の魔物だよ。取り出した魔石を大事にしてた。誰も見たこと無いくらい大きかったんだ。家宝にするって嬉しそうだったよ。よっぽどお前さんに期待してたのかもな。」
クレインは嬉しかったのか前足で顔を洗った。
「最後にこんな穏やかな会話が楽しめるなんて・・・ 本当に有り難う御座いました。あぁ、そうだ神器をお返しします。」
そう言うとクレインは残った足で恭しく刀を差し出した。それをこちらも両手で受け取り、聞き返す。
「最後ってなんだよ。まだ全然君らの話を聞いてない。」
「すみません。先ほどの魔法で私の魔石が砕けたようです。私はもうすぐ消えて無くなります。」
少しだけ寂しそうな、それでも嬉しそうな気持ちが伝わってくる。最初に比べてかなり表情がわかるようになってきた。
「なんで諦めるんだよ!魔石を食ったら治らないか!?まだまだあるぞ!」
貯めていた魔石を取り出し口にねじ込もうとするが、前足で大きなバツを出されて拒否される。
「私を世界に繋ぎとめていたのは魔石と二人の体です。もともとアロス様と共にいるため生きていました。ですがお二人が意識を失って数百年、流石に疲れました。術の要であるメアル様のお体も私の魔力と相性が悪く劣化が進み、あの魔法を使わなくてもあと数年で限界を迎えていたでしょう。塵に還る時です。」
何か手立てが無いか自分の記憶を探るが、こういった術に詳しい訳でも魔物に詳しい訳でもない。何より本人の生きる気力がない。こんな場所で一人残されていつ終わるかも分からない留守番を任されれば誰だって嫌になる。
「ヴァルガス様に一つお願いがあります。」
遠慮がちな顔で問いかけてくる。魔物は主従関係が強く、関係の希薄な相手に対する遠慮といった概念はあまりない。このクモは珍しく人のような感性を持っている。
「できる事ならやるよ。」
即答してやるとホッとしたような顔をする。
「アロス様は”後を頼む”とおっしゃいました。それがテレサを”永劫ここに縫い止めておけ”だったのか、”どうにかして始末しろ”だったのか私にはわかりませんでした。答え合わせも出来ませんが、アロス様からの宿題を片付けて下さいませんか?」
「任せろ。アロスが満足するかは知らないけどな。で?それはアロスの願いだ。クレイン、お前の願いは無いのか?」
クレインは困ったような顔をして少し考え込んだ。そうこうしている間に体の崩壊が再び始まった。苦しいのだろう顔が歪む。
「あの木に テレサを縛る 結界を 維持するために 風の 精霊が 封じられ ています 解放 して あげて ください これ けっかい の かぎ 」
痛みに耐えながら途切れ途切れに紡いだのは、風の精霊への慈悲の言葉だった。顎の裏あたりからなにやらごそごそと取り出しこちらに寄越す。薄い緑色の宝石が付いた装飾品、姫が身に着けていた簪のような髪飾りだ。
「お前本当に魔物に向いてないな。せめて死ぬ時くらいわがままになればいいだろ・・・」
にっこりと微笑み雪虫が空へ舞い上がるように、崩れた体がチリチリと光になって消えて行く。その姿に熱いものが頬を流れた。
「わかった、やってみる。安心して休んでくれ。」
少しでも安心してくれればと前足を掴もうと手を伸ばしたがすでに遅く、つかむ前にすり抜けていった。こういった時、どうして良いかわからない。思えば勇者として活動していたときは涙を流したことが無かった。悲しくてもどこか他人事で、本当に心が動くことは魔物への怒りと憎しみだけだった。
ありがとう これで やっと あのかたの もとへ
聞き惚れるような優しく、美しい女性の声が聞こえたような気がした。だが、自分のほか人影はない。あとに残されたのは寂しそうに吹く風だけだった。
10連休とか・・・10連休とか!!