森にて2
歩き始めて数分。木漏れ日の中、昔のことを思い出しながら歩く。
資金難のため、ある時は村近くのモンスター退治、ある時は盗賊退治、さらにある時は教会の草むしりなど、目の前の解決できそうな事件や雑用なんかを行い、路銀を稼ぎ旅をしていた。
二人と出会ったのはそんな時だ。たまたま訪れた村で、たまたま野盗の襲撃に遭遇し、たまたま拐われた娘たちを助けに行った時に、たまたま現地で遭遇した。
当時の俺は勇者といえば”仲間と死地を乗り越える”というイメージが強く、仲間を強く欲していた。もちろんそれ以外にも野宿の安全確保や知識の取得・共有など様々な理由もあった。そんな思いが募った時に現れた二人に、これは天啓だと思った。
二人とも村から出たばかりで目的がなかったそうで、あっさり同行が決まった。彼らはそこらの衛兵や騎士よりも腕が立ち、その村での事件はさっさと解決出来た。もちろん小さな村での報酬は二束三文で、3人での旅には足しにもならない金額だったが俺には仲間が出来たことの方が重要だった。
二人は身の上話こそ語らなかったが明るい性格で、一気に賑やかな旅になった。絵に描いたような美男美女で、行く先々でちょっとしたトラブルに見舞われることになる。
ある町では言い寄られるアロスが嬉しそうだとテレサの機嫌が悪くなり、ある町ではテレサが町のお偉いさんに拐われそうになったりと一人では起きなかった、いわゆる”イベント”が起きていた。集団行動が面倒になってきたのはその”イベント”があったからかも知れない。
一年ほど旅をしたところで敵の強さが増し、テレサを守ってアロスが死にかけることが多くなった。これ以上は危険と判断し、晴れて彼らと別れることになった。アロスだけならまだ戦えていたと思うが、テレサと一日会えないだけで実力が半減するような男を連れて旅を続ける未来が見えなかった。
そのため二人の実力と、今後遭遇するであろう敵の評価を説明して同行に条件をつけた。その条件が、”俺と勝負して勝てたら”というものだ。ハンデの内容は、利き手を使わず、武器は無し、さらにステータスダウン(半減)をつけるというものだった。アロスは馬鹿にするなと素手で挑んできたのだが、結果は俺の圧勝だった。
「・・・二人がイチャイチャしてる思い出しかない。」
それっぽい思い出を探したが、出会ってから二人に助けられた記憶がない。思い出せるのは生活費が増え、プライドの高いテレサが雑用のような仕事を拒否し、服に金を使っている事だけだ。
「んー・・・ 二人にそんな思い入れがないな。なんでさっきあんなに怒りが込み上げてきたんだ?」
不思議に感じながらも引き受けた事はやらねばと森の奥を目指す。魔人がいるとは思えないような静まり返った森の中、二つ目の結界に到着した。結界は丁寧な術式で構築され、とても綻びは見えない。もちろん、”魔王”の称号がついた俺には入れないようで、手をかざすとバチっと電気が流れるような衝撃で弾かれる。
「このままじゃやっぱり入れないか・・・ 」
こういった時の対処法は心当たりがある。勇者で得たスキルの中に、聖気を纏って属性攻撃を緩和する魔法がある。この魔法の便利なところは、かけられた者は聖気で上書きされるため結界の中に入れる所だ。もちろん人間だろうが魔物だろうが上書きできるため、以前は苦しめられた。世界に7つある神器と呼ばれるアリアの作った装備。それを安置している神殿があるのだが、そこに魔族が入り込み合計四つの神器が失われた。本来魔族や闇属性のある者は覚えられない魔法だが、覚えている者を操って魔法を使わせ、侵入に成功したらしい。術者を殺害して事態は収束したが、その後は警備の強化を余儀なくされた。魔人に対抗できる数少ない戦力がさらに分散されることになり、諸国は頭を抱えていた。今回はこの方法を俺が試すのだ。
「ディバイン!」
念の為手をかざし、しっかりと偽装できたかを確認する。先ほど弾かれた距離で結界は反応せず、すんなりと手を受け入れた。これなら問題なく入れる。アロスがどんな魔人になっているかはわからない。大体の魔人は生前得意だったことがやりやすいように形状が変化する。また、それを補助するような能力を覚えていることも多い。彼の場合は剣技を使える人間に近い形状が予想される。しかし、怒りや恨みで魔人化した者は膂力に全てを振り切った、生物とかけ離れた見た目のものもいる。自我を失い暴れ続けることもあるため、彼らの通った痕は草木も残さず破壊される。
「・・・にしては綺麗だな。」
外側の結界は生物がいない植物だけの森だった。しかし、内側の結界内には鳥がさえずり、小動物もいる。ただ、不思議なのは同じ種類であろうリスの尻尾が個体によってまちまちだ。長かったり二股だったり短かったり。耳の形状も安定していない。よく見れば鳥も尾羽の長さがチグハグで、くちばしの形が歪んだものもいる。飛び出した生き物を捕獲し、観察しながら歩いていると1つの仮説にたどり着く。
”奇形”
隔絶された環境で近親交配が進むと、形状の変化や欠損などおよそ生きるのに不利な変化がもたらされることがある。哺乳類などは顕著で、尻尾の形状変化は多い。つまり、この森の結界の中は、当時生きていた生物たちが連綿と生を繋いできたものと思われる。もちろん俺は専門家ではないし、何匹か捕まえて見ただけで検証と呼べるような事はしていない。腑に落ちないことが多いが、何れにせよ先に何かある事ははっきりしている。先に進むたびに感じる魔力が濃くなってきている。そこも不可解だが、穏やかな魔力はとても魔人のそれとはかけ離れていた。
「これは・・・ また綺麗なもんだ。」
モヤモヤが晴れないまま魔力の発生源に到着すると、そこには大きな木が生えていた。そこだけくり抜かれたように周りに木が無く見通しが良い。樹齢はわからないが、幹周りはおそらく17〜20mほどはある。大きく張り出した枝が邪魔をして上は見えないが、高さもあるだろう。青々とした葉は艶やかで、根は岩を抱くように力強くうねっている。差し込む日差しが神々しさを感じさせるほどの存在感を纏っていた。大樹の周りを観察しながら歩いていると、そこにはアロスに託した愛刀が木に抱かれた岩に突き刺さっていた。
「・・・懐かしいもんがあるな。」
この刀はアリアが作り出した神器と言われている。巨竜の首も切り飛ばしたと伝えられる由緒正しい刀だ。実際魔力を込めれば折れず、切れ味も落ちない便利な物だった。この世界にも日本刀の概念があったことに驚いたが、俺のような異物が紛れ込む世界であれば無くは無いといった所だろうか。
懐かしさで刀に触れようと手を伸ばした瞬間に怪しい魔力が木の上から放たれていることを感じる。顔をあげて確認しようとすると、風の刃が飛んでくるのを感じて後ろに一歩下がる。先ほどまで立っていた場所は50㎝ほどの深さにえぐれて風刃の威力の高さを示している。
「危ないな。挨拶くらいはしてくれよ。」
意味はないだろうが一声かけて上を見ると、そこには枝葉の間に巨大な影が見えた。じりじりと幹を伝って降りてくるそれはネコハエトリのメスのような丸っこい形状の蜘蛛で、5mはあろう巨体から大きな八つの瞳でこちらを見ている。個人的にクモは嫌いだ。それでもこのトビグモの系統だけは可愛いと思っていた。だが、ここまで大きいと流石にツライ。輪を掛けて不快なのが頭の上に人間の男女二人の上半身が生えている。二つとも髪は伸び放題で顔は確認できないが、カクカクと動いている。動きに合わせて髪が動いた時に女の方の口がパクパクしているのが見える。何かの術を使っているのかただの痙攣なのかは判断できないが見ていて気持ちのいいものではない。死人だろうから疲れたとか辛いとかそう言った感情とは無縁だろうが、クモの背中で長いことご苦労なことだ。
「悪趣味だな。魔人ではないようだが、人にとって良いものでもなさそうだな。」
「また まじょの さしがね か きの どくだが しんで もらおう」
しわがれた声が男の方の口から発せられた。意思疎通ができるのかと思った瞬間にクモの前足から風刃が繰り出される。もう一歩下がり回避するとクモが飛び降り、頭を下げて背中の男に刀を抜かせた。この間もチラチラと見え隠れする女の口は動きを止めず、何かの術を使い続けている。先ほどまでカクカクだったミイラの動きは滑らかになり、シワシワだった体が徐々にみずみずしさを取り戻していく。出方を伺っているのか風刃を繰り出しながら一定の距離を保ってジグザグに移動している。こちらにも飛び道具があるが、得意な魔法は近距離で使うと森ごと吹っ飛びかねないため使えない。また、氷の魔法を先ほどから牽制に使っているが使いこなせずに当てられない。黙って距離を詰める方が良さそうだが、忌避感が優先して踏み出せずにいた。敵の攻撃も直線的で難なく回避できるため互いにまだ一打も当てられていない。しかし、次第に土煙が上がり、視界が悪くなってきた。
「・・しまった これが狙いか!」
途中から明らかに俺への攻撃が少なくなり、地面をえぐるように攻撃が変わってきていた。ただのミスだろうと油断していたが、最初からこれが目的だったようだ。ただの森の土がここまで煙る訳が無い。相手は戦闘が起こった時のことを想定して何か仕込んでいたのだろう。さらに刀を配置し、敵が立ち止まるポイントを作り樹上から現れることで狙いの位置に誘導した。まんまとハマった俺が言えることではないが、よく考えている。
「れ・・じ・・け・・!」
煙の向こうで何か言っているのが聞こえる。女のボソボソ声で大体の位置はわかるのだが、特定ができない。声のリズムが変わったためおそらく複詠唱で認識阻害をされている。ただのクモではないと思ってはいたが、なかなかに連携がうまい。頭に張り付けられている人間も相当な手練れだったのだろう的確な嫌がらせだ。
「!」
悠長に構えていると土煙の中から衝撃波が飛んでくる。ほぼ真正面から飛んで来たにも関わらず接触するまで気付かなかった。認識阻害はこの技にもかけられていたようだ。先程の風刃とは比較にならない威力の攻撃。アロス達と出会った頃の俺であれば即死したであろう威力がある。だが、今では避ける必要の無い取るに足らないダメージだった。続けて何発か飛んできたが、意識を集中することで距離1m程のところで見えるようになった。寸分違わぬ場所を狙ってきた精度は素晴らしい。たが、それ以上の小細工はされていなかったため手で弾いて相殺した。
舞っていた土煙は次第に勢いを失い、うっすらとクモのシルエットが見え始めた。長年この世界にいるが、これだけ自在に動く死体は見たことがない。今まで死霊術の類いや、人間の頭を詠唱のために集めるカエルは見てきた。だが、そのほとんどが元になった人間の性能を引き出せない欠陥品だった。例外は一人だけいたのだが、これが二件めの例外になりそうだ。
再び飛んできた衝撃波で我に返る。感心している場合ではなかった。今までのことを整理する。敵の攻撃を四、五発受けてわかったことといえば、おそらくこの攻撃はアロスの得意技だった”烈風刃剣”だろうということだ。このクモの上についているのはおそらく彼だ。また、隣にくっついている女の方はおそらくメアルだろう。戦闘に入ってからどんどん声がはっきりしていき、聞き覚えのある声になった。テレサはアロスが魔人になったと言っていたが、勘違いか作為かはっきりしない。一つはっきりしているのは彼を”排除して欲しい”と言っていたことだけだ。
「聞きたいことがある! 攻撃はしないから出てきてくれ!」
呼びかけてみるが返事はない。”また魔女の差し金か”聞き違いでなければ確かにそう言っていたはずだ。現状戦闘状態にあるが、このクモを倒すのは得策ではない気がする。
「逃げるか・・・?」
憶測の範囲を出ない考えについ口走ると、返事のように背後から衝撃波が襲った来た。目の前にクモのシルエットが残ったままだが、どうもフェイクのようだ。メアルは結界、幻術が得意でそれらを駆使し、足りない膂力を補っていた。懐かしい声が辺りに響くが、場所は特定できず此処彼処から聞こえてくるようだ。こちらへのダメージがないのを把握したのかさらに詠唱が増え、攻撃強化を重ねるようだ。本人達と戦っているようで不気味でしょうがない。徐々に攻撃の威力も上がってきている。なかなかに練られた作戦で感心しきりだが、一つの思いが込み上げてくる。
「うざったい!」
右足に力を込め、地面を踏み抜く。爆音と共に土が吹き飛び、辺りを襲った。もはや爆風と言って良いそれは攻撃もろとも相手を吹っ飛ばした。頭を冷やして貰うには十分な威力だと思ったが、図体に似合わず機敏なクモは風刃でこちらを牽制しながら大木の方へ退く。自らの一撃で大きなクレーターになってしまった足元を見ながら、クモの方が戦略に長けている事を認識して己に落胆する。
「昔はもっとやれたんだけどなー」
誰かが聞いている訳ではないのだが、敗北感で言い訳をせずにはいられなかった。そんなこちらを無視してクモは樹上に移動した。まだまだやる気のようで男女複合の詠唱が聞こえてくる。所々聞き取れる呪文は氷と炎の断片的なものだ。詠唱破棄なんて小技もあるが、この世界では名前が強い意味を持つ。呪文とは魔法の正式名であるからしっかりと読み上げた方が威力が高くなるのだ。大したことの無い術者でも、しっかり詠唱できるとベテランの力に匹敵するほど強くなる。今回のように術者が強力な上で詠唱を行えば魔法本来の力を発揮する。
「「ヴォルティスロンヒ!!」」
二人の声が雄々しく叫ぶ。隠れる意味がないと思ったのか隠蔽をせずに高威力の魔法を打ち込んできた。名前だけは以前聞いたことがある。昔々の魔王が使っていた魔法で、なんでも城を更地にしたとか国が滅んだとかの曰く付きだ。メアルの結界師一族が代々受け継ぎ、悪用されないように守っていたとか。消費魔力の高さと複雑な術式で一人で発動させることは出来ないと説明されていたのだが、こんな形で目にするとは思っても見なかった。
「ウーツクレモス!」
両手をクモの方に向けて魔法を発動する。複数の魔法障壁が重なり合い攻撃を受け止める防御のためのものだ。あの魔法をまともに受ける勇気は無いので小細工をする。あのクモはどう転んでも勝てるように最初から最善の一手を組み立てていたようだ。こちらを囲むように結界が張ってある。己の動きと結界を隠すために煙幕を使い、烈風刃剣で仕留められなければこの魔法で仕留める。こちらが逃げられないように、さらには森の被害を抑えるためにと結界を張るとはよく気配りできるクモだ。これを意思疎通にも使ってくれればいいのだが叶わないようだ。上空で巨大化していく氷と炎の魔法を見ながら、どうしのぐかを思案する。この魔法は威力が高いが発動までは時間がかかるようでまだ落ちてこない。防御魔法は展開したが、直撃した衝撃と水蒸気爆発に耐えられるかわからない。あれだけの熱と水があればかなりの威力になるだろう。
「・・・森の外もやばいんじゃ?」
急遽クモの張った結界の内側に野球のバックネットのような配置で結界を張る。こうしておけば恐らく森の外までは届かないだろう。力の逃げ場がない状況は完全に俺自身の首を締めることになりそうだが、何の準備もなく爆発に巻き込まれればアリアやシエラがいてもミチに被害が及ぶかもしれない。それだけは避けなければならない。
「フォルタリシル!」
これは魔法効果を強化するためのものだ。ゆっくりと落ちてくる氷と炎を眺めながら他にできることがないか考えたのだが、特に思いつかなかったので後は気合いだ。完全な判断ミスで自ら窮地に立ってしまったことを反省する。氷炎の高度が地面から50mほどになった時、急激に速度を上げて回転しながら落ちてきた。限界まで展開した防御魔法の先端に、氷炎の槍が接触した瞬間に雷が落ちたような轟音が鳴り響く。ぶつかり合う魔法はお互いを削りながらそれぞれの役目を全うすべく死力を尽くしている。摩擦から静電気が発生したようでバチバチと電撃が飛ぶ。だが、それでも勢いを殺せず、確実に氷炎の槍は高度を落とし、障壁を剥がしていく。
「おっ・・おおぉぉ!」
ウーツクレモスを重ねがけしているのだが氷塊の超重量を支えきれずにバキバキと音を立てながら削られていく。結界を張りながらの戦闘に慣れていないこちらは完全に打ち負けている。さらに溶けた氷が炎塊に飛ぶと、一瞬で蒸発し爆発が起こる。どれだけの熱量か想像できないがとんでもない威力だ。
「おぉお!? ディバイン!!!」
完全に忘れていたが、本来の使い方でディバインを重ねる。一瞬で体感温度が下がり、温度差で体から湯気が吹き出る。そこで氷塊の先端が地面に接触した。ボキボキと細い部分が砕けて散り、炎塊に吸い込まれ大きな爆発を起こす。爆発で姿勢を崩した氷塊が一気に炎塊に接触し、火山でも噴火したかのような大爆発を起こした。
判断ミスと油断が重なり痛い目に遭っています。基本思考が平和ボケのため最善を尽くせません。言葉に配慮が足りずに悪意無く人を傷つける、イラつかせることがあります。言葉って大事ですよね。
ちなみに哺乳類の野生動物の奇形は50年ほどで出ることもあるそうです。ある地域では道路と集落の造成で森が分断され、ヒョウが奇形になっているそうです。また、こういった変化は鳥や魚、虫などあらゆる生き物に見られるそうです。多様性が失われた遺伝子は致命的な病気が発症した際に全滅することも多いそうで、研究が進められているとかなんとか。今回は森の異常を端的に表現したかったためこういった風景を取り入れてみました。ちなみに未開の集落に宣教師が接触し、病気を移して全滅なんてのも今までの歴史にあったそうです。




