森にて
「ジョンちゃーーーーん!! 助けてーーー!!」
休憩を始めてから大体15分ほど。皆にラズベリーティーを配り終える前に助けを呼ぶ声で手が止まる。不本意ながらディテクションで状況を確認すると、先ほどまで確認できなかった反応があった。大きさから判断するとワーム系の敵のようだが、ディテクションではそこまで判別はできない。ああいったモンスターは大きさだけで案外脆いものだが、初見であるならば恐怖を感じるに十分な見た目をしている。おそらくジャイアントフォレストワームなどの罠に嵌ったのだろう。ジャイアントフォレストワームは簡潔に述べると、でかい糸を吐く芋虫だ。毒吐き熊を倒せるくらいの腕があれば問題ないだろうが、苦手な虫系の相手であれば仕方ないと言うしかない。
「私が行きます。」
こちらの表情に気付いてなのかミチが前に出る。しかし、打撃の得意なミチでは汚れてしまう。フォレストワーム全般に言えるのだが、体液が多い。弾け飛んだ時の凄惨な光景は言葉にし難い。ここは火なり氷なりで仕留めた方が良さそうだ。そのためミチに首を振り制止した。
「念のため皆は中に入っていてくれ。礼儀の無い客にお引き取り願ってくる。」
多少格好をつけて言ってみたが、誰からも触れられず恥ずかしい。モンスターに興味津々と言った様子のコルビーとウルダは目を輝かせてのぞいている。逃げまわるガージスの後を土煙を上げながら何かが追っているのだが、ジャイアントフォレストワームにしては小さい。人を襲うようになったワームは10m程の個体が多い。あまり小さいと獲物として返り討ちにあうことが多いからだ。だが、あれは大きく見積もっても4〜5m。チラチラ見える尻尾が爬虫類のような見た目だ。最初はガージスが手を抜いて逃げていると思ったが、どうやら手を抜いているのは奴さんのようだ。
「「ジョンさん!隠れてますから見ててもいいですか!?」」
コルビー夫妻が楽しげに聞いてくる。緊張感が無いように思うが、ミチに護衛して貰えば問題ないだろうと判断し頷く。喜ぶ二人から目を逸らし、すぐにミチに目配せしたのだがキョトンとしている。以心伝心にはまだ早かったようだ。ちゃんと言葉で伝えないとダメだ。
「ごめんミチ。コルビーとウルダが見学希望だから守ってやって欲しい。俺はガージスを助けてくるからよろしく頼む。」
ミチがハッとしたような顔をした後返事を寄越した。
「は、はい。気が付かず申し訳ありません!」
「よろしく。ミチもあそこまでとは言わないけどもっと砕けた言葉使いで頼む。」
返答に困ったのか困り顔で固まってしまった。少し考えた後にポツリとこぼした。
「まかせなさいよー。じょんちゃーん。」
なぜか辿々しい言葉使いで、ミチがガージスの真似をしてみせた。言ってから後悔したのか顔を赤らめて俯いてしまった。恥ずかしそうな美少女はなんというかグッとくる。
「うん。ミチに呼ばれるなら良いな。今後もチャレンジしてみてくれ。なんなら・・」
「ジョンちゃーーーーん!! 」
嬉しくない方のちゃん呼びに現実に引き戻される。声のする方を見るとガージスを追っているものが少しだけ見えた。一瞬だったため正体はわからなかったが鱗に覆われた何かだ。どう頑張ってもフォレストワームではない。どうもに気が乗らないが助けに行かねば。
「ちょっとした注意点だが、俺は気の使えない人間だから見学するなら気をつけてくれよ? ミチ、二人をよろ・・しく・・?」
いつの間にか二人の後ろに野次馬が増えていた。先ほど準備していた紅茶を片手に観戦を決め込んでいる。
「せっかく淹れて頂いた紅茶ですから、温かいうちに頂きますね。」
ロックがカップを持ち上げて挨拶してくる。美味しいうちに手をつけた方が良いに決まっているが、いつの間にかアリアとシエラまで紅茶を啜っている。
「ごち! お茶菓子なかったでしょ? 感謝しなさい!」
「頂いています。」
忙しいと言っていたくせにあっさり来やがった。実際にお茶受けが無く寂しいとは思っていたが、ここまで恩着せがましく来られると癪に触る。だが、この二人がいれば万一にも彼らに危害が及ぶことはないだろう。
「んー、君らに関するコメントは保留。とりあえず行ってくる。」
「ん! まあ、気を強く持ってね?」
意味のわからない応援に言いたいことはあったが、あまりガージスを放置しておくのもかわいそうだ。さっさと彼を助けてアリアに文句の一つや二つ言ってやらねばならない。駆け出そうと力を込めたところで結局フェタとスキールも中から出てきた。おっかなびっくり見学に加わっている姿を見ながらガージスへ接近する。
「ジョンちゃん! 信じてたわーーー!」
「そういうのは良いから・・・敵はなんだ?」
こちらが二人になったのを察知したのか藪の中からこちらを伺っている。気配は感じるが出てこない。状況を判断するくらいの知能はあるようだ。
「蛇っぽかったわ! でもステータスダウン系の能力持ちみたい! ちょっと殴ってみたけどダメだったわ!」
交戦していたようだ。蛇系の魔物でデバフが使えるといえば有名なのがブラッシュスネークだ。顎の下がブラシのような毛で覆われているためこの名がついた。なんのためについているかは諸説あるが詳しくは分かっていない。毒は無く、気性も温厚で密集して暮らしている。繁殖期に強い雄は集団を離れて巣を持ち、雌を迎える習性がある。だが、大きくても1.5〜2m程。とても薮の中の個体とは結びつかない。さらにはちょっかいをかけても逃げ出すような臆病な蛇だ。卵を守る時くらいしか人間を攻撃してこない。
「もうちょっと見た目とか、大きさとかの情報はないのか?」
「おっきかったわ! あとウロコ!」
「・・・」
全く参考にならない答えが返ってくる。戦闘が得意ではないと言ってはいたが、殴った相手の特徴くらいは覚えておいて欲しいものだ。ここは今後の課題として貰おう。
「まあ良いか。ガージス、ここは十分だからみんなの護衛についてくれ。」
「役に立たなくてごめんねジョンちゃん・・・ お料理なら自信あるからなんでも頼んでね!!」
得意なことを先に聞いていればよかったと軽く後悔した。適材適所を考えて配置しなければせっかくの能力も生かせない。今後呼び出すときには注意してやらねばならない。
「分かった。また今度頼むよ。」
任せろとの意味か、何かのハンドサインをした後ウインクをしながら撤退して行った。先ほどよりも速度が出ているのを見ると、相手を牽制しながら休憩所までの接近を遅らせていたようだ。手を抜いていたのは敵だけではなかったようだ。
「さて、正体不明さんよ。やる気があるなら相手しようじゃないか。」
言葉が通じるかもわからないが呼びかけてみる。言葉に反応したのか藪から顔を出したのは大きなトカゲだった。
「確かに大きいようだし鱗だな。でも蛇っぽさはないな。」
こちらが観察しているとトカゲはゆっくりと歩み出し、巨体を晒す。頭の先から尻尾の先までは5mほどある。足が長く、まるで鹿のような体型だ。発達した筋肉が体を覆い、鎧を着込んだような雄々しい姿だ。アフガンハウンドとワニを混ぜたような顔で、口には細かい牙が無数に生えている。頭には鹿から取ってつけたような角がついており、麒麟を思わせる見た目をしている。尻尾は1mほどの長さで太く、先には透明感のある紫水晶の様な結晶がついている。初めて見るタイプの相手だ。巣でもあるのか林の奥を気にかけている。この巨体で木々の間をすり抜けて生活しているのかと思うと不自然な気もする。しかし、繁殖期の動物が普段とはかけ離れた環境にいることはままある。
彼、若しくは彼女が卵なり子供なりを守っているなら避けた方がいいのだが、主要な街道から離れているとはいえこのまま放置するのは危険だ。
(あなたに会えるとは思ってもみなかったわ!)
落ち着かない様子の相手をどうしようかと考えている時に、懐かしい声が聞こえた。というか感じた。アリアの神通力のような不快なものを感じる。
「覚えが正しければテレサだと思うが・・・ こんなにトカゲっぽかったか?」
(よかった!覚えていてくれて・・・ 今はこの子に取り憑いて機会を伺っていたのです。)
何か事情があるようだが、どう考えてもお化けだ。彼女は俺が勇者として魔王を倒した時の友人だ。当時は回復役としてパーティーを組んでいた。しかし、激化する戦闘についてこれず、彼女の護衛として一緒に旅をしていたアロスと寿退社的にパーティーを去った人物だ。その後コズルイデス3世に兵の指南役として拾われ、俺の討伐要員として派遣されてきた。二人は命令に従うフリをして追っ手が近いことを教えてくれたのだが、ちょうど良いのでその時に口裏をあわせて死んだ事にして貰った。手ぶらでは信じて貰えないだろうからと証として愛刀を託した。彼らはその後に英雄として行く先々で名前を聞くことになった。そんな彼女がなぜこんなところで彷徨っているかわからない。
「機会って・・何さ?」
(・・・アロスが怨嗟から魔人になりました。メアルが結界を張ってくれたので彼はここから動けません。ですが、その結界も時が経ち弱まっています。このままでは彼は解き放たれ、たくさんの人を殺めるでしょう・・・ )
メアルとは勇者として旅をしていた時に出会った結界師だ。凄腕かつ美人と評判で、各地を旅しながら実体を持たないモンスターや悪霊やらを倒して廻っていた人物だ。テレサとは馬があったようで使魔でやりとりしていた。
「・・・何があった?」
(あなたと別れた後に私たちは魔王を倒した英雄としてプロパガンダに使われました。アロスは戦争の道具になることを嫌がり国を出ようとしましたが、私が捕まってしまい逃げられなくなりました。彼と逃げる算段をするための手紙を姫が王に隠れて届けてくれたのですが・・・ それが侍女から密告されて幽閉されてしまいました。それから程なく私は王に汚され、彼の元に戻れないと悟り自害しました。王は思い通りにならなかった事に憤慨し、私の故郷へ兵を送り皆殺しにしたそうです。その事件で私が死んだことをアロスが知りました。故郷と私を同時に失った彼は心を無くして魔人になったのです。)
「・・・・・すまん。俺があの時・・あの時逃げずにあいつを殺しておけば良かった!」
(いいえ、あなたは魔王討伐の栄誉よりも姫の気持ちを取りました。誰でも出来ることではありません。)
「姫も幽閉されたんだろ?あの時恨まれてでも殺しておけば!!」
久しぶりに感情らしい感情が体をめぐる。収まらない怒りが腹のなかで渦を巻き、気持ち悪さが込み上げる。針で刺されたように肌がチリチリと痛み、呼吸が乱れる。
(あれでも一国の王。あなたが殺めていれば、権利を狙うものや改革を目指すもので混乱し、より多くの人が亡くなったでしょう。それに、誰も未来を見ることはできません。あの時はあれが最善だったのです。)
被害者にこう言われてしまえばもはや言える事は無い。トカゲの顔からは感情が読み取れないが、穏やかな声には優しさが溢れていた。
「すまない・・・ こんなことになっているなんて知らなかったんだ。俺はどうしたら良い? どんな結界だったかを教えてくれれば恐らく張り直せると思う。」
こちらの問いかけにテレサは首を振り、悲しそうに口を開いた。
(いいえ、楽にしてあげてください。憎しみだけで存在しています。もう彼では無いのは理解していますが、彼の姿で人を襲わせる訳にはいきません。)
アロスは正義感が強く、他を助けるために命を捨てる事の出来る稀有な男だった。テレサにベタ惚れだったが、俺を一人で死地に向かわせる訳にはいかないと最後まで付いてこようとしていた。しかし、俺の拳による説得でようやく諦めテレサと一緒に帰路についた。追っ手として刀を託し別れる時にも、こちらの心配ばかりしていた。そんなお人好しが魔人とは・・・
「分かった、案内してくれ。」
(申し訳ありません。二重の結界の内側に私は入れません・・・ 森の中心に彼がいますので排除してください。)
確かに取り憑いているとはいえ幽体の彼女が結界の中を自由に行き来できるわけがない。道案内がなくてもそこまで大きな森ではないためなんとかなりそうだ。
「分かった。行ってくる。」
(私も近づけないですからどうなっているかわかりません、気をつけて。)
天気の良い昼下がり、少しの違和感を感じつつも旧友に会うために重い足取りで森の中に踏み出した。
馬車・・・もとい人力車ではモンスターを置いて森に入っていったジョンを心配しますが、アリアの一言でただのお茶会モードに切り替わりました。
「大丈夫!あいつ殺せないから!」
ミチは”待て”を命令されているのでそわそわしていますが、それ以外の全員が妙に納得して談笑を開始しました。ちなみにアリアの耐久力は一般人と同じです。




