引っ越し
「バック!切り払い!右飛んで、はい突いて!」
コルビーに要るか要らないか微妙な指示を出しながら観戦している。襲撃事件から3日、今は城塞都市に向けてロック一家と移動中。相手の力量を気にしない勇猛果敢なゴブリン相手にコルビーの実戦訓練中である。といってもコルビーは基本を既にロックから教わっており、立ち回りが安定している。稽古をつけるなんて息巻いてしまったが、型通りの剣術は恐らく彼の方が上だ。教えられる事といえばせいぜい身体強化と武器強化くらいなものだ。隙を作るための小細工は教えられるが、相手が知能の低いモンスターであれば型に沿ったフェイントの方が良く効く。有り余る時間で己を鍛錬しておけば良かったのだが、昔の愛刀は昔の友人に渡してしまったため本気で振れる刀が無い。
「おみごと!」
三匹のゴブリンを切り伏せて反省点をまとめているであろうコルビーに声をかける。事件から3日、ロック一家となぜこんなところに居るかと言うと、リールの街で武装蜂起が起きたのだ。
アリアの口ぶりから戦争は二ヶ月ほど先、そのためまだ猶予があると高を括っていた。だが、裏を返せば戦争の準備は着々と進んでいたのだ。あの街が制圧される事は既に決まっており、襲撃当日に領主は殺害済みで最早筋書き通り進むのを待っている状態だったのだ。検討の余地はもともとなかった・・・という事だ。
「いえ、これじゃあの時の賊に勝てません。あいつの方が重くて早い一撃でした。」
結婚祝いに送った剣を振り、鋭い目つきでゴブリンの死骸を睨む。一匹につき2回ないしは3回切りつけた傷がある。生き物を切る抵抗感もあるだろうが、どちらかというと急所を理解していないという方が正しいようだ。実戦での一太刀の差は取り返しのつかないことが多い。先の戦いで感じた自らに足りない点を回想しているのだろう、普段の人懐こい顔からは想像できない程の殺気を放っている。
「コルビー、考えるのは大事だ。でも、固執すると応用が利かなくなる。確かにあの賊は他のに比べるとましだった。でも、あくまでマシってだけだ。剣の腕も膂力もロックさんの方がすごい。参考にするならロックさんが良いよ。」
父が褒められたのが嬉しかったのか殺気が消え破顔した。納刀して足取り軽くこちらに向かってくる。ゴブリン程度ならコルビー一人で難なく勝てる。万一の為にミチをサポートにあてたが、やはり必要はなかった。ミチにサポートを押しつけて俺はテーブルに最適な巨石があったのでそこに陣取り、湯を沸かしていた。調味料と一緒に手に入れたコーヒーを作るために荷物を広げて豆を引く。そろそろ昼ということもあり、コーヒーに合う軽食をコルビーの母親フェタに依頼した。ウルダはそれを手伝い、コルビーの補助から解放されたミチはそれを熱い視線で眺めている。コルビーの兄スキールはぼんやりと来た道を眺めながらため息をし、ロックがその後ろ姿を心配そうに見つめている。皆それぞれに時間を使っていた。
湯沸かしに使っているのはロックのなんとも便利ポットである。いざ使ってみると存外高性能で、細かく魔力を調整してやれば温度も自在だった。さらにはポット全体が加熱されるためか湯沸かし時間もすこぶる短い。こんな物が量産できればまさに億万長者だろう。感心しながら作業を進めているとフェタの方も仕上がった様で、コッパを使ったサンドイッチが出来上がっていた。こちらも人数分のカップがコーヒーで満たされたのでようやく昼食だ。
「みんな!できたよ! 手を洗って食べちゃいなさい!」
フェタが声を張り上げる。言うが早いか食うが早いかミチは既にかぶりつき、満足そうな顔を見せる。その顔を見てウルダも破顔して夫へとサンドイッチを渡す。ミチの姿に昔飼っていた犬を思い出す。フェタもそう思ったのかなんとなく小動物を見る様な優しい目をした。見た目は可憐な少女なのに残念だ。ロックはスキールにサンドイッチを運んでいたが、スキールは受け取らない。どうもリールを離れたのが堪えたらしく元気がない様だ。ロックは何言かかけるとコーヒーとサンドイッチを持たせてこちらに戻ってきた。神妙な顔で様子を報告してきた。
「スキールはあの宿を早く継いで私たちに楽をさせたいと苦手な計算なんかも勉強していたんですが・・・ その道が絶たれて落ち込んでいる様です。新しい環境で持ち直してくれれば良いんですが・・・」
皆表に出さなかったので気にしていなかったが、故郷を追われて平気な者の方が珍しいのだ。まして年端もいかない少年の将来の目標が奪われてしまった。その衝撃は計り知れないだろう。新しい町に慣れるための忙しさが忘れさせてくれれば良いが、それで息切れしてしまったら立ち直れない可能性もある。今向かっている城塞都市は聖教国プランタンと戦争が始まる。戦争にあたっての増税や、徴兵も行われる可能性があるため暮らしやすくは無い。そもそも入国できるかすら怪しい。付近を偵察し、可能であれば物資を仕入れて別の国に向かうのが一番だろう。
「住み良い場所ならきっとスキール君も落ちつくでしょう。戦争とは無縁の国とか心当たりありませんか?」
200年も引きこもっていたため情勢が不明だ。せっかく移住しても再び争いに巻き込まれれば今度こそ誰かが命を落とすかもしれない。少しくらい長旅になっても安全な国があれば送り届けてやりたい。幸いこちらは暇を持て余した魔王と銀狼族、時間を気にすることはないため遠回りでも構わない。それに、平和な場所は人も集まる。そういった場所はミチの結婚相手探しにもちょうど良い。
「えぇ、城塞都市から南に行くとアスペリア連合国があります。中立国として精強な兵と豊かな穀倉地帯を保有しています。移住希望者が多いので住めるかどうかはわかりませんが・・・」
アスペリア連合国は比較的新しい国だ。以前は紛争地帯で長い間泥沼の戦争が続いていた。だが、当時の友人がそこで戦死したことをきっかけに叩きのめして連合国にした。長期化して折り合いがつけられなくなった頭デッカチどもに鉄槌を下し、終戦に誘導したのだ。当時は人魔大戦だの未曾有の虐殺だの呼ばれたが、その後の歴史家達は概ね高評価をくれた。確か300年くらい前の話だ。時間が経てば元の木阿弥かと思ったが、しっかりと連合議会が機能している様だ。
「あぁ、そんな国もありましたね。懐かしい名前です。あそこなら俺の足で走れば三日くらいでいけますね。」
ドラ子がいればひとっ飛びだったのだが、ファイアドレイクの巣へ派遣してしまったため不在だ。周囲の被害を考えなければもっと早く到着できるが、今回はロック一家と一緒に行かなければならない。あまり彼らに負担のかかる移動は避けなければいけない。
「えーと・・どういうことですか・・・?」
「便利なものがあるんですよ!」
空間魔法から久しく使っていない物を取り出す。勿体ぶってみたが、正直に言えばただのキャリッジだ。だが、これの素材は一級品。衝撃吸収のためにスライムロードの核でサスペンションを作り、地龍の鱗や骨でボディを作った逸品だ。悪路でもサスペンションがキャリッジを支え、飲み物を飲めるほどに制振する。また、生半可な攻撃は強靭な地龍の素材には通用しない。昔紛争地帯を転戦していた頃、寝ながら移動するために開発した物だ。当時は走竜二頭に引かせていたが、引きこもる前に開放したため今は引くものがいない。そのためほこりをかぶっていたが、自ら引けば竜に引かせるよりも断然早い。今こそ再び役に立ってもらう時だ。
「これなら高速で引いても風圧で吹っ飛んだり衝撃で怪我もしません! みんなまとめて運べますよ!」
当時を思い出しながら説明をする。キャリッジというよりも船に近い形の物をロックは子供の様に観察している。それを見てコルビーやウルダも寄ってきて一緒になって見回している。
「こんなの初めて見ました! きっと貴族でも欲しがります!」
目を輝かせてコルビーがこちらを見る。自信作を褒められて悪い気はしない。ラルビホーンという毛の長い魔物の毛皮を使った座面。音を吸収するシュティレオウルというフクロウの羽毛を間に挟み込んだ壁、内張には珍しい黒のロックボースという魔物の外殻を使った。これは御影石のような高級感がある。コンセプトは動く応接間だったが、結局当初の目的である寝室としてしか使わなかった。今回初めて客を乗せる。
「馬車なんて乗ること無いと思ったけど・・・ 何があるかわからないもんだね。」
フェタがスキールを連れてやって来た。元気の無いスキールも多少は興味を持ってくれたようで車輪の辺りを触りながら観察を始めた。
「それじゃあ乗って下さい。全員で乗っても余裕があると思います。このあたりの相手じゃコルビーの特訓にならないんでさっさとアスペリアまで行っちゃいましょう!」
「ところでジョンさん。馬はどうするんだい?」
「任せてください!」
腕を捲って力こぶを作ってから搭乗のためのステップを下ろす。フェタは冗談だと思ったようで派手に笑った。しかし、ロックの仕草で冗談では無いことを察したのかこちらを二度見した後に聞き直す。
「い、いくら旦那が強くてもこんなに大きい物・・・」
「安心してください。俺に引けなければ他のどんな生物でも引けませんよ。」
ロックが頷いてフェタを促す。コルビーとウルダは既に荷物をまとめて積込を始めていた。初めて見るであろう機構に興味津々といった様子だ。このステップはバネの力で折り畳まれている。下まで開き、レバーを下げると固定される仕組みだ。この辺の開発には木工が得意なエルフと、鉄工が得意なドワーフの協力を得た。というかこちらは要望を出すだけで彼らが作り上げた物だ。二つの種族は長く敵対していたのだが、美醜の価値観の違いというどうでも良い理由だったため”みんな違ってみんな良い”をスローガンに力ずくで仲良くさせた。まぁ、長い対立の歴史がリセットされるわけではない。今はどこかで争っているかも知れない。
「船首にハッチがついてるからそこに荷物を入れてくれ。ハッチはツマミでロックできるから荷物が飛び出さない様に頼むよ。」
「任せてください!」
元気よく返事をした後コルビーはラゲッジの中に消えていった。
「これなら住めそうですね!」
内装を観察していたウルダが楽しそうに船首にやってきて感想を述べる。実際町には公衆浴場や公衆便所なども設置されていることが多い。広場に停めて暮らせなくもない。が、街中でこんな物を使っていれば嫌でも目立つ。飽きられるまでは快適な生活とは程遠いだろう。そもそもこれを作るための素材で小さな国の国家予算並みの金額だ。豪邸が建ってしまう。
「うん。出来なくはないけどちょっと狭いかな!」
金額の話をすると遠慮されそうなため適当な言い訳をする。この人数であれば当たり障りないだろう。と思ったが不思議そうな顔をしながらこちらを見ている。
「ウソじゃないけどホントでもないって色です! 思ったことは言ってくださいね?」
優しげな顔でウルダが微笑んだ。そういえば感情も色で筒抜けだった。アリアのように考えていることを覗ける訳ではないようだが、なかなかするどい。ウルダの前では不要な嘘は避けた方が良いようだ。
「狭いと思ったのは本当だよ。ただ、必要ない詮索はしない方がいいこともあるんだ。と言う訳で秘密!」
「は・・はい・・・ すみません・・」
極力優しく言ったつもりが予想外にしょんぼりしてしまった。久しくこの様な状況になかったため対応が思いつかず正直に説明する事にした。
「い、いや!怒ってるんじゃなくて! みんなには内緒だけどこのキャリッジ凄く貴重な素材を使ってるから高いんだよ・・・ これを言ったらみんな遠慮して寛げないだろ? だから秘密にしたかったんだって!」
秘密にしていた理由を理解してくれた様で、ウルダは口に手を当てて頷いた。
「ウルダちゃんも聞いたからって遠慮しないでくれよ? これの素材はロックさんが暴れても壊れない頑丈な物だから安心して欲しい。」
「わかりました! ちょっと暴れてみんなを安心させてきます!」
「違う! そうじゃない! 君がケガするからやめて!!」
ウルダはニコニコしながら中に入っていった。このキャリッジの素材に使われている魔物たちはどれも国やギルドに認められていなければ挑戦することもできない強力な魔物達だった。怒りを買えば街や国が滅ぶこともある災害と同じ扱いの魔物。だが実際には気のいい連中だった。強い分余裕があったのか近くに住む人間と仲良く暮らしていた。しかし、魔王四天王に洗脳されて見境なく暴れ、仕方なく排除した。関わりのある人達から素材をもらい受けたため空間魔法に保管していた。その一部を使ってこのキャリアを作った。人が大好きな連中だったため移動応接間に仕立てて貰ったのだが、残念ながら当時見せた光景はとても誇る事のできないものだった。
「ジョンさん! このレバーなんですか?」
コルビーが船底のレバーを見つけたようだ。このキャリッジもとい、乗り物は水陸両用なのだ。船底のレバーを引くと車輪が格納されて船として使うことができる。
「それ引くなよ? 自爆装置だ。」
「えっ!?」
スイッチとかレバーのことを聞かれたらとりあえずこの冗談を言わねばならない。しばらく使っていないため機能するか不明だが、しばらく使う予定が無いので確認はまたの機会にしよう。
「冗談だよ。ただ、今は使わないから触らないでくれ。」
「わかりました!」
荷物を積み、休憩場所に忘れ物がないことを確認する。初めての客を乗せ移動応接室を自らの手で引いてゆっくり走り出す。巨大な人力車の上からフェタとスキールの驚く声が聞こえる。車輪が石を噛む音でほぼ何を言ってるかわからないがおそらくこれの乗り心地に驚いているのだろう。問題は意思疎通が取れないためスピードが出せないことだ。
そろそろ中でおとなしくしていて欲しいのだが、景色に見とれているのか話し声が止まない。前述の通り内容が聞き取れないものだから中に入るのかそれとも景色を見続けるのかわからない。事前に全員でしっかり行程を決めておくべきだった。すぐに止まっても良かったのだが、景色を楽しむ余裕くらいあったほうが良いかもしれない。しばらく走った所で午後のティータイムと称して作戦会議を開く事にしよう。
昼にはコーヒーを飲んだ。休憩も同じでいいのだが、せっかく色々仕入れたため別なものにしたい。小昼には何を使うかぼんやり考えているとあっという間に二時間が経過した。
ゆっくりと減速し、停車する。今回は大きな杉の木の前で一休みする。林が近く見通しが良く無いため、使い魔を使って偵察させることにする。魔王の称号を得た時に使えるようになったのだが、必要になったことが無く使った試しがない。塔を出る時には一人旅の予定だったため夜の見張りを頼もうと思っていたが、ミチと交代で見張ったため必要がなかった。実際に呼び出すのは初めてだが、きっとなんとかなるだろう。
「休憩ですか?」
コルビーが舳先から乗り出して顔を見せる。あとを追ってウルダも顔を出した。
「少し休憩しよう!ちょっと試したいことがあるからしばらく中にいてくれ!」
念の為中で待機させ、万一に備える。
「「わかりましたー!」」
二人が元気に返事をする。中に戻ったようなので早速使い魔を呼び出してみる。
「ガージス! ちょっと手伝ってくれ!」
昔見た説明では名前を呼ぶだけで出てくるとあった。そのため呼んでみたが・・・反応がない。
「あれ・・? 間違えたか? ガージス!」
動物の鳴き声や、草木が風にそよぐ音だけが聞こえる。誰も見ていないとは思うが、少し恥ずかしいので出ないなら出ないと言って欲しい。
「御前に!!」
諦めかけたその時、声と共に目の前の空間が裂けて慌てた様子の男性が転がりだしてきた。年齢は十代後半のように見える。金糸で刺繍が入った黒のジャケットにグレーのパンツと、金髪碧眼。いわゆるおとぎ話の王子様を体現したかのような整った顔立ち。ただ、全体的なイメージは王子よりもなぜかホストに近い。
「初めましてガージス。とりあえずジョンと呼んでくれ。」
手を差し出しながら軽く自己紹介を行う。
「お呼び出し頂きありがとうございます。ガージスでございます。先代がお力になれなかった分、私めをお使い潰しください。」
恭しい挨拶で自己紹介をしてくれた。長く放置している間に代替わりしたようだ。それでも呼び出しに応えるあたり流石は使い魔だ。勝手に獣っぽい奴が出て来ると想像していたが、見た目はただの人間だ。ステータスを確認したいのだが、女神があまり使うなと文句を言っていた事を思い出し踏みとどまる。
「早速だけど君に周囲の警戒を頼みたい。どの程度戦えるか教えて貰ってもいいか?」
遠回しに聞こうかとも思ったが、拙い話術のせいで特にうまい言い回しが浮かばない。ここはストレートに聞くよりない。ガージスは少し間をあけてから答え始める。
「毒吹き熊程度であれば一人で倒せます。しかし、雑務が専門のため囲まれれば危ういと思われます。」
毒吹き熊はBランクのモンスターだ。知能はあまり高くないが、名前の通り毒を吐く。目に入れば最悪失明してしまうほど強い毒だ。噛みつかれれば注入された毒の量にもよるが、傷口から壊死を起こし死亡することもある。縄張り意識が強く群れないことで対処しやすく、さらに同種以外には大人しいためこちらから何かしなければ襲ってこない。そのため討伐ランクは低めに設定されている。それでも同ランク帯の冒険者には油断できない相手だ。これを倒せるならそこそこ戦えると思って差し支えないだろう。
「言葉遣いはそんなに畏まらなくて良い。友だち感覚でいいよ。」
円滑な意思疎通のためにもあまり固い言葉ではこちらも疲れてしまう。それに、はたから見られた時にいらぬ誤解を与えてしまうかも知れないと考え指示した。
「あら! たすかりますー! 丁寧な言葉って慣れないのよー! おじいちゃんから散々言われたけど難しくってー!」
予定していたやりとりとかけ離れた口調に一瞬固まる。
「どこのおねぇだよ!」
辛うじてツッコミを入れた。先ほどまでの落ち着いた雰囲気は消し飛び、どこかのバーのような口調に違和感しか感じない。狼狽るこちらを、本人は大変スッキリしたような軽い口調と弾けるような笑顔でこちらを見ていた。
「わたしちっちゃい頃に色々あってこんなんなっちゃいましたー! ジョンちゃんがさっきの方が良いって言ったらストレスで死んじゃうかもー!!」
クネクネしながら話す姿に自分でも焦るほど動揺している。もう少し柔らかくとは思ったが、イケメン風の男がこんなことになるとは誰が予想できただろうか。服装が男らしいだけに滑稽でしかない。軽はずみにした発言が己を苦しめることはあるが、こんな状況は初めてだ。しかし、言ってしまった手前仕方ない。死んじゃうかもと先手を打たれてしまったためここはこちらが折れる。
「わ、わかった。そこは問題ない大丈夫だ。 」
「ありがとぉ♡ お父さんの分まで頑張るからよろしくねー!」
少しばかり砕け過ぎ・・というよりも口調のせいで頭が悪く見える。長い付き合いになるだろうからTPOさえ考慮してくれるならばそれで今は問題ない。今後呼び出すかどうかは別としてだ。
「早速で悪いんだが、周囲の警戒をお願いできるか? ここで休憩をとるんだが、見ての通り見通が悪い。民間人が混じっているから万一を考えて見張りを立てたいんだ。」
「オッケー! 任せて! 怪しい奴はボコボコにしちゃえば良いんでしょ?」
先ほど雑務が専門と言っていたやつの発言とは思えないが、ある程度自信があるようだ。ウインクしながらサムズアップしている。居住区からずいぶん離れたが、近くに脅威になりそうな気配は無い。毒吹き熊を倒せる実力があれば問題なく守り切れるだろう。
「あぁ、頼んだ。大丈夫だとは思うが、手に負えない時は言ってくれ。」
「あーん! ありがとー!! 頼りにしてるわね!それじゃ、行ってくるわ!!」
全く悪意は感じないのだが、彼が言葉を発するたびに頭を叩かれたような衝撃が走る。
「虫が嫌いとかそんな理由で助けを呼ばないでくれよ?」
「んもぅ!そんなことするわけないじゃない!!」
笑顔で手を振りながら颯爽と林の方へ消えていく背中を見送る。どっと襲ってくる疲れに抗えず、しっかり休む事を決めた。
ロックの宿はまずまずの値段で売れました。襲撃により焼き出された人々の集合住宅として使われるとか。
一連の襲撃事件はプランタンにより計画、実行されました。当初は侵入した賊をプランタンの精鋭達が一蹴し、表面上は人道的に支配する予定でした。しかし、突入した段階で賊は鎮圧され冒険者・商人ギルドの人道支援が始まっていました。想定が崩れはしたものの根回ししていた貴族と力ずくで領主屋敷を制圧。街の中への橋頭堡作成のため、これ以上の無茶ができず、民間人の財産のぶんどりは行われませんでした。しかし、完全掌握のための物資の確保、人材の引き込みは実行されました。
ちなみに門の解錠をした内通者はリール冒険者ギルドの支部長補佐でした。彼は領主の横暴や行政機関の私物化を遣る瀬無く感じていました。プランタンの密偵の甘言に乗ってしまったのはそういった経緯のためです。事件の後、公園や広間に集められた無残な遺体を見た彼はその夜にひっそりと自害しました。
その後プランタンは今回の武装介入に対して否定的な者達を秘密裏に処分していきます。否定的な貴族にも容赦なく行われ、難癖をつけては財産差し押さえや所払いを一方的に申しつけました。受け入れない者たちには武力を持って制圧し、槍玉にあげることで肯定的な者達にも恐怖を植え付けました。
町民達は誰が頭として挿げ変わっても生活が変わらないと無関心でしたが、後悔することになります。増税、宗教の統一、礼拝の義務化など生活を制限する施策が発表され困窮していきます。無能だと思っていた領主が可愛く見えるほどの圧政にリールを脱出する者達が続出しました。しかし、逃げ果せた者はごく少数で、ほとんどは捕まり磔となりました。プランタンはもともとリールを食い潰し、自国の民と入れ替える予定だったのです。この頃には抵抗するための戦力は駆逐され、ギルドの支部も退去していました。寝返りをした貴族も数ヶ月で財産を取り上げられ打つ手が無くなりました。貴族は財を回復しようと民衆に追い打ちをかけ、餓死者も出始めます。ここまできてようやく民衆は一揆を起こしましたが、一揆集はあえなく全滅。プランタンに殲滅戦の大義名分を与えるだけの無駄死にとなりました。一揆を扇動した中心集団の中に、冒険者ギルド支部長補佐を惑わせた者がいたことは内緒です。
本筋と関係ないことばかり考えていたら全く進まない・・・




