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思いつき短編集

軍師の妹の勘違い薄い本タクティクスがとどまることを知らない

作者: 神達 万丞

主な登場人物


挿絵(By みてみん)

ボン・ボンソワール 


帝国軍軍師。 

生まれが貴族と容姿以外、全てが無能な主人公。

親の見栄のため外では天才を演じていた。転生者だが前も今もやっている事は変わらない。

死因は気を失った妹の頭でヘットバットを食らったせい。


「くそぉぉ! 俺は前世も合わせると厄年なんだよぅ!」


挿絵(By みてみん)


ヤオ・オスカル・ボンソワール 


ボンの妹。

大のBL好き。

転生者でまたボンの妹になった。

死因はアニメキャラのヨシュアンが普通にモブキャラの女の子とくっついた事によるショック死。

ボンの奇跡の正体。

好きなBL作家はガチホモスキー。


「本にも書いてあったけど、内部工作には枕営業も大事。とりあえず、おにぃはおじさん達とベットイン。よろすく」


挿絵(By みてみん)


サーク・ガルバルズ


帝国の皇子。13歳。

最近話に聞くボンの事を気に入り、専属の軍師に任命する。

13男なので、次の皇帝にはまるで興味がない。

現実主義者なので失敗した者には厳しい。


☆★☆★☆★


 俺の名前は山田太郎。

 転生者だ。歳は二十。好きな言葉は食う寝る遊ぶ。


 そんな俺の職業は何故か軍師だ。

 何故かとは何か、別に副詞について語るつもりはない。そうではなく、なにゆえに軍師なのかということだ。別にオンリーワンなチートも特技もある訳じゃない。いや、はっきり告白しよう。俺は馬鹿だ。

 たわけに出来るわけないだろって?

 いやいや、それが中世だと血が全てだから、馬鹿だって軍師だろうが、将軍だろうが、大臣だろうが、王様だってなれる。

 転生先が名門貴族だったのが災いして、泣く泣く俺も国政に強制参加させられていた。


 生前は自慢じゃないが全教科オール1。得意な歴史も漢字がスマホを使用しないと書けないほどの体たらくぶりだ。

 勿論、六略や孫子を諳じる事など出来ないし、ミリオタじゃないから現代戦術も知らない。将棋やチェスのルールも分からないからキングで特攻などしてしまう。

 戦国知識だって『信長さんの野暮用』とか『太鼓律詩伝』とか『三酷使』とか『三酷夢精』のゲームで得たものしかない。


 そんな俺は嫌だが今日から皇子『サーク・ガルバルズ』殿下専属の軍師に就任する事になった。

 もちろん、この人選は親の七光りだ。一応、建前的に戦歴はある。でも、実際は親父の忠実なる配下が全てやっていた。

 そのお陰でいつの間にか俺は未来の救国の士、または名将扱いになって困っている。今回も部下達が上手く処理してくれる手筈だ。

 でも、王家の参謀は命がけ。殿下の御前、勿論失敗は自身の死、それどころか家の断絶も有り得る。


 それに親父が出仕に対して二つ返事でオッケーを出した為、今更キャンセルが出来なかった。殿下のお付きなら非常時以外軍師の仕事はないという軽い気持ちだったのだろう。家名を継がなければならない俺は大事にされている。


 そうそう、転生名はボン・ボンソワール。けして貴族のボンボンとは呼ばないように。


☆★☆★☆★☆

 

 俺は立っていた。軍人らしく直立不動。無論、座ることなど不可能な状況下だからだ。

 この異様な緊迫した空気が、俺の喉を焼き、小心者な心臓を圧迫する。


 見上げた城の高い天井に描かれた無数のリアルな天使が、まるで俺を迎えに来たみたいで落ち着きがなかった。

 普通なら貴族のボンボンらしくふんぞり返っているのだが、今回ばかりはそうはいかない。


「今はどの様になっている?」

「はっ、戦局があまり良くありません殿下。このままだとイノ伯率いる第一軍が壊滅してしまいます」


 その張り詰めた空気の原因が、現場指揮官である総司令に状況を聞く。


 玉座の間に届いたのは朗報ではなく帝国軍劣勢の知らせ。

 軍事のお歴々の方々がしかめっ面で唸っていた。


 テーブルに置かれた盤面が我が軍の劣勢を示す。

 転生しても勉学をサボっていた俺には良く分からないが……。


「ほほほ、イノ伯は猪突猛進しか出来ませんでおじゃる」

「全く、何時も指すチェスでも必ず全軍突撃。品の欠片もないザンス」


 本当に分かっているのか、襟巻きトカゲな貴族達は前線で戦っている者に対して偉そうにワインを飲みながら毒を吐く。

 3枚目の俺と違い、揃いも揃っていかにもボンボンでバカッぽい顔付きなので信用ならなかった。

 だが、処世術が心得ているので、他人を悪く吐き捨ててもギリギリで抑えているから言及されることはない。ここら辺は日本の政治家に通ずるものがある。


「総司令、イノ伯爵の様な歴戦の勇者でも今回は分が悪いのか?」 

「申し訳ございません。イノ伯爵は騎馬突撃に美学を求めている者なので、今回はまんまと相手の罠に嵌まってしまいました」


  模型に近い盤上を物珍しそうに観察している殿下へ、本来の指揮官がまるで自身の責任の様に頭を下げる。戦略無視したイノ伯が悪いのだがな。


 元服したばかりのサーク様は戦場の空気を近くで感じたいと、前線間近の城に設置した作戦本部で、視察という名の社会科見学に出向いていた。


「恐れ多い事でございますが、殿下が任命なさった伯爵公子殿のお知恵をお借りできませんでしょうかでおじゃる?」

「それは名案アルよ」


 伯爵は辺境伯に続いて一般貴族がなれる二番目の地位に当たる。更に上の候爵と公爵は王族とその親族が授与されるが、まずなることは出来ないし、国政には関わらないので、伯爵位が国内での発言力が大きかった。


「いかがざんすか?」

「はぁ……」


 貴族から出た予想もしていなかった提案に思わず声が漏れてしまう。


「この盤面をひっくり返すには、ボンソワール卿の緻密な策が必要ですザンス」

「買いかぶりです。私にはそのような力はありません」


 いやいや、無理無理。今日見学だけだと言うから参謀三人しか連れてきてないよ。


「ボン、皆そなたの知恵をみたいそうだ。どうする?」

「私の力量ではとてもとても皆さんのお役に立てるとは思えませんが……」


 仮面優等生なので断固拒否。

 殿下まで俺をそんなに期待した眼差しで見ないでくれ。


「謙遜するな」

「いえ、私の様な若輩者の猿知恵など、皆様のお邪魔になるだけです。各軍団にも長年培ったチームワークと戦術があるでしょう」


 焼け石に水だと悟りながらも、もっともらしい事を並べて危機回避を試みる。

 鏡の前のガマガエル状態。今ならさぞや良質のガマの油が大量に抽出して、怪我人もいなくなるってもんよ。


「私は噂に聞こえたボンの奇跡を直にみたい。就任早々で悪いが知恵を披露してもらえないだろうか?」


 幼い皇子は声変わりが済んでいない高いトーンで、再び王座の脇に控えていた俺に指示を仰ぐ。

 だが、見た目に騙されてはいけません。この殿下は信長みたいに無能には容赦がないので、失敗は許されない……。

 それにしても、ボンの奇跡……。これはしたくてした訳じゃないのですがね。

 ここら辺は色々と深い事情がある。


「皇子殿下ご心配めされるな。我らが英雄ボンジョルノ伯爵公子ならこの様な局面打開など容易いザンス」


 ボンソワールだ。


「ほほほ、そうでおじゃるな。ボンジュール卿のお陰で安心して我らも高みの見物が出来るというものでおじゃる」


 だからボンソワールだって。

 この髭ナマズどもは好き放題言ってくれる。

 

 不味いな。ここまで来ると断れる空気じゃない。

 でも、リスクは大きいが我が家臣団の力を使えば、殿下の覚えめでたく報償が授与される。この為にウチの家は知識人を沢山迎え入れているのだからな。

 今後を楽する為にもここは冒険に出た方が良いのか……。


「新参者の私に何処まで戦略を練れるか皆無ですが、皆様の足を引っ張らぬ程度に力を尽くしましょう」

「おおっ、ありがたい」


 ベレー帽を取り、手を胸に当て一礼。

 当たり障りがない言葉を選びとり、貴族達の嫌味を回避する。

 スタイルが良いので様になっていると思う。


「私は現場の経験しかないので、精錬された戦術を拝見するのを楽しみにしてました」

「たいしたものじゃありませんよ」

「はははっ、御謙遜を」


 他の参謀達と違い、総司令は本当にそう信じている。この人は裏表がないのだ。

 叩き上げで成り上がった人は言うことが違う。

 だから、ズルして戦功を立ててここまで来た俺は気が引けた。まるで超能力者を名乗っているマジシャン見たいな気分だ。

 だが、手段を選んでいる場合でもない。もう逃げる事が出来ないのなら、この難局に立ち向かうしかないのだ。

 

 さっき述べたように俺には頼りになる三人の側近がいる。幼少の時から支えてくれた名参謀揃いだ。

 その懐刀達は後方で横並びに控えていた。

 

 一番右の男は石橋を叩いて渡る程の慎重派だ。堅実な作戦を得意とする。

 良し、では何時も通りカンニングペーパーでーーあれ?


『申し訳ございません~~。石橋を叩き過ぎて両手が骨折、痛くて書けないので助言できません』


 ーーと、ミミズが這った様な痛々しい字でそう書いてあった。

 クラッシュ卿! 慎重にも度があるわぁぁ!

 本当に叩くやつが何処にいるぅぅ!


 な、なに、まだ補佐がいる。真ん中の奴は秀吉にも負けないトリックスターだ。

 俺はこれに望みを賭けた。

 だが紙には、


『おふ……、股間が腫れて痛いのれすぅ』


 こらぁぁ! ピストン男爵、だから現地の女には手を出すなと言ったのにぃぃ!

 くぅぅ! こいつの女好きにも困ったものだ……。


 ま、まあいい、本命は最後の奴だからな。孫子顔負けの兵法を嗜んでいるこいつなら間違えない。ない筈……。大丈夫だよな?

 その左のイケメンから指示の紙を受けとる……。


『女王様にオワズケ……ハァハァ、ヒ、ヒモが食い込むぅぅぅぅ!』


 オワッタ……、終わっちゃたよ。


 この変人がぁぁ! ものを考えられなくなるぐらい縛るなぁ!

 そういえば母ちゃんは元SM女王なので、俺も赤ん坊の頃、何故か布でグルグル巻きではなく亀甲縛りにされていた。

 ーーってか、母ちゃんよ、俺の部下に手出すなぁ!

 こいつなら足を切られても悶えていそうだ……。


「おやおや、どうなさったのでおじゃるか?」

「名回答楽しみにしてするザンスに」

 

 もしかして、これは親父と敵対している貴族どもの仕業か?

 心なしか肩書きだけの参謀達は口元が緩くなっている気がした。


「さあさあ、返答は如何にザンス!?」

「この期に及んで思い付かないじゃ済まされないアルよ!」


 焦る俺にヒゲナマズどもが追い討ちをかける。

 くおおお! わかるかぁぁぁ! 

 何でも良い! 俺の脳細胞よ、この場を切り抜けるアイディアを授けてくれ。


「どうしたボンよ、答えられぬか?」

「そ、それが……」


 殿下から発する背筋が凍るほどの単調な言葉。

 それはまるで心臓に鋭利な刃物の切っ先でなぞられている感じがした。

 失言は死。


 ここは出任せでも何か語った方が良いのか。駄目だ、言えない。

 俺は覚悟を決めた。素直に白状して謝ろう。

 金持ちなのでブルジョアを謳歌出来た俺に悔いはない。あるとすれば、また童貞のまま世を去ると言うことだ。

  

「――ここは私がいきましょう」

「え!?」


 行き詰っていた思考に一閃の光が差し込むが、


「兄さん」

「う! ……ヤオ」


 俺の体のギミックがフリーズした。

 妹だ。名前はヤオ。同じ転生者で、何故だかまた兄妹をやっている。色々と人格に問題があり、空気が読めないから相手にしたくないのだが、今は猿の知恵も借りたい状況だ。


「兄、軍師の代弁者として皆様に助言します」

「大丈夫なのか?」

「任してよ。お尻を洗って待ってて!」


 妹は自信満々に鼻を膨らませる。

 どうでも良いが用語の使い方が間違っているぞ。

 不安しかないが、ここは固唾を呑んで見守る事にした。

 


「申し遅れました。私はボンソワール伯爵が長女、ヤオ・オスカル・ボンソワール。兄、ボンの補佐役です。差し出がましいですが、兄が不調につき、不肖このヤオが進行させてもらいます」


 膝を折り礼をとる。殿下に失礼がないように配慮。幼少の頃、修道院に入っていただけあって礼節は心得ていた。


 お付きの貴族共は何か言いたげだったが、「構わぬ」殿下の鶴の一声でざわめきが収まった。

 その凛とした態度は、海千山千の寄生虫共に十分効果を発揮する。王族としての素質があるということだ。


「ふむ、今までのお話を伺うと、戦況はよろしくはないですね」


 我が妹ながらボブカットに丸メガネ、スタイルも幼児体型と、いかにも主人公の妹として生まれた様な地味っ子ぶりだ。

 血は繋がっているが、黒髪と俺と逆方向に泣きぼくろがある以外、似ている所は特にないので、地味じゃない俺の側にいると存在感が掻き消えてしまう。

 

 怖いもの知らずの妹は模型のコマを移動させながら、「罠とは知らず、または警戒せず、イノ伯が正面切って敵将軍に突っ込んで行き、まんまといなされ崖の袋小路に追い込まれてしまった。自分と騎馬を過信し過ぎですね。血気盛んな名前の売れたイノ伯が攻めるのであれば、敵方にしてみればカモがネギを背負って来たと思うでしょう」これまでの行動をおさらいする。


 もっともらしい事を述べているヤオ。だが、前世は俺に輪を掛けてお馬鹿なこいつが、まともな事を口にしている事自体違和感があった。だが、それも杞憂。どうやら長期の学問都市留学で頭が良くなった様だ。


「だから、それをどうするのか聞いているザンス!」

「司令、あの方の性格ならこの後、何をなさると思いますか?」


 結果だけ欲しい貴族の一人は焦れて当たり散らすが、野次は気にせずマイペースに、まるでどこぞの名探偵達よろしく、辺りをうろうろする。人間という奴は考え事をすると彷徨うろつく習性があるよな。


「今は膠着しているが、伯爵の事だから十中八九、敵中突破をするだろう」

「そうなったら被害が甚大、最悪兵力を維持できずこの防衛線も後退しないとならないじゃないザンス」


 実際、伯爵は突破の許可を上層部に求めている。で、これ以上暴走しない様に、殿下の名を出し、今は司令が手綱を引いている状態だ。


 この地域の防衛線は、現在イノ伯率いる軍団だけで護っていた。

 本当なら辺境伯の役目なのだが、本来の土地の守護者は多大な金額を支払って使命を丸投げした。それが許されるこの国に疑問を持つ。


「敵将は誰ですか?」

「マックハリー辺境伯。イノ伯と長年戦っている積年の好敵手だ。二人はお互い事を知り尽くしているので何時も戦いは拮抗している」


 全体指揮を任せられているだけあって、戦場の事を良く知っているな。

 妹に職務を丸投げしたどこぞの軍師とは偉い違いだ。

 その姿に俺は素直に感心し敬服した。


 ヤオの白地のジャケットが翻る。上下共俺とお揃いだが、ふちが俺が金に対してヤオは黒だった。

 弟or妹という奴は直ぐに兄または姉の真似をしたがるものだ。

 

「ではでは、この様なケースは初めてなのですか?」

「そうだ」


 司令は子爵。でも本国直轄地を運営しているので階級的には下でも立場的には同等だ。

 対して立場というのもを意に介してない愛するべき愚妹は坦々と質問攻めして、ここでやっとズレ始めた眼鏡を直した。

 

「ええい! そんな事はどうでも良いでおじゃる! とっとと殿下に策を奉じるでおじゃる」

「もう、私……いえ、兄の戦争は始まっているのです。完全勝利を目指すのなら詳細な情報が必要不可欠です。ご協力をお願いします」


 本質が見えていない貴族の一人が、口から無数の唾が空中に飛散するも、軽やかなタンゴを披露するかの様に軽くあしらう。大理石でできた乳白色の床に妹が映っている。スカートじゃなくて良かったと内心安堵した。


「しかしだな!」

「待て、今回は事前に情報が提示されていない無い状態で頼んだのだ。確かにどんな状態だろうと戦況を掌握していないのは、軍人の恥だがボンは赴任早々だ。ここは我らが帝国貴族としての寛容を示せ」


 あどけなさが残る子供とは思えない聡明さで、反感を持つ者達を一蹴した。


「ヤオよ、続けてくれ」

「勿体ないお言葉。デュフフ」


 どうでも良いが妹よ、幾ら絶世の美少年でも、殿下を変な目で見るのを止めろ。ヨダレが出ているぞ。


「マックハリー伯は包囲してどのくらい経つのですか?」

「半日ぐらいは経過している筈」

「救援要請を受けているザンスが、生憎、同盟から攻撃を受けているのはここだけじゃないから余力がないザンス」


 本当かどうか怪しいものだ。戦争は自費だ。大金が動くから、どれだけ自分の金を抑えられるかで、戦後の領地運営の善し悪しが決まる。


「ぬふふ、なるほどなるほど。これは素晴らしいシチュエーションなり」


 くぐもった声には邪念が入っていた。

 こらこら、地が出ているぞ。猫かぶっているのが丸分かりだ。


「さて、纏めましょうか。お互いが長年の好敵手、辺境伯が3万、イノ伯爵が五千。我軍とは兵力に圧倒的な差がある、しかも近くの断崖絶壁に追い込まれて包囲される。これは完全に詰み。なのに殿下を初めお歴々の方々はここからの起死回生を御所望。もう無理難題過ぎて笑いが止まりません」

「貴様! 殿下に失礼だぞ」

「これはこれは申し訳ございません。私はお兄ちゃん大好きっ子なので、ついつい本音が漏れてしまいました。ーーこれから兄の考えを伝えます」


 ヤオは一瞬間を置き、改めて皆を見渡す。表情は硬いが話し方に感情のノイズが感じない。

 

「心配いりませんよ。兄は既に対策を立てています。良く似た前例を知ってますからね」

「本当ザンスか?」


 それに対して軽く頷き笑みで返す。

 視線が自然と俺に集まる。

 仮面優等生な俺は訳知り顔で澄ましているが、内心は不安で一杯。鼓動が太鼓の乱れ打ち状態に速くなり、心臓が絞った雑巾を連想出来る程に締め付けられる感覚だった。


『い、妹よ、信じるぞ。俺の命をお前に預ける!』

『にしし、おにぃ、ここは任しておいて。殿下の前でヘマはさせないよ』


 仲の良い兄弟しか体得出来ないテレパシーで会話。ーーと、言うのは大袈裟、または理想で、実際は口パクによる読唇術だが。

 表情を仮面の様に一切崩さず、兄弟間だけで通じる砕けた話し方のヤオ。血は争えない仮面優等生だ。

 ただ、我が妹の本性は、生来のイタズラ好きなので、ミーはとてもとても不安なので~す。

 

「ボンの妹、前例とは?」

「はい」


 妹は背負っているリュックから一冊の薄い本を取り出した。表紙には半裸になっている野郎が恍惚な表情を浮かべている。

 あいつの持っているのってどう考えてもあれ系だよな……。


 ヤオはペラペラとページをめくり、「攻略のカリスマ曰く、啀み合っているからこそ、深く解りあえる事もある」と、興奮ぎみにうわずりながら、うっとりとした表情で天井を仰いだ。


「その心は?」

「かつて、こういう話がありました。あるところに世界を滅ぼそうとする魔王を、たった一人で討伐に挑んだ勇者あり」


 昔のゲームで散々やりこんだありきたりの設定だな。熱中していた頃は、良くダンジョンをノートにマッピングしたものだ。


「その勇者は恋人で幼なじみとの約束の為に、愛槍を振りました」


 うんうん、RPGの定番だ。ヒキニートだった昔を思い出した。


「でも、魔王と激闘の末に敗北。のち、長い月日の中、囚われの身になっている内に魔王にも好意を抱く様になってました」


 魔王は女か。イメージが少し変わったぞ。これはロープレじゃなくてギャルゲー展開か?

 ちょい変化球だが、ここまでは良くある展開だ。


「とうとう業を煮やし魔族領へ総攻撃を仕掛けてきた人類に対して、なり行きで勇者は魔王軍の先兵として、新たに勇者になった恋人と戦いました」


 おいおい、まさかの悪落ち展開? 


「でも、どうしても恋人にトドメを刺す事が出来ない勇者は、刺しなれている魔王を背後から槍で刺しました」


 これは苦渋の決断だなぁ。やはり、人間だから人類を裏切れないか……。

 ゲームで選択肢があったら、二つのルートをコンプリートなんだがな。ただ、途中のフレーズが気になる。いつも二人で鍛練していたということか?


「逆上した魔王は、逆に勇者の恋人を槍で刺しました」


 うわぁ、バットエンドじゃないか? 


「これを皮切りにして、堰を切った様に類が友を呼んで兵士達も敵味方入り乱れて刺していき、いつの間にか形が大車輪になっていたそうです」


 お互いの指導者を失って乱戦かよ。とうとう収拾が着かない所まで来てしまったぞ。


「その後、分かりあった勇者達人間と魔王達魔族は仲良く暮らしました。めでたしめでたし」


 は? ちょ、ちょっと待て! 大乱戦から何でいきなり仲良くなったんだ!?

 話がおかしいぞ?


「いったいどういう意味ザンス?」

「さあ?」

「全然、麿には理解出来ないでおじゃる」


 貴族達は顔を見合わす。

 

 一見すると勇者が裏切ぎり仲直りする話。それがこの状況と何がどう類似しているというのだ?


 ヤオォォ! 俺の死亡ルート確定ですかぁぁ!?


「ボンソワール卿、一体どういうことなのか説明するでザンス?」


 そんなの俺が聞きたいよぅ!


「兄はこう言いたいのです。マックハリー将軍は一見忠誠心がある様に見えて、実は和睦を求めていると……」


「「「な、なんだとぉぉ!?」」」


 見事にユニゾン。

 ヤオ以外、その場にいる者達は揃って驚きの声を上げる。


「今、軍師殿も驚かれましたでザンスか?」

「ははは、気のせいですよ」

「そうでおじゃるか?」


 貴族達は怪訝な視線を俺に送ったが、この場は何とか誤魔化しきった。


 今の話の何処にそんな要素があったのだろうか? それに昔何処かで聞いたことがある。嫌な予感しかしない。


「軍師殿、何を根拠にそんな無責任な事が口から出るザンス!?」

「常識知らずにも程があるだがね!」


 貴族は愚妹というよりは、発案者だと思われている俺に向かって罵声を飛ばしてくる。

 とても良い迷惑です。

 

 玉座の間にある天窓から入ってくるお日さまの日差しが、麗らかな春の陽気も相まって、屈折具合が天国の階段が降りてきた様な錯覚を体験。

 

 絶体絶命、風前の灯、HP1、定年離婚、絶頂寸前で親に見られた等、ネガティブな言い回しなら幾らでも頭から涌き出てくる。

 だが、残念ながら無力な俺が今出来る事は、無情にも神に祈る事だけだった。


「殿下の御前でおじゃるぞ!? 冗談じゃ済まされないでおじゃる!」

「……」


 ごもっともな意見です。

 ワタシも先程から何回、死を覚悟したか分かりません。

 余りの緊張と焦りに、握っている手からじんわりと汗を感じとる事が出来た程だ。


 外野からも、何か言えとか、澄まし顔するなとか、妹の膝枕でもしてもらって机上の空論でもしていろとか、お母様紹介してとか罵詈雑言の嵐だ。

 勿論、これ全て、アンチボンソワール派、要するに俺、若しくはその頭上に君臨する親父を、排斥しようとしているヤカラによる痛烈な批判である。

 ただ、最後の2つははガン無視だ。俺が妹を溺愛しているのは事実だからな。結婚したいぐらいだ。


 母ちゃんは……、連れてって構わない。どうなっても責任はとれないが……。

 なので、ここで死の宣告を例え受けたとしても、けしてヤオを恨む事はない。

 お馬鹿でも愛しい天使な妹の手で最期を迎える事が出来るのならば、兄としては使命または本望なのかもしれない。

 

 などと、脳内でカミングアウトしている間にも批判は続いていたが、「静まれ!」殿下の怒声が石作りの空間に響き渡る。

 とても齢13歳とは思えない威厳で、恐らく誰一人自分の事以外眼中にない偽りの忠義者達に対して、玉座から立ち上り、堂々とした態度をとった。


 それに対して俺とヤオ以外は、手を胸に床に片膝を着き、直ぐ様、服従のポーズをとる。


「ヤオ・ボンソワール、続けてくれ」


 遠くまで良く通る澄んだ声。

 それに対して我が妹は軽めに頷く。


「あの辺境伯の経歴は既に調べてあります。真面目な軍人ですが、元々は帝国側で爵位を持っていた人間。寝返った親の後を継いで伯領を有しているに過ぎません。なので裏でマックハリー伯領の不可侵を結べば事は収まります」

「だが、同盟本国が黙ってはいまい」

「我が軍は精鋭です。辺境伯達に演技をさせ、力を向こう側の司令部に1回見せつけておけば、騙されて暫くは大人しくなると思います。と、兄は看破しています」


 いやいや! どう解釈すればそんな大それたことになるんだ!?

 この丸メガネの我が妹はネジが1本外れているに違いない。でなければ、この辺りが呆気に取られるいることに気付くだろう。


「戦っている間に友情が芽生えたと思うのが妥当でしょうね。でなければ包囲して半日のも間、歴戦の勇将が好機を逃すとは思えません。うまく事が運び調略すれば寝返るかもしれません。私的には最高のシチュエーション。ごっちゃんです」

「成る程、同盟軍の地方攻略司令は余り人望があるとは言えない人物。それは一理あるかもしれない」


 殿下は妹のスピーチをすっかり信じきっている。でも、後生大事にしているあの本にそんな大層な効果がないのは俺だけが知っていた。


「その話の通りならば、更に連鎖してやがて大輪、即ちに三万の軍勢が味方になると言いたいのだな?」

「はいな」

「でも、全然聞いたことのない話だ。題名は?」

「大輪のゲイ・ボルグ。遠い異国の故事です」


 ゲイボルグって確かクーフーリンの槍だったよな? いやいや、あの本が俺の想像通りだとしたら、「これは敵味方の垣根を越えた男達のぶ厚い友情物語ですぞ。ムフフ」満足そうに鼻の穴が膨らんでいる愚妹の真意に寒気がするのだった。


「すぐに伝令をだそう」

「はっ、手配します」


☆★☆★☆★


 ――暫く後。

 日も暮れてカラスが鳴く。ステンドガラスに夕日がカラフルに映り込む。この間は特筆する事は何もなかった悪しからず。


「殿下に書状がきています」

「……司令、マックハリーは全面降伏するそうだ」


 家臣が読み上げるのを断り、殿下は自らの目で確めた。


「罠では?」

「二枚目にイノ伯が全責任は自身が取ると申している」


 俺の腰が抜ける、「はははっ……」震えが止まらない。思わず小さくガッツボーズをした。

 首が繋がったぁ。もう駄目かと思ったよぉ。


「軍師どの、素晴らしい采配でした。一兵の損失を損なわず勝利に導くとは、これ以上の名采配はありますまいて」

「わ、私は信じていたでザンス」

「そ、それでこそ、帝国軍の一員でおじゃる」

「はっ、勿体無き御言葉」


 総司令以外本心が態度に出ている。ざまあない。


「だが、何処の兵法だ。余も聞いたことがない」

「BLという書物群です。それは全知万能の書。一見、ただの物語ですが、多岐に渡って全てを示してくれます。まさに神の創造物」

「では、ボンはBL使いという訳だな」


 何ががおかしい。それ意味違う。


「ガチホモスキー先生曰く! 敵だと思っているから敵なのだ。友だと思えば凶悪な奴でも友になるのだ。~~あとがき、同人カップリング論抜粋。即ち、敵という概念を外し同じ人種、同じ大地に生きし者として説きました」

「なんと威厳のある名前だ。さぞやなのある偉人だったのであろう」


 ねぇよ。ただの同人ホモ漫画家だぁ!

 この馬鹿妹。何でもかんでもやおいにしたがる腐女子め! 

 何で皇子殿下御前で、生前の薄い本の話をするんだぁ! 


「攻めも受けも全て書かれています」

「聞きしに勝る万能の書だ」


 それ、絶対に話噛み合ってないよね? 


「領地経営も分かるのだろうか?」

「それだったら『タンクトップと黒す棒』友情を謳っていながらネトラレちゃうなり。こんなに良い話なのに!」


 いや、聞いていないから。どうでも良いから。頼むからそこの腐女子よ、変なものを殿下に布教しないでおくれ。


『ただの卑猥な本に殿下を翻弄させるな』

『失敬な、BL本は孫子を超えるなり』

『超えねぇよ! よくもまたガチホモ本に俺の命運賭けやがったな!』

『ボンの奇跡再びだね』


 血を分けた二人だから可能なジェスチャーで会話する。鍵かっこの力は偉大だ。


 この馬鹿タレは、BL本を聖書とか孫子とか六法全書なんかと同格だと思っている困ったちゃんなのだ。

 BL式兵法を確立させようと、俺をよく利用して実戦に使う。それが最初に述べたボンの奇跡の正体だ。


「流石は軍神ボンジョルノの末裔。見事だ」

「あ、有り難き幸せ……」


 俺は丁寧に礼をする。しかし、大理石に映った己の情けない姿になんとも言えない虚しさを感じた。


 不本意すぎる拍手喝采。

 後にこの出来事は『ガチホモスキーの大車輪』の名で呼ばれる事になる。


「ふっ、流石は皆が推薦する軍師だ。心強い」

「勿体無いお言葉」


 いやぁぁぁ、期待しないでぇぇ!

 お前ら、ただのエロ本を信じるなよぉ!


「ボンには褒美を取らそう。何が良い?」

「じゃあーー」


 折角なので美女を……。脱童貞!


「兄は接吻が良いそうです」

「モゴモゴ!(口を塞ぐな!)」

「そこのゴリマッチョ将軍と」


 妹が指を差した先にはサムソン・ゴリマッチョ卿がもて余したムキムキボディを披露していた。


 いやぁぁぁ!


「で、いつイノ伯のゲイボルクがマックハリー伯ハートに突き刺さるなり?」

「ねぇよ!」



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