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 夏休みは、嫌いだった。

 だって何もやることがない。宿題も早々に終えて、あとは自己学習の日々。退屈とはこのことかと、何度思ったか知れない。

 けれど。

 今年の夏は、どうやらそうはならなそうだった。


 夏休み初日。朝食を済ませたあたりでスマホがブブブと震え出す。僕は着信ボタンを押した。

「何?」

「泉ぃ、一緒にゲーセン行かねぇか?」

「ゲーセン?」

 唐突な提案に僕は思わずオウム返しする。

「ゲームセンターだよね。何でまた」

「何だか行きたくなってよ」

「僕じゃなくて、別の友達誘ったらいいじゃないか」

「みんな他の用事があるとかで断られてよぉ」

「じゃあ一人で」

「つれないこと言うなよ泉ぃ。一緒に寝た仲だろぉ」

 誤解を招くような表現はやめてほしい。

「とにかくゲーセンは嫌だよ」

「どうして」

「あんな、暗くて汚い不良のたまり場、怖いよ」

「いつの時代のイメージだよ! 今は暗くも汚くもないし、不良だってたむろしてねぇよ!」

「そ、そうなの」

「ああ。だから一緒に行こうぜ泉ぃ」

 正直、そこまで気が進まなかった。だが……

『何事も経験だよ』

 姫崎の言葉が脳裏にリフレインする。

「……わかったよ。ただ、加奈も一緒だからね」

「おお! やっぱり泉はいい友達だぜぇ」

 調子の良いことだ。

 というわけで、今年の夏休みは初日からイレギュラーな予定が入ったのだった。


「うわー、うるさいですー」

 一歩入るなり加奈が耳をふさぐ。

「すぐ慣れるって」

 長尾はあっさりいってズンズンと中に入っていく。

 かなり大きめのゲームセンターだった。この街にこんな場所があることすら僕は知らなかった。

「遊ぶものには困らねぇぞ」

「そうかなあ……」

 よくルールのわからないゲームばかりが並んでいて、どうすれば良いのか僕にはわからない。

「とりあえず俺は音ゲーやってくるぞ」

「音ゲー」

「それも知らねぇのか。音楽に合わせてボタンを押すリズムゲームだよ」

「ふうん」

「あっ、私、あれやってみたいですー」

 加奈が指さした先には大きな和太鼓の形をしたキョウタイ【漢字】。

「おう、『太鼓の仙人』か。あれは初心者でも簡単に遊べるぞ。泉も一緒にどうだ?」

「……じゃあ」

 百円玉を二枚入れ、左に加奈、右に僕が並ぶ。備え付けの専用のバチを手にとって、軽く何度か太鼓を叩いてみる。おお、本物っぽい。まあ本物を知らないんだけども……。

『曲を選ぶゾイ!』

 メッセージと共にキョウタイ【漢字】が喋る。

「加奈、好きに選んでいいよ」

「えー、じゃあこれにしますー」

 それはよくテレビで流れているJ-POPだった。どうやらそういった有名曲が多数収録されているところもウリらしい。

 初心者用にルール説明が映し出される。要は左端の太鼓マークに、流れてくるアイコンが重なった瞬間にバチで太鼓を叩けば良い。赤いアイコンなら中央を、青いアイコンなら端を叩く。それでドンカッドンカッと和太鼓のリズムを刻むというわけだ。なるほど、仕組みはわかった。

「簡単そうだね」

「そう上手くいくかねぇ」

 長尾が笑う。

 彼の言うとおりだった。

「えっ、あっ、あれっ?」

 自分ではタイミング良く叩いているつもりでも判定はバツ。どうやら遅れてしまっているらしい。それを修正しようとすると今度は赤と青のアイコンが混合してやってきてまた混乱する。

 ……難しい。

 初心者向けの簡単なモードのはずなのに。

 あっという間に一曲が終わり、僕はノルマを達成できなかった。ゲームオーバーだ。

「よくわからないよ、これ」

 捨て台詞を言いながらバチをおこうとすると、

『もう一回遊べるゾイ!』

 キョウタイから声が聞こえた。

「……すげぇな、加奈。ほんとに初めてか?」

「簡単でしたよーこんなの」

 なんと加奈はほぼ間違えずに全てのアイコンを叩き切っていたのだった。ありえない、このポンコツが……。

「よかったな泉、もう一曲遊べるぞ」

「……どうせまた駄目だよ」

「コツを掴むまでの辛抱だって」

 曲選択はまた加奈に任せた。今度選ばれたのはは有名なアニメソングだ。僕でも何度か聞いたことがある。

「泉、コツはとにかくリズムに乗ることだ」

「リズムに乗る?」

「そう。リズムに合わせて叩けば自然と成功するようになってるから」

「……わかった」

 リズムに乗る、リズムに乗る……。

 長尾の忠告に従った途端、急に判定が良くなりだした。アイコンはただの目印であって、音楽のリズムを優先させた方がむしろ成績は良くなるのだとわかった。

「これは……」

 面白い。

 たしかに体に訴えかけてくる面白さがそこにはあった。

 曲は終わり、僕はぎりぎりながらも何とかノルマを達成していた。

「できるようになったじゃねえか」

「長尾君、これ、面白いね」

「そうだろそうだろ」

 ぱあっと長尾の顔が明るくなった。

「これを機にどんどん音ゲーやるといいぜ、泉ぃ」

「いやそこまではいいかな……」

 ところで加奈はもはやイージーモードでは物足りなくなったらしく、三曲目では難易度高めの曲を選んだ。さすがに僕には難しすぎて、途中であきらめて加奈の叩く様を眺めていた。

 ドンカカドッカドドカカドカカド……

 リズミカルに太鼓を叩く加奈。

 美しいな、と不意に思ってしまって、あわてて打ち消す。

 このポンコツ天使見習いが美しいとか、ありえない。ありえないのだ。

 本当に?

 ……。

 曲は終わり、加奈は満足そうに額の汗をフリフリの袖で拭った。

「いやー、面白いですー!」 

「そうかそうか。それは本当に良かった。どんどん音ゲーやってこうぜ、加奈」

「それはわからないですけどー」

「つれないぜ……」

 その後、長尾は別の音楽ゲームを選んでプレイし始める。信じられない量のアイコンが上から降ってくる中、信じられない指裁きでそれらを全て処理していく長尾。二分ほどの曲が終わり、画面にはフルコンボの文字が踊った。

「え、なに、エキスパートなの、長尾君」

「まさか、上の下くらいの腕前だぜ」

「上の下でこれ……」

 とすると超上級者はいったいどんなプレイをするのだろうか……。

 世の中、僕の知らない世界ばかりだ。


 音ゲーがひと段落つき、僕たちはぐるっと全体を見て回った。ビデオゲームが並ぶ中に、僕は目ざとくそれを発見する。

「将棋!?」

 それは『将棋バトルクラブ』という名前のネット対戦型将棋ゲームだった。

 まさかゲームセンターに将棋があるとは……。

「なんだ泉、将棋好きなのか」

「見る専門だけどね」

「なんだそれ?」

「プロの対局をリアルタイム配信するアプリがあるんだよ。それを毎日見てたりとか、そういうこと。自分で指したりはしないね」

「よくわかんねぇ世界だな……」

 まあそうだろうなと思う。

 どんな人にも良くわからない世界というものはあって、そこに足を踏み入れるとき、馴染めるのかはじき出されるのかはわからない。ただ、案内人となるような友人がいたら、馴染める確率は大きく上がるだろう。ちょうど、今日僕が太鼓を叩けるようになったように。

 その後は三人でメダルゲームをして数時間をつぶし、そして帰路についたのだった。

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