5
一階はスマホ関係のフロアだった。本体やらアクセサリーやらがずらりと並んでいる。携帯電話会社のロゴもあちこちに見える。
「ゲームは三階だな」
「何買うの?」
「『スプラチューン』ってやつ。泉も知らねぇか?」
「……ああ」
たしか加奈が欲しい欲しいと騒いでいたゲームだ。
「面白いの?」
「評判めちゃくちゃ良いぜ」
「へえ……」
僕は特に何も考えずに言った。
「僕も買ってみようかな」
その言葉に自分で驚く。
「お、いいね泉ぃ。ゲーム好きなのか?」
「いや、やったこともない」
「じゃあ何でまた」
「何でだろう……」
考え込む僕。
変な奴だなあという目で見る長尾。
「まあいいや。買うなら本体も買わないとだぜ」
「それはそうなんだけど……」
僕はまだ、自分が自然に「ゲームが欲しい」「ゲームで遊んでみたい」と思ったという事実に戸惑っている。
これまで一度だって、そんなこと考えたことなかったのに。
加奈、君のせいか?
僕たちはエスカレーターで三階へ行き、ずらっと並ぶ新作ゲームコーナーからスプラチューンを選び取る。と同時に僕は本体の購入カードを手に取った。
「ホントに買うんだな。思い切り良いなぁ」
「まあ、たまの贅沢だからね」
僕は娯楽関係に出費をしたことがほとんどない。おかげさまで金銭的には余裕があった。
レジで購入手続きを済ませ、僕の片手には大きな荷物がぶら下がる。
「どうせだったらこれから一緒に遊ばねえか?」
「……いや」
加奈の顔がちらりと頭をよぎる。
「今日のところは遠慮しとくよ」
「そうか」
さして残念な風でもなく長尾は言う。
「まあ一緒にいなくても一緒には遊べるしな」
「へ?」
「フレンド登録だよ。後でメールでフレンドナンバー送るから登録してくれや」
「よくわからないんだけど……」
「ネットで調べりゃすぐわかるって」
長尾はあっさり言うが、僕は機械関係は苦手なのだ。
ううむ。
帰宅すると、居間でごろごろしていた加奈が僕の持つ荷物を見るなり飛び起きた。
「それ、もしかしてマンテンドースイッチですか!?」
「そうだよ」
僕は手提げ袋を手渡す。
「うわー! スプラチューンだー! ありがとうございますー!」
「別に加奈のために買ったわけじゃないよ」
「えーでもだって真也さん全然ゲームとかで遊ばないじゃないですかー」
「まあそうだけど、気が向いたんだよ。長尾に勧められて」
「長尾さん? あーあの不良っぽい」
「別に不良っぽくはないぞ」
「長尾さんと真也さん、つながりあったんですか」
「友達になろうぜって言われて」
その理由に関しては一応、秘しておく。
「へえー、それは良かったですー」
「良かった?」
「真也さんに友達ができることは、幸せにとってとても良いことですー。」
「逆に不幸になる可能性だってあるよ」
「すぐまた真也さんはそういうこと言うー」
無駄話をしながら、僕たちはマンテンドースイッチをテレビに接続してセットアップを始める。と言ってもほとんどの作業は加奈が行った。ネットにつなげるとか、会員登録とか、僕には良くわからないことだらけだ。
「これくらい今時小学生でもできますよー」
「加奈にできるくらいだからな」
「あー、真也さんひどいですー」
大体の準備が完了したあたりで僕のスマホがメールを受信した。長尾からだ。何か良くわからない英数字の羅列が写った写真が添付されていた。
「加奈、これ何?」
「あっ、フレンドナンバーですー! これを登録しておけば一緒にゲームできるですよー」
「離れてても?」
「離れててもですー」
良くわからない僕はきっと時代遅れなのだろうな……。
加奈は写真を見ながら手際よく英数字を入力していく。そして打ち込み終わってボタンを押すと、しばししてピローンと登録完了の音が鳴った。
「長尾さんと連絡取ったらどうです? 一緒に遊べますよ」
「いや……今は良いや。加奈と一緒に遊ぶよ」
「そうですか! じゃースプラチューンやりましょー!」
露骨にテンションの上がる加奈。それを見る僕といえば、実は彼女と同じようにちょっと楽しみになっていたのだった。
スプラチューンはインクで色を塗りあって戦う、いわば陣地取り合戦だ。四人組のチームで戦うが、ひとつのスイッチで二人は遊べない。必然的に片方はもう片方のプレイを見ていることになる。
なるほど。だからフレンド登録が必要なのか……。
ゲームはとても良くできていた。ただインクをタタタタタと発射する、それだけのことが体感的に心地良い。ゲーム下手な自分でもそれなりに活躍できるところも良かった。
加奈はみるみるうちに腕を上げていった。数時間もすれば僕とは比べものにならない巧さへと上達した。
「やっぱりスプラチューン面白いですー!」
「たしかに、良くできてるよね」
「良くできてるんじゃなくて面白いんですよー!」
良くできてる、じゃなくて面白い。
なるほど。その発想はなかった。
加奈はゲームを(あるいは物事全体を)理屈で捉えていない。感性で捉えているのだ。
僕にはできない芸当だと思う。
「真也さんスプラチューン面白くないんですかー?」
「面白いよ、充分。ただ楽しみ方が加奈とは違うんだよ」
「んー? 良くわからないですー」
「僕も良くわからないよ」
そう言って僕はふふっと笑った。
その日は夜遅くまで二人スプラチューンで盛り上がったのだった。
*
翌日。
教室に入るなり長尾が話しかけてきた。
「どうだった、スプラチューン」
「面白かったよ」
「なあ! そうだよなあ!」
彼は異様なまでのテンションだった。
「面白すぎだってあれ! ヤバい神ゲー買っちまったぜ。これで数ヶ月は戦える」
「戦うって、何と?」
「退屈とだよ」
なるほど。
「フレンド登録、しておいたよ」
「ああ、通知が届いてたぜ。今夜一緒にプレイしねーか?」
「いいけど」
「よし決まりな。スマホで連絡するから」
長尾は本当にスプラチューンにドハマりしているらしく、授業中ぐっすり眠っていたのはその反動だろう。そろそろ期末テストも近いけど、大丈夫なのだろうか……。まあ、僕が心配することでもないけれど。
放課後。長尾から連絡がきて、午後四時からゲームを始めるという話になった。
四時少し前にスイッチを立ち上げ、スプラチューンを起動。フレンド協力モードを選んで少し待つと『ながもん』という名前の人物がフレンドとして現れた。長尾のフレンドネームだ。
ゲームと平行して僕たちはメールでやりとりをしている。
〈エンジェルってフレンドネーム、ダサすぎね?〉
〈いいだろ、別に〉
加奈が勝手にそういう名前にしてしまったのだ。
予想通り長尾はすごく巧かった。たった数日でここまで巧くなるものかと感嘆する。
〈いやー、予想してたけど泉ヘタだなぁ〉
〈しかたないだろ、ゲーム自体ほとんど初めてだし〉
とはいえたしかに僕はチームの足を引っ張ってばかりという面はある。それでもわりと活躍できる瞬間もあるゲームだから盛り上がるのだが、それにしても……。
「ああっ、そこは逃げなきゃだめですよー」
とか、
「今攻めなきゃいつ攻めるんですかー!」
とか、
「そのスーパージャンプは自殺行為ですー!」
とか横でわめく小うるさい存在もいるわけで。
「加奈、やる?」
「良いんですかー!?」
うわーいとコントローラーに飛びつく加奈。僕の見る限り、彼女の腕前は長尾と同等レベルにある。いきなりエンジェルの動きが機敏になったら、長尾も驚くことだろう。
一戦終えたところで、長尾からメールが入った。
〈誰と変わった?〉
〈加奈だよ〉
〈加奈、ってあの天使見習いの?〉
〈うん〉
その瞬間、テレビの画面に『ながもんが退室しました』とメッセージが出た。
「ありゃ、やめちゃったみたいですよ」
加奈の言葉と同時にスマホが震え出す。電話の着信だ。
「はい」
「どーして加奈ちゃんと泉が一緒にいるんだよー」
「え、いや、だって一緒に住んでるし」
「一緒に住んでる?」
「うん。天使見習いはみんなそうしてるらしいから」
「おいおいおい」
長尾は慌てたような声で言う。
「何それうらやましすぎるんですけどー! あんな美少女と同棲! はー、何ですかそれは」
「美少女って……」
僕は思わず加奈を見る。
そういえばこいつ、黙ってればかなりかわいいんだよな……。
「良くわからないけど、長尾君が想像するようなことは何もないから」
「そうだとしてもうらやましーの! いいなぁ、どうして俺がパートナーに当選しなかったんだろうなぁ」
こっちは今からでも変わってほしいくらいである。
……いや、本当にそうか?
「まあでも実際当たったのは僕だから」
「そうなんだよなぁ」
あーうらやましい、と繰り返しながら彼は電話を切った。その直後。
『ながもんが入室しました』
というテレビのメッセージ。
それは同時に、まだまだ一緒に遊ぼうぜ、という彼からのメッセージでもあった。
僕は時計を見る。まだ午後五時を回ったところだった。
「加奈、そろそろ変わって」
「えー」
「また後で遊んでいいから」
そう言って僕はコントローラーを奪い取る。
何だかんだ、ハマっているのだ。僕も。