4
翌日の月曜日。
学校へ行くなり、長身の男が低い声で絡んできた。
「泉ぃー」
「な、何?」
「俺、長尾っていうんだけどよぉ」
「知ってるよ、流石に」
クラスメイトの名前を覚えるくらいの知力と気力は僕にもある。
「そうか、泉ぃー」
「だから何?」
「昨日、姫崎さんとデートしたそうだなぁ」
「デート?」
「二人でよしまえんにいるところ見たって奴がいるんだよぉ」
「デートなんてしてないよ。だって……」
「それ、私もいましたー!」
ハイッと手を挙げて加奈が言う。
「そういうこと。三人で行ったんだよ。だから、単なる友達付き合い」
「でも一緒に行ったのはたしかなんだろ?」
「それは、まあ……」
「いぃぃぃーなぁぁぁー」
心底うらやましそうに彼は僕を見る。
いったい何なんだろう……。
「あのな、泉。俺、姫崎さんのこと、好きなんだ」
「ふーん」
「ふーん、て! もう少し何か反応あるだろ!」
「誰が誰を好きだろうと僕には関係ないじゃないか」
「おおありだろ! だっておまえ、姫崎さんと友達なんだろ」
「……」
「そこは肯定しろよ! 友達でもない奴と一緒に遊園地なんていかねぇよ!」
「……まあ、それはそうだね」
「だからさぁ、頼みがあんだよ」
嫌な予感が……
「俺たちも友達になろうぜ、泉」
「断る」
「にべもねぇな!」
「だって明らかに打算まみれじゃないか」
「打算の何が悪い!」
開き直る長尾。
「ああそうだよ。泉と仲良くなって、あわよくばそのまま姫崎さんと……ってことだよ。悪いか!」
「そう堂々と言われると、あんまり悪いとも思えなくなってくるけど……」
「だろ? だろ?」
そう言って長尾は僕と無理矢理肩を組んだ。
「じゃあ今日から俺たち、友達な!」
「友達ってそういうものなの……?」
「細かいことは気にしない。それに泉、話してみると何だか面白いやつっぽいし」
「面白い? 僕が」
ほとんど言われたことのない感想だ。
「ボケもツッコミもできてるし、俺ら漫才師になれるかもな」
「そんなの嫌だよ」
「冗談のわからねえやつだなあ」
言って僕の肩をバシバシ叩く。
そのとき。
「何の話をしてるんだい?」
ひょこっと現れたのは……。
「ひ、姫崎さん!?」
「そうだけど、何かそんな驚くことある?」
「い、いえ別に、そそそういうことは」
緊張しすぎだろ、流石に。
「何か友達がどうこうとか聞こえたけど」
「そ、そうなんです。俺ら今友達になったんです。なあ?」
「……」
「おい何か言えよ!」
「……なったというか、ならされたというか……」
「そこまで正確に言わなくて良いんだよ!」
そんな僕たちのやりとりをクスクスながめる姫崎は、長尾の前まで行くと手をさしのべた。
「まあ友達の友達は友達って言うしね。これからよろしく頼むよ」
「は、はいぃぃ」
あからさまに緊張しながらその手を取る長尾。まあ作戦通りというやつなのだろうけれど、その顔からはしてやったという色は全く見て取れない。
「ねえねえ、真也さんー」
「何だよ加奈」
「私、よくわからなかったんですけどー、とにかく私たちに友達が一人増えたってことでいいんですかー」
「……いいんだと思うよ、それで」
「わーい、それは嬉しいですー」
無邪気に喜ぶ加奈。
嬉しいこと、なのだろうか、本当に。
僕にはまだ、良くわからない。
とにもかくにも。
こうして三人組は四人組へと相成ったのだった。
*
それは数日後、土曜日の夜だった。
風呂から上がってスマホを見ると、着信が一件あった。「長尾聡」の文字。僕はいぶかしみながらタップして折り返しの電話をする。しばしの間があって、あの低い声が聞こえてきた。
「おー、泉ぃ」
「どうしたの、こんな夜に」
「明日ゲーム買いに行こうぜぃ」
「ゲーム?」
「出たばかりの新作があるんだよ。どうしてもやりたくなって、こづかいはたいて買うかって思い立ってな。買ったら俺の家来いよ。一緒に遊ぼうぜ」
「僕、一切興味ないんだけど……」
「やってみたら面白いって可能性もあるだろ。何事も経験だよ、経験」
「ほかの友達に頼みなよ」
「みんな別用があるっていうんだよー、なあ頼むよ泉ぃー」
僕は深いため息を吐いた。
「……わかったよ」
「おお! ありがてぇ! それでこそ友達だ!」
長尾は集合場所と時間を指定して、それで電話は切れた。
……そういえば、姫崎の名前は一切出てこなかったな。「姫崎も呼んでくれ」くらい言うのかと思ったけれど。一応は僕のことを友達として認めているということか。
僕は居間へ行き、だらだらテレビを見ている加奈へ向かって声をかけた。
「僕、明日出かけることになったから」
「えー! 私も一緒に行きますー!」
そう言うと思った。
初めは彼女も連れていくつもりだった。だが……
「いや、今回は僕だけ。加奈は留守番してて」
そんな風に言ったのは、長尾が僕だけを誘ったことが頭をよぎったからだ。
「えー、嫌ですー」
「わがままいわないの」
「じゃーいいです。姫崎さんと遊ぶですからー」
言うが早いか自分のスマホをポチポチして姫崎に電話をかける加奈。返事はOKだったようで、顔がパッと明るくなっていた。
布団に入って、眠りながら考える。
そういえば、誰かと二人で遊ぶのなんて初めてのことだ。
こうなったのは姫崎と遊園地に行ったからであって、そのきっかけは加奈が作ったのであって……。
ということは、加奈のおかげで、だんだん日常がにぎやかになってるということなのか?
ほとんど何もしていないように見えるけれど……
うーん。
まあいい。考えてもしかたない。今日は眠ることとしよう……。
*
朝十時、F駅前。
「おそいぞー、泉ぃ」
「時間ぴったりだよ」
僕が行ったときにはすでに長尾は待っていた。派手な柄のシャツにサングラス。パッと見、かなり厳つい格好だ。道ばたで見かけたら避けて通ると思う。
「まあいい、早速行こうか」
「どこで買うのさ」
「マドバシだよ」
マドバシデンキは国内最大級の家電量販チェーンだ。ここから二駅ほど行ったところに、大きな店舗がある。
「マドバシでゲーム売ってるの?」
「はあ? ほんとにゲームやらねえんだな。電気屋でゲーム売ってるのなんて常識だぞ、常識」
のしのし歩く長尾の後ろを僕はついていく。切符を買って電車に乗り、着いたマドバシは信じられないくらいに大きかった。
「これちょっと大きすぎない? こんなに売るものある?」
そんな僕の言葉を、何言ってんだこいつという目で見る長尾。
「さっさと入るぞ。ほら」
自動ドアからさっと入っていく彼。僕も後に続く。