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「ゆーえんち行きましょうよー、ゆーえんち」

 それは土曜の朝、朝食後のことだった。口をとがらすようにして加奈がそう言った。

「遊園地?」

「そうですー。昨日テレビで見たんです」

「行ってきたらいいんじゃない?」

「まさか一人で行かせる気ですかー?」

「遊園地は一人でも充分楽しめるものだよ」

「駄目ですー! 一緒に行きましょうよー」

「嫌だよ」

 僕はにべもなく断った。

「あんな人でごみごみしてるところ、行ったって面白くも何ともない。一時間待ちとか、信じられないよ」

「そんな考えだから真也さんは不幸なんですようー」

「それならそれで一向にかまわないね」

「ケチ! 偏屈者! わからずや!」

 わーわー騒ぐ同居人を放っておいて、僕は朝ご飯の片づけに入る。

 まあ放っておけば興味もなくなるだろう。

 そう甘く考えていた自分が愚かだと悟るのはそれから十分後だった。

 僕の携帯がチャイム音を鳴らす。なお、当然初期設定のままだ。

 液晶には『姫崎美紀』の文字。

「はい、何かな」

「明日の朝九時にF駅前集合ね」

「え、いや、はい?」

 それで電話は切れた。

 僕は走る。居間でくつろぐ加奈に向けて、大声で言った。

「おまえ、姫崎に泣きついただろ!」

「泣きついてないですー、ただ一緒に遊園地行こうって誘っただけですー」

 世間ではそれを泣きつくと言うのだ。

「まったくもう……」

 流石に姫崎の誘いは断りにくい。いや、断ろうと思えばできるはずなのだけれど、彼女のオーラがそれをさせないというか……。

 僕は「はあ」と大きくため息を吐く。

 これで明日の予定はパーだ。

 ……まあ、予定といっても勉強するくらいのものなのだけれど……


   *


 まさしくピーカン照りという天気の日曜日だった。五月の風はちょうど良い温かさで僕たちにそよいでいる。

「晴れて良かったですねえ」

「え、うん、まあ……」

 僕は雨天中止でも一向にかまわなかったのだけれど。

「おまたせー」

 現れた姫崎は想像以上に女の子らしい格好をしていた。さらりとしたスカートに、胸元には赤いリボン。こうして見ると彼女は立派な美少女なのだった。

 加奈と良い勝負だ。

 何てふと考えてから慌てて否定する。加奈など比べものにならないぞ。いや……もしかして加奈も美少女なのか? 僕は美少女と二人暮らししているのか?

 何だか良くわからなくなってきた。

 とにかく、まずは……。

「遅刻だぞ。姫崎」

「ごめんね、ひさしぶりに着飾ってたら予想より長くかかっちゃって」

「いいから早くいきましょうよー」

 加奈がソワソワした態度で言う。

 子供か、こいつは。


 目指す目的地、『よしまえん』までは電車で三十分ほどかかる。

「電車だ、電車ですー」

「ほう、加奈君は電車は初めてかい」

「いえ、天界ではよく乗ってますけどー」

 天界にも電車はあるのか……。

「みんな飛べるんだから、電車なんて要らないんじゃないの?」

 僕は素朴な疑問を口にする。

「飛ぶのって疲れるんですよー。そんなに速さも出ないし、自転車みたいなものですねー」

「なるほど」

 それなりに込み合った車内の座席に、僕を挟むようにして加奈と姫崎が座っている。いわゆる両手に花、というやつだろうか。周囲の人たちがちらちらこちらを見てくるのは、加奈の例の衣装が派手すぎるからだろう。

 うーん、居心地が悪い……。

 やがて電車は目的地に到着し、少し歩けばそこには『よしまえん』の大きな看板があった。僕たちはチケット売場へ行く。

「高校生一枚」

「高校生一枚で頼むよ」

「小学生一枚でー」

 僕は加奈の頭をはたく。

「なに嘘ついてんだよ」

 まあ、小学生に見えなくもない風貌(と知能)ではあるが……。

「だってー、チケット高いですー」

「遊園地なんてこれが普通だよ」

「私、おこづかいが少ないんですよー」

 ブーブー言う加奈に高校生のチケットを買わせ、僕らはようやく中へと入った。

「あたし、よしまえんは好きなんだよ」

「そうなの、姫崎?」

「ああ。この絶妙に古びた雰囲気と、中途半端に怖い乗り物たちが良いんだよ。適度に人が少ないところも最高だね」

 これ、関係者が聞いたら怒るのではなかろうか。

「真也さんー、私、あれ乗りたいですー」

 加奈が指さしたのは大きなコーヒーカップだ。

「最初にあれ? まあ、いいけど……」

「じゃー乗りましょー乗りましょー!」

 ぐいぐいと加奈に引っ張られて僕はカップの中に連れ込まれる。その後ろから笑いを堪えるかのような表情で姫崎が入り込んできた。

「君たちはほんと、見てて飽きないね」

 心外な一言だ。

 プーとブザーが鳴って、ガタンとカップが動き始める。

「これ、くるくる回るんですよー、テレビで見ましたー」

 言いながら加奈が中央のハンドルをぐいと回す。

「あっ、やめろっ!」

「それそれー!」

 親の仇かのごとく彼女はブンブンハンドルを回し続ける。それに伴って僕たちのコーヒーカップも回転速度を増し、ついには超高速回転へとたどり着いた。

「あははー! あははー!」

「やっ、やめっ、加奈、やめてくれっ」

「いやあ、すごいねえ。この速さ」

 ……地獄のような二分間が終了し、カップはゆっくりと止まった。

 僕たちはへろへろになりながら降りてくる。

「うおえっ、気持ち悪い……」

 まだ世界がグルグル回っている。

「大丈夫ですかー、真也さん」

「おまえ、何でそんなにけろっとしてるんだよ……」

 姫崎は姫崎で「いやー、きつかったねえ」なんて平然と笑っている。

 しばしベンチで休憩して、僕が大体回復したところで、次はジェットコースターに乗ろうという話になった。

「遊園地といえばジェットコースターですよー」

「まあ、それはそうだけど」

「何か気にいらなそうだね、湊君」

「元々絶叫系の乗り物って苦手なんだよ」

「そうなんだ。まあ好きずきだからねえ」

「えー、あんなに楽しそうですよー!」

 十五分ほど並んで、僕たちの番が訪れる。僕はすでに覚悟を決めていた。諦めていたと言い換えてもいい。

 コースターのちょうど真ん中付近に案内され、僕たちは乗り込む。しっかりとベルトをして、上からバーで押さえ込まれる。

「ああー、服がつぶれちゃうー」

「我慢しろよ、それくらい」

 ブザーが鳴り、それではいってらっしゃい! という係員の明るい声とともに、コースターが動き始める。カタカタという音、体に響く振動。だんだんと高さを増していき、山の頂上まで来たところで一瞬コースターが止まる。

 僕はごくりとつばを飲み込む。

 そこから先は一気呵成だった。上下左右にガンガンと振り回され、はっきり言ってあまり記憶がない。隣で加奈がキャッキャと笑っていたことだけは何となく覚えている。

 約三分の暴力に耐えきった僕は、やはり這々の体で車内から降り、外に出るやベンチに腰掛けた。

「うわーい! 最高に楽しかったですー!」

「そうかい、それは良かった……」

「つらそうだね、湊君」

「そりゃつらいですよ……あんなの拷問です、拷問」

 その言葉に苦笑する姫崎。

「あたしたちはもう一回乗ってくるよ。君はどうする?」

「ここで休んでます……」

「それがいいね」

 そして僕を置いて二人、また列に並びに行くのだった。


 結局彼女たちは計三回もジェットコースターに乗った。僕はただベンチでスマホを見ながら待っていた。

「ふあー、楽しかったですー!」

「それは良かったね」

 僕は言う。本心と皮肉が半々だ。

「加奈君の言うとおり、意外となかなかだったね。おや?」

 姫崎が僕のスマホをちらと見る。

「それは将棋かい?」

「そうだよ」

「へえ、指すのかい」

「いや、見る専門」

「見る専門?」

「プロの将棋を解説付きで中継するアプリがあるんだよ。僕はそれを見て楽しんでるだけ。指す方はさっぱりだよ」

「なるほどね。できれば一局交えたかったけどね」

「姫崎は将棋指すのか」

「ちょっとかじった程度だよ」

 ううむ、何となく「ちょっと」じゃないような気がする。

「ねー、次行きましょー! 次ー!」

 加奈の催促の声に、僕は「はあ」とため息を吐いて立ち上がった。


「どうしてこう遊園地ってのは回るものが多いんだ……」

 もはや僕はグロッキーである。

「回るの楽しいじゃないですかー」

「加奈はそうかもしれないけどさ……」

「そろそろ日が暮れる頃だね」

 水を差し向けたのは姫崎だ。

「最後にあれでも乗ろうか。あれなら湊君も大丈夫だろう」

 彼女が指さしたのは、大きな観覧車だった。

「えー、でもあれ、すごくゆっくりじゃないですかー」

「最後くらい湊君のことを考えてやりなよ。一緒に遊びに来たんだからさ」

「うー、そうでしたー。ごめんなさいですー」

 ぺこりと僕に謝る加奈。

「謝られるようなことはされてないよ、別に」

 僕は言って、観覧車の方へと歩き出す。


 待機列もなく、僕らはあっさりと観覧車に乗れた。今日は強い風もない。ゆっくり静かに高くなっていく観覧車は揺れもせず、ほのかな振動だけを僕たちに伝えてくる。

 そしてついに観覧車はてっぺんへと到達した。

 そこから見える光景。

 東京の町並み。ビル群。豆粒のような車。そしてそれら全てを赤く照らす夕焼け。

 控えめに言って、絶景だと思った。

 僕らは何も言わずに、ただそれを見続けていた。


   *


 それは帰る直前の出来事だった。

 僕達が今出てきたばかりの観覧車が止まっている。

「あれヤバくない?」

「どうすんだあれ」

 ざわめく周囲に僕達が振り返ると、観覧車のうちひとつがガクンと不自然に傾いていた。本体とのつなぎの部分が外れかかっているのだ。

 そして中には子連れの家族がいた。

 表情は読めないが、慌てる様は容易に想像できた。

 そして、ついに……

「危なーい!」

 誰かの叫びとともに観覧車はバチンと外れ、空高くから落下していく……

 そんな瞬間だった。


 眩いばかりの光が遊園地を覆った。


 それはぱあああああっと音がするほどの光だった。

 僕は目を細めながら何とかその中心を見る。

 そこには、美しい女性がいた。女性は翼を生やしていた。

 ……天使?


 ガコオーンと観覧車が地面へ叩きつけられる。

 その中には誰も乗っていなかった(・・・・・・・・・・)


 あの家族連れは、落ちた観覧車の隣に乗っていることになっていた。

「奇跡だ……」

 皆が口々につぶやく。

 なぜなら、あのたくさんぶら下がっている観覧車の中で、中に人がいないものは落下したこれだけだったのだから。


 遊園地が騒然とするなか、あの美女がこちらへ向かって歩いてくる。

「君が泉君?」

「え、何で……」

 その答えは加奈が知っていた。

「お姉ちゃん!」

「加奈、ちゃんとやってる?」

「やってますよー」

「泉君が不幸になるようなこと、してないでしょうね」

「し、してないですー」

 目を逸らす加奈。自覚はあったのか。

「泉君」

 美女がこちらへと顔を近づけた。ちょっとだけドキッとする。

「加奈のこと、よろしく頼むよ。それが結局、君を救うことにもなると思うから」

 それだけ言うと、僕の返事を待たず、彼女は大きな翼を広げる。

 そしてバサバサと音を立てて宙を飛んでいき、やがて見えなくなった。

「全くもう、お姉ちゃんはいつも勝手なんだからー」

 加奈が呟いている、その表情が珍しい。

「天使ってみんな、ああいう力使えるの?」

「そうですよー。起こることは変えられないけれど、少しだけ起こり方をズラす(・・・・・・・・)んです。それが奇跡なんですよー」

「加奈も使えるの?」

「使えますけれど、三回までですー」

「三回?」

「試験中は奇跡は三回までって決められてるんですー」

 なるほどね。

 加奈が奇跡を起こすと、ろくなことにならない予感がする。

 できれば一度もつかわずに終わってほしい……。


   *


 遊園地は騒然となり、今日の運営は中止と相成ったのだった。


 帰りの電車の中。

 疲れきったのだろう、加奈は座席に座るなりぐっすりと眠ってしまい、顔を僕の肩に預けている。甘い香りが鼻を少しくすぐる。

「どうだった? 今日は」

 姫崎の唐突な質問に、僕は「疲れたよ」と答える。

「ただただ疲れた。気持ち悪くもなったし、やっぱり来るんじゃなかったよ」

「本心かい、それ」

「……どういう意味だよ」

「いや、素直じゃないなあと思って」

 そう言って彼女も目をつむる。やがて眠ったらしく、僕のもう一方の肩へと寄りかかってきた。

 素直じゃない?

 僕が?

 その言葉が、僕にはよくわからなかった。


   *


 夜。

 加奈はベッドで、僕は買ったばかりの布団で床に寝ることにしている。

「おやすみなさーい」

 パジャマ姿の彼女は言って、電気を消す。

 僕も布団の中まどろんでいると、

「真也さーん……」

 加奈の声が聞こえてきた。もう寝言に近いような、曖昧なトーンだった。

「今日は楽しかったですねえ……むにゃむにゃ……」

 それだけで言葉は止み、すうすうという寝息へと変わった。

 今日は、楽しかった……?

 加奈はもちろん、めいっぱい楽しんだだろう。

 じゃあ僕は?

 僕は全く楽しんでいなかった?

 ……。

 答えの出ないまま、いつしか僕も眠りに落ちていた。

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