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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

首狩物語

作者: 由雅憐

 今は昔、首取りの翁という者ありけり

 戦にまじりて首を取りつつ、よろずの敵を滅ぼしけり

 名をば、くびぬきのみやつことなむ、言いける

 その首の中に、かしら光る首なむ一筋ありける

 怪しがりて、寄りて見れば、髪の中光りたり

 それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しゅうて居たり





       **********




 かぐやは思う。

月が綺麗だな、と。


 翁は思う。

血にまみれたかぐやの、なんと美しいことか、と。



 ここは戦場、周りは死体。

かぐやは、死体の山の上に立ち、冴え冴えと輝く月を眺めていた。


 あと何年かしたら帰る、月の世界。

そこはきっと美しいだろう。

この地上においては、決して見ることの叶わない程に。

薄汚れた欲望のない、清らかな世界。


 何と馬鹿らしいことか、と、かぐやはそう思った。






 時は戦国時代。


かぐやは、すくすくと育ち、僅か三ヶ月で大人の女性となった。

 平和な世ならば、求婚者が後を絶たないだろうその美貌も、この乱世では、狙われる原因となる厄介なものでしかなかった。


 だから、かぐやは強くなった。


 だから、翁はかぐやを鍛えた。


 そうして三年。

かぐやは誰もが敵わない程強くなった。


「弱いなあ、お前等は。もっと私を楽しませろっ!」


 かぐやは嗤いながら刀を振るう。

一回刀を振るえば、必ず三人以上もの首が落ちた。


 斬る、斬る、斬る。

そうしているうちに、かぐやの周りには殆ど人が居なくなってしまった。

 斬って刀に付いた血糊を振り払い、そしてぎらついた目で周りを見回す。


「ひいぃっっ」


「逃げろ、あんなの相手なんて無理に決まってるだろぉっ!」


「何なんだ、あいつは! 化け物めっ!」


 屈強な男の戦士達が、悲鳴を上げて逃げ惑う。

その背中を可憐な、そう、血生臭い戦場には間違っても相応しくないほどの可憐な女性が、追い掛けて走る。

それは何も知らない人からしたら、異様すぎる光景だった。


「お、思い出したっ! あり得ない程強い女戦士! 確か通り名が───」


 そう、戦場で血にまみれ、『首斬りのかぐや姫』の異名で呼ばれるまでに。


 そうしてかぐやは、戦巧者として褒美を貰うために朝廷に赴き、時めく今世の帝に出会うことになる。






「ほう、そちが彼の噂のかぐや姫か。顔を上げよ」


 かぐやはゆっくりと顔を上げた。

そして、驚いた。

帝の顔は、何処か見たことがあるような気がした。


「ほぉ、これは……」


 帝も感嘆の吐息を漏らす。

 当たり前だ。

かぐや程美しい女性は、この世にいないのだから。


「そなた。戦場での噂とは似つかわしくない程の美人よな。朕の妻にならぬか? 勿論のこと、正妻として迎えよう」


 帝の目が何処と無く熱い。

帝は突然現れた月の女神の化身のごとき女性に、一目見て惹かれてしまったのだ。

 まるで内側から輝いているかのような、しかして静謐な雰囲気を持った神秘的な女性。

加えて今は帝の前ということもあり、華々しく飾り立てられている。

 惚れぬという方が無理な話であった。


 しかしかぐやは。


「御断り致します」


 非常に美しい笑顔で、そう答えた。






 あれから二年。


 帝は相も変わらずかぐやに求婚し続け、かぐやは相も変わらず求婚を断り続けた。


「のう、かぐや。そろそろ諦めて朕の妻になれ」


「申し訳ございません、帝。その話はお受けできません」


 かぐやは何処までも頑なで、帝の言葉を意に介さない。

そしてかぐやは、時が経つ毎に暗く、陰鬱な表情を浮かべる様になっていった。


「朕の何が不満なのだ。我が妻となった暁には、金銀財宝その他何でも、そなたが欲しがるならばくれてやろう。今までよりもずっと安全で、幸せな生活を保証する」


 帝は何時でも真剣だった。

女に狂った男となることもなく、仕事は真剣に取り組み続け、多くの女性にとっての、理想の人物像で在り続けた。

だから何時の日か、かぐやが帝を慕う時が来ると信じて止まなかった。



「うるせえなぁ」



 一瞬、この場に相応しくない言葉が聞こえた気がして、帝はきょろきょろと周りを見回した。


「何ぞ? 今何か聞こえたか?」


「いいえ、何も。きっと空耳でございましょう」


 かぐやはにっこりと微笑んだ。

その微笑みはとても美しい物であったが、その目は強い光を放っていた。


 その強い光を帯びた目に、この可憐な女性はあくまでも戦士であるのだということを、帝は思い出させられた。

唯唯ただただその目に圧倒され、何か変なことを言ったのだろうかと少し疑問に思いながらも、コクコクと頷くことしか出来なかった。


 かぐやはそんな帝の様子を眺めながら、言った。


「私は少し疲れてしまったようです。これで失礼致します」


「待っ……」


 帝の引き留める声を尻目に、かぐやは悠々と部屋を去っていった。






「はあ、今日も帝はうざかったなぁ」


  自分の屋敷に帰ると、かぐやは先程までの楚楚(そそ)とした態度が嘘のように、床にばたんと倒れ込んだ。

 帝の言葉を思い出し、怒りに任せて足をばたつかせてみる。

 勿論此方がかぐやのである。


「もう五年が過ぎて、罰の期間も過ぎてんだよ。折角の残り少ない期間を、楽しんで過ごしたいってのに」


 かぐやは月の世界の人間だ。

しかし、月で犯した前代未聞の殺人事件によって、地球へ送られてしまった。


 月の世界は穢れも欲望もない世界だ。

だから、かぐやは異端視され、気味悪がられていた。

かぐやが起こした事件はまさしく大事件だった。


 本来ならば死刑ならぬ消滅刑に処されるところを、月の世界の王の娘、つまりお姫様だったことから、異例の地球送りという刑罰が下されたのだ。



「まあまあまあまあ、何て格好をしているの、かぐや? 淑女たるもの、何時でも何処でも美しく、淑やかであらねば」


 と、一人の女性が歩いてくる。


「うげぇっ、ヒス婆!」


「ヒス婆とは何だ! この糞ガキ!

……うー、ごほん。お婆様とお呼びなさいな、かぐや」


 いやいや、誤魔化せてないから、とかぐやは思いつつも、これ以上言うと大噴火が起こりそうなので、口を閉ざす。


「まったく、断らずに受け入れればよろしいのに。帝は素晴らしい人よ?」


「ヒス婆までそんなこと言うのか? 私の望みを知ってるだろ?」


 少しショックを受け、かぐやは下を向いた。

翁とこの嫗だけはかぐやのことを理解してくれていて、味方であると思っていた。


「ええ、操り甲斐のある、素晴らしい人ではないの。たらしこんで溺れさせれば、もっと楽しくなるでしょうに。

それと、ヒス婆と呼ぶんじゃなくってよ」


 だがそれは、無用の心配だったようだ。


「くろっ! くろいよ、ヒス婆!」


 かぐやも、さすがにそこまでは考えていない。

嫗は何処までもブラックだった。


「だからヒス婆と呼ぶんじゃないっ!!!」






「はぁ、月の世界かあ……」


 縁側に腰掛け、かぐやは月を見上げる。

月は黄色く、冴え冴えと輝いていた。


 ふと、優しく吹いてきた風から、何かの良い香りが漂ってくる。

何処か懐かしさを掻き立てられた。

昔よく嗅いでいた、安心する香り。


(あ~、何か気が緩むなあ)


 そう思いながらまばたきをした時、何かが、びちょん、とかぐやの手の甲に落ちた。


「ああ? 何だ?」


 雨が降っているのかといえば、空は相変わらず良い天気である。

勿論、鳥の糞という可能性も無さそうだ。


 ふとかぐやは気付いた。

自分の目が濡れている。

 かぐやは、さっと目に手を当てた。


「あ、あれ? 私は泣いているのか?」


 信じられない、とこぼす。

かぐやは自分がそれほど簡単に泣くような、弱い人間ではないとわかっていた。

 そして、少し考えて理解し、ため息を吐いた。

そう、この香りのせいだと。

 思い出した、この香りは───





「お母様っ、このご本読んでっ!」


「勿論よ、かぐや姫」


 あの時、私はお母様が大好きだった。

毎日毎日お母様に遊んでもらってた。

 本を読んでもらったり、おままごと、砂遊び、お絵描き……

色んなことを一緒にやった。


 確かあの時は、月の世界の姫に相応しい、心優しく無邪気な性格だった。

少々お転婆ではあったが。


「お母様、大好きっっ!!!」


「私も貴女が大好きよ」


 お母様が広げた腕の中に飛び込む。

お母様の、優しい匂い。

心が落ち着く、安心する香り。





 一体何時から、こんな風になっちゃったんだっけ。


 私は……

 そう、あの日初めて地球に行ったんだ。

地球は月の世界の人達にとって、様々な景色が見れる、観光名所だとされていた。

 勿論地球に住む人間は穢れているから、見つからないように姿を隠すマントを着けて。


 だけど、私にとってそのマントは鬱陶しいだけで……


 私は、何故そのマントを着けているかも理解せず、脱ぎ捨てた。

お母様に怒られたけど、キャーキャー言いながら逃げ回った。

それもちょっとした遊びのつもりだったんだ。


 物陰に隠れて、お母様が私を必死に探している姿を見ていた時、ふと後ろから男の子が現れた。


「そなた、誰?」


 何処か偉そうな子供だった。

後ろには一人、護衛らしい強そうな人がいる。

その護衛は何故か剣を鞘から出していたけれど、男の子に手で遮られていた。


「可愛いな、一緒に遊ぼう」


 その男の子はただそう言って、私の手をつかんで、引っ張った。

しかし私は、お母様と離れていることが急に恐ろしくなった。

そして、早く戻らなきゃ、と思った。


「ごめんなさい、私帰らないと」


 そう言って手を振りほどこうとしたら、その男の子は、さらに強く引っ張ってくる。


「朕の言うことは絶対なのだぞ?」


 何故そんなことを言われるのかわからない、といった表情で、男の子は言う。

 そうしているうちに、段々苛ついてきたのか、


「パース、その子を連れてこい」


 と言った。


「はっ、殿下の仰る通りに」


 パースと言うらしいその護衛は、私の腕をつかんだ。

まるで物を持つかのように、無造作につかんで、連れていこうとしたので、私は思わず悲鳴をあげた。


「痛い、離して!」


 と、その時。

向こう側から、お母様が走ってきているのが見えた。

その姿は、逃げていたのが本当に申し訳なく感じさせるほど、必死なものだった。

 そして、マントは走るのに邪魔だったのか、腕に抱えている。


「かぐやぁっ!」


「お母様!!」


 少しほっとして、つかまれていないもう片方の手を出した時、


 ザンッッ、と。


 鋭い音がして、赤色の液体が飛び散った。

最初は何が起きたのかよくわからなかったが、次第にじわじわと理解が追い付いてきた。


「うぅ……。か……ぐや……」


「あぁあ……ぁあ……」


 呆然として立ち尽くす。

お母様が、斬られた?

生きているの?

あの赤いのは、血だよね?

どうしてあんなに出ているの?


「この者は別に問題ないですよね、殿下?」


「ああ。その死体は、適切に処分しておけ」


 朧気な頭に、ぼんやりと二人の会話が入ってくる。


 死体?

 処分?


 あぁ、お母様は死んだのか。

あの男に、殺された。


「さあ、行───」


「あぁぁあぁああっっ!!!」


 私は無我夢中に叫んだ。

あの男を殺したい、と思った。

 男が何か言っているような気がしたが、構わずそこにあった(・・・・・・)刀を振った。


 私は決して運動神経が良いわけではなく、刀の扱いにも慣れていない。

しかし、男はまるで動けないように(・・・・・・・)突っ立っていた。


 ザンッッ、と。

先程と同じような音がなり、しかし私の心は正反対であった。


「あはっ、あはははははっ!」


 私は笑った。

人を斬る感覚はぞくっとした。

舞い散る鮮やかな赤色が、綺麗だった。

悲鳴をあげる男の顔が、何処までも美しかった。


「ひ、ひいぃぃっっ!」


 そこに、誰かの声が混じった。

見ると、殿下と呼ばれた男の子が、ふらふらしながら走って逃げていた。


 折角の感動が薄れてしまったことが残念で、殺そうかな、と思った。

 と、その時。


「姫様、いかがなさいましたか?!」


 空から、月の世界の人達が雲に乗ってやって来ていた。

その人達は、地球での月の力の発動を察知して、わざわざやって来たようだ。

 私は安心して気が抜けたのか、その場にへたりこんでしまった。


 その後は、素直に連れられて月の世界に戻り、お母様がいない、だけどそれ以外は何も変わらない生活に戻った。


 不思議なことに、私以外はお母様の死を悲しむものはいなかった。

それがなんだか許せなくて。

また、あの時からの殺人衝動が抑えられなくて。

私は人を避けるようになり、暗いと言われるようになった。


 そして十年、二十年が過ぎ、ある日私はその衝動を抑えられずに、人を殺した。






「───そうそれで、罰は地球送りだ、と言われたんだった。穢れに触れ続ければ、何時か嫌になるって。致命傷を避ける以上の月の力と、記憶の細かいところを封印されて」


 色々なことを思い出して、ほう、とかぐやはため息を吐く。

殺人衝動は弱くなるどころか、ますます強くなってしまっている。

あちらでは、またやっていけるのだろうか、と心配になるほどに。


「それにしても、あの時急に月の力が使えるようになったんだもんな。そうと気付いたとき、本当びっくりした」


 あの時は、武器を自分のところまで引き寄せ、相手を動けないようにした。

 月の力を使うのは少し大変らしいのだが、無意識に使えたのは王家の血筋故か。


「それにしても、あの時の殿下はもしかしなくても、今の陛下だよねぇ。どうしてくれようか」


 陛下に対しての怒りは別にない。

小さな頃からお坊っちゃんだった。

それだけのことだ。

 ただなんとなく、些細な悪戯を残していきたい、とかぐやは思った。


「ふふっ、そうだ!」






「ひ、ひいっ! また出た、首斬りのかぐや姫っ!」


「……89、90っと。あと10人だな」


 たくさんの兵士が悲鳴をあげて逃げ惑う中、かぐやは斬った首の数を数えていた。

そこには、人の首の山、山、山。

 何時もは斬ったらその場に置きっぱなしだったので、集めるのは意外に面倒であるようだ。


「今回は随分とやる気があるのう、かぐや? どうしたんじゃ?」


「ふふっ、別にー?」


 翁の問いに、かぐやは笑って誤魔化す。

帝への、最後の餞別だなどと、言えるわけがなかった。


「そうだ、翁への贈り物は何がいいかな。ヒス……嫗への贈り物も」


 二人は本当に良い人達であった。

かぐやを使って強い権力や、多大な富を得ることも出来たにも関わらず、しなかった。

かぐやの望みを理解していた。

 ずっと気の赴くままに、好きなだけ人を殺したい、という望みを。


(あぁ、離れたくない。翁にも、嫗にも、この世界にも。また罪を犯せば、永久追放とかならないかな)


 そんなことを考えながら戦っていると、いつの間にか斬った首の数が、100を越えていた。






 そして時はかぐやの帰還の日。

帝はかぐやを帰したくないのか、何十人もの兵を寄越して警護させた。

正直無駄なことであったので、これで帰れまい、とどや顔する帝は放っておいている。


(帝、私からの贈り物は気に入ってくれるかな。仕込みが、ばっちりうまくいってくれますように)



 そして空が眩く光り、かぐやのお迎えがやって来た。


 帝の寄越した兵達は、勿論のこと月の力によって動けなくされる。

 また、翁が是非試したいと言ってかぐやを館に閉じ込めたが、全ての鍵は外れ、全ての扉が全開になった。


 これで最後なんだから、とかぐやを抱きしめていた嫗をゆっくりとほどいて、外へ向かう。


「はぁ……。本当は、帰りたくなんて、ないんだけどな」


 たった一つの本音をこぼしながら。



 出迎えは豪華だった。

なんせ、王が直々に来ていたのだから。


「さあ、帰るぞ、かぐや姫」


「わかっております。お父様。ただ少しだけ、手紙を書く時間を頂けませんか」


 そう、すっかり忘れていた。

翁と嫗への贈り物はちゃんとやったのだが、帝に手紙を送るのを忘れていたのだ。


(これは大事な仕掛けの一部だから、書かなくちゃ)


 忘れていたのは、やっぱり、どうでもいい人だったからだろうか。


「拝啓

このようにたくさんの兵を頂いて、私を留めようとしましたが、それを許さない迎えが参りました。月の世界へ連れられてしまうことが、残念でなりません。貴方様の妻とならなかったのも、このような複雑な身の上であったからでございます。ご理解いただけないかもしれませんが。つれなくご承諾申し上げず、失礼な者だとお心に留められてしまったのが、心残りです」


 自分への気味悪さにかぐやは肌を擦り合わせ、最後にかきなぐる。


「なんて言うと思ったか!!! 帰る頃になって、お前を残念な奴だな、と思い出したよ。贈り物を受け取ってくれ。一緒に遊ぶ代わりにな、殿下?

                    敬具」


 笑いを堪えながら、そこにいた兵士に手紙を渡し、必ず帝に渡すように、と念を押す。


 そして、もう大丈夫です、と月の王の方へ近寄る。

最後にこの地球を懐かしみながら。


 かぐやが近付くのを見て、月の王は口を開いた。


「お前は以前、人を殺したい衝動があると言っていたな? もう大丈夫だ。お前がいない間に、天の羽衣という、心を消す服を作ったのだ。ほら、着なさい」


(心を、消す?)


 自分の父親が言っている言葉のあまりの恐ろしさに、かぐやは息を飲んだ。


(お父様は、この人は、自分の娘に言っている言葉の意味を、理解しているのだろうか?)


───もう、この人も殺してしまおうか。


 そう思った時、体がなんだか重くなり、


「頼む」


「はっ」


 後ろから声が聞こえたと思ったら、ふんわりと何かが肩に掛けられた。

 しまった、と思った時にはもう遅かった。






「あぁ、かぐやが行ってしまう……」


 嫗は、少しずつ離れていくかぐや達を見て、そうこぼす。


「かぐやぁっっ、いつまでも待ってるからのっ! また儂と一緒に、戦おうなぁ(・・・・・)っ!」


 翁は、かぐやに向けてそう叫んだ。


 そして、かぐやが乗った御輿は、雲の向こうに消えていった。






 それから何年か後のこと。


「かぐやは元気にやってますかねぇ」


 かぐやがいなくなって少し寂しくなった屋敷で、翁と嫗は話していた。


「まったく、あの子のお転婆には困ったものです。私に、精神安定剤なんて高価なものを渡して、何が言いたいのかしら? うふふっ」


 嫗の笑い声に何か怖いものを感じながら、翁もかぐやから貰ったものを見る。


「儂は素晴らしい刀を貰ってしまったのう。切れ味が良すぎて困る」


 翁はその刀を使って、戦で今まで以上に大活躍をしていた。


「それにしても、かぐやは一体帝に何を贈ったのじゃ? あの方は随分と怖がっておったが」


「それが聞いてくださいよ。かぐやったら、帝の寝室に生首を詰め込んだんですって。本当に、大胆なことをする子だこと」


「なるほどの。帝が部屋に閉じ籠ってしまって困っている、と大臣が愚痴をこぼしておったわ」


「あの子は……」


「そんな子だから、向こうでも元気にやっておるじゃろ」


 嫗の呆れた、という声に、翁はそう答えると、付け加えた。






「最後消える瞬間、嬉しそうに笑っておったしな」



  今はとて天の羽衣着る折ぞ

        君をあはれと思い出でける


 これは竹取物語の中に出てくる和歌です。

もしこの「あはれ」の和訳が「残念だ」の様な否定的な方だったら?

そう考えて妄想した作品です。


 ちなみにですが、一般的な「あはれ」の和訳は、「慕わしい」などと肯定的なものになります。

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