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20.静寂

 ふと、灯也は床の上に見慣れないケースが落ちているのを見つけた。拾い上げると、「練馬」の文字が見えた。明美のパスケースらしかった。

 もしかしたら、自分以外の誰かがここを使っている日に、明美がパスケースを忘れたと言ってこの部屋を訪ねてしまうかもしれない。すぐにパスケースを返さなければと、灯也は明美に渡した携帯電話を呼び出した。

「明美ちゃん、定期券忘れたよ。俺も今から出るんだけど、渡すから一瞬だけ合流しよう。下にいて。すぐ下りるから」

 明美は駅に向かっていたところだった。息を切らしながら携帯電話の灯也に答えた。

「あっ、コートのポケット…。ごめんなさい! すぐ戻ります」

 なんだか灯也の顔をもう一度見るのが苦しい気がする。唇は確かに触れた。今でも幻みたいな気がしている。そして、混乱している。でも、明日は学校だ。定期券を返してもらうのがずっと後になっては困る。

 明美はまた走って灯也のいるマンションへと戻った。灯也はまだ下りてきていなかった。明美は一生懸命、一般の通行人を装った。

「明美ちゃん!」

 灯也は、ひと気がないことを確かめてから明美に声を掛けた。明美は慌てて振り返り、灯也に駆け寄った。その瞬間、路地から車が曲がって、入ってきた。2人ともいくらか焦ったが、他人を装う暇はなかった。そのまま灯也から定期券を受け取った明美は、風のように走り去った。灯也も何食わぬ顔をして明美とは反対方向に歩き始めた。

 灯也を追い越して車が停車し、運転席から人が降りてきた。垣口里留だった。

「…灯也…」

 灯也は凍りついた。里留は灯也の焦りには気付かず、渋い顔で言った。

「おまえの家、駅の反対だろ。なんでこんなとこにいんの。あと、今の子はなんだよ」

「…とりあえず、車、乗せてくんない?」

 灯也は言いつくろう言葉を考えながら里留の車に乗り込んだ。定期券のやりとりをしていたくらい、どうにでもなるだろう。マンションにいるところを見られたわけじゃない。


 蓮井まどかは自分の車の中で呆然としていた。

 膨大な時間をかけて灯也の家をネットの裏情報で調べ、訪ねたが留守だった。待ってみたら、垣口里留が車で現れ、同じように灯也を訪ねて、不在だったので去っていった。まどかは慌てて自分の車で里留のあとを追った。里留が一方通行の道に入ったので戸惑ったが、バックで戻ってくるようだったので自分の車を道の脇に止め、車を降りて里留に声をかけた。そのまま自分の車に戻ると、気分が少し悪かったのでそのままじっとしていた。

 少し体調が回復して、帰ろうかと車のキーを回そうとした瞬間、少し先にあるビルから広瀬灯也らしき男性が出てきた。まさかと思ったら、年端も行かないような女の子が駆けてきて、何かを受け取った。隠れるようにすぐに二人は別々の方向に歩きだした。やや遠目ではあったが、男性の顔を見て、まどかは灯也だと確信した。

 隠れ家…と、まどかは思った。灯也が出てきたビルには、一部がウィークリーマンションになっていることがわかる目印がある。灯也の家ではないその一室で、さっきまでその少女と灯也がいっしょにいた――という気がした。

 灯也は絶対にまどかに自宅を教えようとしなかった。エリアすらも言わなかった。ということは、あの少女は、自分が恋人だったときよりも「親しい」ということなのか。

 また吐き気がした。ここしばらくは一時的におさまっていたのに…。

 写真集の撮影が来月も入っている。そろそろ終わるはずだったのだが…。

『納得できるショットが足りないんだ。いいものにしたいから、時間をもらえないかな』

 カメラマンの貝塚の声が響く。来月…。もう、どうするか決めなければならない。来月ならまだ間に合うかもしれないが、再来月はもう、撮影に応じるのは無理だろう。

(あの子は、いくつ? どう見たって高校生でしょ? 高校生だとしても、そんなに年はいってないくらい。1年生とか…。まだ全然若い…)

 若い、という言葉に反応するように吐き気がする。若い…芸能界から放り出されかけた自分。まだ全然若いのに…でも、でも、今の子に比べたらやっぱり若くなんかなくて…。

 車のにおいが気持ち悪い。一刻も早く車を降りたい。早く帰らなければ…。まどかはのろのろとアクセルを踏み、路地を出て国道に合流した。


「女の子と一緒にいたら何でもスキャンダルって思うのは、やめてくんないかな~」

 運転席で憮然とハンドルを握る里留に向かって、灯也は言った。里留が返事をしなかったので、灯也はそのまま助手席にじっとしていた。

「…中学生、か?」

 突然里留の口をついた言葉に、灯也はビクッとした。

「ずっと前、13歳は犯罪じゃない…って言ってたよな」

 里留は前方をじっと見ている。灯也は肩をすくめた。

「おせっかいなんだよな…里留は。そんな昔のこと、俺も忘れてたよ」

 灯也はごまかし通すつもりだった。里留はいささか真面目すぎる。そして、兄貴風をふかせすぎる。

「すれ違いざまに顔を見たよ。中学生…もしかしたら、最近の子は発育がいいから、小学生かもしれない。そういう歳にしか見えなかったけど?」

 ご名答、と灯也は思った。小学生は言いすぎだが…。でも、確かに明美は、中学生にしたって色気がなさすぎる。

「だから、そもそもそーいうんじゃないって。ウチの親の、知り合いの子だよ。断れなかったから、手帳にサインしてやっただけ」

 見られたのは受け渡しの一瞬だけだ。これで十分だろう。

 里留はまただいぶ黙ってから、言った。

「…おまえが、13歳は犯罪にならないって言ってたの覚えてなきゃ、そーいう風には見ねえよ、俺だって」

「じゃあ、ヌレギヌは晴れた?」

「大丈夫なのか、おまえ。ほんとに、あの子とそういう関係になろうとか…もうなったとか…そういうんじゃないのか?」

 灯也はくっくっと肩で笑った。

「そういう関係には、全然、なってません。…俺って、仲間に嘘つくのは嫌いじゃない?」

「…なら信用するけど…、疑われるような行動もするなよ。最近は記者だけじゃなくて、スマホやケータイで証拠写真撮る悪質な一般人も増えてるんだから…」

「そしたら、向こうの親と、俺の親に記者会見開いてもらうよ、サインもらいましたって」

 灯也は心の中で舌を出した。そういう関係にはなっていない…そう、今はまだ。里留の電話で水を差されたから。これから、きっとそうなるけれど…。

「そんなバカらしいことより、周は、どうなの」

 灯也は話題を切り替えた。

「それなりに覚悟はしてただろうけど…。でも、俺たちじゃまだ、親って、死ぬトシには見えないもんな。周の親だって年寄りじゃないだろうから、やっぱショックだろうな…」

「マネージャーは、いつ来るって?」

「事務所が式服作ってある、あれ、全員分手配してから車で来るって」

 二人は、これからしばらくの活動について話しながら周の実家へ向かった。


 クロック・ロックの小淵沢周の実母死去のニュースは、事務所と遺族からの要請を受けて、小さく小さく芸能面に載っただけだった。ラジオ「クロック・ロック-クロック」は、ナレーションで「2週間休み、しばらくは音楽を流すだけの番組に差しかわる」と伝えた。

 明美はぼんやりと部屋で時間だけ過ごしていた。学校は頭が痛いと言って休んだ。プラスの感情とマイナスの感情が時に反発し合い、時に打ち消し合って明美を翻弄した。

 許容量をはるかにオーバーする出来事はどこをどう掬ってみても形にならず、膨大な分量であふれ落ち続けた。喜びでもなく、悲しみでもなく…どんな感情で処理していいのかわからず、事実だけを反芻し続けた。

(灯也くんと、キス…しちゃった。どうしよう。いけないことなのかな。それとも嬉しいのかな。それより、どういうつもりなんだろう…。恋愛感情ってゼロなのかな? ゼロじゃないとしたら、やっぱり恋ってこと? …13歳相手に?)

 延々と疑問ばかりが流れ落ちてくる。何の答えも出ないままに、ただ灯也と触れた唇の感触を繰り返し再生する。

(…灯也くん、話がしたい…)

 自分一人ではどうしようもない感情。灯也の気持ちもわからないまま、早すぎるファーストキスを理解することなんてできない。

 メールは…出したとしたら、いつ見てもらえるだろう。それとも、誰か別の人が見てしまったら。灯也のも、自分のも。キスをしたなんて…誰にも知られたくない。知られるわけにいかない。

 でも、いてもたってもいられない。一言だけ、入れた。

『とても混乱しています。話がしたい…』


 硝子は軒田家の呼び鈴を押した。しばらくして、明美の母親の声がした。硝子は礼儀正しく名を名乗った。

「明美さんと同じクラスの大原硝子です。明美さんのお見舞いに来ました」

 間もなく玄関が開き、明美の母が硝子を招き入れ、明美の部屋へ案内した。階段を上る足音を聞きつけ、明美は慌ててベッドに潜った。

「明美、硝子ちゃんが来てくれたわよ」

 母親はそれだけ言うと下りていった。2人っきりになると、硝子はできるだけ優しい声で明美に言った。

「大丈夫なの? …みんな、心配してるよ?」

 本当は、みんなは、「学校やめちゃったりしてね」「最近態度悪いもんね」などと言っていた。けれど硝子はそれを諫めた。もしかしたら、深刻な事情…広瀬灯也と出会えたとか、そういう大事件に遭遇したせいかもしれない。とはいえ、建物に入っていく明美と車に乗った垣口里留を目にしただけだから、偶然同時に近い場所にその二人がいたというだけのことなのかもしれない。

 明美は、硝子と会話してこの現実世界を直視することが、灯也の唇の感触を消してしまいそうだと思った。この思い出には何も触れさせたくない。たとえ声だけであっても。

「ゴメン硝子、…本当に頭が痛いの」

「でも明美、月曜日は元気そうだったじゃない」

 硝子の声に、明美はしばし考え込んだ。月曜日は祝日だったし、火曜、水曜は学校を休んだ。一体、いつのことを言っているんだろう。

「大塚にいたよね、成人の日」

 硝子はできるだけ落ち着いた声音で言おうとしたが、明美の秘密をつかんだかもしれないという高揚した気分が声をうわずらせた。明美はその響きにいささか好ましくない雰囲気を感じ取った。「成人の日」「大塚」、そして不穏な声は、明美に危険を警告している。

 何を知られたんだろう…。明美は言い訳を必死で考えた。だが何も出てこず、結果的に黙秘となった。

「…明美、…クロック・ロックの人たちと、知り合いになったんだ」

 いささか先走った断定をして、硝子は明美を責めた。

「それで、灯也くんのこと本気で好きになって、ずっと態度がおかしかったんだよね」

 明美は布団をかぶったまま、心の中でずっと「どうしよう、灯也くん」と呼んでいた。いったい、いつ、どこで知られたのだろう。月曜日、外で一緒にいたのは、定期券を受け渡したときだ。そこを見られたとしか思えない。だが、なぜ硝子がいたのか…。

「…明美。私には本当のこと言ってよ。前に、私と夕飯食べるとかって嘘ついたのも、あれ、クロック・ロックの人と会ったりしてたの? …だって、それじゃなきゃ、明美も真面目だし、親に嘘とか、ありえないもんね」

 明美は、灯也くん、と心で唱えた。そして守らなければならないのは自分でなく、灯也だと思った。

「…硝子、ちがうの」

 蚊の鳴くような声で明美は言った。硝子は耳をそばだてた。

「…怪しいアイドルサイトとか使って、灯也くんの家、調べたの。月曜は、灯也くんに偶然…てゆうか、待ち伏せしてたんだから全然偶然じゃないけど、会えて…。もちろん、追い払われたんだけど、そしたら定期落としちゃって…そしてね、あのね、灯也くんが定期落としたよって。追っかけはやめてって言われて、…だからもうしない」

 明美はそこまで言ってから、まずいと気付いた。硝子にあのビルが灯也の家だとわかるようなことを言ってしまった。友達にメールや電話で教えてしまうかもしれない。

 明美は、その場で考えついた言い訳を付け加えた。

「それにね、灯也くん、もうすぐ引っ越すんだって。だからもう来るなって。次に入居する人に迷惑だからって、そんなこと言ってた。だから、もう、いるかどうかもわかんないし…私が勝手にね、ウロウロしてたの…」

 硝子は一瞬、それを信じかけた。だが明美のノートに「昼2時に大塚」と書いてあったことを思い出した。追っかけをしに行くのに、時刻が関係あるだろうか。誰か、別の追っかけ仲間と待ち合わせしていたような気配もない。

 だがノートをこっそり見たなんて言えない。硝子は途方に暮れた。もう、明美が何を考えているかまったくわからない。理解できない。元通りの友達に戻ることはあきらめたほうがいいかもしれない。もう3学期だ。クラスがえまで待てば、今のグループは解散だ。

「…わかったけど、明美…。追っかけとか、あんまり、良くないと思うよ。灯也くんに迷惑かけちゃだめだと思う」

 硝子は、つくろった「温かい声」をかけ、学校の配布物を置いて帰っていった。


 2月に入り、蓮井まどかは後がなくなっていた。灯也と連絡がつかない。だが、クロック・ロック全体がやや喪中のような状態になっていて、あまり情報が伝わってこない。まどかには時間がなかった。灯也の家はずっと不在だったし、時々記者がウロウロしたりして、とても近寄れる状態ではなかった。

 まどかはその日の仕事を何とか終え、マネージャーの車で自宅マンション付近まで帰ってきた。マネージャーはいつになく寡黙だったが、まどかもその方が有難かった。

「…まどかちゃん、明日さ、会社から重要な話があるんだよ」

 ずっと黙っていたマネージャーが口を開いた。人の良さだけが取り柄のマネージャーの横顔が、いつになく仕事人の表情をしていた。まどかは疲弊して、聞き流していた。

 マネージャーは続けた。

「僕は、挑戦してみるべきだと思う」

 何のことだろう、とまどかは思った。マネージャーは一呼吸おいてから続けた。

「貝塚さんがね、ヌードを入れたいって」

 まどかが意味を理解するより、次の言葉の方が早かった。

「今のまどかちゃんなら、ヌードで格を落としたりは、しないと思うよ」

 格は落ちないという言葉に、逆立ちそうだった神経が優しく凪いだ。まどかは黙って次の言葉を待つことができた。

「明日正式に話があるんだけど、…突然言われるより、今夜一晩考えてみる方がいいと思って。発売スケジュールはちょっと延びちゃうけど…、もう、この後しばらく写真集の企画は出ないんじゃないかな。今、内々にまたドラマの話の打診が来てるし…」

 ヌードという言葉がいやらしく感じられないのはこの男の特技だな…と、まどかはマネージャーの横顔を感じながらボンヤリ思っていた。ヌード写真…確かに、今が撮りどきなのかもしれない。今が最後の「若い体」なのかもしれないから…。

「まどかちゃん、…どうかな。十年後には絶対に今より体形崩れるよ。今を証明っていうか…綺麗な姿を証拠に残しておいたら、ずっとその写真集の中に若いまま残れるし…」

 若い…。なんて切ない響きなんだろう。綺麗…。なんて悲しい響きなんだろう。なんだかとてつもなく可笑しくなり、まどかは笑った。

「…最後のチャンスかもしれない、…確かにそうだよね」

 まどかの声が震えた。その声のまま、吐き出した。

「…妊娠してるの。もう、4か月に入ったの。おろすならおろさなきゃ。でも、今後芸能界でやっていけるかわかんない。結婚、しちゃった方が楽なのかもしれないって思って…」

 マネージャーは青天の霹靂にしばし言葉を失った。そして、真っ先に、

「相手は!」

 と訊いた。まどかはこの質問を向けられたいとずっと思っていた。でも、今はまだ答えられない。本人にまだ伝えていない…。

「まだ言えない。今、ちょっと事情で、連絡つかないの。本人と話したら、結論出す…」

 でも、灯也は他の女の子…しかも、ずっと若い女の子と会っていた。そう、若すぎるような女の子と。自分は、ほんの22歳でもう芸能界をお払い箱になりかかったのに。

 くやしい、とまどかは思った。

「まどかちゃん、それは…あまりに重大な問題だから…。おろすにしても、産むにしても、…スケジュールは絶対に今の通りには進められないじゃない。僕もうかつだった…」

 マネージャーはつらそうに絞り出した。まどかはやっと楽になり、優しい声になれた。

「ゴメンね。マネージャーがどんなに気をつけたって、プライベートの恋愛関係はどうにもならないもん。…迷惑かけちゃうけど…ゴメンね」

 まどかは、これが自分の芸能生命にとってどれだけ重大なことなのか、認識が甘かった。もし芸能界に残るなら堕胎すれば済むと思っていた。


 クロック・ロックは、周の田舎でゆっくりした時間を過ごしていた。これまで極力友達意識を強く持たないようにしてやってきたが、なぜかメンバー全員が、一緒にいたい気持ちに駆られていた。

「なんだか、今、…ある意味転換期なんだろうな、俺たち」

 周が庭を見ながら言った。

「織部もいなくなって…親がいつ死ぬかわからないような歳になって…。大人なのかな、俺たち。大人って何だろうな。でも、なんとなく何かに守られていたような時代は、本当にこれから…終わってくんだろうって感じる」

 一定のステイタスは築いた。ここまで上ると、次に上る道そのものがみつからない。かつてはプロになるのが次の目標で、売れるのが次の目標で、一年プロを続けられるのが目標で、武道館が目標で、ミリオン・セラーを出すのが目標で、球場を埋め尽くすのが目標で…次は、何だろう? どこに上れば、「上る」ことになるんだろう?

「次のプロデューサーでコケたら、俺たち、どうなるのかな?」

 周の言葉に誰もが黙っていた。織部といる間は右肩上がりだったが、自分たちの力ではなく、単に織部の力だったとしたら…。実力があってここまで来たと信じていたが、ふと、本当にそうだったのか疑問になる。プロデューサーがかわってダメになったアーティストを何組も知っている。

 織部は曲を作らない。だからクロックの音楽に変わりはない。だが、漠然とクロック・ロックという存在への不安を感じる…。全員がそんな気持ちでいた。だから、母親を喪った周と時間を共有していたかった。


 明美は2日休んだだけで、木曜から学校に行き始めた。行っても、明美は休み時間に自分の席を一切離れずぼうっとしていた。硝子は時々声をかけたが、おざなりな返答しか得られなかった。他の友達は「放っとこうよ」と一致団結していた。これは「仲間はずれ」じゃない。だって、明美が勝手に入ってこなくなったのだから。

 明美は中学校という環境に違和感を感じていた。勉強を繰り返す日々…13歳の会話…もう、自分はファーストキスを体験してしまったのに。そんなのは、高校生か、もっと上の年の話だと思っていたのに。自分だけ、この世界から切り離されてしまった…。

(ねえ、灯也くん、このキスは何なの? どういう意味なの? 私、自分で考えてもわかんないよ…訊かないと、わかんないよ…。答えてよ…。どういう意味なの…)

 訊かなければならない。灯也が抱いている気持ちがなんなのか。自分に何を求めているのか。もう、そばにいられればそれでいいなんて、何もわからないままの関係なんて、13歳の明美には続けられそうもなかった。

 灯也にとってはキスなんてキスにすぎなかった。明美にとってこれがどれだけ重くて苦しいことなのか、灯也には全く想像がついてなかった。

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