18.変化
マネージャーからの電話で灯也は目覚めた。
「大丈夫です、起きます」
そう答えながら携帯電話ごと居間に入ると、明美は帰った後らしく、すでに姿はなかった。見回すと、書き置きがあった。
『忙しいのに押し掛けて、ごめんなさい。でも、すごく楽しかった。ありがとう。
また連絡待ってます。 明美』
灯也はホッとした。抱きしめた言い訳は、「ありがとう」だけで十分だっただろうか。とりあえず、問題化することはなさそうだ。
しかし、「なぜ抱きしめたのか」ということについては、自分自身に対して何の言い訳もない。強いて言えば、「愛しかったから」になるのか…。でもそれは恋愛感情ではない。
転がり始めてしまった関係の行き着く先が気になる。無責任だけれど、とても客観的に、まるで野次馬のように、灯也は明美との微妙な関係の果てを見てみたいと思った。。
灯也は、30分後にここでなく自宅マンションに迎えに来るであろうマネージャーのために、急いで支度を始めた。
明美はあっさりと家に帰り着いた。両親は寝ているようだった。自分の部屋に飛び込むと、気味が悪いほど良くできた人の形のふくらみが明美のかわりに眠っていた。
「…ただいま…」
まるで自分が魂で、ここで本体が寝ているみたいな気がした。灯也の腕の感触が消えていきそうで、明美は自分の肩を掌で強く押さえた。
(抱きしめられた…)
大人の男なら、単なるファンの女の子を抱きしめたりするのだろうか。何度反芻しても飲み込めない。そして、何度噛んでもたまらなく甘くて心地よい。繰り返し、繰り返し思い出しては味わう。少しタバコのにおい、それとなんだか温かくて優しいにおいがした。タバコは…大嫌いだけれど、灯也のにおいなら特別。
まともな睡眠は全然とれていないのに、布団に入る気になれない。けれど何かをする気になれない。明美は夢のような現実に身を任せ、ただぼうっと朝の光を迎えていった。
1月、クロック・ロックの所属するプロダクションはプロデューサー会議を開いた。この春の異動に関して、残り3ヶ月で準備を整えるためのものだった。クロック・ロックを育てたプロデューサー、織部重信もその席についた。社長と、プロデュース部門の大御所である専務取締役が揃ってにらみをきかせていた。
次々にアーティストが取り上げられ、実績と評価が下され、方針が語られた。中程でクロック・ロックの番が来て、織部は姿勢を正した。マーケティング部を代表して列席している部長がプロジェクターの画面を繰り、説明を始めた。
「クロックについては、今年が正念場となるでしょう。売上げは伸びていますが、ファンクラブの人数の増加はほとんど見られなくなりました。ネット上の各サイトでファンのコメントにも微妙に変化が見られ、これまでの一方的な賛辞ばかりではなくなってきています。この傾向は、今年これから拡大していくと思われます」
社長がうなずいた。織部は暗い気持ちになった。
「クロックについて最近目立ってきた傾向として、男性ファンの増加があります。最近、ファンクラブの男女比が近づいてきたことは前回ご報告しました。男性ファンが『クロック・ロックの魅力』として挙げたのは、『曲の良さ』と並んで『演奏の良さ』となりました。ボーカルの広瀬灯也の歌は、その次の3位になります」
男性ファンは3割強が曲の良さを挙げ、3割弱が演奏の良さを挙げた。女性ファンは4割がメンバーのキャラクターやルックスなどの格好良さを挙げ、2割が灯也の歌声を挙げ、2割が曲の良さを挙げていた。
「クロックが広瀬灯也の顔と声だけでなく、音楽として一定の地位を築いてきたことを示していると思われます」
織部は内心で苦い顔をした。クロック・ロックは、元々音楽性が高いと思っている。芸能界からあっさりと消えないために、力をつける下地としてルックスやキャラクターを利用しただけだ。新人が一定のステイタスを得るためには、男にアピールするより女に媚びた方が断然早い。実力さえあれば、追って男性もついてくる。織部のその思惑はここでやっと功を奏してきた。けれど、皮肉なことにその成功を根拠にして今、織部はクロック・ロックを外されようとしている。
「そこで、広瀬君を外した3人についてもバンドとして売り出せるよう、来期を準備の年としていただきたいと思います。その内容については、竹井専務、お願いします」
マーケティング部長は厳かに席に戻り、専務の竹井が立った。竹井は、そもそも却下されるところだった大学生バンド「クロック-クロック」を独断で織部に一任した人物だ。織部にしてみれば恩がある人物であり、クロックの成績で恩は返したとはいえ、竹井にクロックを離れろと言われたらどうにも反論の余地はない。
竹井は軽く咳払いをして、織部の方を見ずに話し始めた。
「まず、織部君に、クロック・ロックを外れてもらいます。女性ファンは広瀬君への支持が大きい。…正直、僕は、広瀬君はあと2年売れてくれればいいと思っています。広瀬君の部分は、コアな女性ファンを今後どれだけ逃がさないでいられるか…という方面に専念したい。守りに入るという意味で、やはりここまでを支えてくれた織部君に広瀬君のソロの方を任せたい」
織部もその点に異論はない。音程は確かに取れているがどこか未完成な…そしてそれがパワーとなって人を引きつけるボーカルは、彼自身が大人になり、プロとして歌い慣れていくに従って力を失っていくだろう。けれど、ボーカルとしての実力が翳っても、灯也には、『それでも、なお』ついてくる女性ファンが必ずいる。
竹井の声が続く。
「むしろ、これから売りたいのは、クロック・ロックのあとの3人です。彼らは、いい音を持っている。全員が曲を書けるし、アレンジも上手い。作曲家、アレンジャー、さらには総合的な音楽プロデューサーとして是非育てたい。今は、ちゃんと音楽をやれる作曲家、音楽技術者難です。ウチで頑張ってくれる音楽スタッフをしっかり育ててキープしたい。この春からは少しずつクロック・ロックを『広瀬灯也&クロック・ロック』的な方向に持っていって、クロックを今のカラーから少しずつ離していってほしいと思ってます。…以上、これはあくまでも提案なので、諸君の忌憚ない意見を聞きたいところですね」
織部は、無理だとわかったうえで、あえて手を挙げた。
「クロック・ロックの演奏側の3人の実力は、私自身最初から高く買っています。私は、今専務がおっしゃったような内容を彼らのデビュー前から考えており、それなりの構想ももっていました。今、やっと道半ばで、考えたとおりの成果があがりつつある時点で外れろというのは大変、残念です。自分自身、クロックについては結果を出していると思うのですが…」
かつてクロックを自分に任せてくれた竹井の強権が、今回は織部の前に高い壁として立ちはだかっていた。
「織部君の実績は、勿論僕も認めてます。ただ…クロック・ロックに織部重信の名前がついて回っているのは、僕としては払拭したいんですよ。名プロデューサーおおいに結構、でも、クロックは君あっての存在…と世で囁かれているのは彼らのためにならない。誰がいてもいなくてもクロックはクロックだ、というステイタスを与えてやってくれないかなと…僕は、思っているわけです。…どうかな、織部君」
織部は黙って竹井の顔を見ていた。竹井が子どもをなだめるような口調で言った。
「君はあくまでもウチの社員だし、一会社員の名前が前に出ているのは良くないでしょ」
またひとつ、社長がうなずいた。他の連中は伏し目がちに黙っていた。
(そうじゃないんだ、クロック…「クロック-クロック」の3人は、音楽プロデューサー集団じゃなく、ボーカルを変えることで七色に変化する、無限の可能性があるバンドになるはずなんだ…。むしろボーカルがブースターで、広がっていくのは「クロック-クロック」のサウンドそのものなんだ)
織部はこの場で辞表を書き、フリーのプロデューサーとして独立してクロック…「クロック-クロック」を引き抜ければと心から思った。しかし、今の織部にはまだその力がなかった。
「…時期が来てクロック・ロックから私のカラーが抜けたら、その時はプロデューサー補としてでもいいですから…私を戻してください」
織部はできるだけ感情を押し殺して言った。そして、さらに感情を殺して続けた。
「専務のおっしゃることはもっともだと思いますが、私がクロックからすべて手を引く必要までは感じません。もちろん異動は了承します、いつか…それがあるいはクロックが終わりかけた時でもかまいませんので、いつか、また私にチャンスをください」
訴える織部に、竹井は大人の顔で言った。
「春からクロックを外れることは、じゃあ、了承してもらったということでいいですか。とにかく、一度離れてみるのもお互いのためにいいと思うし…ウチの事務所にクロックがいる限り、また機会は来るでしょうから」
織部は黙って座ったまま、自分を嘲笑していた。元々この会議が討論の場でなく「確認会」であることはわかっていた。
会議は予定調和からはみださない範囲内で終了した。
蓮井まどかは、移動の車の中でマネージャーから新しい仕事の話を聞いた。
「今クールは深夜が元気らしいね。バカバカしいものほどウケてるみたい。特に、お色気番組の『男の実現BOX』ってのが結構話題になってるみたいだよ」
「へー、そうなんですか」
まどかはまだ、それが自分に関係のある話だなんてちっとも思っていなかった。マネージャーは慎重にまどかの顔色を見ながら話を進めた。
「それでね、番組開始前からアンケートはとってあるんだって。で…その中にね」
まどかのマネージャーは、三十代後半で前髪がやや少なめ、眼鏡の似合う男性である。男としては物足りないが、可愛げがあって結構気の利く、有難いパートナーだ。まどかは6、7割くらいなら、マネージャーを信じている。
「君のヌード写真集がほしいと、そういうのが来ているらしいよ」
車の中には聞かれて困る人なんかいないのに、マネージャーは小声になった。
「私、脱がなくてももう大丈夫だし」
まどかは余裕でそう返した。マネージャーも慌てて、
「そりゃあ、そうだけど」
と当然のような口振りで応じた。
「でも、男の僕が言うとどうしても変な風に聞こえるかもしれないけど、一番綺麗なうちに綺麗な姿を残しておくっていうのも、ひとつ、道だと思ったんだよね。ホラ、むしろ、人気が落ちちゃうとみっともなくて脱げないじゃない。それに、二十代後半って、『美しい裸』っていう意味では、最後のチャンスだよ」
まどかはドキッとした。今のセリフはそのまま、かつて「脱ぐしかないのか」と落ち込んだときにまどか自身が考えたことだ。
「マネージャー、見たいの?」
ふてくされたような顔でまどかは言った。マネージャーは冷や汗を隠しながら答えた。
「…いや、それはね…見たくない男なんて、いないんじゃないかなあ。いや、だから積極的に脱げとか、そういうんじゃないけどね。でも、女の人っていう生き物はさ…宝物だから。男が脱ぐのと女が脱ぐのと、魅力も、感動も違うでしょ、あれは不思議じゃない?」
まどかはマネージャーに横目を走らせて、冷たく、
「興奮しすぎ」
と言った。時々こういう言葉を投げると、マネージャーはいつも慌てて謝る。まどかは、彼のそういうときの「ゴメンね」の響きがとても気に入っていた。
「…でも、男は多分、みんな…見たいよ」
マネージャーはいつものようには謝らなかった。まどかはその真剣な声にドキッとした。
マンションの裏で車を降り、まどかは自分の部屋へ帰りついた。やっときゅうくつな芸能人の服から逃れられる。とにかく、ストッキングというやつ、これが苦手だ。
ストッキングを脱ぎながら指が滑ってゆく自分の脚がとても綺麗だ。でも間近で見ると、ひびわれのように、細かい網目状に乾いている。こんな目立たないところから、すでに老化は始まっている。そういう自分に気付くたび、男性の芸能人がとてつもなくねたましくなる。男なんて、シワシワになって年を取っても二枚目でいられる。女優たちがどんなに美しく老いても、男ほどの価値はない。
ヌード写真集…それは、最近、そんなに悪いものじゃなくなった。若くて綺麗なうちに健康的に脱ぐと、それは、女が見ても実に輝かしく、美しい奇跡に見える。
5年後の自分は、芸能界にいるだろうか。
アンケートで自分の裸を見たいと答えた男性がいる。それは、実は、女としてとても光栄なことじゃないのか。そして、今を逃したらいけないんじゃないのか。栄養クリームのビンの口を開けて脚にすりこむ。もう、冬はクリームなしでは過ごせない。
三十代になっても、自分に、仕事は来るのだろうか。
でも、と思う。ヌード写真集を出したら、普通の会社には雇ってもらえなそうだ。清純派のまま消えれば、もしかしたら、ただのOLとして生きることも、自分にはできるんじゃないだろうか…。
でも、OLって何ができればなれるのだろうか。パソコンは…ネットくらいは見られるけれど…彼女たちは、パソコンで一体何をして働いているのだろうか…。わからない。もしかして、OLになれる年齢も過ぎているんじゃないのか。大学に行っていない22歳は、世間ではどういう存在なんだろう。
ダメだった時のことも考えなければならない。誰かと結婚して芸能界を去るのがいいのだろうか…。
そして自分が恋愛からも遠ざかっていることに気付く。広瀬灯也以降、特別な男性はいなかった。これから恋を始めて電撃的に結婚したところで、あっさり離婚してまた同じ悩みに苛まれるだけのような気がした。
(デキちゃった結婚って、いい制度よね。英語では「ショットガン・ウェディング」っていうらしいけど…ほんとそうよね。おなかの中に相手のDNAを人質にとって、ホールドアップ…)
出来ちゃった結婚…可能性があるとしたら、広瀬灯也だけだ。でもあの日は大丈夫だったはず。今思うと、危険な日でも良かったような気がする。
(…女としては、広瀬灯也を勝ち取ったらやっぱ…かなり大成功の部類だろうな…)
ショットガン・ウェディング。どうしようもなくなったら、広瀬灯也をまた部屋に泊めよう。携帯電話の番号は消してしまったけれど…でも、手段はきっとある。「一晩だけ」と誘ったら、灯也は断らないだろう。元々、そういう方面のお楽しみが好きな人だ。女の身体は武器だ。
けれど、自分の身体が「武器」でいられるのはいつまでなんだろう…。
結局また、まどかはその不安に戻ってきてしまった。ヌード写真集のこと、それから、マネージャーの「みんな見たいよ」の声が頭を離れなかった。
織部はクロック・ロックの担当を外れることが正式に決まったと4人に言った。
「ありがとうございました。…でも、裏プロデューサー、やってくださいよ」
里留が握手を求め、織部は4人と次々に握手をした。
「…まあ、結局、サラリーマンだからな。フリーのプロデューサーなら、ずっとついていられたかもしれないけど…」
えもいわれぬ淋しさが流れそうになり、灯也がそれを嫌った。
「じゃあ俺のライブにクロックが飛び入りすればいいんですよ。その都度何かやりましょうよ。織部さんのやりたいこと」
孝司も、周も次々に言った。
「ファンクラブイベントのライブなんかは結構自由にやらせてもらえるし…」
「俺たちでポケットマネーから織部さんに時給出すから、黒幕でやってけばいいですよ」
織部は切り返した。
「でもその時給で、打ち上げはオゴらされるんだろ?」
5人は笑った。ここにはえもいわれぬ連帯感があった。織部はそれを肌で感じ、あらためて、だからこそ事務所は自分を外すのかもしれないと思った。
素晴らしい才能との出会い…それは仕事が与えてくれたハッピーなチャンスだ。そして、いいことも仕事なら、嫌なことも仕事だ。
『去年は私にとって本当に素晴らしい年でした。今でも、こうやってメールをうっていることが奇跡みたい。でも、奇跡は奇跡だと思って、当たり前だとカンチガイしないように心がけるから、ずっとファンでいさせてね。
なんだか、ネットで、プロデューサーの人が変わるって話が流れているけど、もう発表になったのかな。私はあんまりプロデューサーの人なんて気にしたことはなかったけど、けっこうすごい騒ぎになってて、ビッグな人なんだね。ネットでみんなその織部さんて人のことほめまくってて、クロック・ロックのファンなのにこんなに重要な人のこと知らなかったなんて、ショックだった。
でもそんな人がいなくなっちゃうなんて、クロック・ロックは大丈夫なの? そりゃあ、灯也くんの歌も、皆さんの曲とかもすばらしいけど、なんかクロックがすごく変わっちゃうみたいなことがネットに書かれてて、不安になっちゃった。
それでも、私は最後の最後まで灯也くんのファンだし、何があってもずっとついてくから、別に何かが変わっても何も怖くないけど。灯也くんにこんな風に個人的に会えなくなっても、もしもクロック・ロックが解散しちゃっても、私はずっと灯也くんのファンです』
『織部のこと、ネットに流れてるんだ。会社の人事異動だし、会議で決定したといっても手続き上はまだ内定の段階なんだけどな。ネットってなんでも流れるね。本当のことも、ウソもいろいろ。俺も、今現在ネット上では5人くらいとつきあってる勘定になるんだよね。でも全部ウソです。明美ちゃんはあんまりネットとか、見ない方がいいよ。
俺も時々クロックや自分がどんな風に書かれてるかチェックしちゃうことがあるけど、つまらない悪意が多くて嫌になっちゃう。音楽を聴いて真っ正面から批判するならともかく、死ねとか、ウザいとか、不細工とか、ホントに実のない中傷が多いよね。
ネットでは藤井祥吾とMOMOのユキちゃんがつきあってるっていうのがすでに事実みたいになってるけど、あれはホントじゃないよ。俺、藤井がつき合ってる子、本人から聞いてるし。俺は藤井とは結構仲いいです。だからあのユキちゃんの話は違うって言いたくてウズウズします。じゃあ誰だって言われるから黙ってるけど。本人も結構うんざりしてるらしいんだよね。中高生とかから「別れて」って手紙が来るんだって。
長くなっちゃいました。また時間作るから、会おうよ。明美ちゃんにはもう家もバレちゃったし、こそこそ外で会うよりは、家でまったり会いたいな。また電話します。今は正月休みのツケで忙しいけど、ちょっとなら時間がとれると思うから。それじゃあ、また。 広瀬灯也』
明美は「家で会おう」と書かれていたことにドキドキした。また抱きしめられたら、恋がはじまったら…そう思うといてもたってもいられない。
灯也は自分の感情を計りかねていた。自分の中でたくさんの計算が繰り返され、明美を呼び込む罠を作っていることには違いない。でも、明美をただの犠牲者とするのに抵抗があった。昔は自分にも「大人は汚ない」とか「大人は信用できない」とか思って、綺麗ごとばかり考えている時期があった。結局はこうして「汚ない大人」になってしまった自分を味わうのは空しい。
(変な愛着とか、憐憫の情とか育つより前に、食べちゃった方がいいのかな?)
明美を追って、おかしな世界に踏み込んでしまったことに灯也は気が付いた。自分の中にある2つの振り子。ドライで欲深くて、明美に対して極めて男性的な興味しかない自分。そしてその反対側にあるのが年下の女の子を慈しみ、若さという清さを懐しむ自分。2つの振り子は自分の中で、入れ違いになりながらふらふらと振れている。
時にはそれがまだるっこしくて、目的を果たして早く捨てようという気にもなる。だが、疑似恋愛としてはあきらめて、ずっと一定の距離をおいて関わりを続けたいという気にもなる。中学生の女の子。騙すには清すぎて、愛するには希薄すぎて。汚すのは怖いけれど、手放すのは惜しい気がする。振れる、振れる振り子。
ふと、メロディが浮かんだ。灯也は曲を書いたことがなかったが、自分の中で振れている振り子に不思議な音を聞き取り、思わずそれを書き取った。いつも詞になる前の言葉の切れ端を書いている真っ白なノートに乱暴な五線を書きなぐり、灯也は初めて曲を書いた。