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12.友人関係

 灯也の声の調子が戻り、里留は満足した。灯也はその顔色を敏感に読み、

「おかげさまで」

 と渋い顔をした。

「いえ、いえ。自分のメシの種だからね」

 里留は謙遜した。灯也は里留をにらんで、

「そーいう態度されると、気分が乗らない」

 と言った。うかつに突っ込むと、灯也がますますヘソを曲げる。里留は話題を変えようとして、灯也に報告しそびれていたことを思い出した。

「…そんなことより、実は、まだ内々の話なんだけど…」

 里留は重々しく口を開いた。楽しい話ではない。

「織部が、クロックを外れる」

 里留は灯也の顔を見ずに言った。灯也ははじかれたように里留の顔を見た。

「どういうこと」

「春からは、新人の売り出しに入るらしい。俺らは、今のままで十分やっていけるだろうって事務所の判断だろ」

 灯也の調子を崩したくはない。まるでいいことであるかのように里留は言った。本当は、クロック・ロックより他のアーティストに手をかけたいのだろう。でも、それは灯也には関係ないことだ。

「じゃあ、その後のプロデューサーは…」

「誰か、来るってさ」

「おまえじゃないの」

 里留自身もそう思っていた。灯也もそう思っていてくれたことが嬉しくて、それがいっそう里留の悔しさをあおった。

「来たって、どうせお飾りだろ。織部が、裏で力になるって言ってるし」

「…おまえじゃないの」

 灯也は繰り返した。困ったように笑って、里留は感情をごまかし、慌てて言葉を継いだ。

「でも、おまえのソロは織部が残るよ。おまえはクロック本体よりキャリアが浅いしな」

「なんだ、…途中交代なんて、考えもしなかった…」

 灯也は明らかにガッカリしていた。里留は、灯也が織部のことをどの程度好意的に見ているのかわかっていなかったが、思っていた以上に信頼していたのだなと思った。

 里留はシンガーとしての灯也の才能が好きだが、「クロック-クロック」だった頃の、インストゥルメンタルバンドとしての夢や理想、それはまだまだ強く胸に残している。ただ、今は…まだ灯也の歌をやっていたい。

(今は…ってことは、俺はやっぱり、クロック・ロック解散後を考えてるのかな…)

 クロック・ロックのアルバムに入れたインストゥルメンタルは「クロック-クロック」の音楽じゃない。あの頃の曲は封印している。そして「クロック・ロック」で広瀬灯也に歌わせる曲とは別に、自分のやりたいインストゥルメンタルの曲はずっと作り続けている。

 今の「クロック・ロック」は自分にとって、ある種の「ステップ」に過ぎないのだろう。多分、それがあるから広瀬灯也にわだかまりをもたずにいられる。次がある、だから今はこれでいい。

 クロック・ロックが解散したら、広瀬灯也はソロで残るだろう。そうしたら、「クロック-クロック」がやっと復活する。もう十分芸能界での地位は築いた。誰もが耳を傾けてくれる。そして…新しい驚嘆と賞賛…。そんなのは夢だろうか?

 いや、多分、現実になるだろう。それは広瀬灯也が開いてくれた道だ。デビューできなかったクロック-クロック、最後の壁が越えられなかったクロック-クロック――でも、今はもう、壁のこっち側にいる。聴いてくれる人はたくさんいる。

 里留は沈んだ表情の灯也の背中を叩き、明るく言った。

「灯也、もう、親離れしろってことだよ。認められたんだって思おうぜ。成長、成長」

「ちぇ、俺のソロは織部離れさせてもらえないんじゃ、喜べねーよ」

 灯也は里留の心境を思って大げさにむくれてみせた。

 そんな里留と灯也のやりとりを見ながら、青森孝司と小淵沢周は自分の道具を手入れしていた。

「里留ってさ、灯也のこと好きなんだよねー」

 孝司は単調な抑揚でつぶやいた。周は眼鏡を外し、汗をぬぐった。

「おまえは嫌いなの?」

 周はそう言いながら眼鏡をかけ直した。視力は0.6ある。レンズの薄いこの眼鏡は、クロック-クロック時代からキャラクターを立てるためにかけている。目を上げると、孝司が答えた。

「いや、純粋に、いてくれてよかったと思ってるよ。好きとかどうとかじゃなくて、結局、灯也がいてココまで来られたんだからさ。――ホラ、友達ってほど親しいわけじゃないじゃない? いい仲間と、友達って違うから、嫌いになる理由がない」

 孝司は愛用のドラムスティックに視線を落とし、静かに笑った。

「多分3人とも、灯也に対して持ってる感情って、一緒だよね」

 周は答えなかった。孝司は抑揚のない低い声で続けた。

「多分まだ、クロック-クロックって生きてるんだと思う。でも、いいよね、灯也がいる風景って。俺はまだ、これでいいと思うんだ」

 周はやっぱり答えなかった。うなずくわけにもいかなかった。「クロック・ロック」は4人であって、3人と1人であってはいけなかった。


 硝子は明美を心配していた。少したてば明美が灯也への「恋」を非現実的だと気付くと思っていたのに、仲間うちで、明美は浮いたままだ。「明美って最近なんなの?」なんて声も友人のうちで出始めている。でも、それはもちろん明美本人には言われないし、明美を仲間外れにもしない。「いじめ」をやるような連中と自分たちは違う。「いじめをする人って、低俗だよね」――だから態度は変えない。でも…。

「明美、話、全然聞いてないじゃん。なんで、いるの」

 仲間たちが明美のいない場で言い合う不満を、硝子自身もそう思っている。でも、彼氏がいるんじゃないか、なんて明美を疑ったことが後ろめたかった。まだ中学1年生なのに「変なこと」を考えたのは自分の方だ。無性に恥ずかしい。それを忘れたければ、「みんなから頼りにされる女の子」として明美のことを心配するのがいい。

 休み時間、硝子は明美に声をかけた。

「明美、今度の土曜、ヒマ?」

「え、…ヒマ…だと思う」

 明美は少し返事を躊躇した。

(灯也くん、いつ呼んでくれるかな…。でも、今週の土曜はないよね。さすがに)

 硝子は明美の態度をいぶかった。でも、疑ったらダメだ。自分は明美を守ってあげる立場にある。

「あのさ、2人で、買い物行こうよ」

 硝子は明るく言った。明美は小首をかしげ、

「…あ、2人?」

 と言った。最近自分がなんとなく浮いているのは感じていて、だから儀礼的な形で仲間たちと全員一緒のことにしか誘われないと思っていた。それに、仲間うちの特定の誰かとだけ特別に仲がよくなるというのはタブーだ。

 でも硝子だけは少し違う。硝子はみんなの中心にいる。誰かに声をかけたとなったら、次は、別の誰かにも声をかけるだろう。きっと、みんなに平等に。硝子だけは、一人一人と別々に一緒でも、なんとなく「大丈夫」な感じがする。一体何が「大丈夫」なのかはわからないけれど。

「たまにはさ、いいじゃん。人数多いとウロウロとかしにくいし」

「うん、…楽しみ」

 よかった、と明美は思った。友人たちの輪から外れるのは本意ではない。ただ、会話についていけないだけだ。それに、自分の秘密が大きすぎて、うかつなことを言ってしまうのが怖かった。…いや、どっちかというと、全部しゃべってしまいたい自分が怖かった。

 硝子が声をかけてくれた。心配してくれているのかもしれない。硝子らしい優しさに、明美は素直に感謝した。

 夜、灯也からのメールが入っていた。さすがに「今週の土曜」という誘いではなかった。明美は安堵した。硝子の誘いは救いの蜘蛛の糸だ。でも、もし灯也から「土曜」と言われていたら、自分はその蜘蛛の糸を切って灯也を優先しただろう。

『返事が来て本当にホッとしてます。「灯也くん」て書いてくれたのも、すごくホッとした。12月アタマに出るミニアルバムのプロモーションでしばらく忙しいんだけど、4日の木曜日、周が私用で休み取った関係で全員オフになったよ。昼はちょっと俺も用事があるんだけど、夕方から時間がとれると思う。会える? それとも、夕飯だからダメかな。無理はさせたくないけど、本当は、ちょっとでいいから無理してほしい。図々しいかな。

 会ってもらえなかったら困るから、自分勝手はこのくらいにします。でも、早く会いたい。  広瀬灯也』

「会いたい…」

 明美は胸の痛みをぎゅっと押さえつけてつぶやいた。

「会いたいなんて…」

 これを恋じゃないなんて、誰にも言う権利はないと思った。

「会いたい」だけじゃない。「早く会いたい」と灯也は書いてきた。「早く会いたい」は、恋人同士の言葉だと思う。

(今会いたい。一刻も早く会いたい。…早く会いたいっていうのは、それは…)

 もう、明美の胸の中に、反論を繰り返すもう一人の自分はいなかった。

(灯也くんと私…運命なのかな。生まれる前から、決まっていて…そして、例えば、私が生まれてくるのが遅れてしまってちょっと歳は開いちゃったけど…)

 もう悩んでも仕方ない。自分は広瀬灯也を好きだ。恋愛感情として、本気で好きだ。その気持ちに迷いはない。でも自分から気持ちを伝えるなんてできるはずがない。ずっとずっと年下だし、それに女の子だ。主導権は男の方がもつものに決まっている。「積極的な女の子なんて、はしたない」、それは、友人一同、一致した意見。

 だから、明美は灯也を待つことしかできない。ある日、恋の始まりを告げられる時を…。


 土曜日、明美は硝子と待ち合わせて、当てのないショッピングの旅に出た。

「こっちのモールは安い店多いからいいよね。あっちのショッピングビルの店って、露出とか多いのが多くてやだよね」

 硝子は明美の半歩前を歩きながら意気揚々と言った。明美も一生懸命、

「そうだよね、なんかあちこち出してる服とか、だらしなくてヤだよね。もうすぐ冬なのに、そういうのばっかりなんだもん」

 と主張した。

「露出は少なくても、ストリート系のだらだらした服は不真面目そうでイヤだよね。それになんか店ごとの違いとか年々なくなって、同じような店ばっかりになった気がする」

 硝子は評論してみせた。だが、小学生の頃は親が買ってくる服を着ていただけで、中学生になってやっと自分で服を買えるようになっただけだ。明美は、友達に誘われてやっと自分で服を買うことを覚えた程度。二人とも、せいぜい「知ったようなこと」を言っているだけで、何の知識にも裏打ちされていなかった。

「今、『売れセン』ばっかで、自分に合った服とか探しにくいよね。個性がないよね」

 明美も同調してみせた。二人とも、大した「評論家」さんだった。

 2人とも、財布の中には1万円札が2枚入っていた。1枚は自分の貯金を下ろした。1枚は親から軍資金としてもらった。大金だった。

「4900円の服は勇気いるよね」

「そうだよね、それだけで5000円なくなると思うとね」

「ワンピースだったら4900円出せるかな」

「そうだよね。ほかは、がんばっても3900円が限度だよね」

 硝子はモノトーンの、格好いい雰囲気の服が好きだ。明美はパステルカラーが好きなのだが、秋から冬になるこの季節、そういう色は残念ながらあまり使えない。

「硝子はモノトーンだから季節選ばなくていいよね。私、春物と秋物、別々に持ってるから、すごく無駄なんだー」

「明美も黒とか、着てみたら?」

「うーん、でも、髪が多いから、黒と黒で、重くなるし…」

「私も黒と黒だけど、自分でおかしいと思わないよ」

「硝子は、髪、すごくすっきりしてるもん。私は、なんか重いから…」

「美容院、かえてみなよ」

 2人とも髪は染めていない。学校が禁止しているわけではない。でも「中学生から髪染めてる人とか、化粧してる人とか、おかしいよね」…そういう見解で一致している。「だって、義務教育って国のお金じゃん。そういう立場で、親からもらった小遣いで、親にもらった自分の身体の一部を変更するとかって、おかしいよ」…。

 髪を染めること、化粧をすること、ピアスを開けること、それと整形手術がその「おかしい」に該当する。一方で、服に凝ることは彼女たちにとって「でもやっぱ、おしゃれは必要だよね」ということになる。

 友人たちとニュースや世相について話をしていると、だんだんそういうルールができあがっていく。彼女たちなりの判断で、納得いく形でできあがったルール。ブランドものは中学生にふさわしくないし、ブランドに飛びつく人はバカ…そういうのも、会話の中でできあがったルール。クロック・ロックのファンも、「追っかけ」のレベルになると不可。仲間外れは「ガキのいじめ」だし、いじめは「低俗」。勉強ができない人は「やる気がない」、でも体育が苦手な人は「才能だから、仕方ない」。

 中学生の女の子たちはたくさんのルールを抱えている。それは不文律で、外からその内容を確認する手段はない。仲間うちの会話で果てしない種類のルールが形成され、維持される。ルール同士で矛盾する部分はそれなりに理屈をつける。彼女たちの中で、ルールはきちんとスジが通っている。

「親が髪染めさせる人とか、信じらんないよね」

「ホントだよね。髪が傷むとか、思わないのかな。子どもの健康より見てくれが大事っていう親、おかしいよね」

 過剰なダイエットもおかしい。でも、スタイルは気になる。中学生はダイエットをすべきじゃないし、足りない栄養をサプリメントで採るのはおかしいと思う。でも、油の摂取には気を遣っている。誰かの家で友達と集まって「お茶会」をするとき、買ってきてはいけないもの…ポテトチップ、揚げせん、チョコレート。砂糖も控えないといけないから、買ってくる飲み物もお茶中心。あとは、ダイエットコーラとか、100%ジュースとか。でも、100%ジュースも果糖が多いから、ほどほどに。これも誰かがきちんとまとめたことじゃない。みんなが、会話の中からそれを「決まりごと」だと認識してできあがった共通認識。この認識を無言で理解できなければ「空気が読めない」ことになる。

 硝子はスカートとシャツを1枚ずつ、それからジーパンを1本買った。明美は、この前背伸びして読んだ二十代女性向けのファッション雑誌に載っていたデザインを思い出し、似たシルエットのワンピースを買った。

「明美、大人~。たまにはそういうの、カッコいいじゃん」

「そう? 上に歳ごまかしてるみたいで変かな?」

「中学生っぽくはないかも。でも似合うよ」

 厚手の紺の生地で、腰の位置が少し低めにデザインされている。スカートがタイトで、それが明美には珍しい。明美はフレアースカートが好きで、大半そればっかりだった。

「スカート短い?」

「うーん、デザインがこういうのだから、これで普通じゃないのかなあ。明美、脚細いから短くても全然似合うよ。でも、靴が変。足元だけ中学生じゃん」

「そっか」

 すぐに靴売り場に駆け込み、靴を物色した。

「どういうのだといいんだろう」

「いつもと路線違うの買っちゃったから…どんなのがいいのかなあ…」

 結局、買った服を引っ張り出して、店員に相談した。

「かっちりしたカジュアルだから、オーソドックスな黒のショートブーツはどう? これは先が丸いから結構かわいいよ」

 靴を試着し、服を当ててみると、確かにうまく合っていた。明美は清水の舞台から飛び降りる気分で12800円もするその靴を買った。

「お茶するお金がなくなっちゃったよ」

「喫茶店じゃなくてチェーンのどっかのコーヒー屋でいいじゃん」

 2人で大きな紙袋をぶら下げて大手チェーンのコーヒー店に入った。レジで、明美が前に、硝子が後ろに並んだ。

「カフェモカの、小さいの下さい」

 明美が財布を開くのを、硝子は後ろから何気なく見ていた。

(可愛い財布じゃん)

 思った瞬間、ブランドのマークが見えた。硝子は目を疑ったが、とても有名なそのブランドのマークは、間違いようがなかった。

 席が埋まっていたので外のテーブルに行こうかと思ったら、ちょうど女子高生の2人組が出ていった。2人はダッシュでその席を確保した。

「明美、財布、ブランドじゃん」

 硝子は早速指摘した。別に、非難するわけじゃない。それを言うなら、硝子が部活で使っているタオルには大半、ブランドのマークが入っている。お中元やお歳暮で届く新しいタオルを親にもらって使っているから好き嫌いは関係ない。そういうこともある以上、ブランド品を持っているだけで眉をひそめるわけじゃないけれど、ただ…いつも使うもので、好みが大きく反映されがちな「財布」というアイテムがブランドだったのは意外だった。

 明美はギクッとしたが、すぐに、

「ああ、親にもらったから。でも、偽物だよ」

 と笑顔になった。硝子は、そのリアクションにどことなく違和感をおぼえた。

「そーなんだ。でも似合ってるね、明美っぽいよね。パステル好きじゃん」

「うん、親だからね、私の好きな色とか、知ってるし」

 明美はつくり笑顔を崩さずに言った。硝子は疑問を感じた。

(親なら、明美がブランド嫌いなの、知ってない?)

 多分、自分の親なら、普段の会話から趣味を察して、プレゼントにはブランドものも、そしてブランドの偽物も買ってこないだろう。追及するほどのことではないが、違和感はいろいろとあった。

(それに、ブランド品嫌いで、ブランドの財布持ってて、そこをツッコまれたら、ああいう笑顔で話はしないよね)

 自分なら苦笑しながら「仕方なく使ってる」と言うだろう。多分、以前の明美だったら「親からもらったから…」と控えめに言って、えもいわれぬ顔をするだろう。

 やっぱり明美は何か変わり始めているのかもしれない、そう硝子は思った。もう、自分たちの仲間でいるには価値観が違ってしまったのかもしれない。本当は、髪も普通に茶色くして、ちょっとしたブランドくらい持ちたいのかもしれない。ただ、今更引っ込みがつかないから仲間に加わっているだけ…。

 コーヒーを飲んでなんでもない話をしながら、硝子は頭の中で指を折った。12、1、2、3…あと4ヶ月。そうしたらクラス替えだ。クラス替えでみんながバラバラになれば、明美の新しい価値観に合わせた友達ができるだろう。でも、それまでの4ヶ月は、この自分たちの仲間で面倒を見なければならない。

 野暮ったい重い髪型をして、フレアースカートをはいて、白い靴下にカントリー風の靴を履いて、1000円くらいで買ったピンクのビニールの財布を使っている明美とは、明らかに何かが変わった。紺のタイトのワンピースを着て、1万円以上もするショートブーツを履いて、ブランドの財布(明美は偽物と言ったが、本物か偽物かということは、アンチブランド派にとって大した違いはない)を身につけている明美は、多分、今まで仲良くしてきた明美ではない。

 硝子は正直に訊いてみた。

「明美、あのさ、…好きな人、灯也くんって言ってたじゃん。あれホント? ほかに、どこかに好きな人ができて、それを私とかに言えなくてごまかしてない?」

 明美はうつむいて淋しく微笑した。友達に壁を作らなければならない。本当のことは言えない。でも…それが誇らしい。

「ホントにごまかしてないよ。灯也くんが好きだよ」

「人に言えない相手とか…ホラ、先生とかさ。…黙ってたいのはわかるけど、アンタこのごろ、絶対変だよ。精神衛生上よくないよ。私にだけは、教えてよ」

 明美は硝子の言下の傲慢さを少し感じ取り、苦い気分になった。

(そうなんだよね、硝子ってなんか親分気取りっていうか、私は友人の中でも一人だけ特別、みたいな感覚でいるんだよね…)

 でも、硝子が仕切っているせいで、多分仲間うちのトラブルは格段に少ない。クロック・ロックのラジオ録音を失敗したときも、硝子のお陰で円満解決された。

(だからって、一人だけ、人の秘密を知る権利があるわけじゃないと思うよ)

 明美は心でそう宣言して、少し迷って、困ったようにうなってから、ハッキリした口調で言った。

「私、ホントに、灯也くんといつかうまくいく方法がないかって、そのくらい考えてるから。灯也くん、30までは絶対結婚しないって言ってたし。それまでに出会ってさえいれば、可能性は絶対あるから。クロック・ロックがその頃解散してても、灯也くんが芸能界にいなくても、私は灯也くんを絶対追いかける。…でも、そういうの、バカって言われると思ってるの。だから黙ってるの」

 硝子は明美の返答に驚いて、しばらく言葉を継げなかった。明美は強い意志に支えられてその場に座っていた。だって、もう出会っている。今見せてくれている不思議な好意が本当に恋愛に育つこともあるはずだ。

「そっか、そうだよね、明美、私は応援するね」

 硝子は真剣に言った。明美の気持ちはちょっとだけ、わからなくもなかった。

 明美は硝子に「ありがとう」と答えたが、内心はどこか釈然としなかった。

(硝子が思ってるほど遠い夢物語じゃないんだよ。私、今、多分結構、灯也くんの近くにいるから)

 それでも硝子に一定の理解を得られたことはよかったと明美は思った。それで、久しぶりに普通に軽口をきいた。

「じゃあ、私が灯也くんと親しくなったら、硝子が周さんと出会えるようにするよ」

 硝子も嬉しそうに冗談を言った。

「わー、そのためにも、明美、早く灯也くんとくっついてよね~」

 でもそれは本当にあり得る話なんだ、と明美は思った。12月4日、と心で繰り返した。

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